1: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:25:45.34 ID:rr9pDwNT0
大槻唯は小さなボックス部屋で歌っていた。
彼女は笑顔だった。
手元にあるタブレットに数字を入力して、流行りの曲を呼び出す。
イントロが流れると唯はマイクを唇に近づけ、歌った。
喉が乾いて烏龍茶を飲んだ。
カラオケを楽しんだ。
別れ際、唯の友達は言った。
「唯は歌が上手くて羨ましいよ」
唯は得意げに笑った。
自負していることを褒められるのは嬉しいことだ。
彼女は笑顔だった。
手元にあるタブレットに数字を入力して、流行りの曲を呼び出す。
イントロが流れると唯はマイクを唇に近づけ、歌った。
喉が乾いて烏龍茶を飲んだ。
カラオケを楽しんだ。
別れ際、唯の友達は言った。
「唯は歌が上手くて羨ましいよ」
唯は得意げに笑った。
自負していることを褒められるのは嬉しいことだ。
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2: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:26:31.34 ID:rr9pDwNT0
唯が事務所に着いたのは夕方だった。
空はオレンジ色に染まっている。
黒い雲が流れている。
まもなく明るい色は影を潜めた。
事務所の前の電灯が明滅を繰り返していた。
空はオレンジ色に染まっている。
黒い雲が流れている。
まもなく明るい色は影を潜めた。
事務所の前の電灯が明滅を繰り返していた。
3: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:27:24.65 ID:rr9pDwNT0
唯はボイスレッスンを受けた。
自信があった。
だがベテラントレーナーの青木聖はなかなかOKを出さなかった。気難しそうな表情を浮かべている。
「駄目だ。もう一度だ」
そう繰り返すばかりでもやもやした。
唯は喉がかすれる感覚を抱いた。咳をする。低音が上手く出せない。
聖は溜息をついた。
「大槻。お前、ここに来る前にカラオケにでも行ってきたのか?」
唯は謝った。ごめんなさいと頭を下げた。
聖は溜息をついて、頭を振った。
「甘えるなよ。プロとしての意識を持て」
唯は下を向いた。
レッスンが終わった帰り道、彼女の足取りは重かった。
自信があった。
だがベテラントレーナーの青木聖はなかなかOKを出さなかった。気難しそうな表情を浮かべている。
「駄目だ。もう一度だ」
そう繰り返すばかりでもやもやした。
唯は喉がかすれる感覚を抱いた。咳をする。低音が上手く出せない。
聖は溜息をついた。
「大槻。お前、ここに来る前にカラオケにでも行ってきたのか?」
唯は謝った。ごめんなさいと頭を下げた。
聖は溜息をついて、頭を振った。
「甘えるなよ。プロとしての意識を持て」
唯は下を向いた。
レッスンが終わった帰り道、彼女の足取りは重かった。
4: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:28:15.98 ID:rr9pDwNT0
駅に着くと学生がたくさんいた。
駅前の塾から出てきた者もいる。
勉強をしていたのだろう。唯は売店で棒付きの飴を買った。
包み紙を捨ててひと舐めする。
パイン味の飴だった。
別の味にすればよかったかなと思った。
飴の溶けた唾液は今の気分には甘すぎた。
彼女はゴミ箱の中に飴を捨てた。
乾いた咳が出た。
駅前の塾から出てきた者もいる。
勉強をしていたのだろう。唯は売店で棒付きの飴を買った。
包み紙を捨ててひと舐めする。
パイン味の飴だった。
別の味にすればよかったかなと思った。
飴の溶けた唾液は今の気分には甘すぎた。
彼女はゴミ箱の中に飴を捨てた。
乾いた咳が出た。
5: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:29:08.11 ID:rr9pDwNT0
車内は混んでいた。
唯は自動ドアの前辺りに立った。
隣には学ランを着た高校生が英単語帳に目を落としていた。
集中している。
赤いシートを使って意味の部分を隠していた。
唯はこっそりと単語帳に目を向けた。
意味がわかる単語はほとんどない。
楽しくないなと思った。
電車が到着するまでの時間が長く感じた。
唯は自動ドアの前辺りに立った。
隣には学ランを着た高校生が英単語帳に目を落としていた。
集中している。
赤いシートを使って意味の部分を隠していた。
唯はこっそりと単語帳に目を向けた。
意味がわかる単語はほとんどない。
楽しくないなと思った。
電車が到着するまでの時間が長く感じた。
6: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:29:41.30 ID:rr9pDwNT0
家に帰ると唯はうがいをした。
喉がヒリヒリする。
腫れている感覚がある。
咳をすると痛んだ。
倦怠感もあった。
制服姿のままベッドに倒れこむと目を閉じた。
しばらくすると階下から母の呼ぶ声が聞こえた。
夕飯はどうするのか、と言った気がする。
唯は答えずにそのまま眠りに落ちた。
うるさいと思った。
もう動きたくなかった。
喉がヒリヒリする。
腫れている感覚がある。
咳をすると痛んだ。
倦怠感もあった。
制服姿のままベッドに倒れこむと目を閉じた。
しばらくすると階下から母の呼ぶ声が聞こえた。
夕飯はどうするのか、と言った気がする。
唯は答えずにそのまま眠りに落ちた。
うるさいと思った。
もう動きたくなかった。
7: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:30:30.37 ID:rr9pDwNT0
唯は風邪を引いていた。
寒気がした。
母に揺すられ目を覚ました。
手早くシャワーを浴びて布団に潜り込んだ。
夜に計った時は37.6℃。
次の日の朝には38.4℃にあがった。
母は心配した。
優しかった。
うっとおしかった。
唯は学校とレッスンを休んだ。
トレーナーが呆れる姿を想像して泣きそうになった。
プロ失格だという言葉が頭の中で反芻された。
寒気がした。
母に揺すられ目を覚ました。
手早くシャワーを浴びて布団に潜り込んだ。
夜に計った時は37.6℃。
次の日の朝には38.4℃にあがった。
母は心配した。
優しかった。
うっとおしかった。
唯は学校とレッスンを休んだ。
トレーナーが呆れる姿を想像して泣きそうになった。
プロ失格だという言葉が頭の中で反芻された。
8: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:31:23.37 ID:rr9pDwNT0
夜になると唯は嘔吐した。
昼間から何も食べていなかった。
スポーツドリンクで薄まった胃液がバケツの中に溜まった。
酸味のある匂いがこもった。
唯は死ぬのではないかと思った。
それでも気分は落ち着いた。
薬を飲み、眠ると、次の日の朝には熱が下がっていた。
昼間から何も食べていなかった。
スポーツドリンクで薄まった胃液がバケツの中に溜まった。
酸味のある匂いがこもった。
唯は死ぬのではないかと思った。
それでも気分は落ち着いた。
薬を飲み、眠ると、次の日の朝には熱が下がっていた。
9: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:31:57.40 ID:rr9pDwNT0
夕方、梅の入ったおかゆを食べているとプロデューサーと相川千夏がお見舞いに来た。
「元気そうね」と千夏は微笑んだ。
「心配したぞ」とプロデューサーはホッとしたような表情を浮かべた。
大袈裟だよと唯は笑った。
千夏は紅茶を置いていってくれた。
寝る前に砂糖を大匙2杯入れて飲むと身体が温まった。
夜は浅い眠りと覚醒を繰り返した。
昼間に充分寝ていたからだ。
暗い部屋の中で唯は天井を見つめた。
あー、と小さく声を出してみた。
次は上手く歌えるだろうかと思った。
「元気そうね」と千夏は微笑んだ。
「心配したぞ」とプロデューサーはホッとしたような表情を浮かべた。
大袈裟だよと唯は笑った。
千夏は紅茶を置いていってくれた。
寝る前に砂糖を大匙2杯入れて飲むと身体が温まった。
夜は浅い眠りと覚醒を繰り返した。
昼間に充分寝ていたからだ。
暗い部屋の中で唯は天井を見つめた。
あー、と小さく声を出してみた。
次は上手く歌えるだろうかと思った。
10: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:32:29.06 ID:rr9pDwNT0
風邪を引いてから4日。
唯の体調は回復した。
制服に着替えて外に出ると朝日が眩しく感じた。
顔が綻んだ。
棒付きのキャンディを咥えると学校に向かった。
駅で友人と会い、心配したと声をかけられると幸せを感じた。
放課後にはレッスンがある。
そのことを考えると少しだけ気持ちが沈んだ。
唯の体調は回復した。
制服に着替えて外に出ると朝日が眩しく感じた。
顔が綻んだ。
棒付きのキャンディを咥えると学校に向かった。
駅で友人と会い、心配したと声をかけられると幸せを感じた。
放課後にはレッスンがある。
そのことを考えると少しだけ気持ちが沈んだ。
11: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:33:01.43 ID:rr9pDwNT0
放課後、レッスンが始まるまで時間があった。
唯は事務所の一階にあるカフェでオレンジジュースを飲んでいた。
スマートフォンをいじり、時間を潰していた。
「大槻さん。こんにちは」
声をかけてきたのは青木慶だった。
事務所ではルーキートレーナーと呼ばれている。
唯はほっとした。
青木4姉妹はみな似ていた。
唯は事務所の一階にあるカフェでオレンジジュースを飲んでいた。
スマートフォンをいじり、時間を潰していた。
「大槻さん。こんにちは」
声をかけてきたのは青木慶だった。
事務所ではルーキートレーナーと呼ばれている。
唯はほっとした。
青木4姉妹はみな似ていた。
12: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:33:41.27 ID:rr9pDwNT0
「こんちはー☆ 慶ちゃん♪」
「もう。『トレーナーさん』ですよ?」
「あはは。仕事中じゃないからいいじゃん☆ 慶ちゃんって歳も近いし、話しやすいんだもん☆」
唯は慶としばらく話した。他愛もない話だった。
唯は聞いた。
「慶ちゃんのおねーさんたちってさ。家で怖くないの?」
慶は苦笑した。
「怖いです。特に上2人は」
「麗さんと聖さんだよね」
「ええ。昔はよくプロレス技をかけられたりしたんですよ」
「プロレス技かぁ」
唯は男兄弟みたいだと笑った。
慶は「血気盛ん過ぎるんですよ」と顔をしかめた。
その様子がおかしくて唯はさらに笑った。
「もう。『トレーナーさん』ですよ?」
「あはは。仕事中じゃないからいいじゃん☆ 慶ちゃんって歳も近いし、話しやすいんだもん☆」
唯は慶としばらく話した。他愛もない話だった。
唯は聞いた。
「慶ちゃんのおねーさんたちってさ。家で怖くないの?」
慶は苦笑した。
「怖いです。特に上2人は」
「麗さんと聖さんだよね」
「ええ。昔はよくプロレス技をかけられたりしたんですよ」
「プロレス技かぁ」
唯は男兄弟みたいだと笑った。
慶は「血気盛ん過ぎるんですよ」と顔をしかめた。
その様子がおかしくて唯はさらに笑った。
13: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:34:19.06 ID:rr9pDwNT0
「お姉さん達と仲悪いの?」
「いえ、仲は悪くありませんよ。特別、嫌いなわけでもありません。姉達には嫌な面もありますけど…尊敬できる部分もありますから」
「ふーん。変なの」
「姉妹とか家族ってそういうものなんじゃないかと思います。複雑なんです」
唯は「わかる」と微笑んだ。
母に看病されていたことを思い出した。
「いえ、仲は悪くありませんよ。特別、嫌いなわけでもありません。姉達には嫌な面もありますけど…尊敬できる部分もありますから」
「ふーん。変なの」
「姉妹とか家族ってそういうものなんじゃないかと思います。複雑なんです」
唯は「わかる」と微笑んだ。
母に看病されていたことを思い出した。
14: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:34:46.00 ID:rr9pDwNT0
慶と別れると唯はボイスレッスンを受けに行った。
レッスンルームのドアを開けて挨拶をすると、聖が書類を眺めていた。
唯をいちべつすると「身体はもう大丈夫なのか?」と短く聞いてくる。
唯は緊張したが「大丈夫です」と答えた。
聖は立ち上がった。
「そうか。始めるぞ」
レッスンルームのドアを開けて挨拶をすると、聖が書類を眺めていた。
唯をいちべつすると「身体はもう大丈夫なのか?」と短く聞いてくる。
唯は緊張したが「大丈夫です」と答えた。
聖は立ち上がった。
「そうか。始めるぞ」
15: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:35:48.77 ID:rr9pDwNT0
レッスン中、唯は叱られた。
一生懸命に歌っても叱られた。
レッスンは1時間。
厳しく、辛く、楽しくない。
唯は聖の言う通りに歌った。
レッスンが終わると唯はほっとした。
聖は「今日はよかったぞ」と言った。
視線は手元の記録用紙に落としたままだった。
無表情だった。
唯はきょとんとして、頭を下げ、部屋を出る。
帰り道、足取りは軽かった。
一生懸命に歌っても叱られた。
レッスンは1時間。
厳しく、辛く、楽しくない。
唯は聖の言う通りに歌った。
レッスンが終わると唯はほっとした。
聖は「今日はよかったぞ」と言った。
視線は手元の記録用紙に落としたままだった。
無表情だった。
唯はきょとんとして、頭を下げ、部屋を出る。
帰り道、足取りは軽かった。
16: ◆hAKnaa5i0. 2018/04/16(月) 00:48:35.86 ID:rr9pDwNT0
レッスンが終わった後、待合室で唯はプロデューサーと会った。
「お疲れ様」と声をかけられた。
「もしかして唯のこと張ってたの? 嫌~、ストーカー☆」
「違うっつの。身体は平気か?」
「もちろん☆」
唯は笑顔を見せた。
彼女はいつでも笑顔だった。
「ねぇ。プロデューサーちゃん」
「何?」
「ゆいね。毎日楽しいよ☆」
「…いきなりなんだよ。昨日までダウンしてたくせに」
「えへへ☆」
唯は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
明日もまた頑張ろうと思った。
辛いことや嫌なことがあるかもしれない。
それでも日々は楽しいことで満ちているのだから。
終わり
「お疲れ様」と声をかけられた。
「もしかして唯のこと張ってたの? 嫌~、ストーカー☆」
「違うっつの。身体は平気か?」
「もちろん☆」
唯は笑顔を見せた。
彼女はいつでも笑顔だった。
「ねぇ。プロデューサーちゃん」
「何?」
「ゆいね。毎日楽しいよ☆」
「…いきなりなんだよ。昨日までダウンしてたくせに」
「えへへ☆」
唯は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
明日もまた頑張ろうと思った。
辛いことや嫌なことがあるかもしれない。
それでも日々は楽しいことで満ちているのだから。
終わり
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