2: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:12:39.39 ID:qNud4UHwO
「そういえば、こっちではイエオクリをしないんだったな」
耳慣れない言葉に足を止める。振り向くと先ほどまで隣を歩いていた歩さんが足を止めていた。
「すみません、上手く聞き取れなかったんですが……。イエオクリ、ですか?」
「ああ、あってるよ。イエオクリ」
歩さんは優しい口調で答えると顔を横に向けた。つられて私も歩さんの目線の先に目を向ける。
「……空き家、ですね。もう何年も誰も住んでいないみたいですけど」
木造の平屋建て。玄関前の電球は割れ、郵便受けは赤いペンキほとんど剥がれ落ちて日焼けした広告が突っ込まれている。玄関と門の間の小さなスペースには自己主張の激しい野草が青々と立ち塞がり、黄色いちょうちょが羽を休めている。
「アタシの地元だとさ、こういう家はイエオクリをするんだよ」
歩さんは道端のねこじゃらしを手に取り、くるくる回し始めた。
耳慣れない言葉に足を止める。振り向くと先ほどまで隣を歩いていた歩さんが足を止めていた。
「すみません、上手く聞き取れなかったんですが……。イエオクリ、ですか?」
「ああ、あってるよ。イエオクリ」
歩さんは優しい口調で答えると顔を横に向けた。つられて私も歩さんの目線の先に目を向ける。
「……空き家、ですね。もう何年も誰も住んでいないみたいですけど」
木造の平屋建て。玄関前の電球は割れ、郵便受けは赤いペンキほとんど剥がれ落ちて日焼けした広告が突っ込まれている。玄関と門の間の小さなスペースには自己主張の激しい野草が青々と立ち塞がり、黄色いちょうちょが羽を休めている。
「アタシの地元だとさ、こういう家はイエオクリをするんだよ」
歩さんは道端のねこじゃらしを手に取り、くるくる回し始めた。
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3: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:13:42.11 ID:qNud4UHwO
「まず、敷地に生えた草を全部刈り取るんだ。庭も、玄関も、全部。次にドアと窓を全部外す。壊すんじゃなくてね」
「……全部、ですか?」
「ああ、玄関も勝手口も寝室も。もちろんトイレもだ。納屋があるならそのドアも外す。で、そのドアを全部家の中にいれて、一枚一枚重ならないように並べていく。廊下や部屋にね」
頭の中でその様子を想像する。床一面に広げられたドアと窓。まるで図書館の虫干しのようだ。
「面白いですね。でも、なんで床に並べるんですか?まるで床下から誰かが出てくるのを……。あ、そうか!氏神様ですね」
歩さんは首を横に振って、ねこじゃらしの茎を折った。
「……全部、ですか?」
「ああ、玄関も勝手口も寝室も。もちろんトイレもだ。納屋があるならそのドアも外す。で、そのドアを全部家の中にいれて、一枚一枚重ならないように並べていく。廊下や部屋にね」
頭の中でその様子を想像する。床一面に広げられたドアと窓。まるで図書館の虫干しのようだ。
「面白いですね。でも、なんで床に並べるんですか?まるで床下から誰かが出てくるのを……。あ、そうか!氏神様ですね」
歩さんは首を横に振って、ねこじゃらしの茎を折った。
4: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:14:23.11 ID:qNud4UHwO
「家を建てる前ってさ、神主さんを呼ぶだろ」
「地鎮祭ですね。氏神様にその土地を使うことを許してもらうんですよね」
「イエオクリは逆なんだ。もうこの家には誰も住みませんってね」
「なるほど、土地の神様にありがとうを伝えるわけですか。床にドアや窓を敷くのも、神様に出てきてもらうための作法なんですね」
私の答えを聞くと歩さんは地面をじっと見て、ぼそりと呟いた。
「……逆だよ。出てこないようにするんだ」
「地鎮祭ですね。氏神様にその土地を使うことを許してもらうんですよね」
「イエオクリは逆なんだ。もうこの家には誰も住みませんってね」
「なるほど、土地の神様にありがとうを伝えるわけですか。床にドアや窓を敷くのも、神様に出てきてもらうための作法なんですね」
私の答えを聞くと歩さんは地面をじっと見て、ぼそりと呟いた。
「……逆だよ。出てこないようにするんだ」
5: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:15:01.92 ID:qNud4UHwO
歩さんが空き家に向かってねこじゃらしを放り投げる。
「最初に草を刈るって言っただろ?その草はどうすると思う」
「それは……ごみとして捨てるんじゃ」
「いや、床に敷いたドアの上に敷き詰めるんだよ」
抑揚のない声で歩さんが話す。ツンと鼻の奥が痛んだ。
「庭や玄関に生えた草はそこで生まれた命で、刈られた草はそこで死ぬ。それを出入り口になるドアの上に敷く。死体でドアを抑えるようなもんだよな」
「……草を敷いた後はやっぱり」
「燃やすよ。家ごと全部、ね」
弱い風が吹いた。空き家を塞ぐ野草がゆらりと揺れる。
「最初に草を刈るって言っただろ?その草はどうすると思う」
「それは……ごみとして捨てるんじゃ」
「いや、床に敷いたドアの上に敷き詰めるんだよ」
抑揚のない声で歩さんが話す。ツンと鼻の奥が痛んだ。
「庭や玄関に生えた草はそこで生まれた命で、刈られた草はそこで死ぬ。それを出入り口になるドアの上に敷く。死体でドアを抑えるようなもんだよな」
「……草を敷いた後はやっぱり」
「燃やすよ。家ごと全部、ね」
弱い風が吹いた。空き家を塞ぐ野草がゆらりと揺れる。
6: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:15:35.15 ID:qNud4UHwO
「変な話しちゃったな。さ、事務所に戻ろうぜ」
歩さんが歩き出す。私は空き家をじっと眺めてから、すぐに後に続いた。
「……ひとつ、いいですか?」
前を行く歩さんの背中に語り掛ける。
「その……イエオクリをしなかったら、どうなるんでしょうか?」
「どうなるんだろうな。やらないまま家を取り壊したなんて話、うちの地域では聞いたことないから。ただ……」
歩さんが歩き出す。私は空き家をじっと眺めてから、すぐに後に続いた。
「……ひとつ、いいですか?」
前を行く歩さんの背中に語り掛ける。
「その……イエオクリをしなかったら、どうなるんでしょうか?」
「どうなるんだろうな。やらないまま家を取り壊したなんて話、うちの地域では聞いたことないから。ただ……」
7: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:16:31.70 ID:qNud4UHwO
「ただ?」
「環が住んでいた村もイエオクリをやっていたこと、そして……」
歩さんは空を見上げた。
「環が生まれた年ぐらいに失敗したことがあるらしいってこと、かな」
環ちゃんの村……。確か、環ちゃん、地元では友達がいなかったって……。
緩い風に乗った草いきれが鼻をついた。私は足を止めて後ろを振り返る。
空き家からぼんやりと陽炎が立ったような気がした。
「環が住んでいた村もイエオクリをやっていたこと、そして……」
歩さんは空を見上げた。
「環が生まれた年ぐらいに失敗したことがあるらしいってこと、かな」
環ちゃんの村……。確か、環ちゃん、地元では友達がいなかったって……。
緩い風に乗った草いきれが鼻をついた。私は足を止めて後ろを振り返る。
空き家からぼんやりと陽炎が立ったような気がした。
8: ◆U2JymQTKKg 2018/06/17(日) 16:19:55.32 ID:qNud4UHwO
以上です。
一時期、風習をでっちあげることが好きだった時に書いたお話でした。
環と歩って隣県だけど、似た風習ぐらいあるよね。
一時期、風習をでっちあげることが好きだった時に書いたお話でした。
環と歩って隣県だけど、似た風習ぐらいあるよね。
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