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トップページモバマス > 【モバマスss】君住む街へ

1: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:45:05 ID:wRv

小田和正さんの同名曲を聞いていたら書きたくなって、書いてしまいました。
小田和正さんといえば「ラブストーリーは突然に」などが有名かと思いますが、私はこの曲が一番好きです。
デレステのカバー曲リクエストにも出したのですが、まぁ実現確率はお察しですね。
経緯から明らかですが、趣味全開で書きました。よかったら、ぜひ。
よろしくお願いします。



2: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:45:34 ID:wRv



カーテンを開ける。今日でこのホテルには3日目の滞在となる。9階の部屋から水平に目線を向ければ、隣のビルの屋上が見える。昼間だったら、そこには何かが見えたのだろうか。距離にしたら10メートルもないだろうが、その道のりはいかほどだろうか。

予定が合わなかったわけじゃない。断ったのは私だ。「プロデューサーさんはお忙しいですから……少し、お休みください」なんて強がりを吐いたのは、私だ。しかし実際、プロデューサーさんは最近根をつめて働いており、その健康状態は誰しもが危惧するところではあったはずだ。

だから、これでいいのだと。何度も自分に言い聞かす。その行動自体に間違いはないはずだ。疲れた人に、休んでほしいと言った。それだけの話だ。正しいことをした。そう言い聞かすことで、自分の中の幼稚で浅ましい思いを説き伏せる。

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3: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:46:10 ID:wRv

「会いたい────」

おしゃべりをしたい。触れ合いたい。────愛し合いたい。
そんな子供のように本能的で、行為ばかり大人じみた要求ばかりが、頭を埋め尽くす。今、あなたはなにをしていますか? あなたの住む街は、どんな天気ですか? あなたは今日、なにを食べましたか? なにを思っていますか? ────あなたは、私を見てくれていますか?


4: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:47:10 ID:wRv

聞けばわかることと聞いたってわからないことが混ざり合う。
それらはやがてくしゃくしゃの紙のようでもあり、ぬめりのある液体のようでもある魔物になって、頭の中を往復する。
解決に至る道を自ら塞ぐ。解決が目的ではないからこれでいいのだ────もちろん、これも言い訳だけど。
言い訳の味は苦くて────そう何度も味わいたいわけではないのに。


5: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:47:59 ID:wRv

シャワーを浴びる前に、明日の予定を確認しておきたい。
ベッドの上に無造作に捨て置かれたスマートフォンを開くと、友人たちからの連絡が数件入っていた。
こんな気分の時ですら、いや、こんな気分の時だからこそ、友人の存在が心に染み入る。

みんな、優しい人たちだ。
弱い私を、いつも励ましてくれる。
変わろうともがいて、でもどうしたって過去の自分から一続きの弱い自分のことを、受け入れてくれる。
一人と思わないで、と。みんな同じだと。何度も、何度も。失敗をして、逃げて、心を閉ざしてきたと。そういってくれた、優しい友人たちだ。

昔は、弱さを共有することの、ぽややとした、甘く柔らかな手触りを享受することに、一抹の不安がつきまとっていた。
でも、それは間違いなんだと教えてくれたのは、やはり彼女達だった────ここだけはプロデューサーさんではない。


6: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:48:28 ID:wRv



「弱さを受け入れる、というよりも……それが本当に弱さなのか、私にはよくわかりません。」
「楓ちゃんも、たまにはいいこと言うのね……美優ちゃん。失敗なんて、みんなたっくさんしているのよ。」
「そう……だとしてもです。いえ、だからこそ、なのかもしれませんが……自分の歩いてきた道が失敗ばかりだとして、今の自分のいる場所を、どうしたら肯定することができるのでしょうか? 」
「──さぁ? でも、失敗して、逃げ出して。みんなに迷惑をかけて、怒られて。辛くて、前を向けなくなっても、別にいいのよ。」
「……そうは、なかなか、思えません……私には、なかなか……」
「いいのよ。私の言葉だって正しい保証なんてないんだし。ただ、正しいと思って生きて行くのよ。」

……いつかの友人との会話だ。あの日は私がだいぶ飲み過ぎてしまい、楓さんにマンションまで送ってもらったのだ。なぜかはわからないけど、思い出の輪郭ははっきりしている。


7: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:49:11 ID:wRv



夜のテクスチャが全てを覆い尽くしている。
周期を持って並ぶ街灯の光はその典型的な構成物だ。
光の届く距離が妙に短い。光の周りには円環状の干渉縞ができている。
これはきっと酔っているからだろうか────虹色に光ったと思ったら、白く塗りつぶされていく。


8: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:49:51 ID:wRv

「美優さん、マンション近くの公演までタクシーで送ってもらいましたから……マンションまで、少し歩きましょうか。」
「はい……あの、楓さん。」

私が楓さんを呼び止める直前に、楓さんの足が止まったのはなぜだろう。楓さんが微笑んでくれているのはなぜだろう。────ひとりじゃないって、思えるのはなぜだろう。

「ふふ。飲み会のお話のことですか?」
「あ、あ、そうです……わたし、やっぱりわからなくて。早苗さんみたいに、自分のことを正しいと信じ続けられるほど強くないし……自分のことを振り返ると、私は自分一人ではなにも成し遂げられてはいないって。そう感じてしまうんです。」

結局、私の人生を振り返って。私が最も私を肯定できない部分は、それに尽きるのだ。
人に流され。場に流され。時に流され。過去はいつでも、薄い砂嵐がかかっているようだ。
────風が強くなってきた。秋が始まるからだろうか、少し冷える。先週までは残暑で息を吸うことすら躊躇いがちになってしまっていたけど、ここまで急いで季節は移ろうのだろうか。


9: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:50:23 ID:wRv

「……自分一人の力で何でもできる人なんて、いませんよ。」
「そうです……何でもできる人なんていない。でも、私は……何でもじゃなくて、何か一つとしてできないんです。」
「それは、そうある必要がないから、かもしれませんよ。」
「でも……」

楓さんの体が私を包む。ふわりと、花の匂いがした。風の匂い、と言い換えてもいいかもしれない。いや、いささか抽象的になってしまうが、最も正確に表すのならば────恋の匂いだ。
私も、彼女の背中に手を回す。楓さんの身体は薄く、柔らかく。でもそんな第一印象からは考えられないくらい、熱く。そして思っていた通り、涼やかだった。


10: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:51:50 ID:wRv

「……ね、美優さん。ぱぁっと、何か一曲、歌いませんか?」
「え、ええ!? こんな場所で歌うなんて、き、近所迷惑になりますし……」
「うふふ。そーうでーすねー♪ ……だから、歌わないでいいですから。思い出してみませんか? 」
「え、なにを……」

────歌をです。

楓さんはそう言ったきり、やたら上機嫌なのは変わらないけど、一言も喋らなくなった。
周期的に並んでいた街灯はついにその周期を乱す。ここが外界との界面だ。
目前には白塗りのマンションがある。毎日見ているその壁が、今は何だか境界のようにも感じられた。


11: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:52:55 ID:wRv

楓さんはもう近くの道路でタクシーを捕まえたようで、私にぶんぶんと手を振っている。
その満面の笑みが、流れを乱す不純物を緩やかに流し取ってくれた気がする。私も小さく手を振り返すと、楓さんは何かを思い出したかのように私の元へ駆け寄ってきた。

「忘れていました」と。何か、私に預けていたものでもあるのだろうか。
それとも現金がないとか、などと他愛もない考えが頭を横切ったところで、楓さんは私の耳元で一言だけ囁いて、また夜を照らす光を連れて去っていった。

「あの日の勇気を、忘れないで」

彼女が囁いた言葉の意味は、すぐに私には察することができた。
こんな一言だけで勇気付けられるなんて、やっぱり私は単純で思慮が足りないのかもしれない────しかし、それほどまでに特異的に、楓さんのあの言葉は、私に浸透していったのだ。


12: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:53:22 ID:wRv



あの日の勇気を、私はまだ持ち合わせているだろうか。
変わらずに、色あせずに持ち続けているだろうか。
あの日彼の手を取った私を。自らの足で道を作ると決意した私を。私のいくところへ、あなたを連れて行くと約束した私を。────手を離さなかった私を。

もちろんだ。今、ここにいる私が、その何よりの証なのだから。
全てのことが終わるまで────それは文字通り、全てなくなってしまうまでと言う意味だが────私のそれが消失することはないだろう。


13: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:53:44 ID:wRv

再び、カーテンから外を見る。先ほどは気づかなかったが、今日はどうやら朧月夜のようだ。うろこ状の薄い雲が月を隠す────だが、その光は蒼く夜を照らす。

昔の自分が過ごしてきた道の先に、今の私はいる。何度も道を違えた。歩くのをやめた。諦め、スタート地点へ何度も舞い戻った。そうしているうちに、一歩を踏み出すことすらできなくなった。
そんな私は、周りのみんなに助けられ。あの人に助けられ。ようやく人並みに歩き出せた。でもそれだって、自分の力なんかじゃない。私は周りをうまく利用し、その流れに乗っただけだ。

でも私は今、こうして立っている。歩いている。どんな過程であったとしても、どんな経緯であったとしても、その解としての私は今ここに存在している。ならば、私を導くための方程式は、確かに現実に解を持つ方程式なのだ。複雑怪奇な係数をもち、何次の方程式かすら定かではない。
でも解の存在が保証されているならば────その方程式の素性だって、少しは与しやすくなるのではないだろうか。


14: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:54:06 ID:wRv

そうだったら、いいな。


15: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:54:47 ID:wRv



目覚ましより早く目が覚めた。陽の光がレースを組んで差し込み、足元を照らす。
そういえば、昨日は友人たちに返信をするのを忘れていた。もちろんそんなことをいちいち気にする間柄ではないが、返せる時には返事をする方がいいに決まっている。
早朝になって申し訳ないな、と思ってスマートフォンの電源をつける。

あれ……

あ。

────どうやら、返信を書く宛先が、もう一件増えてしまった。
友人たちには本当に申し訳ないが、こちらの返信を先に書かせてもらおう。友人たちには、このことも含めて返事を書けば、きっと許してくれるだろう。


16: 名無しさん@おーぷん 19/09/19(木)00:55:11 ID:wRv

雲の切れ間に、突き抜ける青い空。
窓を開けると、朝の香りが心をいっぱいにする。
眩しさに負けないように、目を薄く開ける。
風が雲を連れて行き、また今日が始まる。


転載元:【モバマスss】君住む街へ
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1568821505/

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    • 1 名無し春香さん
    • 2019年09月19日 19:14
    • レズしか需要ない
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