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トップページモバマス > 池袋晶葉「いつか未来の私へ」

1: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:45:30.54 ID:fXGkoYq2O


――――

いつだったか、仕事を片付けてコーヒーを淹れていた時の話を思い出す。

「そういえば、――はどうしてプロデューサーになろうと思ったんだ?」

コーヒーを二つのカップに注ぎながら、彼女がぽつりと聞いた。

カップを受け取りながら、ぼんやりと考える。

「うまく説明できないけど、これだ、って思えたからかな」

「迷ったとき、こっちだって思ったのがプロデューサーの仕事だったんだ」

「そうか」

それっきりだったので、コーヒーに口を付ける。

彼女はしばらくカップを見つめた後に、スティックシュガーを入れてかき混ぜ始めた。



「じゃあ、晶葉はどうしてロボットを作ろうって思ったんだ?」

彼女はしばらく答えなかった。コーヒーを半分ほど飲んだところで、

「いつか話そう」

すまない、と小さくこぼした。




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3: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:47:59.07 ID:xBEHVYvO0


――――

外回りを終えて事務所に戻る。

汗ばむような外気温と違って、事務所の中は心地良い。

「ただいま帰りました」

返事はまばらに返ってくる。

同僚や事務所のアイドル達は出回っていて、この時間帯は人が多くない。



机の上は工具と部品に占領されていた。

初めは口論にもなったものだが、今となってはいつものことだ。

「帰ったぞ、晶葉。机を返せ」

声を掛けたが、反応はない。

ロボを片手にうんうんと唸りつつ、机の上のドライバーへ手を伸ばした。

そのドライバーを、ひょいとつまみ上げる。



4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/06/10(日) 20:48:52.43 ID:xBEHVYvO0


「あれ、ドライバーは……なんだ君か」

「なんだじゃないだろう。ほら」

ドライバーを渡して、席を立たせる。

集中していたためか、少し不満そうに机の上を片付け始めた。



「今度のライブ用のロボか、それ」

「ああ。なんたって初めての誕生日ライブなんだ、最高の舞台にしたいだろう?」

これを見てくれ、と机に一枚の紙が広がる。

新しいロボットの設計図だ。

「やはり、私といえばロボだからな。歌やダンスも大事だが、これだけは譲れない」

へへん、と胸を張る。

彼女の趣味であり、本業であり、かつては全てだったもの。

アイドルとなった今でも、彼女とロボットは切り離すことのできない大切な存在だ。


「だからといって、俺の机で作るのはやめてくれ」

「むう、いいじゃないかこれくらいは」



5: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:50:03.93 ID:xBEHVYvO0


ぶつくさと言い出す彼女を促して、隣の席に座らせる。

元々は空き机だったが、何人かのアイドル達が私物を置くための収納スペースとして扱っている。

彼女もその一人で、机の上はほとんど専用の作業台だ。

その割には、なぜか俺の机で作業をしたがるのだが。



「そうだ、――。君に頼みがある」

「買い出しか?」

ロボット製作にはとにかく、材料や部品が必要となる。

このところは仕事やレッスンで忙しく、彼女の馴染みの店にもあまり行けていない。

「ああ、それもなんだが……一度、家にも寄ってほしい。昔のロボも、直せるものは改造して使おうと思ってな」

「分かった」

あんまり夜までやると、寮母さんに怒られるぞ。

そんなのはいつものことだ、と笑う。

「じゃあ、帰りに寄ってくか。レッスン行くぞ」



6: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:51:44.98 ID:xBEHVYvO0


――――

レッスンも終わり、車を走らせる。

傾いた夕日が眩しくて、サンバイザーを倒した。

互いに会話もなく、流していたラジオはもうすぐ梅雨入りだとニュースを伝えている。



「……そういえば、誰かライブに呼びたい人はいるか?」

誕生日ライブは、決して規模の大きいものではない。

それでも、今まで彼女が経験したことのない舞台を用意した。

デビューから、もう何年も経った。今の彼女なら、いけるだろう。

「何席かなら用意できるが」

「……呼びたい人、か」

彼女はしばらく、黙った。

「事務所の誰かでも、友達でも……そういえば、晶葉のご両親は」

「すまない。ちょっと、考えさせてくれないか」

「……分かった」



その日は、それっきりだった。




7: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:52:41.70 ID:xBEHVYvO0


彼女の自宅まで着くと、

「今日は、ここまででいい。寮には泊まると伝えておくよ」

「……晶葉、さっきは」

「気にするな、私の問題だからな」



また明日、と車を降りて歩いてゆく。

見送ることしか、できなかった。


8: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:56:53.74 ID:xBEHVYvO0


――――

次の日は、普段と変わらない様子だった。

「もう大丈夫だ。私も休んではいられないからな」

「やっぱり、昨日の」

言葉は指で遮られる。

大丈夫だ、ともう一度念を押されて、黙ってしまった。



けれど、二日、三日と経つに連れて、彼女は調子を落としていった。

レッスン中もぼんやりと空を見つめていたり。

呼びかけても返事が返ってこないことが増えた。



ライブ当日まで、時間はない。

どうしたら良いのか。何が最善か。

それは誰にも分からない。

「申し訳ありません、今日のレッスンはお休みで……ええ、はい、ありがとうございます」

「……よし」

それでも。

彼女と向き合う他に、思い当たる道はない。



9: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 20:58:45.75 ID:xBEHVYvO0


彼女は珍しく、俺の机ではなく作業用の机に座っていた。

ぼうっとしたように、手にしたロボットを見つめている。

今までに見たことのない、やや色あせの見えるロボットだった。

「晶葉」

「……ああ、すまない。レッスンの時間か?」

こちらに気付くと、そそくさと広げた工具や部品を工具箱に押し込み始める。

手付きはいつになくぎこちない。

「どうした?」

「……なんでもない。ほら、変に見えるか?」

すぐさま頷く。

彼女は観念したように、ため息を付いた。

「君に隠し通せることでもない、か」



10: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:02:56.74 ID:xBEHVYvO0


彼女は手にしていたロボットを机の上に置く。

見るからに不格好な出来で、マジックで描かれた顔は年月が経って薄れている。

「こいつはな、私が作った初めてのロボなんだ」

「今になってよく見ると、じつに酷い出来だが……大切な思い出だよ」



ゆっくり、言葉をまとめるように彼女は間を置いて話し始める。

「聞いてくれるか、――」

「少し、話が長くなる」

「分かった」

彼女が、ようやく少しだけ笑ったのが見えた。




11: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:05:02.21 ID:xBEHVYvO0


席を移して、コーヒーを淹れる。

差し出したカップを手にとって、彼女がぽつりぽつりと話し始める。

「……小さい頃に、父が小さなロボットをくれたんだ。初めてのプレゼントだった」



「当時から忙しい人でな、あまり構ってもらえなかった」

それでも父親らしくあろうとしたのだろうか。

幼いころの彼女は、もらったロボットを手放さなかったという。

「どうやったらこのロボを作れるか? もっとすごいものを作れるか?」

「そうして、私はロボを作り始めたんだ」

最初は紙や木で。

次第に、関節を作って曲げられるようにして。

いつしか、電池で動くものを作っていた。

「すごいだろう? 嬉しくなって、こいつを父にも見せたんだ」

「どうだったんだ?」

彼女は頷く。

「そりゃあもう、喜んでもらえたよ」



12: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:08:05.61 ID:xBEHVYvO0


「だから、私はもっとロボを作った。いっぱい見せて、いっぱい喜んでほしかった。でも」

「忙しいから、後で。こればっかりだった」

ずっと仕事と研究ばかりで、彼女の父は家を空けていたらしい。

たまの休みに返ってきても、倒れるように寝ていたという。

「……だから、こう思ったんだ。もっとすごいロボを作らないと、父に見てすらもらえない」

「私は、もっとロボを、私自身を見てほしかった」

これが私の始まりなんだ、と彼女は言う。



「それからは、必死だったよ。どうしたらもっと動くか、新しい機能を作れるか……ずっと、研究の日々だった」

父の書斎から本や論文を引っ張り出して。

新しい雑誌を見つけては立ち読みして。

ロボット製作のために、彼女はあらゆる手を尽くした。

「あとは、君も知る通りの話だよ」

言葉に困って、コーヒーを一口すする。

冷め始めたコーヒーの酸味が、じわりと広がった。



13: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:08:58.30 ID:xBEHVYvO0


「……そのロボット、どうするんだ」

「スクラップにして、部品を新たなロボに回す」

一瞬、息を飲む。

本当にそれで、いいのか。

思わず言葉が溢れ出る。



「……それでいいと、思っていたよ」

「でも、分解していたらこんなものを見つけてしまってな」

彼女が差し出したのは、丸まったメモ用紙だった。



14: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:12:00.69 ID:xBEHVYvO0


急いで書いたように崩れた筆跡は、おそらく彼女の父のものだろう。

「足が稼働しない、腕の動きが肩だけ、塗装が甘い……?」

ひどいだろう、と彼女は笑う。

「初めてロボを作った娘に、こんな感想を残すんだ」

本当にひどい話だ、と彼女はこぼす。



「でも、褒め言葉も書いてあるぞ」

電池で動くロボットを作れている。

手描きの顔がかわいい。などなど。

メモの隅には、『よくできました』のスタンプが押されていた。

スタンプの下に付け加えたように、将来有望、とも。

「最初のこれきりだったけどな」



「……裏にも何か書いてあるな」

小さなメモに、鉛筆が走っていた。

「なんだ、何が書いて……ある……?」



15: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:13:42.54 ID:xBEHVYvO0


いつかみらいのわたしへ



きょうははじめてのロボをおとうさんにみせた

とてもよろこんでくれた

うれしかった

もっとすごいロボをつくって

もっとよろこんでもらえますように




16: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:15:31.28 ID:xBEHVYvO0


彼女はずっと手にしたメモをじっと見つめていた。

声を掛けようかと思ったその時、彼女が口を開く。

「いつか未来の私へ、か」

「君に頼みがある、――」

彼女の頬は少しだけ、赤みがかっていた。

彼女が何を思ったか。そのすべてを知ることはできない。

それでも。

何も分からないほど、知らない訳ではない。

「二人分、ライブのチケットを用意できるか?」

「任せろ」

いつも通りの、自信に満ちた笑顔が戻った。

ずっと、待ち望んでいた自信が、彼女に再び宿る。

「晶葉の頼みだからな。なんとかする」



「ありがとう、――。いつもすまない」

これくらい、今に始まったことではない。

普段の無茶に比べれば、簡単なことだ。

「招待状の文面でも考えるか?」

「……それもそうだな。考えておくよ」

もう一度だけ、彼女がありがとうと繰り返した。



17: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:20:50.72 ID:xBEHVYvO0


――――

本番も一時間前となり、会場は慌ただしく準備に動いている。

控室を覗くと、衣装に着替えてロボットの最終調整を済ませている彼女がいた。

「大きい舞台だな……さ、流石に緊張するよ」

ドライバーを握ったその手は震えている。

「鋼のメンタル、じゃなかったのか?」

「そ、そうだけど、どんなことでも初体験はやはり、緊張してしまう」

握りしめたドライバーを離して、手を重ねる。



「大丈夫だ」

今日のために、彼女は練習を積み重ねた。

それを一番近くで見てきたのは、他ならぬ自分だ。

「優秀な助手がいるんだから、安心して失敗してこい」

「……そこは、もっと私を励ますところじゃないのか?」

へへん、と笑みが戻る。

「でも、大事な事は成功でも、失敗でもない。挑戦だ」

「そうだろう、――?」

その通りだ、と頷く。



18: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:25:44.51 ID:xBEHVYvO0


「そうだ、――。ちゃんと両親にも話したよ」

「今日のライブ、見に来てくれるそうだ」

その言葉に胸を撫で下ろす。

「本当に、良かったな」

良かったよ、と彼女は頷く。

「今まで見てもらえなかった分、今日の私を見てくれると嬉しいな」

「見てくれるさ。大丈夫だ」



「でも、そう思えるようになったのは、こいつのおかげだよ」

テーブルの上に座るロボを指差す。

彼女が初めて作ったロボット。

塗装は塗り替えられ、手描きの顔は自信に満ちた表情に変わっている。

手足も自由に動くようになり、本番ではダンスを披露してくれるそうだ。



19: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:28:33.92 ID:xBEHVYvO0


「こいつのおかげで、私もやっと気付かされたよ」

「アイドルを続けようと思った理由も、ロボを作り続けようと思った理由も同じだ、ってな」

少し恥ずかしそうに、彼女は笑う。

「誰かの笑顔のためだ」

「私の歌でも、ロボでも。ファンの皆、事務所の皆、そして誰よりも……君が喜んでくれる」

「それが私の原動力だったんだ」

昔の自分のおかげだな。

そうに違いない、と笑い合う。



「だが、私一人ではロボは作れてもライブはできない」

「だからこそ、――の力が必要なんだ」

任せろ、と拳を付き合わせる。

「大丈夫だ、晶葉。俺がここにいる」

「ああ。私達のライブを完成させよう!」



20: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:36:06.74 ID:xBEHVYvO0


「……おっと、忘れるところだった」

「ライブのことばかり考えていたけど……今日、誕生日だろ。おめでとう」

鞄から包みを取り出し、開ける。

「これは……リボンか」

「ああ。衣装に合わせているけど、普段でも似合うだろう……これで、よし。どうだ」

椅子を鏡に向ける。

「……流石は――だな」

しばし惚れ惚れと鏡を見ていたが、急に我に返って、

「ちょっと恥ずかしいな。でも、ありがとう」

これで、ステージの上でも一人ではないな、と笑う。

流石にこちらも、少し恥ずかしくなって目を反らす。

「ああ、駄目だ、――。もっとよく見てくれ」

「その……今の私は、どうだ? かわいい?」



気恥ずかしさのあまりに頭を掻こうとして、止める。

「当たり前だろ。今の晶葉は……今じゃなくたって、いつだって可愛い」

「……ありがとう。もう、大丈夫」

ドアがノックされる。

もう少しだけ時間があっても、良かったのに。



21: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:40:33.27 ID:xBEHVYvO0


――――

「……さあ。行くぞ、晶葉」

「ああ。アイドルとしての私を見せてあげよう……と、その前に」

彼女が軽く、俺の肩を押す。

「胸を張れ、――。君の自信が、私の勇気なんだ」



「さあ、開演だ!」

力強いハイタッチとともに、彼女がステージへと向かう。

「大丈夫だ、晶葉」

聞こえていたかは分からない。

それでも、彼女は後ろ手を振った。

私を信じろ、と聞こえるかのようだった。



ステージの幕が上がる。

ライトが灯る。

舞台の始まりだ。



22: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:42:05.38 ID:xBEHVYvO0


「アー、アー、聞こえるかファン諸君。私の誕生日ライブへようこそ」


「今日のために作り上げたロボたちと、アイドルとしての真の私をお見せしよう!」


「舞台装置……起動!」


熱狂の中、一曲目がコールされる。



さあ、行け。


祈るように。願うように。


彼女を見送った。



23: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:44:14.23 ID:xBEHVYvO0


――――――――

「……いつか過去の私へ」


「きっと予想もできないだろうが……未来の私は、アイドルをやっているよ」


「もちろんロボも作っている。でも、歌って踊って……信じられないだろう?」




「だが……君が思っていたよりも、ずっと。ここは楽しい世界だったよ」



24: ◆.FkqD6/oh. 2018/06/10(日) 21:46:17.00 ID:xBEHVYvO0


以上で終わりです。
ありがとうございました。

晶葉ちゃん、誕生日おめでとう。


転載元:池袋晶葉「いつか未来の私へ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1528631130/
SS速報VIPの紹介です

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