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トップページミリマス > 【ミリマス短編集】Before Birthday, 10 minutes.

1: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:03:15 ID:QLx

Twitterで書いていた140字ssに少し加筆してまとめた短編集です。趣味をこれでもかと詰め込みました。
取り留めのない話が多いですが、気に入ったものが一つでもあればいいなと思っています。良ければぜひ。



2: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:03:54 ID:QLx

【遮音膜】



 つかり、つかりと夜に足音が響く。
 日中は光に包まれる劇場の灯も今は落ち、暗闇は区別なく辺りを一体化させる。
 そんな中でもまだ一部屋だけ、白くぼんやりと薄い光が立ち込めていた。


 
「うーん、美也ちゃんはもう少しサイズを大きめに作っておいた方がいいかな……」
「……青羽さん」
「そういえば最近またちょっと大きくなったって言ってたような……うん、迷ったらやった方がいいよね! 頑張ろう!」
「青羽さん」
「んー、でもちょっと疲れたかも……ううん、ここが頑張りどころ! 鹿児島の女は強いけんね!」
「……えい」
「ひゃあ!? ぷ、プププ、プロデューサーさん!?」
 後ろを振り向くと、そこには少し困り顔を浮かべたプロデューサーさんの姿。両手には、缶コーヒーが握られていて。
 頬をすうと人差し指で撫でると、その一瞬だけで伝わった熱を感じます。
 ──なんだか、いつもよりプロデューサーさんが大きく見えました。
「……驚かせすぎましたかね」
「だ、大丈夫です。すいません、大きな声上げちゃって。でも、今日は劇場には来られる予定はなかったような……?」
「いやあ、そうなんですけどね。でも、何となく気になったんですよ。最初は外から遠巻きに見てるだけだったんですけど、よく見たらここにまだ電気がついていて……警備員さんに頼んで、中に入れてもらったんです」
「そ、そうだったんですね……ビックリしたぁ……」
「……衣装、作ってくださってるんですね」
「は、はい! みんなに、可愛く踊って欲しいですから」
「遅くまで、ありがとうございます。書類もたくさんあるのに……」
「い、いえ! 楽しくてやらせてもらっていることですし! 最近、ロコちゃんと一緒に新しい衣装のデザイン計画もしてるんですよ」
「へえ、そうなんですか。どんな感じですか?」
「あ、ま、まだ構想段階ですが……」
「はは、そうですか。それなら出来上がったらぜひ、見せてください」
「は、はい! 是非! そのためにはまず、この衣装を仕上げてからですね! 後二十着くらいなので、今日中に作っちゃおうかな~」
「そ、それはいくら何でも無理なような……青羽さん、これ、よかったら」
「あ、ありがとうございますプロデューサーさん! すいません、お気を使わせてしまって……!」
「気を使ったなんてそんな。したくてしてることですから……それに青葉さんも、ちゃんと休んでくださいね?」
「え、えと」
「お返事は?」
「は、はい!」
「うん、それでお願いします。……今日はもう遅いですから、帰りは送りますよ」
「え、ええ!? そ、そんな申し訳ないことはできませんよ……!」
「いや、むしろここで一人で帰させる方が社会人としてはまずいですから……ね? 僕の顔を立てると思って、ここはひとつ頼まれてくれませんか?」
「────そこまで、言われちゃったら……」
「はは、決まりですね」

 そう言って、にこりと屈託なく笑うプロデューサーさん。
 優しいのはいつもなんだけど、今日はいつにも増して、優しいような気がします。
 何か、あったのでしょうか。何も、なかったのならいいけれど。
 あ、それに今日劇場にきたというのも、考えれば変な話です。明日の朝一番でこちらに来られるはずだったんですから。
 ……やっぱり、何かあったのかなプロデューサーさん。
 それでも、それだから、優しくしてくれるんですか……?
 ──────私は。

「缶、捨ててきますね」
「───プロデューサーさん」
「ん、なんですか青羽さん……!?」

 ぎゅう。ぎゅう、ぎゅう、───ぎゅ。

「……? あっ……こ、これは違って、その……!」
 魔が差した……のでしょうか。
 気づかず、私は背中からプロデューサーさんを抱きしめていて。
 気づいた後も、その腕の力は抜けてくれなくて。
「あ、え、えっと……えい!」
 だからもうちょっとだけ、心に気づかないふりを。
 ぎゅうと閉まる力に、想いを込めて。



 ……夜は深まっていく。不自然なほど、音が消えていった。
 どんな音もここには届かない。どんな音も、ここでは響かない。
 ……さて。どうしようか、なんて困っているのは果たしてどちらだろう。
 そしてその時。
 もう一人は、一体何を思っているんだろう──────?

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3: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:04:15 ID:QLx

【雨差し心】



 しとしとと、雨は降り続く。
 誰かにとっての清浄の雨は、誰かにとっての悔恨の雨でもある。
 同じ光景にいくつもの意味が重なっている時、どれが自分の感情なのかをどうやって判断したらいいのだろう。
 雷が鳴る。答えは、鳴らない。


4: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:04:27 ID:QLx



 ……些細なことだ。第三者からすれば、「なんでそんなことで」と言われるのは目に見えている。それは悪いことではない。ただ決定的に、当事者としての事情が抜け落ちているだけなのだから。

「りっくん、昨日授業参観だったんだよね」
「……」
「どうして、言ってくれなかったの? 言ってくれたらお姉ちゃん、予定空けたのに」
「……だから、嫌だったんだ」
「え?」
「もう、いいじゃん。終わったんだからさ。次からはちゃんと言うよ」
「ね、りっくん。お姉ちゃん、怒ってるわけじゃないの。ただ、困ったこととかあるんじゃないかなって……」
「そんなの、ないよ」
「なら、どうして……」
「────うるさいな! なんでもないったら!」
「あっ……待ってりっくん───りっくん!」

 雨の中、傘もささず走っていく弟の後ろ姿が、どんどんと小さくなっていく。
 追いかけたけれど、体が思うように動かない。とうとう足が止まり、呆然と立ち尽くす。ここまで明確な拒否の言葉を浴びたのは、初めてのことだった。
 どうすればいいのかわからない。なんて言ったらいいのかもわからない。足が動かなかったのもきっと、その迷いがまとわりついていたからだろう。

 ───結局、何をすればいいのかもわからないまま雨の街を彷徨っていた。
 しばらくして、プロデューサーさんが飛ぶように走ってきた。母から連絡を受けたのだと言う。静香や可奈たちにも協力を仰ぎ、幸いりっくんはすぐに見つかったようだ。
 ───ただ、私には会いたくないと言っていると。静香が電話口で、そう言っていたのが聞こえた。


5: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:04:44 ID:QLx



 私は劇場に連れられてきた。濡れた体を温めるためにシャワーを浴びる。しかし、たっぷりと熱を持ったお湯を浴びても心中の疑問は溶けない。
 ────アイドルを続けてきて、四年。十八歳になった私の心は十四のあの頃よりもずっと鈍く固くなってしまったのだろうか。

「シャワー、上がりました。……ご迷惑、おかけしました」
「迷惑なんてかけてないよ。かけたのは心配だ」
「……すみません」
「俺が志保の悩みを、わかってやれるとは言わない」
「……はい」
「でもな、俺は志保のこと、いいお姉ちゃんだって思ってるよ」
「私はプロデューサーさんの姉ではありませんが」
「ははっ、そんな口が聞けるなら、少しは落ち着いたか?」

 にわかに雨音が激しくなった。 季節のわりに、外は冷たく暗い。
 ここには普段たくさんの人がいるはずなのに、誰一人としてその姿が見えない。

「人払いはしてあるよ」
「……──なら。雨なので、キスしてください」
「な、なんだその理由は」
「……いいから──んっ……」
「──……まあ、志保が甘えられるならいいよ」

 深く、舌を入れられる。こんなことをしてる場合じゃないのに。
 しかしはちきれそうな頭は少しずつ麻痺して、溶けない氷は見えなくなる。そんな解決が望ましいわけではないけれど──少しだけ、わがままを聞いてもらっている。
 大人のキスのはずなのに。私はこの上なく、子供だ───。

 しばらくの間キスに溺れていると、電話がかかってきた。きっと静香からだろう。 でも、もう少しだけ──このまま、雨の音に沈んでいたい。

「志保、電話」
「──もうちょっと、だけ」
「ダメだ。でなさい」

 嗜めるように言われた言葉がどこか心地よかった。言われるがままに電話の相手を確認すると、相手はやはり静香だった。気怠い声を造り、電話に出る。
「もしもし」
「お姉ちゃん?」
「──────」

 思わずプロデューサーさんの方に振り返る。ちょうどドアが音を立てて閉まった。この部屋にはもう誰もいない。

「うん、お姉ちゃん、だよ」
「……ごめんなさい」
「ううん。お姉ちゃんこそ、ごめんなさい」
「違う、違う……! ボクはお姉ちゃんに謝って欲しいわけじゃなくて……!」
「うん。うん……りっくんの話、聞きたいな」
「僕は……」

 それからは、なんでもない話をした。
 僕のために無理をしないで欲しいとか。
 私はりっくんのことが何より大事だとか。
 そんな、言葉にしなくてもわかっていたことを言葉にした。そしてわかったことが二つ。
 一つは、何もわかっていなかったと言うことだ。どれだけ相手のことを想っているかなんて言葉にしたってわかるはずがないから、当たり前のことなのに。
 もう一つは。面と向かっては言えないことがあると言うこと。電話越しに聞くりっくんの声はいつもより少し低く聞こえた。当たり前だけど男の子なんだなと、感じた。
 そんな、当たり前すぎて忘れてしまっていたことをもう一度、私たちは言葉を尽くして話した。


6: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:07:18 ID:CtG



「仲直りできたか?」
「……あなたの手のひらの上で踊らされているような気がして、いい気分ではありません」
「そんなことないよ。俺だってずいぶんと───んぐっ!?」

 だから、仕返しにその口を塞いだ。
 洗い流したはずの、雨の香りがした。
 それはきっと、深くなる。これから、すぐに────。


7: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:07:57 ID:CtG

【ぐっもーにん】



「朝の定義」と聞かれたら一番多い答えは何になるだろう。
 スマートフォンで検索をかければそれらしい答えはすぐに帰ってくる。
 太陽が出てから数時間の間ならば。その生命の時間は夏と冬とで異なるのだろうか。
 六時から九時の間ならば。不摂生をしている学者と規則正しく生きる会社員とで、その価値が変わりうるものなのだろうか。
 ならば、少数意見になるだろうがこんな定義はどうだろう。
「眠りから醒めて数時間の間」と────。


8: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:08:16 ID:CtG



 すんなりとおきれました。めざましをぜんぶけしてねたのがよかったのだとおもいます。
 きのうはどうやっていえまでかえってきたのでしょうか。
 あまりおぼえていませんが、きっとこのみさんやりおちゃんにおせわになったのでしょう。
 よいしょ、よいしょとおんぶをしてもらったことはおぼえています。きもちよくて、そのままどらいぶにいってしまいたくなるくらいでしたから。
 しかし、きもちのいいあさです。
 ふうかちゃんのいうとおり、さいしょにヘパ○ーゼをのんでおいたのがよかったのかもしれません。
 ふわあ、と。それでもあくびがにじんでしまいます。
 とりあえず、かおを洗いましょう。あ、でもそのまえに朝ごはんをいただくのもいいかもしれません。どうしようかな、なんてかんがえて。もう一ど寝てもいいかもしれないとおもいもしましたが、さすがにちょっと気がひけます。
 ううん、となやんでいると、したのかいからお母さんの声がひびきました。
「歌織ちゃん、起きてらっしゃい」
 かおりちゃんとは、わたしの名前です。お母さんによばれてしまったら起きるしかありません。
「はあい」
わたしは大きな声でへん事をします。ぼたぼたと歩きながら、下の階へとおりて行きます。



「おっ……はようございます、歌織さん……」
「Pさん、おはようございます」

 居間にはお母さんとPさんがいました。
 お父さんは朝はやくからお仕事に行っているのでしょう。尊けいします。
 お母さんが私を見るなり、「あらあらこの子は」と笑っています。えへへ、お母さんを喜ばせたので私も嬉しいです。Pさんは先程からずっとあたふたとしています。顔を真っ赤にしているので、何か恥ずかしいことがあったのでしょうか。少し心配になります。

 私が食卓につくと、こんがりと焼けたパンのいい匂いがしてきます。ちょうど焼き上がった時に、お母さんがミルクとマーガリンを用意してくれました。私はパンを少しちぎって、あんむ、と頬張ります。
 ああ、今日も美味しい。そうだ、Pさんはもう食べたのかしら。パンはお好きなのかしら。いつも朝ご飯を一緒に食べることなんてないから、なかなか好みが……


 あれ?


 Pさん?


 なんで?


「プッPさん!? ど、どうしてここに!?」
「こ、答えます、答えますからとりあえず服を……!」
「あっえ、ええと……め、召し上がれ?」
「どっちを!?」
「あらあら、Pさん『どっち』だなんて情熱的なんですねぇ」
「あっ……いや、今のは口が滑りまして……」
「でも滑るくらいには歌織のことを意識してくださってるんでしょう? うふふ。私は大賛成ですから、近いうちにいい報告が聞けるのを楽しみにしていますよ」
「お、お母さん! どうして言ってくれなかったの……! ってそうだ、まずは服を……犬飼! 犬飼、服を用意して、いますぐ!」
「犬飼……?」
「執事です。うふふ」

 そうしてバタバタと時間は過ぎていく。時間はもう太陽が天頂に登る頃だ。
 遅い一日の始まりは爽やかとはとても言えない代物だった。
 そして、そんな日にこそ陽気なドラマは押し寄せるもの。残り少なくなった今日の時間が、平和に過ぎていく。

 穏やかな日差しの中で。


9: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:08:38 ID:CtG

【てのひらはあたたかく】

 ◇

「「ごちそうさま」」
「小鳥さん、今日は遅くなりそうです」
「ああ、アレですね。わかりました。ご飯は先にいただいてしまっても?」
「もちろん。あ、こっちはこっちで適当に何か買って食べますので」
「少し残しておきましょうか?」
「お、じゃあちょっとだけでいいんでお願いしていいですか?」
「もちろんです」



「おっと、ちょっと急がないとな」
「片付けは私がしておきますから、先に向かってください」
「本当に世話をおかけして申し訳ない……」
「いいんですよ……そ、その……こ、コイビトデスカラ」
「……ははっ。それに甘えないように、ちゃんとしたいんですけどね。じゃあ小鳥さん、行ってきます……あ、ポストに郵便が……今日は郵便がこれだけ。僕宛のがあったら、机に置いといてください。じゃあ、また事務所で」
「はい、それでは後ほど」

 ドアが閉まる。あの人の背中が見えなくなる。わずかなこととは言え、それすら寂しく感じてしまうあたり、私もずいぶんと染まってしまっているのかもしれない。……こ、恋に。
 郵便物を確認する。彼の家なのだから、郵便物は全て彼のものだ。『僕宛のものがあったら』なんて、少し変な言い方だけど、ここはもう二人の家なんだと言ってもらっている気がして、それが少しむずがゆい。
「僕には遠慮なんて、しなくていいですからね」
「小鳥の前では……ちょっとカッコつけたくなるんだ、俺」
「なんだよ、気にするなって」
「俺とお前は運命共同体なんだから、最後まで付き合うよ」
「愛しい小鳥! おはよー、チュッ」
それからそれから──ピヨッ!? い、いけないいけない。少し落ち着かねば……!

 ぱさり。

「あら……?」
 宛名のない茶色の便箋。少し不審に思いながら中身を確認すると、小さな金属片が滑り落ちる。
「あっ、いけない、なんでしょうこ……れ……は……」
 緑光が揺れる。
 私は駆け出す。
 事務所に着く前に。
 みんなと会う前に、あの人の胸へ。
 一秒でも早く。

 ────この涙が、こぼれ落ちる前に。


10: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:10:29 ID:CtG

【言わなければ良かったってのは毎回後から気づく】



 お見合い。昭和に置いて捨てるべきだった風習がこの時代にまで残っているとは、さすがの俺も驚きである。しかも当事者になってしまうのだからこの世はなんとも奇妙なものだ。
 奇妙なもんか。ただめんどくさいだけだ。
「はぁ……今時お見合いなんてさぁ……」
「もう遅いわぁ。来てしまったんだから、文句言うんじゃないわよ」
 それはどこぞの悪徳暴力組織のような言い分では? それに遅いったって二月ぶりの連休なのに「おばあさんの妹の旦那の弟の息子の奥さんのお父さんの友達が具合が悪くなったから来て欲しい」などと言う切迫した連絡
に血相変えて駆けつけてみればいきなり袴に着替えさせられてこれである。むしろ早いまである。言ってる場合か。
 責任者はどこか。確実に俺である。
 しかし過程はどうあれ良心につけ込む作戦はいただけない。せっかくだからと焼酎なぞ土産に買ってこなければよかった。道の駅でいいものを選んだと思ってホクホクしていたら、まさか俺のような善人を騙した相手に献上する品だったとは。
 二十余年生きてきて今まで味わったことのない屈辱である。具合が悪くなった相手に焼酎を差し入れるのはどうかと言う正論を浴びせかけるのはやめて欲しい。年老いた両親と相対するのだ。正気を保っていたらやれ孫の
顔がどうたら隣の高垣さんの娘さんは良い人を見つけたなどと精神攻撃を受けて参ってしまう。
 ちなみに俺は高垣さんのお相手を知っている。何しろ同業者であるのだから。しかし……はあ、まさかあの楓ちゃんがねえ……ってかアイドルのそう言うことが知れ渡ってて良いの? かなりスキャンダラスな話じゃないか?
 もとい。
 つまるところ俺は良心に騙されてこのお見合いに駆り出されたのである。
 相手の顔すら知らぬままに『良い仲になれ』とは昨今の人権尊重の風潮に反するものではあるまいか。やはりここは楓ちゃんみたいに隠された仲で大恋愛をして、山なり谷なりを越えて真実の愛を育むべきではあるまいか。
 真実の愛! そんなものがあるのだろうか。俺はある方に賭ける。なんならカシオミニを賭けても良い。
 大体真実なんてものは人の数だけあるわけであって、尊重すべきは事実だと述べるものがいる。誰が見ても同じ結論に達することがこの世の中では望ましい。客観性のある愛だ。ははは、こんなにバカらしいことがあるだ
ろうか。例えば「ああ、あの人はこれこれこう言う理由で恋をしている」「恋に落ちたのは彼の彼女のこれこれこう言う魅力によるもので、そう言えば出会って三日目には二人は寝屋を共にしたと言う」「結局は体の相性が
一番であった」などと詳らかに説明されて皆が「なるほどそれは素晴らしい」などと拍手喝采を送ると言うのか。莫迦らしい。待つのは気まずさだけだ。飲み屋で男友達だけで話していても若干引かれるような話を公共の場
でするメリットなど 1 nm もない。俺はごめんだ。

 ───こんな言い訳を頭の中で並べつつ、とうとう時間を迎える。

「ほら、しゃんと。開けるわよ」
「はいはい……って、あれお前……えっ!?」
 そこにいたのは大学時代の旧友であった。比喩ではなく煮湯を飲まされた女性は後にも先にもこいつだけである。やや希望的観測が入っているのは否めない。しかし宅飲みで空っぽの──決して自分が飲んだわけではない
──一升瓶片手に暴れ回る姿にささやかな憧れを抱いたこともまた否めない。
 好きだったかと問われれば、あれやこれやと理屈を並べた上で最後に「そうだ」と肯定するくらいの間柄である。それくらいの関係であり、それくらいの関係でしかない。大学卒業時、彼女から「言わないの?」と聞かれ
たときに「何を?」と言って逃げた俺の過去が走馬灯のように頭を駆け巡っていた。死ぬのか、俺は死ぬのか。
 認めない、そんなことはあってはならない。死ねない理由がいくつもあるが、まず直近のそれを一つだけ述べよう。


11: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:11:17 ID:CtG

「……美咲さん!?」
「ぷ、プロデューサーさん!?」
「………………あら。なに美咲、知り合い?」
「しょ、職場の…………ど、同僚の方、です」
「………………そ。改めましてこんにちは。美咲の姉です。お久しぶり、Pくん♪」
「ひさしぶり……ですね」
「あっはっは、なーに敬語使ってんの。あ、もしかして美咲の前だから?」
「社会人だからだよ……です」

 まさかの出来事に頭が追いつかない。俺は突っ立ったまま二人を眺めるばかりで、美咲さんも何やら信じられないものを見たかのような表情で姉を視線をかわしている。当の本人はしばらく美咲さんを眺めたあと、視線を
こちらへと流した。そのややめんどくさそうな動きが、あの頃を全く変わっていなかった。

「あら、二人はもうお知り合いでしたか。それなら話は早い……老人は退散するとしましょう」
 おい待て。こんな状況で「あとはお二人で」と任せられるその胆力を普段どこに隠し持っている。少なくとも俺にはない。しかも明らかに彼女の妹と俺が同僚であると言うことがわかったはずなのにその処理も俺任せと言
うわけか。そんなこと俺にできるはずがないだろう。あなたの息子だぞ、よく考えてくれ。過大評価も甚だしい。実の息子に大きな期待をかけるのは一般には良いことだとされているが例外もある。俺である。と言うか今で
ある。 
 しかし老人は手慣れたもので、俺の母の号令を皮切りにそそくさと両家の両親が退散してしまった。おそらく同時に良心も消え失せているに違いない。ふすまをわずかに開けて覗き見をしている我が母よ、少しは恨むぞ。
 こんな状況の最中でも彼女は堂々たるそぶりである。卒業式の時以来に見る和装姿は、出会う人全ての目を引きつけるだろう。和服の色は橙色と派手なものの、薄く決めた化粧がよく映えている。紅い唇に目を奪われていると、それがゆっくりと開いた。

「───いやあ、ごめんね。私Pくんとの見合い、受ける気ないわ」
「そうか、それなら──────え?」
「いやだって。美咲の想い人でしょ?」
「そうなの!?」
「違います!」

 ───思わず声が上ずった。そして現実は一秒にも満たず修正された。違ったのか。違わないでも良いんじゃないかな……とは流石に言えない。

「やあ、ごめんねー、Pくん。私もさ、昨日お父さんから急に『おじいさんの兄の奥さんの姉の娘の旦那のお母さんの友達』が危篤って言われてさあ。慌てて帰ってきたらこれだもん」
「わ、私も同じ連絡を聞いて……」
 ───どこの家も似たり寄ったりということか。それにしても『おじいさんの兄の奥さんの姉の娘の旦那のお母さんの友達』? なんかうまいこと対称になっている気がするが……気のせいか。


12: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:11:44 ID:CtG

「あはは。まあそれでも久しぶりに会ったんだし、飲みながら話そうよ。美咲も飲むでしょ?」
「待て、お前飲むつもりか……!?」
「あっはは、だいじょーぶ大丈夫。……何かあったらPくんが止めてくれるだろう?」
 あの酒癖が出たらどうしてくれる。昔は友人の三人四人がいたから抑えることは可能だったわけだが今は俺しかいない。妹の美咲さんがどれほどの強さ(物理)かにも依るが、さすがに実の姉をとっちめることが可能だと
は思えない。しかも俺には敵わなかったからなんとかしてくれだなんて情けないお願いをするわけにもいかない。だから最善はお前が飲まないこと、次善はお前が酔わないことだが────嫌というほど知っている。お前が
酒の類に弱いということは。
「え、お姉ちゃんお酒強いんだから酔わないでしょ……?」
「あ」

 え。
 何それは。

「美咲さん……今なんと……?」
「え、お姉ちゃんお酒強いですから酔い潰れるとか酔って暴れるとかなんてないと……」
「お酒に……強い……?」
 こいつが……? いや青羽さん、それはきっと思い違いだ。だってこいつは酒だと言って渡した水道水を飲んだだけで酔って俺にヘッドロックをかましてきたのだから。その酒癖の悪さ、酒の弱さは折り紙付きである。
「いや、美咲さんこいつ、いやお姉さんは……」
「み、美咲」
 ……何やらか細い声が聞こえた。声の先を探してみるとどうやら赤い顔をしたこの女性ということになるのであろう。誰だお前。お前か。酒を飲む前から顔を赤くしているのだからやはりその酒癖の悪さ、酒の弱さは折り紙付きである。
「ね、姉ちゃんだって酔うことはあるよ……?」
「ええ!? 一升瓶を飲み干してもけろっとしてるお姉ちゃんが!?」
「み、美咲。いいから。もういいから」

 ──────なるほど。
「そうですね。じゃあ美咲さんも一緒に呑みましょう。お姉さんの昔話、色々聞かせてください」
「なっ……なんだよそれー!」
「はい!」
「むー、美咲も。……じゃあいいや。Pくん、普段の美咲がどんなか教えてよ。それを君がどう思ってるのかもさ♪」
「えっえええ~~!? わ、私のことはいいよぅ……!」
「なるほど、それものった。今日は始まりこそぐだぐだしてはいたが、良い飲み会になりそうだ。ワクワクしてきたぞ」
「……Pくんも変わってないね」
「え、そうなの。こんなにフランクなプロデューサーさん、初めてみるかも」
「……へえ。ねえ美咲。大学時代のPくんの話、聞きたい?」
「き、聞きたい……!」
「よし、話したげる。代わりにそっちはさ、仕事場でのPくんのこと教えてよ」
「うん! あのね、プロデューサーさんはいつも優しくて、ちょっとひねくれたところあるけどみんなのことが大好きで……」
「ちょちょちょ、俺もか!?」

 ……こうして、なんとなしに飲み会は進んでいく。
 青春を肴に。奮闘を出汁に、酒を飲み交わし、気持ちを酌み交わす。

 ───もしあの時。俺がなけなしの勇気を振り絞って、彼女に「好きだ」と伝えていたら、今のこの時間は存在したのろうか。存在したかもしれない。しなかったかもしれない。確率分布は知る由もない。だが確実に、今
の俺たちの関係で会うということはなかっただろう。だからこの時間は、俺の勇気がなかったからこそ生まれた時間だ。……自己正当化が激しいと言われようが関係ない。
 飲み会はさらに両家の親族まで入り乱れ混沌と化していくけれども、書くべきことが多すぎてこの余白だけでは少なすぎる。もしあれば、次の機会に滔々と語ろう。

 だから今は──────情けないあの頃の自分に、乾杯を。


13: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:12:17 ID:CtG

【恋色小町】



「……あー、もうわかんねー!」
「お困りですか昴さん?」
「ああ、百合子か……」
「ダメでしたか!?」
「いや、百合子でも助けてほしいくらいでさ……今度の公演、オレがセンターをやらせてもらうんだけど、曲が恋の歌なんだよ。オレ、恋がどうとかってよくわかんないからさ……しかもさ、『恋に落ちた瞬間』なんて……」
「ふむふむ……悩みはわかりました! 私にお任せください!」
「……大丈夫かなぁ……」
「例えばですね。昴さんがプロデューサーさんのことを好きになるとしましょう」
「なっななななななななななな何言ってんだよ突然!?」
「もしもの話です! 
 ……いつも一緒にいてくれるプロデューサーさん。仕事がうまくいけば頭を撫でて褒めてくれる。仕事が失敗したら、成功した時より優しく撫でて励ましてくれる」
「お、おう……」
「いつからか、仕事をしている時でなくても、プロデューサーさんの顔が思い浮かぶ。学校でテストを解いている時も。この問題が解けたら褒めてくれるかな、とか。お風呂に入っている時も、もっと胸が大きかったら、少しは興味持ってくれるかな、とか……」
「お、思わねぇよ!」
「例えばの話です! ……いつからか、頭の中はプロデューサーさんでいっぱいになってしまって。でも、目の前にプロデューサーさんがいると、うまく話すことができない。
 あれ、どうしてだろう。フォークボールのキレが増したって話したい。お兄さんに作ったオムレツがここ最近で一番うまく言ったって話したい。レッスンで一番褒められたって話したい。他にも話したいことや、やりたいことがいっぱいある。みんな、あなたには知っていてほしい。
 そしてできるなら、プロデューサーさんが何を考えているかも知りたい。好きな食べ物は。好きな色は。女の子は、やっぱり可愛らしい服を着てる方が好きなのか、とか。──……いっぱいいっぱい、知りたくなるんです」
「────────」
「魔王の手から救ってくれたわけじゃない。落ちる鉄骨から身を挺して庇ってくれたわけじゃない。燃え盛る業火の中に取り残された時に、水をかぶって助けに来てくれたわけじゃない。……でも、なんでもないはずのあなたに、恋をするんです。
 あなたのことが、知りたくてどうしようもなくなるから。
 自分のことを知ってほしくて、どうしようもなくなるから。
 全部知りたくて。みんな知ってほしくて。自分のことを、あなただけに。
 ───そんな自分に、ふと気づくんです」
「百合子───」
「どうですか!? そして気持ちに気づいた私は私自身を全てさらけ出してあの人のもとへ……! 光る海岸、波打ち際であの人の胸へと飛び込む私───!」
「百合子」
「そしてついに夜。隠すものも阻むものもなくなった二人の間に満ちるものは唯一愛だけで……そんな嬉しい気持ちでいっぱいの中、あの人が私の中に───!!」
「あ、もういいから」
「きゃー! す、すごいです昴さん! 大胆!」
「オレじゃねえよ! しか途中から登場人物百合子に変わってたよな!?」
「いやー……すごいですねー……」
「う、うん……でも、『あなたのことが、知りたくてどうしようもなくなる』ってのはなんか、わかる気がするよ……! ありがとな百合子!」
「結婚式は海の見える教会でしましょうね!」
「だからやんねえって!」


14: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:12:39 ID:CtG



「……ふう」
「はは、緊張してるな」
「……ちょっと、な」
「昴。手、出してごらん」
「? なに───ってわあ!」
「……おまじないだ。きっとうまくいく。昴なら大丈夫」
「オレ、なら───」
「ああ。それを昴自身が知ってれば大丈夫さ。それに───」
「そ、それに?」
「……内緒にしておこう! ライブが終わったら教えてやる」
「な、なんだよそれ~! 気になるから教えろって!」
「はっはっは。だいぶ緊張も取れたみたいだな」
「……約束、だからな」
「?」
「……だから! ライブ終わったら、ちゃんと教えろよな!」
「ああ、約束だ。……いってらっしゃい。ここから見守ってるから」


 とくん。


 あ──……。
 

 ……わかってしまったから、うなずきだけで返事をする。
 視線は白い光が眩しく輝いているステージへ。
 歌えるよ。絶対、今のオレなら、歌える。
 ───だって、これがきっと、そういうことなんだろ?
 



 止む事のない歓声を背に受けて、ステージを降りる。
 最高のステージだった。今のオレにできる。ギリギリ最高の、これ以上ない出来。
 いつもは「じゃあな」と大声で挨拶をするけれど、今日はしない。
 ───今日は、しない。



「すごく良かったぞ昴。……昴?」
「……約束。聞かせてくれよ」
「ああ───いや、本当はそんなもったいぶって話すことでもないんだけど……
 きっとうまくいくって、知ってるのは昴だけじゃないって事だよ」
「それって……」
「ああ。
 俺も、知ってるからさ」

 ──……なあ、違ったよ百合子。
 結構、いい感じだったけどさ。惜しかったんだよ。
 どうしようもなくなってから気づくなんて、違うんだ。違ったんだ。

「昴?」
「────P、オレどうだった?」

 ……オレのこと、可愛いって思ってくれたか?

「ああ、最高だった。練習の成果が出てたよ。やり切ったな……すごくカッコよかった!」
「……そっか! そっか。……ありがとな」

 ああ、しょうがない。しょうがないよな。いつもそう言われて喜んでたのはオレ自身なんだから。
 女らしい格好を恥ずかしがっていたのはオレだったから。
 ああ──ほんと、明日からはちゃんと、スカートだって履かなきゃな。
 だって、気づいちゃったんだからさ。しょうがないんだ。


 なあ、百合子。
 恋は。
 どうしようもなくなったから、気づくんだ。


15: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:14:21 ID:T61

【Before Birthday, 10 minutes.】



 特別な意味を感じない人もいるでしょう。
 でも、私は違った──今日、この瞬間には特別な意味がある。
 一秒一秒、刻一刻と失われていく制限時間。
 私が私でいられるまでの残り時間。

 残り。十二分と三十三秒。


16: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:14:40 ID:T61



「あれ、琴葉? どうしたんだ、こんな遅くに……?」

 事務所にはあの人だけが残っていた。事前に小鳥さんにお願いしておいて良かった。……明日までに仕上げないといけない書類を、今日まで隠し持ってもらうなんて、昔の自分が聞いたらどう思うだろう。しかもそれを他人に頼むのだから尚更悪い。
 でも今だけは、悪い子でいさせてほしい。
 わがままに人を突き合わせることに自己嫌悪もあったけれど、それも飲み込んで、私はここにいる。それを飲み込んでも、一度だけ、私の人生で一度だけ──本当に悪いことを、したいから。
「お疲れ様ですプロデューサーさん……たまたま通りかかったら……ううん、違うな……」
「……?」

 落ち着いて、落ち着いて。深呼吸、深呼吸。
 素直になろう。
 取り繕わずにいよう。
 こんなことに勇気が必要だなんて、考えたこともなかった。
 きっと、もう使う事のない勇気。だから、この瞬間にそれを振り絞る。
 
 手提げ袋に入っているものをゆっくりと取り出し、震える声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……いつか言ってた『悪い琴葉』、ですよ」
「……? あっ! それお酒じゃないか……!」

 そう。成人した先輩のアイドルの皆さん(主にこのみさんと莉緒さんだ)から、夕方のバースデーライブの後にお祝いとして渡された──頼んだ──、少し値の張る赤ワイン。
 買ってあげると譲らない皆さんをなんとか説き伏せ、私のお金で購入した。だからこれは正真正銘、『田中琴葉が未成年の時に購入したお酒』なのだ。

「──……あと十分で二十歳です。だから二人だけでその前に……ね?」
「──ははっ……なるほど、そりゃ悪い子だ」

 プロデューサーさんは座ったままゆっくり背を伸ばすと、近くにあったコーヒーカップを洗ってくると言い給湯室へ消えた。戻ってきた彼の手には、洗ったばかりのマグカップと少し背の高いワイングラス、そしてワインオープナーが握られていた。

「俺もたまに一人の時は飲むんだよ……大人の秘密な?」
「はい。それでは……お願いしても良いですか?」
「もちろんなんなりと。……お嬢様」

 慣れた手つきでコルクが抜かれる。
 私の前に置かれた透明なワイングラスが、とく、とく、とくという音と共に紅く染まっていく。

「それじゃあ──乾杯」
「ワイングラスの乾杯は、ビールとかとは違ってさ。……ゆっくり、静かに交わすんだ」
「そうなんですね、知りませんでした」
「琴葉はいい子だったからね」

 だった、という言葉がワインとともに、染み込んでいった。

「おめでとう琴葉──素敵な大人になれよ」
「いい大人じゃなくていいんですか?」

 はは、とプロデューサーさんが笑う。
 時計の針が全て重なった。

「──────」

 その言葉は、私の二十年の中で一番、輝いていたと思う。


17: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:15:07 ID:T61

【恋咲き花火】



 夏も終わりに差し掛かった、八月最後の日。
 夏祭りが数日にわたって行われることは珍しいのだろうか。確かに花火のように一日だけぱあっと光って終わりは静かに去っていくのが粋であると感じる人も多いだろう。
 しかし祭りが続くことで恩恵を受ける人たちもいる。それは例えば俺であり、閃光 HANABI 団であり、そして彼女たちを楽しみに待ってくれている人たちのことだ。 
 一日目。観客参加型のど自慢大会に閃光 HANABI 団がサプライズゲストとして参加させてもらうことになった。エントリーにない女の子たちが急に歌い出し、そのままライブといった流れ。その後は盆踊りや打ち
上げ花火の盛り上げ係を頼まれるといった形だ。言うまでもない事だが大成功であった。
 二日目。まとまって仕事をすることはないけれど、法被に鉢巻をして彼女たちが祭りの会場を練り歩くだけで人が吸い寄せられる。そんな魅力を持っているからこそこの場に呼ばれたのだろうな、と我がプロデュースを誇るわけではないが、間違ってはなかったなと改めて思う。
 さて、そんな縁があって佐竹飯店が出店を出すと聞いたからふらっと寄ってみた。……しかしすごい行列だ。行列の先には、鈴のような声を響かせている美奈子の姿があった。
「はーい、いらっしゃいませ! チャーハンは二合から、餃子は十六個からの販売でーす! おっ、チャーハン四合ですね! ありがとうございますー!」
 ……なるほど。繁盛しているらしい。何よりだ。値段を見たらチャーハン二合が五百円と言うから驚きである。他の出店に注文は入るのだろうか……?
 訝しげな視線で佐竹飯店特別出張店を眺めていると、美奈子が俺に気づいたらしい。ぶんぶんと手を振る……ことは鉄ヘラを持っているからしないけど、その代わり向日葵のような笑顔をこちらに向けてくれた。
「あ、プロデューサーさん!」
「よっ美奈子。繁盛してるか?」
「はい! もう飛ぶように売れて売れて……お客さんもみんな喜んでくれているみたいで、やり甲斐もありますね! プロデューサーさんもどうですか?」
「はは、俺はさっき少し食べてきたから──」
「……」
「二合、もらおうかな」
 ……そんなふうに、目に涙をうるませてこちらを見られたら敵わない。俺も(まだ)若い男だ。仕事帰りにたこ焼き一舟とチャーハン二合くらいはイケるはずだ。唸れ俺のストマック。
 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、美奈子はニカっと笑顔を咲かせる。
「はい、ありがとうございます! 少しサービスしちゃいますね!」
 ……三合か。頼むぞ俺のストマック。


18: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:15:37 ID:T61



 店は未だ繁盛の盛りだが、美奈子のお父さまが「少し休んでいい」と美奈子にヒマを出した。同じく店番をしている弟さんから「姉ちゃんのことをお願いします」と頼まれたのだが、何をしたらいいのかはさっぱりわから
ない。ただ向こうが気持ちよくサムズアップをしてきたので、こちらも同じノリで返した。お母さまが色めき立った声をあげ、美奈子に何やら耳打ちをしていた。美奈子はどんどんと顔が赤くなっているが、体調は大丈夫な
のだろうか? ここで休むのもいいのでは、と提案したところ全員に拒否を突きつけられ、『あの小高い丘で休ませてあげてください』とお願いを受けた。なるほど、小高い丘に吹く風はここよりもだいぶ涼しいに違いない
。理にかなっていると俺は自分を納得させた。
 俺は熟考の上その任務を引き受け、そして今に至ると言うわけである。

「体調は大丈夫か、美奈子?」
「えっ──? あっはい! もうこの通り、バッチリ元気です!」
 美奈子はぶんぶんと両手を回す。なるほど。元気であることが確認できるのと同時に、アイドルそのままの愛嬌が直接俺に刺さった。致命傷はまだ遠い。

 美奈子と俺は祭りの会場のすぐ近くにある小高い丘の頂上の木に背中を預けていた。乾いた柔らかい緑の上に腰を下ろし、吹く風の蒼さを肌で感じている。
 ここからは祭りの様子が一望できる。あの神輿に乗っているのが奈緒と海美だろう。バイクでウィリーを披露してるのがのり子だ。紗代子は盆踊り会場の中心でマイクを持って歌っている。きっとこぶしが効いた素晴らしい音頭になっているのだろう。

 ────そして、俺たちは何を言うでもなく二人、ゆっくりとそれを眺めていた。
 同じ秒針を刻むはずなのに。たった数百メートルほどの場所と、同じ長さの時間が流れているとは思えなかった。
 向こうは、色々な意味が縮退していて。ここでは、たった二個の意味しかなくて。
 どちらがいいとか悪いとか言うわけではない。
 だが、俺には美奈子と過ごすこの時間が、とても尊いものに思えた。
 彼女は、どう思ってくれているだろうか。言葉にしなければわからないそれを、彼女は驚くべき方法で伝えてきた。
 
 背中が触れる。指が絡まる。少しだけ、重みが右半身にかかる。肩に彼女の頭が置かれた時、ちょうど短い風が吹いた。ずいぶんと涼しく感じたが、この温度を連れ去るまでには至らない。
 美奈子が小さい声で何かを呟いている。こんなに近くにいるのにその声は全く聞こえない。
 それでも、「俺もだよ」と返した。そうするべきだと思ったからだ。
 右手の温度はさらに高くなる。体中の熱がそこに集まっているかのようだ。

 これが、彼女の思いだ。
 なるほど。
 良かった。
 洒落っ気のない単純な言葉だが、そう思った。


19: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:16:32 ID:T61



 祭りの時間も、だんだんとゆっくり流れるようになってきた。周囲の明かりがだんだんと落ち、紗代子がいたメインステージに人と明かりが集まっている。
 ────にーい、いーち、と。そんな掛け声が聞こえた。
 ぜろー!と言う声の後、明かりは一斉に落ちた。
 ……その数秒後。細い光が暗闇を照らす。ぱっと、花のように広がったそれは時間の尾を引くように消えていく。
 消えた先から、また新しい火が現れる。最初は白い光ばかりだったのが、だんだんと緑や青も混ざり始めた。一通り光終わったら、今度は筒状に仕掛けられた大型の光が顔を表す。子供向けのアニメキャラクターの形に彩られた火は、先ほどの細い火よりもずっと長い間光続けている。
 彼らが見ているうちに、と言うことなのだろうか。そのずっと上、空の真ん中で華が開いた。
 赤、青、白、黄色。炎はそれがそうであるように反応し色づいていく。
 色づいた火が消えていく。
 間髪入れずに、次々と華が咲いていく。人が咲かすことができる花の中で、きっと一番速く咲き、そして枯れていく花。そんな姿が、どうしてもアイドルと言う偶像の存在と重なる。
 ……いや。センチメンタルになるのはもう少し歳をとってからにしておく。始まってもいない終わりを慈しむのはやめておこう。
 そんな重大でもない決心をして横を見ると、美奈子はほう、と口を半開きにして何処かを眺めていた。

「──美奈子?」
「……あっ、はい! なんですか、プロデューサーさん」
「大丈夫か?……見惚れてたか?」
「ええ!? ま、え、あ、そ、そうです……」
「……ははっ、わかるよ。こんなに綺麗な花火だもんなぁ……」
「えっ、見惚れてたのはプロデューサーさんにですが……」
「えっ」
「あっ」

 ……何処かはここであったか。不意打ち、なのだろうかこれは。原因が俺にある以上、むしろ謝らねばならないのは俺の方かもしれない。でも何を謝ればいい? お互い何か会話を勘違いしていてごめんなさい、か? そ
れとも俺に見惚れさせてしまってごめんなさい、か? いやいや、後者はいくらなんでも酷すぎる。とりあえず場をつなぐために、彼女の方に向き直る。



 ───────途端。

 俺の体は美奈子に押し倒される。眼前には何かを決心したような美奈子の顔と、続く花火の残滓と、小さく光る星空があった。

「ぷろでゅーさーさん……」

 彼女が目を閉じる。顔がどんどんと近づいてくる。逃げようにも逃げることはできない。そもそもそんな気もない。

 それでも最後に一言だけ。かっこ悪い言葉を口にしてから意識を投げ出すことにした。

「……──俺に見惚れさせてしまってごめんなさい」


20: 名無しさん@おーぷん 20/11/24(火)23:19:36 ID:T61

以上です。なんかたびたびID変わって申し訳ありませんが全部作者です。
いつもエンタメ性のない物語ばかりかいて自己満足に浸っています。もし少しでもいいな、と思ってくだされば望外の喜びです。

これらも含め、過去作もぜひよろしくお願いします。

【シャニマスss】微睡レモン【樋口円香】


【ミリマスss】Rain drop 【所恵美】


【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品:親子丼【幕間】


転載元:【ミリマス短編集】Before Birthday, 10 minutes.
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1606226595/



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