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トップページモバマス > 佐藤心「事務所に出る幽霊の話」

1: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:47:10 ID:l0d

アイドルマスターシンデレラガールズです。
佐藤心さんのお話です。



2: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:47:33 ID:l0d

 志半ばで命を落としたアイドルの幽霊が出る。

 芸能事務所ならこの手の話題はどこにでもある。もちろん、うちの事務所にだってある。でも、こういう話はどこにでもあるから信憑性は欠片もない。そう思っていたんだ。

 この目で目撃するまでは。

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3: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:48:05 ID:l0d



「誰だ、あれ」

 レッスンルームに見慣れないツインテールの女の子が居た。この事務所に長く居る俺が見た事がないって事は新人なのだろう。

 その女の子は表情を歪めながら必死にダンスを練習しているようだった。あんなに闇雲に練習しても効果は薄いと言うのに。トレーナーさんはどうしたんだろうか。もしくは彼女の担当プロデューサー。

 なんとなく目が離せなくてそのまましばらく眺めていると、落ちた汗で滑ったのだろう。彼女は盛大に転倒してしまった。

「……まったく」

 自分の担当でもないが、一応プロデューサーと言う仕事に就いてる以上、アイドルの無茶を諌める義務がある。

「大丈夫か」

「えっ……? だ、誰……? 不審者?」

 俺がレッスンルームに入って声をかけると、彼女は困惑した顔でこちらの素性を尋ねてきた。いや、そもそもお前こそ誰なんだ。と言うか不審者とはなんだ。失礼だな。


4: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:48:32 ID:l0d

「俺はこの事務所でプロデューサーやってるんだが。そういうお前こそ誰なんだ。最近入ったのか?」

 俺が彼女を知らないように、向こうも俺を知らないらしい。この事務所では古参にあたる俺を知らないという事は最近入ったのだろう。

「す、すみません! 佐藤心って言います! えっと……所属させてもらったのは何年か前で……」

「最近じゃないのか?」

「そうですけど……?」

 驚いた。俺が知らないアイドルがまだこの事務所に居たのか。決して小さくはない事務所ではあるが、長く居る俺が知らないなんて事はまずありえないと思っていたんだが。

 俺が考え込んでいると、佐藤心と名乗った彼女は怒られると思ったのか段々と表情もうつむきがちになっていた。

「何をそんなしょげてるんだ」

「レッスンルームの使用許可取ってなくて……」

 あぁ、そういう事か。無許可でレッスンルーム使ってたから怒られると思ったわけか。


5: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:49:04 ID:l0d

「まぁ、褒められたことじゃないが別に怒りはしない。自主練なんてむしろ感心だ。本番でも近いのか?」

 彼女の切羽詰まった様子から本番が近いのは明白なのだが。一応尋ねておく。無断使用も事情があるなら仕方ない。

「はい……。来週のオーディションにレッスンだけじゃ間に合いそうになくて……」

「だからと言って闇雲に練習しても効果は薄いぞ。レッスンだってちゃんと君の体力や進捗に合わせてスケジュールが組まれているだろう。一人で勝手な事をするのは良いとは言えない」

「すみません……」

「君の担当プロデューサーはどうしたんだ? レッスンルームの使用許可だってちゃんと相談すれば取ってくれただろう?」

 いくら本番が近いとは言え、俺の担当アイドルならばそんな無茶は絶対にさせない。こちらもアイドル達の体力やなんやら色々な事を考慮してスケジュールを組んでいる。無理をさせたところで劇的に進歩したりするのはまずありえない。

「居ないんです……」

「居ない? 何がだ?」

「担当プロデューサーです……。私、まだ候補生なんで……」

 なるほど。ようやく合点がいった。アイドル候補生ならば俺が知らなくても無理はない。それに彼女も俺の事を知らなくて当然だろう。


6: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:49:41 ID:l0d

「来週のオーディション次第で正所属になれるかが決まるから焦ってたんです……。すみませんでした!」

 そう言って彼女は綺麗な姿勢で頭を下げた。

「はぁ……。仕方ないな……」

 俺だって忙しいんだが、夢見る女の子をアイドルにするのがプロデューサーってやつの仕事だしな。

「佐藤とかって言ったな」

「あ、はい。佐藤心です」

「よし、佐藤。これも何かの縁だ。今日は特別に俺がレッスンつけてやる」

 俺がそういうと佐藤は目を丸くして固まってしまった。俺だって自分の口からこんな言葉が飛び出してきた事に驚いているのだから無理もない。

「ほ、本当ですか!?」

「今日だけな。俺だって忙しいんだ。俺の担当アイドルも次のライブ控えて……控えて……?」

 ……俺だって忙しい。忙しいはずだ。なのにこんな事をしている暇はあるのだろうか。次のライブが控えていて、そのためにどうステージを魅せるか考えなくてはならない。はず。

「今日だけでもお願いします! 自分一人じゃもうどうにもなりそうになくて……」

「え……? あ、あぁ……そうだな……」

「……プロデューサー?」

 佐藤の声に遠くに行きかけていた意識が戻る。

「いや、なんでもない」


7: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:50:19 ID:l0d

 何か忘れている気がするが思い出せない。どこかモヤモヤとするが、思い出せないものにいつまでも頭を使っているのはもったいない。

 とりあえずは目の前の問題を片付ける事にしよう。そう、まずは佐藤の事だ。

「よし。じゃあ、とりあえず佐藤がどれくらい出来るのか知りたいから一曲やってくれ」

「はい!」

 曲をかけようとラジカセを探してみるがどこにも見当たらない。まさかこいつ曲もなしに練習していたのか?

「じゃあ行きますね」

「待った待った! お前は曲がなくても良いのかも知れんが、俺は曲がないとレッスンのつけようがない。ラジカセはどうした」

「ラジカセ? 曲ならスマホで流しますけど……?」

「スマホ?」

「これです」

 佐藤はそういうと手に持った板を二度三度叩いて見せる。するとその板から音楽が流れだした。なるほど、ウォークマンの類の事だったのか。通りでラジカセがないわけだ。それにそもそもレッスンルームの使用許可も取っていないのではラジカセも借りられていないか。

「あー、そうだったのか、すまん。じゃあ始めてくれ。ひとまず佐藤がどれくらい歌って踊れるのか知りたいから歌もダンスも頼む。そこから部分的に改善していこう」

「はい! お願いします!」



8: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:50:54 ID:l0d



 佐藤が披露した歌もダンスも技術としては何ら問題無かった。むしろ高レベルと言えるものだろう。特にこれと言って指摘する場所は無かった。技術に関しては。

「ふむ……。お前、表情が硬いな。緊張してる……のとは違うか。ミスが怖いのか?」

「うぐ……。そうです……。前のオーディションで思いっきりミスって落ちちゃって……」

 なるほど。それがトラウマになっているのか。……余程ひどいミスをしたのだろうな。

「……まぁ、そのミスについては詳しくは聞かんが」

 技術面では問題は無い。でもこの表情や雰囲気では今回も落ちるだろうな。

 となると、そこをどうにかするのがプロデューサーの腕の見せ所と言うわけか。

「なぁ、佐藤」

「はい?」

 技術では問題は無い。おそらく潜在的な才能に関しても問題は無い。ならばあと必要なのは本番でも自信を持ってやりきる度胸。過去のトラウマに負けない精神力。

「お前、今から普段友達とか親しい人に接するみたいに俺に接してみろ」

 まずは緊張を解く、と言うか佐藤の持ってる自然体の部分を引き出すのが効果的だろう。力まずに自然に振る舞えればこいつの技術なら問題なく受かるだろう。


9: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:51:37 ID:l0d

「えっ……。いや、それはちょっと……。大人として礼儀を弁えないのはどうかなって……」

「いいから。これがレッスンだ。……ん?」

 ちょっと待て。大人って言ったか?

「お前……、今何歳だ?」

「26ですけど……」

「26だと!?」

 思わず大声が出てしまった。26歳のアイドルなんて聞いたことないぞ。それは焦りもするはずだ。見た目だけなら十代後半にも見える佐藤がまさかの26歳とは。一体こいつは何年候補生としてくすぶっていたんだ

「26……。26か……」

 頭を抱えてしまう。俺が担当してきたアイドルはみんな十代。最年長でも18歳しか担当した事はない。一体どうやって26歳を指導すればいいのか見当もつかない。

「26か……。こんなオバサンに片足突っ込んでるようなのをどうすれば……」

「んだとゴルァ!? 誰がオバサンだ☆」

「あ、すまん。思わず口に出てしまった」

 どうやら無意識に口から零れてしまったらしい。いかんいかん。今日だけとは言え、俺はこいつのプロデューサーなのだから、自分のアイドルの事を悪く言ってはならない。


10: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:52:11 ID:l0d

「だがな……26歳だろ? どうしたらいいものか見当がつかん。と言うか26なら昔の失敗くらい気にするんじゃない」

「んな事言われても仕方ないだろ☆ ……あのオーディション以来、本番が怖くなっちゃんだし」

 そう言うと佐藤はすっかりしょげてしまった。なんか俺が悪いみたいな気がしてくるからやめてくれないか……。

「ふむ……。なぁ、佐藤。失敗って何をやったんだ?」

 詳しくは聞かないと言ったが、大人がここまで引きずっているって事はその失敗をなんとかしないと先へは進めない気がする。

「……笑わない?」

「笑うような事なのか……?」

 なんだ? ダンス中に転びでもしたか? 転ぶくらいならよくある事だし、トラウマになるほどの事でもないと思うが。

「じゃあ今からやってみせるけど、絶対に笑わないでね」

「お、おう」

 佐藤のあまりにも真剣な表情に息を飲む。やってみせると言う事はその時の再現をするという事だろうか。大人にあれほどのトラウマを植え付ける事態。これは相当覚悟しなくてはならないな。


11: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:52:54 ID:l0d

「はぁ~い♪ アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆ さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆」

「待て!」

 なんだ今のは。なんだあれは!

「待て! 待て待て待て! なんだそれは!」

「なんだって自己紹介だろ☆」

「自己紹介……!? あれがだと!? 事故紹介の間違いじゃないのか!?」

「お☆ うまい事言うじゃん♪」

「そんな事を褒められても嬉しくもなんともない! それよりも状況をちゃんと説明しろ!」

「……はぁとはさ。こういうアイドルになりたかったの」

 佐藤の喋った事をざっと整理するとこういう事になる。佐藤は『しゅがーはぁと』とか言うキャラクターでアイドルをしたくて、オーディションももちろん『しゅがーはぁと』で挑んだ。すると自己紹介をした時に会場で笑いが起こった。自分を嘲笑する笑いが。


12: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:53:27 ID:l0d

「……なるほど。それで自信なくなったってわけか」

「……うん」

 佐藤は真剣に『しゅがーはぁと』でアイドルになろうとしたのに、周囲からは嘲笑され、自分が信じていたものが人にバカにされるものだと思い知ったわけだ。別に佐藤のミスでもなんでもないが……。

 ……なるほど、確かにトラウマにもなりかねんか。

「なぁ、佐藤」

 でも、それなら解決の糸口はある。俺が出来るのは教えてやることだけだが、佐藤ならきっと掴めるだろう。会ってまだほんのわずかだが、なんとなく確信がある。

「お前、『しゅがーはぁと』を信じてないだろ」

「なっ……!? そんなこと……」

 目が泳いでいるぞ、佐藤。その態度こそがお前が『しゅがーはぁと』を信じきれてない何よりの証拠だ。

「まずお前が『しゅがーはぁと』を信じてやらないと他の誰も『しゅがーはぁと』を信じられないんだ。わかるか?」

「……うん」

「『しゅがーはぁと』は佐藤の中にしか居ない。俺達外野は佐藤を通じてしか『しゅがーはぁと』を見る事が出来ない。だから、佐藤が『しゅがーはぁと』を信じて見せてくれなければ俺達は『しゅがーはぁと』を信じられないんだ」

 アイドルは夢を見せる事で人々を魅了する職業だと俺は思っている。そのアイドル自身が夢を信じて居なければ、それは何とも滑稽なだけだろう。

 佐藤の場合はその夢が『しゅがーはぁと』だったのだ。


13: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:54:13 ID:l0d

「人間、誰しも否定されるのは怖いよな。肯定してもらわなければ存在できない。肯定ってのは信じるって事なんだ。佐藤、お前は『しゅがーはぁと』を肯定してあげているのか? 存在させてあげられてるのか?」

「それ……は……」

 きっと佐藤も昔は手放しで『しゅがーはぁと』を信じ、肯定していたのだろう。それが大人になるにつれて現実が見えるようになり、『しゅがーはぁと』が夢だと気付いた。そうして無意識にではあるがどこかで『しゅがーはぁと』を信じられなくなってしまった。

 だから前に受けたオーディションでは嘲笑されてしまった。

「佐藤。お前が受けた嘲笑はお前自身が『しゅがーはぁと』に向けたものだと思え」

「……」

 何か言い返したそうにしてはいるが、口をぎゅっと結んで言葉は発しない。目だけは微動だにせずにこちらを見据えながら。

「佐藤……。いや、しゅがーはぁと! 俺がお前に出来るレッスンはこれだけだ!」

 声が大きくなってしまったのに驚いたのか、彼女はビクッと震えた。俺は彼女を決して逃がさないように肩を掴んで真剣な表情で告げる。

「自分を信じろ。『しゅがーはぁと』はトップアイドルになれると信じろ。佐藤が『しゅがーはぁと』を信じてやれ。一人では心細いなら俺も一緒に『しゅがーはぁと』を信じてやる」

 他人に信じさせるには何よりもまず、自分が疑う余地もなく信じてやらなければならない。例えそれが虚構でも良い。虚構でも信じぬけば真実になる。


14: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:54:44 ID:l0d

「虚構……?」

 自分で口にした言葉にひっかかりを覚える。何か。何かを忘れているような気が……。

「あ……」

「……できるのかな」

 俺がその違和感の正体に気付いた時、佐藤が気弱な言葉を吐き出した。目の前で担当アイドルが壁に当たっているのだ。なら俺は自分のアイドルを元気づけてやらなければならない。何せ俺はプロデューサーなのだから。自分よりもアイドルを優先しなくては。

「できる。なんたってお前は、俺の担当アイドルなんだからな! しゅがーはぁとを世界に魅せつけてやれ!」

 こんな事言うのはちと恥ずかしいが、俺はプロデューサーなんだ。俺がアイドルを信じてあげられずにどうする。

「うん☆ わかったよ、プロデューサー。はぁと、やるよ☆」

「その意気だ。なに、お前なら大丈夫だ。技術は申し分ないし、その図太さがあれば問題はない。それに『しゅがーはぁと』を信じられるならもう大丈夫だ。夢は信じてやらなきゃ死んでしまうぞ」

 死んでしまったらどうする事も出来ないしな……。生きてる佐藤なら大丈夫。


15: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:55:15 ID:l0d

「ありがと、プロデューサー☆ プロデューサーのお陰でまた夢が見られそう♪」

「あぁ、なら何よりだ。……よし、いい時間だしレッスンはここまでにしよう」

 レッスンルームの壁にかかった時計を見るともうそろそろ逢魔が時も終わる頃合いだった。大したことはしてやれなかったが、少しでも力になれたなら本望だ。

「はいっ! お疲れ様でした!」

「あぁ、お疲れ」

 こういう礼儀正しさはやはり26歳だけあって大人なのだなと実感する。少女のように夢を見る心を忘れない大人、しゅがーはぁと。

「じゃあ、俺もそろそろ戻るよ。くれぐれも今日みたいな無理はするなよ」

 ……やらなきゃいけない仕事は片づけられなかったが、こうして一仕事が終えられたのだ。もう充分だろう。

「ん☆ プロデューサーも無理しないでね☆ 闇雲はダメなんだぞ♪」

「……そうだな。闇雲に働いて過労死でもしたら元も子もないしな」

「そゆこと♪ 今日は本当にありがとうございました! お陰でオーディションもなんとかなりそうな気がする☆ 受かったらまた報告に行くから☆」

「あぁ、待ってる」


16: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:55:44 ID:l0d

「そう言えばプロデューサーって誰の担当なの? どこ行けば会える?」

「……さぁな。佐藤がちゃんと合格してこの事務所でアイドルしてればいつか会える。だから絶対に受かれよ」

 きっともう会うことは無いだろうが。

「もち☆ ほえ面かかせてやるから覚悟しとけよ☆ じゃあお疲れ様でした!」

 彼女は手早く荷物をまとめると更衣室の方に駆けて行った。まったく面白い奴に出会ったもんだ。

 出来ればこの先、彼女がどんなアイドルになるのか見届けたかったが、思い出してしまった以上は仕方がない。最後に担当できたアイドルが彼女で良かった。

「頑張れよ、しゅがーはぁと」

 ……ありがとう、俺の最後の担当アイドル。



17: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:56:12 ID:l0d



「あのさー、ちひろちゃん」

「はい?」

 私はオーディションを無事合格し事務所に正式に所属した。今では担当プロデューサーもついてくれて、候補生だったあの頃とは比べようもない。

「眼鏡で、無精ひげの30代くらいのプロデューサーって知らない?」

 合格した事を報告に行きたいのだが、あの日以来、彼には会っていない。私は彼がプロデューサーと言う事しか知らないし名前も知らない。探すには情報が無さ過ぎた。アイドルの同僚に尋ねてみても知らないと言う返事ばかり。もちろん同僚の担当プロデューサー達も。

 なので、なんでも出来る万能アシスタントとして事務所を支えるちひろちゃんに聞いてみたのだ。ちひろちゃんならきっと知っている気がするし。

 いつか会えるって彼は言っていたが、そのいつかが来る気配はなかなか無い。そろそろ私も痺れを切らしたのでこちらから出向いてやろうと言う腹積もりだ。

「……」

「ちひろちゃん?」

 何やらちひろちゃんが青白い顔で硬直している。どしたの?


18: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:56:54 ID:l0d

「心さんの言っている人って、この方ですか……?」

 パソコンに一枚の写真を表示させたちひろちゃんは、私に画面を見るように促した。

 そこには彼が居た。あまり画質の良くない写真だったけど、見間違うはずが無かった。

「あ、そうそう☆ この人☆ ちょっとお礼したいんだけど、どこに行けば会える?」

「……会えませんよ」

「会えない? どして?」

 だってこの事務所でプロデューサーしてるって言ってたし、どっか行けば会えるんじゃないの?

「この方は……心さんが所属するよりも前に。私が入社するよりももっともっと前に――亡くなっています」

 冷たい空気が私達の間をすーっと通り過ぎて行った。

「……え?」

 じゃあどうしてちひろちゃんは私が言った特徴だけでこの人を絞り込めたのか、そんな疑問が浮かんでは来たけど、背筋にうすら寒いものを感じて上手く言葉に出来ない。


19: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:57:28 ID:l0d

「心さん、こんな噂聞いたことありませんか? 『志半ばで命を落とした人の幽霊が出る』って」

「う、うん……。ある、けど……。でも、それって私が知っているのは『アイドル』の幽霊が出るってやつで……。しかもよくある噂話だし……」

 ちひろちゃんがゆっくりとかぶりを振る。

「違います。うちの事務所に出るのは『プロデューサー』の幽霊です。そして、これは本当の話です。噂話じゃありません」

 さっきから寒いのに汗が止まらない。じゃあ……私にレッスンをつけてくれた彼は……。一緒に『しゅがーはぁと』を信じてくれた彼は……。

「このプロデューサーさんを見たって言うアイドルやスタッフはたくさん居るんです。レッスンルーム、事務室、廊下や資料室。至るとこで何人もがこのプロデューサーさんを見ています」

 じゃあ、本当に……幽霊だったとでも言うのか。でも肩を掴まれた時には確かに体温もあったし、触れられたし……。


20: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:58:04 ID:l0d

「この方は、事務所の設立時のプロデューサーさんなんです。仕事熱心な方で、来る日も来る日もアイドルのためって言って仕事をし続けていました。そしてある日、出社したスタッフによって机に突っ伏して冷たくなっている所を発見されました。過労死だったそうです……」

 ちひろちゃんの言葉がうまく頭に入って来ない。確かによくある話だし、プロデューサーなんて激務だからあってもおかしくはない話だけど……。だけど……。

「ほ、本当に……?」

「はい……」

「もしかしてだけどさ……。このプロデューサーが最後にしてた仕事って……」

 あの日交わした会話を思い出しながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

「担当アイドルのライブ……だったり?」

 ちひろちゃんはゆっくりと頷くとそのまま押し黙ってしまった。

「……そっか。あの人は最後までアイドルの事を考えてたんだね」

 あの優しい彼の事だ。きっと亡くなる直前までずっと担当アイドルの事を考え、亡くなった後もライブを成し遂げられなかった事を悔いていたのだろう。

 だから幽霊となってこの事務所を彷徨っていたのかも知れない。

「ちひろちゃん、この人のお墓の場所ってわかる?」

「……はい。わかりますよ」

「ありがと☆ ちょっとお礼と報告しに行ってくるよ」

 いつか会えると彼は言っていた。だからそのいつかを自分から迎えに行こう。『しゅがーはぁと』を信じてくれたプロデューサーに報告しよう。

「はぁと、ちゃんとアイドルになれたよって」




21: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:59:06 ID:l0d



 プロデューサーの墓参りをしてから数日。もしかしたらどこかにまだプロデューサーが居るんじゃないかなって思った私は仕事が終わってから事務所を練り歩いていた。

「あれ? あの後ろ姿は……」

 長い袖で手が隠れた小柄でとっても可愛い白坂小梅ちゃんだった。

「小梅ちゃんじゃん☆ お疲れ様☆」

「あ……。はぁとさん……、お疲れ様……」

 そういやこの子って霊が見えるんだっけ。丁度いいや。プロデューサーの事でも聞いてみよっかな。

「ねぇ、小梅ちゃん。30代くらいの無精ひげで眼鏡の霊ってどこかに居たりする?」

 私がそう尋ねると小梅ちゃんはきょとんとした顔をこちらに向けていた。あれ? もしかして見えるってのは……キャラ?

「う、ううん……。そういう人は居ない……よ……?」

「あー、そっかー。ん。じゃあ仕方ない。ありがと☆」

 そっかそっか。熾烈なアイドル業界だもんね。強烈なキャラづけ、欲しいよな。わかるわかる。でも……彼は本当に居るんだよ。幽霊になってもアイドルの事を思い続けてくれているんだ。


22: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)17:59:51 ID:l0d

 私が勝手にそうやって納得して立ち去ろうとした時だった。

「もう、……だけど」

「『もう』?」

「うん……いつの間にか居なくなっちゃった……。あんなに強い未練だったのに……」

 やはり彼は悔いていたのだろう。本当に優しい人だ。自分の命よりも担当アイドルの事に執着していたなんて。

「……そっか」

 小梅ちゃんの言葉を聞いて、もう二度と会えなくなってしまったんだなと実感する。

「え……? そう、なの……? うん……。そっかぁ……。良かった、ね……♪」

 私が感傷に浸っていると何やら小梅ちゃんは見えない何かとお喋りを始めてしまった。噂の「あの子」だろうか。

「は、はぁとさん……!」

「ん? 何? どしたの?」


23: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)18:00:33 ID:l0d

「あの子が伝えて欲しいって頼まれてたんだって……。そのまま言う……ね……? 『合格おめでとう、佐藤。お前は俺の担当アイドルだ。これからもしゅがーはぁとを信じてるからな。ありがとう』だって……」

「……っ!」

 どうやら小梅ちゃんが見えるのは本当らしい。私の事を『佐藤』と呼ぶのは彼しか居ない。

 目から涙が溢れてくる。ぽろぽろと。いい歳した大人なのに。泣くのを止められない。

「こ、小梅……ちゃん……」

 急に泣き出した私にどう接すればいいのかわからないのだろう。小梅ちゃんはオロオロしながらもハンカチを差し出してくれた。

「もう居ないって言ってたけど、プロデューサーはどうなったの……?」

「大丈夫だよ……。ちゃんと天国に旅立ったよ……」

 小梅ちゃんから借りたハンカチで涙を拭う。ちゃんと成仏できたなら私に言える事はもう何もない。それでも……きっと届くはずだから。

「……天国から見てろよ、プロデューサー。はぁと、ぜっっったいにトップアイドルになってみせるからな☆」

 ……ありがとう、私の最初のプロデューサー。

End


24: 名無しさん@おーぷん 20/01/31(金)18:05:33 ID:l0d

以上です。

デレステにSSR〔ラグジュアリィ・はぁと〕佐藤心が実装されました。
予告のシルエットでわかっていたので覚悟はしていたつもりでした。ですが、予想以上のイラストと衣装を引っ提げて来てくれました。
あまりの素晴らしさに心臓止まるところでした。
今回は天井せずに来ていただけたので感無量です。ありがとうございます。
単発無料期間中ですので、この素晴らしい心さんが皆様の元に訪れてくれる事を願います。私の元にももう一人くらいお越しください。スタランはすでに20ですがたくさん欲しい。

それではお読み頂ければ幸いです。


転載元:佐藤心「事務所に出る幽霊の話」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1580460430/

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コメント

コメント一覧

    • 1 名無し春香さん
    • 2020年01月31日 21:31
    • > スタランはすでに20ですがたくさん欲しい。

      さらっと怖いこと書いてんじゃねえぞw
    • 2 名無し春香さん
    • 2020年01月31日 22:42
    • いい話→ホラー→やっぱりいい話→現実が一番ホラー
    • 3 名無し春香さん
    • 2020年02月01日 00:19
    • よかった、爆死したプロデューサーはいなかったんだ(そうじゃないだろ☆
    • 4 名無し春香さん
    • 2020年02月01日 03:50
    • スタラントレーナー使ったから20なんだよね?(震え声
    • 5 名無し春香さん
    • 2020年02月01日 13:42
    • >>4
      ツイ見ると分かるけど、この人フェス限しゅがはとついでにフェス限奈緒も☆20にしてるぞ…
    • 6 名無し春香さん
    • 2020年02月01日 16:39
    • >>5
      オォウ、ジャパニーズ狂人……
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