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トップページモバマス > 【モバマスss】真月に祈る【かこほた】

1: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)10:38:52 ID:Rlb

かこほたの中ニ病全開誰得SFです。
俺得を突き詰めた作品ですが、もしよければぜひ。



2: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)10:39:12 ID:Rlb

【海月の夢】



 ──────それは、むかしむかしの物語。


3: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)10:39:44 ID:Rlb



 夜という概念がまだ私たちにあった頃、空はとても暗かったのだと聞いています。
 あたりは闇に紛れてしまい、海の向こうの光が一際輝いて見える。そんな毎日だったそうです。
 私もおばあちゃんから聞いた話なので実感はないのですが、どうにも信じられません。今だってこんなに暗いのに───これよりも暗くなるなんてこと、あるのでしょうか。
 それなら同じくらい、うんと明るい瞬間がないと割りに合いません。世界の半分以上が暗くなってしまうなら、世界の半分以上は明るくなって然るべきです。「どうしてそうじゃないの」と聞いても、おばあちゃんは「どうしてでしょうねぇ」とはぐらかすばかりでした。

「きっとお月様は違うのよね」

 それが決まって私が投げかける最後の言葉でした。おばあちゃんはその言葉に何も言ってはくれませんでした。しかし私がこの言葉を口にするたび、優しく頭を撫でてくれたことを思い出します。

 それがもう、六千年も前のことでした。
 まだこの星に他の人達がたくさん残っていて、みんなが一人一人助け合って、過ぎていく刻を数えることに意味を見出そうとしていた時のこと。

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4: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)10:50:02 ID:Rlb

 人間の歴史は、いつしか数を数えることをやめてしまいました。ほとんどの人にとっては昨日と今日、そして明日があるくらいでしょうか。
 今を生きるとはつらい過去に縛られないこと、かなしい未来を夢想しないこと、だそうですから。
 これについては明確な始まりが記憶に残っているのです。
 遠い昔───それこそおばあちゃんがまだ私くらいの年齢だった時───ほとんどすべての動物がそうであるように、今この時だけを真摯に生きようと、ある男性が言ったそうです。
 積み重ねた歴史に翻弄され、罪を背負って生きるのはもうやめにしようと。
 ……希望に満ちた言葉だったそうです。心からの善意で舗装された、優しい言葉だったと聞いています。
 もちろん最初は数人だけからの始まりでした。しかし時が経つにつれ賛同者は加速度的に増加していきました。今は、ほとんどそれが人間という種の総意であるかのように考えられています。
 もちろん、せいぜいが数千、数万人程度のものですが。それでも、現在はほぼ全ての人間が一様に願うこと、なのだそうです。
 おばあちゃんは大反対だったそうです。おばあちゃんほどではなかったそうですが、お母さんも。
 お母さんがその話をしてくれた時、今までに見たことがないくらいの怖い表情を浮かべていたことを思い出します。やはりあれも千五百と……いえ、もう二千年くらい前のことになるのでしょうか。
 ちょうどお母さんが、私に名前を残して死んでしまったくらいの時期だったはずです。

 それが、少し昔のお話です。


5: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:08:44 ID:Rlb



 波打ち際に、光が瞬いています。
 遠いお星様が映っている……それだけじゃなくて、ぼうっと、青く白くゆったりと光っているのです。
 私は、波間に足を踏み入れるのが好きでした。
 靴を抜ぎ、スカートをたくし上げて、冷えた異界に心を染めることが一番の楽しみでした。
 ぱちゃりぱちゃりと足を上下すると、それに伴って光が舞うのです。──それは本当に綺麗で。どんなに辛いことがあっても、これを見れば心がすっかり元どおりになるような光景でした。あ、でも、そんなに辛いことなんて、そうそうないのですけどね。

 ……でも、これはきっと私だけに限ったことではないのだと思います。「この星の中で、ここだけなんだ」と、昔通りかかったお姉さんが言っていました。「このままこの瞬間を閉じ込められたらいいのに」と、少し寂しそうに笑っていました。
 通りがかった、とは言いますが本来はあり得ないことです。手段の問題ではなく、意識の問題なのですから。遠くに行くためには、歩けば良い。海を渡るには、船を作れば良い。やったことはなくても、やり方だけは知っているのです。でも、遠くに行く理由は、そもそもないはずなのです。
 ──どこに行ったって結局、同じなのですから。
 そんな疑問が顔にまで浮かんでいたのでしょう。お姉さんは「はは」と笑いながら海の砂に腰掛け、どこか遠くを見つめています。そのまましばらく、お姉さんは何も言いませんでした。
 ……どれくらいか時間が経った後、すう、とお姉さんの目尻から涙が流れました。私は何も言えません。その代わりお姉さんが「少し話をしたいんだ」と言ってくれたので、私は頷き、お姉さんの横に座りました。
 お姉さんの故郷は捨てられてしまったそうです。正確に言うと、捨ててしまったのだとお姉さんは言っていました。ずっと待つのも一人だと寂しいから、捨ててきちゃったと。
 私はお姉さんにいろんなことを聞きました。ここに来るまでに、何を見てきたのか。何が聞こえてきたのか。匂いは。肌触りは。食事の味は、と。……ぽつり、ぽつりと。とり留めのないことを。
 よく知っていることばかりでした。──でも、何一つとして知らないことばかりでした。
 ……一通り話し終えると、お姉さんは「よし」と立ち上がり、私の頭を撫でて、月明かりを背に去っていきます。
 ああ、もう会えないんだなとわかってしまいました。
 だから大きな声で、「また明日」と声をかけました。
 お姉さんは笑って「馬鹿だなあ」と。そして「もう、今日なんだよ」と。
 泣くように笑っていたお姉さんの顔が昨日のように思い出されます。
 もちろん、本当はずっとずっと昔のことですが。

 この海を好きでいられることは幸せなのだと、その頃からぼんやりと思うようになりました。
 それを幸せと呼ぶことにしようと決めたのです。
 何一つ変わらないこの冷たさが、肌触りが、明るさこそが。
 今私が感じられる、すべての幸せなのだと思うことにしたのです。
 だってそれ以外に私には何もなかったから。
 私が持っているものは、この海と、この砂と、この風と、この光が全て。
 だから私の全部を、幸せと呼ぼうと決めたのです。


6: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:11:10 ID:Rlb



 瞬間。

 熱く煙った白い光が、空は真っ二つに引き裂いています。
 一筋、光が海の向こうに落ちていくのが見えました。
 虚空の果てには光らない海があって。
 そして光らない海の向こうには、乾いた土があるのでしょう。

 かあっと、強く瞬いた後にその光跡は消えてしまいました。
 しばらくの後、いつもより少しだけ暖かい風が頬を通り抜けていきました。


7: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:11:34 ID:Rlb

 波が泣いています。
 風が叫んでいます。
 向こうから吹いていた風は、いつの間にか私たちの島から空気を吸い上げるようにその向きを変えていました。一秒毎、息をするごとに激しさを増しています。
 私は慌てて海から上がりました。
 裸足のまま、砂浜を後にしようとしました。
 素足に砂がまとわりつきます。星の砂はざらついていて、大きいかけらを踏んづけてしまうとその先ずっと痛いのです。でもそんなことも気にしている余裕もないくらい、私はいますぐこの場から離れなければならないと思ったのです。
 そんな時間が、どれほど続いたでしょうか───きっと、数回息を飲むくらい。


8: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:11:53 ID:Rlb

 海は、急に静けさを取り戻しました。
 空の空気はいつもと変わらず。風はやはり冷たく悲しいままです。何だったんだろうと不思議に思い、沖を見つめます。ずっとずっと遠くを見て、そして───。


9: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:12:06 ID:Rlb

 ───あ。
 明けない時間がかちりと時を進めます。もちろん、世界は何も変わりません。
 でも、昨日にはなかった今が、まさにこの瞬間に訪れました。


10: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:13:59 ID:Rlb

 海の向こうから、ぷかり、ぷかりと透明でまあるい何かが流れてきます。
 漂うように泳いでいる何かは、あちらこちらに揺れながら、まっすぐとこちらに向かってきています。
 私はぽかんと口を開けながら眺めていました。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 しかし、まるで走っているかのように。
 それが何なのか私にはわかりません。海に生き物がいるなんて、初めてのことだったからです。───生き物、と言いましたが、生き物であるかどうかも本当はわからないのです。
 でもきっと、生き物です。
 人間とは別の形の、海の生き物なのです。
 鳥さんとかわんちゃんとか、お猫さまみたいに息も熱も感じないけれど。確かに生きているのだと、一目見て私はそう思いました。


11: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:16:25 ID:Rlb

 ───ざざあ。
 波音と同時に、それは私から数歩の位置へと打ち上がりました。
 私はゆっくりと近寄ります。あんまり一人で知らないものに近づいちゃダメだって昔お母さんが言っていたけど、きっとお母さんだってこうするに決まっています。

 ──────それは、ひどく弱っているようでした。
 丸く透明な傘のような体に、長く柔らかい棒のようなものが四本ついています。三本は同じ長さですが、一本は不自然に短くなっています。きっとちぎれてしまったのでしょう。
 棒のようなものは最初のうちはうねうねと動いていましたが、下側の一本はじきに動くのをやめました。残った一本は体に巻きつくように、最後の一本は周囲を見渡すようにきょろきょろと蠢いています。
 その生き物は呼吸をしているようでした。身体が規則的にふくらみ、そして萎んでいきます。不思議なことに身体が萎むとき、ぴかりと、あの青白い光を放つのです。海の光と同じ色。でも、少しだけ強く。
 私はどうしていいかわからず、立ち尽くしていました。
 波がその生き物を連れて行こうとします。
 しかし動かなくなった棒を支えにして、何とかこの場所に留まろうとしています。ああ、あれはきっと腕なのでしょう。
 光が不意に一際強くなりました。しかし次の光は消え入りそうなくらい弱く。ああ───それを見れば、誰もがわかるでしょう。
 これは、死に向かう呼吸なのだと。


12: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:18:00 ID:Rlb

「こ……こんにちは」
 とりあえず私は挨拶をすることにしました。「知らない人に会ったなら、最初は挨拶をするんですよ」と口をすっぱくおばあちゃんから言われてきたので、もう遺伝子の奥の奥まで身についていることだったからです。

 ───ぎい。

 返事が聞こえました。何を言っているのかはわかりません。おばあちゃんならきっとわかったのかもしれないけど、人間以外の言葉なんて千年も前には失われてしまったのですから仕方ありません。でもそれは───。

「───寂しいの?」

 私は言葉を続けました。何を言っているかはわかりません。でも、そう言っているような気がしたのです。相変わらず会話はできなから、私は矢継ぎ早に質問を繰り返します。

「どこから来たんですか」
 ───ぎい。
「一人なんですか」
 ───ぎい。
「苦しくありませんか」
 ───ぎい。
「何かできることはありますか?」
 ───。

 最後の質問には返事がありませんでした。しかし、腕のようなふにゃふにゃしたものを高く挙げ、こちらに向かって伸び曲げを繰り返しています。それはまるで手招きのように見えました。

「ち……近寄ればいいんですか?」
 ───ぎい。
「……痛くしませんよね?」
 ───ぎい。
「じゃ、じゃあ……」

 おそるおそる、私は手を伸ばしました。ゆっくり息を飲んで、そのふにゃふにゃの先っぽを掴みました。

 ───その瞬間。
 
「───わあっ!?」
 ぴかりと、蒼色の光が眩しい程に光りました。目の前が真っ白になって、思わず目を閉じてしまいました。でも不思議なことに、目を閉じても真っ白はずっと続いています。

「───え───?」

 とくん。

 今、一瞬……?
 何か、すごくあたたかい誰かの笑顔が──────。


13: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:18:49 ID:Rlb



「いつか、もう一度私と出会った時───その時は、きっと笑顔で──────」


14: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:19:03 ID:Rlb



 ──────ふと聞こえた、懐かしい声。
 懐かしく、一度も聞いたことのない声。
 優しく、涙に濡れた声。
 強く、崩れ落ちてしまいそうな声。
 ──────ああ、そうだ。
 『私』は──────。


15: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:19:41 ID:Rlb



 目に映ったのは元通りの海。
 そしてもう動かなくなったその生き物の、力なく垂れたその腕。

「くらげ、さん──────」

 私はそう声に出しました。
 急に、ふと、わけもなく、浮かんだのです。
 どうしてかと問われてもわかりません。ただ、そう呼ぶのだとわかったのです。

 鏡身に海が反射しています。
 半分はゆらゆら煌き、もう半分は思い出のように溶け出していきます。
 波が再び彼を連れ去ろうとします。手を離すのが優しさなのだと、そのときに理解しました。
 彼は寄せては返す波にその身体を乗せ、星へとその命を返していきます。
 長く長く生き続けたその命は、ようやく還ることができたのです。


16: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:20:22 ID:Rlb



「───帰ろう」
 誰に言うでもなくひとり、言葉を溢しました。海の向こうから目を切り、家へと向かいます。
 風はもう吹いていません。星の砂は乾いています。昨日とは違う今日を、私は思い出の一番上に重ねて歩き出します。

 ───家までの道に音はありません。凪の日に聞こえる音は、せいぜい私自身の足音くらい。ざしゅ、ざしゅと砂を踏む音だけが響いています。
 誰も彼もが歌い出すこともなく、何もかもが踊り出すことはありませんが、そんな凍った音楽に包まれて私は歩を進めます。

「あれ──……」

 何度も通った帰り道。
 花の数は変わりなく。
 枝の長さは変わりなく。
 葉の色すらも変わらない、そんな光景にぼんやりと輝く───海のあの色とはまるで違う──薄黄色の光。

 ぽうと灯って、すぐ消えて。
 飛ぶように離れて、寒さに堪えて身を集める。
 よわくよわく───とてもあたたかい───小さな光でした。

「ほた、る……──?」

 それはいつか、お月様にいたと言う生き物の名前。
 自らを燃やして光を灯す、儚幻(はくげん)の命を表す言葉。
 私は吸い寄せられるようにその熱に誘われていきます。
 光は道の外れの硬い木の途中から発せられていました。


17: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:21:02 ID:Rlb

 ───さん。

 どこからか……いえ。
 あの光の中から声がします。

 ───子さん。

 それは。
『おばあちゃん』の名前で。
『お母さん』の名前で。

 そして───今の『私』の名前でした。


 ───子さん。

 ……───茄子さん。

 ……───茄子さん!


 私は、ゆっくりとその光に手を伸ばしました。


18: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:22:22 ID:Rlb

【3411年 10月 9日】



 つい先日の報道によると、地球上の人間の数は遂に二百四十億を超えたようだ。それにも関わらず、千年間人類が悩まされ続けてきた食料問題や環境問題などの課題はすべて解決されている。
 これもすべて人類が人類たるアイデンティティを保ち続けた結果だ。科学技術が粋を極めた恩恵だろう。
 人類はとうとう、素粒子の理を明らかにし、生命原理を解き明かし、宇宙の果てを確認した。
 しかし人類の発展に決定的な役割を果たしたのは、マクスウェルの悪魔の召喚を可能にしたことだろう。もちろんそれは比喩であるが、熱力学の絶対的理の抜け道を見つけたことが、この栄華の絶対的要因であると私は考える。
 これは私自身の所感によるものではあるが、おそらく大部分の科学者は同じことを指摘するに違いない。
 とは言っても科学者というのは偏屈な人間ばかりなので、他人と同じことを言うのは嫌だというただその一点だけであられもない主張を繰り返す者もいるだろうが───そう言った人間は、自然と淘汰されていく。
 マクスウェルの悪魔の召喚について理論的提案はいくつもされていたが、それを実験的に達成したことが本質的な貢献だ。
 実験に成功したグループのある男(知己であるこの男が実験に参加していたことは驚いた)によると、結局は単純なことだったらしい。


19: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:22:49 ID:Rlb

【3412年 8月 7日】

 ◇

 科学技術について究極の謎を解明し、エネルギー原理さえ僕(しもべ)においた人類に残された最後の課題は、言ってしまえばあられもないことだ。しかしある意味究極の課題であるこれを達成するため、世界中の科学という科学を志した人間は皆同じ課題へと挑むことになった。
 私も例に漏れずこれに参加することとなった───あの男が参加を表明しなかったのは意外だった。何故かは次にあったときに聞いてみよう。何しろ、今の我々には文字通り無限の時間が与えられているのだから。


20: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:25:38 ID:Rlb

【3982年 6月 25日】



 それは紛れもなく人類史上最大の挑戦だった。しかし全てを解き明かし理解せねば済まぬという獣じみた好奇心の前に暴かれぬものなどないように思われた。

 結論から言おう。我々は確かにそれを解き明かした。だが実行することはできない。それが人類を終わらせてしまうことだと、同時に判明したからだ。
 当然、それならばと研究が始まったことは論を待たない。
 しかし結果がよく知られた方程式に従うことが、より物理学者をはじめとした自然科学者の絶望を深めた。
 その解の振る舞いは実験的にも疑う余地なく確かめられていたことで──同型の方程式に従うならば、現象としては類似のものだからだ。実験で示されたことを覆すことはできない───それこそ、前提を覆さない限り。
 しかし覆すべき前提の上に立脚した我々の栄華を今更ながら捨て去ることはできない。絶望しなかったのは数学者と哲学者のみだ。ことここに至って、彼らは現実を見てはいない。


21: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:27:35 ID:Rlb

【4097年 4月 16日】



 人類の欲望は私の想像を遥かに超えて醜悪なものであった。
 目的が一つしかない生き物というものはここまで苛烈になるものかと、吐き気すら催すほどの邪悪ぶりである。
 死人を利用するならば良い。生きている人間を利用することもまだ許されることだろう。しかし、その機能のためだけに我々は、人類ではない人間を創り出そうというのだ。
 我々の目的に叶う機能のみを持たせた、利用するために作られた人間。それも最初から量産することだけを目的にしているというのだから笑いすら浮かんでくる。
 ああ、そういえば古い友人が言っていた。人間という生命と人類という種が別つ日は近いと。
 彼がこの世を去ってからもう五百年余もの歳月が経つ。もう話を聞くことすらできないけれど、もしこの実験が成功すれば、いつかまた話すこともできるようになるのだろうか。きっとなる。なってしまう。
 再会したとき、彼は私たちにどんな侮蔑の言葉を投げかけるのだろうか。親友の歪む顔を見るのが私には恐ろしい。


22: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:30:39 ID:Rlb

【4200年 12月 32日】



 僕たちはついに人工的に『幸福』を生み出す人間を作成した。
 正確に言えば、そのプロトタイプ───幸福を再分配する役割を持つ機体だ。
 サルベージした人格は、遠い昔の極東に存在したという一人の少女。

 名前を、白菊ほたるという。

 人類すべての願いを背負って生まれたその少女の存在意義は生きることでも幸せになることでもない。彼女は人間ではあるが人類ではないからだ。
 生命の系統樹からは外れた、同じ形と同じ機能を持つ生命だ。
 こんなものを作り出すこと自体が命の冒涜であるという批判は免れないが、ならば批判者達は彼女を目の前にして本当に同じことを言えるのだろうか? まず間違いなく無理だ。まともな精神を持った人間が、あれを正視できるはずがない。それほどに、彼女は美しかった。
 もう一人、最終的に『幸福』を生み出す人間が完成すれば計画は完遂する。人類としての野望は、人間として培った理性をかなぐり捨てれば、こんなにも簡単なことだったのだ。
 僕にはそれが正しいことであったのかはわからない。僕の中の誰かがそれは間違いだったと提案する。しかし多くの僕がそれを否定する。

 幸せになりたかっただけなんだ。
 幸せになろうとする心の、どこが間違いだというのだろう。
 それも自分だけではない───人類という種全体が須くその恩恵を受けられるような成果をあげる。

 ああ───誰かがそれを肯定する。
 僕たちは間違ってなんかいない。正しくあろうと、それだけを真摯に祈り続けてきたのだから。


23: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:31:44 ID:Rlb

【4401年 33月 48日】



白菊ほたるを創ったのは間違いだった


24: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:32:09 ID:Rlb

【4408年 1月 22日】



 鷹富士茄子が『現れた』。発生したという以外に表現しようがない。
 私は何もしていない。何もできなかったのだ。
 彼女たち二人は、俺に別れを告げて二人で暮らし始めた。僕が住居や食料品などを支給してやると言った。断られた。私の指示が聞けないなんて、むかつくやろうだ。壊してやろうかと思ったが耐えた。偶然の因子が紛れ込んだとは言え、結果は望ましい方向へと向かっている。


25: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:32:33 ID:Rlb

【4408年 3月 46日】



 彼女は笑いながら言った。
「人を幸せにするのが私の役目なんです」と。
 俺はその言葉が聞きたかった。
 数年ぶりに眠りに着こうかと思う。もちろん、四分の一程度の人格には起きていてもらうが。


26: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:33:43 ID:Rlb

【4699年 11月 11日】



 状況は何も変わっていない。彼女たちはわずかばかりの栄養を摂取し、日がな歌ってばかりいる。人類の進化が止まった以上、この状況は明確な後退だ。進むこと・明らかにすることで存続を図ってきた生物が歩みを止めたら、それは種の終わりを表していることと同じだ。
 再編しなければならない。人口減少は止まらない。手遅れになる前に、人類という種を残さねばならない。そしていつか、いつかこの研究を完遂せねばならない。
 終わらせることが、我々に残された最後の課題なのだ。


27: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:34:13 ID:Rlb

【4881年 90月 27日】



 第八番統合機が 五つの贈り物をした
 氷葉の桜 箒星の砂 火蜥蜴の尾 白鯨の卵 真珠の布
 どれも 指先一つで 生成できる 安物だ
 白菊ほたるは 箒星の砂を 特に 喜んでいたそうだ
 鷹富士茄子は 笑うばかりで 喜んでは いなかった


28: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:34:38 ID:Rlb

【 年 月 日】



 人を 幸せに 
 そのため 生まれた 二人
 ずっと 音を 出して いる
 歌と いう らしい
 我には もう 知覚 できない 
 不快 
 これが 不快


29: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:35:02 ID:Rlb

【 年 月 日】



 カノ女 ハ バツ
 カミサマ ナッタ ジンルイ ヘノ
 
 デモ カミサマは いなイ わカッて イる
 ジゃア ダレが 罰を 私に 


30: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:35:46 ID:Rlb

【6300年 1月 1日】



 この日記をつけている私も、もう何代も前から様々な私が入り混じっている。
 もうどうしてこの日記をつけ始めたのかもわからなくなってきた。
 我々人類はもはやかつての人間としての形すら保ってはいないが、かろうじて古くなったユニットを切り捨てることで思考を保っている。しかしそれもいつまで続くかはわからない。
 十二番からの提言を受け、我々は白菊ほたるをこの星から追放することに決めた。全人類──とは言っても百人もいない程度だが──が参加する是非の投票では、わずか七人ほどの僅差で可決された。
 もっと初めからこうしておけば良かったと、その提案に賛成した誰もがそう思っただろう。
 しかしどうしてそうしてはいけなかったのか、私たちは何を恐れ、何を躊躇っていたのかを説明できるものは誰もいなかったと思う。無論それは、我々の中にも。

 我々の決定を彼女たちに告げると、白菊ほたるは不思議なほどすんなりとその決定を受け入れた。
 鷹富士茄子は何も言わなかった。


31: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:37:32 ID:Rlb

【7300年 5月 60日】



 人類はもうどうしたって終わりを迎えている。その数は昨日の報告で八十を切ったという。
 慌てることもなく、狂うこともなく、ただ静かに我々は終わっていく。
 十数人ほどのグループが鷹富士茄子を祀り上げ、人間を存続させるための計画を練っていると聞いているが、当人たち以外は皆冷ややかにそれを見ている。

 人類は終わったのだ。その先に人間が残ってどうなると言うのだろう。

 私も終わりを受け入れ、明日終わるかもしれない命を抱えたまま、記録を残していく。
 いつかこれが、人類という種がこの宇宙にいた証拠になると良い。
 八十九兆光年先にいる我らが兄弟がこれを発見するまでどれほどの時間がかかるかはわからないが、天文学的な確率に敗北した我々だからこそ、その確率に意味を見出したくなるのだろう。


32: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:39:53 ID:Rlb

【7701年 21月 14日】

 鷹富士茄子と共に二十人ほどの我々が月へと旅立っていった。
 これにより、月にいる人間の方がこの星のそれに比べて二人分だけ多くなったらしい。もちろんそれは白菊ほたるが生きていればの話だが。しかしきっと生きているだろう。何しろ我々が生きているのだから。
 我々は人類が行き着いた先であったのだが、とうの昔に人間ではなくなっていたのだ。そのことにあと三千年ほど早く気づいていたならば、もしや何かが変わったのだろうか? ……いや、無意味な議論だ。

 ああ、私の思考も海に溶けていく。私という個が終わっていく。
 しかしそれが我々ヒトの大多数が望んだ道だ。
 今ここにいる私が何をしたかったのか、もう思い出すことはできない。
 私は誰で、なんのためにここにいる? 
 わたしは──────。


33: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:45:14 ID:Rlb

【22000】



 地球に残る人類は、とうとうボクとカノジョの二人だけになってしまった。お互い最後の一人になるのは寂しいから、一緒に終ろうかという話になった。
 ボクたちは寿命による死を克服した生命体だ。だから厳密には生命とは呼べないのかもしれないけど───笑って、怒って、悲しんで、そして喜べるのならば、生命と呼ばせてほしい。少なくとも今、ボクとカノジョは死のうとしている。だから、生きているんだ。
 ああ、でもそうだ。遥か昔、人類と同じように、死という概念を克服した生命がいたはずだ。
 正確に言えばやはりそれも寿命による死を回避しただけだけど───そういうところも、ボクたちに似ている。死を克服するというのはもしかしたら、このひらひらした姿が関係しているのかもしれない。今となってはもう、どうでもいいことだけど。

 ボクとカノジョは海の奥深くへと潜っていく。
 地球の九割は海に覆われてしまった。
 無尽蔵のエネルギーを手に入れ無制限に使った結果、生きていく土地すら奪われた人類は、死の概念の克服と同時に命の原初である海へと回帰した。
 だから生きるために必要なものも、必要だったものも、全部海の中にある。

 そしてこれが、全てを終わらせるノアの方舟。
 遠い昔、種を守るために使われた神の船は、今は人類という種を終わらせるために使われる。
 ……いや。
 もしかしたら。
 それこそ、もしかしたらだけど。
 数学的にはあり得ない。生物学的にも考えられないような奇跡がもし起こったとして。
 種を維持するためには絶対的に数が不足している、遥か遠くの地で。
 ボクたちの兄弟が生き残っていたとしたら。

 ボクたちが生きたということがこの宇宙に残り続けるなら。

 ──────それはなんて。
          なんて素敵なことなんだろう──────。

 だから行き先は、月の海だ。どうせ終わってしまうのなら、そんな奇跡を信じて逝こうじゃないか。

 メモリーをセット。
 これでこの星に、ボクたちを覚えているものは存在しなくなる。
 エンジンをスタート。
 あっという間に加速して、ボクたちは地球という星から消滅する。
 ブレーキをカット。
 ……ああ。見なよ。

 海だ。
 月に海があるということは───まだ、人は生きているんだ。


 遠くに、誰かが見えた。もしかしたら、少しくらい話せるだろうか。
 何しろ、一万年ぶりにキミ以外の人類との会話だ。
 妬かないのかい? ちぇっ、だからアダムとイブにはなれなかったのさ、ボクたちは───。


34: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:46:31 ID:Rlb

【6300年 2月 14日】



 ぎい、ぎい、ぎいと。
 短い音が頭の中を通り過ぎていきます。
 お別れくらい、もっとしんみりと言わせてほしいです。
 このお別れはきっと、生命の別れと等しいのだから。

「茄子さん」

 ほたるちゃんは、その身ひとつで船へと乗り込んでいきます。いつもみたいに、少し困ったように眉を下げて。少し恥ずかしそうに、目を伏せて。
 何も変わらないよう昨日と同じように、最後の別れを口にします。

「私、茄子さんに会えて幸せでした」
「……私は、ほたるちゃんを幸せにすることができませんでした」
「はい。……茄子さんはそう言って譲らないって、思ってました」
「───今からでも、考え直しませんか? 私と一緒に、ずっと、二人で───」


35: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:47:02 ID:Rlb

 ……やっぱり彼女は、笑ったままで。

 ふるふると。
 首を横に振りました。

「私は」

 その声は震えていて。でも、凛と響いて。

「私は、誰かを幸せにしてあげることはできないから」
「──────」
「すごく幸せな人から、ちょっとだけ幸せな人に幸せを分けてあげる。私には、それしかできないんです。
 ……歌を歌って。踊って、笑って。誰かのことを想って。でも、二人の間にある幸せを同じくらいにすることだけしか、私にはできません。
 ───茄子さんは、違います。茄子さんの歌は、冷たくなった心をぽかぽかにします。茄子さんの踊りは、沈んでしまった心をわくわくさせます。茄子さんの笑顔は───誰かの泣き顔だって、笑顔にしちゃうんです。
 何もなかった幸せを、生み出すことができるんです。だからきっと、茄子さんがいれば、それでいいんです。茄子さんは、それでいいんです」
「違います……違いますよ、ほたるちゃん……──違う、違う!
 私は、誰かに喜んで欲しかった。誰かを笑顔にしたかった。誰かを幸せにしたかった! でももう……もう、私たちの知っている人間は、私とほたるちゃんしかいない……私は、ほたるちゃんだけいればいい……! その他には何もいらない! その他はもう、人間じゃあない!」

 ───助けて。
 ───私を一人にしないで。
 ───私に、誰か(ひと)を幸せにさせてください───。

 涙を流しながら崩れ落ちる私の手を、彼女はそっと自分の頬に寄せます。
 流れる鼓動がそっと伝わってきます。
 一際熱い血潮が、彼女の頬を濡らしました。


36: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:47:57 ID:Rlb

「いつか、茄子さんが思い出してくれた時。いつか、茄子さんが誰かを幸せにしてあげた時。
 その時はきっと私に、茄子さんを幸せにさせてください。
 私を幸せにしようなんて思わなくていいから───今度は、ずっと一緒にいてください。
 だからいつか、もう一度私と出会った時───」

「その時は、きっと笑顔でいてください」


37: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:48:14 ID:Rlb


 そう言って、あなたは去って行きました。
 あなたの笑顔は、泣きそうになるくらい、優しかったのです。
 失意の中で、私は願います。
 ああ───それでもあなたが幸せでいられますようにと。

 遠い月に、祈るのです。


38: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:48:36 ID:Rlb

【夢海月】



「ほたる……──?」

 それは自らを燃やして光を灯す、儚幻(はくげん)の命そのものを表す言葉。
 私が知るはずもない、遠い地球(ほし)の生き物の名前。

 でも、私は知っている。知っている、あなたの名前を。
 おばあちゃんが恋したあなたを。お母さんが焦がれたあなたを。
 私だけを待っていた、あなたのことを。

 あなただけに会いたかった、私のことを。
 知っている。覚えている。感じている。震えている。


 伸ばした手に、光を掬い取りました。
 光の中からは、それはそれは可愛らしい──────


39: 名無しさん@おーぷん 20/12/06(日)11:48:54 ID:Rlb

【輝夜姫】




 ───これは静かで、幸せな日々の物語。
 いつか、どこかで二人が笑い合える───




 はるか、未来の物語。


転載元:【モバマスss】真月に祈る【かこほた】
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1607218732/


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