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トップページCo > 【モバマスss】Glass Moon 【藤原肇】

1: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:38:39 ID:GtC

藤原肇の失恋の物語です。テーマがテーマなので、苦手な方はご注意ください。
一年の最後に、一番のお気に入りが書けて満足です。もし良ければぜひ。



2: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:39:32 ID:GtC

【 prologue 】


 
 できるならば、ずっと。

 憧れのようなこの気持ちのことを、恋と呼んでいたかった。

 祈りのようなこの気持ちのことを、恋と呼んでいたかった。



 ──────ずっと、あなたに恋をしていたかった。

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3: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:40:07 ID:GtC

【 In everyday 】



 12月21日。
 その日は、今年初めて、東京に雪が積もった日のことでした。


4: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:40:34 ID:GtC



 この街の夜は、私が育った街のものよりも少し人間的で、人工的です。
 雪が、赤に緑に照らされます。喧騒はふわりと溶けていき、わずかに残った音が明るく街を駆け巡ります。
 そんな冬の姿を、私は車の中、プロデューサーさんの横で眺めています。
 頭を左に傾けると、助手席のガラスにこつんとぶつかりました。
「濡れるぞ」というプロデューサーさんの声。「はい」と、イルミネーションに照らされた街を見ながら返事をしました。
 私は一体、この景色に何を思ったのでしょうか。私にはわかりません。
 ただゆっくりと頭を上げ、濡れた髪を左手で一度だけ梳きました。

「そうだ。肇、これ」
「……? なんでしょうか」

 信号待ちのわずかな時間に、プロデューサーさんが一枚の企画書を見せてくれました。

「ライブ、ですか?」
「いつもお世話になってるCDショップでイベントなんだ。急な話で数曲しか歌えないし小さなハコだけど……やるか?」

「もちろんです」
 私は即答しました。

「クリスマスライブ、アイドルになってから一度はやってみたいと思ってたんです」
「はは、そりゃいい。ささやかながら夢も叶うってことだ」

 じゃあそういう形で調整なとプロデューサーさんが言った時、信号は青へと。


5: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:41:01 ID:GtC

「セトリは『あらかねの器』と……『つぼみ』もいいなぁ。何を歌いたい? ウチから出した曲ならなんでもいいぞ。あ、でもOTAHEN はちょっと厳しいかも……」
「そ、それは今回は遠慮しておきますね……ううん、やっぱり『恋が咲く季節』でしょうか。初めて参加させていただいた曲ですし、思い入れもありますし」
 ……考え出すと、歌いたい曲がぽぽぽんと。
 あれも良い、これも良い。……どれが一番良いでしょう?
「いいな。他にもないか? 候補はたくさん挙げてくれ」
 あとで選ぶのは楽しいからな、とプロデューサーさんがくくっと笑います。私もそれに同意して、歌いたい曲を頭に巡らせます。

「他には……あ、でも『Last Kiss』もいいなぁ……!」
「はは。肇、本当に好きだよなぁ」
「はい。前に美優さんが歌っていらっしゃった時、本当に綺麗で艶やかで、歌声も儚さと悲しさが絶妙に混ざり合っていて、あんなふうに歌えればなってその時思ったんです。表情もすごく素敵で……!」
 は、と。喋りすぎてしまったと、少し冷静になって。
 プロデューサーさんは、でも。
 なんだかすごく大人っぽく笑って、目の端に私を捉えて言うのです。
「三船さんに交渉してみようか?」
「い、いえ! 私が歌うにはまだ恐れ多くて。美優さんだからこそあの歌の魅力を最大限に引き出せていると思いますし、私が歌ってもまだその領域までは……!」

 ……それにその。


6: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:42:17 ID:GtC

 ……それにその。

「……──も、まだ、ですし」
「? ごめん、もっかい言ってくれる?」
「な、なんでもないです!」
「ファーストキスなんてそのくらいの歳でしてる方が珍しいんじゃないの?」
「聞こえてるじゃないですか!」
「聞こえなかったとは言ってない」

 ……先程の大人っぽさはどこへやら。いつも通りの、少し意地悪なプロデューサーさんです。
「まあ、なんだ。恋愛とかそういうのは、個人のペースがあるから悩まない方がいいよ」
「……なぜかプロデューサーさんにそう言われるの、少し悔しいです」
「なんでよ。それに、経験がないからって歌えないわけじゃない。そんなこと言ったら歌えなくなっちゃう歌たくさんあるだろ?」
「むぅ……そうなんでしょうか」
「そうさ。経験したことしか歌えなかったり描けなかったりできなかったりしたら、夢も希望もなくなっちゃうよ」
「それは極論な気が……」
「極論なもんか」

 そう言うと、プロデューサーさんはいかにも重大なことかのように、わざとらしく声を一段下げて話します。
「つまるところ、曖昧なものは曖昧にして、曖昧なまま歌うからいいんだよ」
 ……もう。
「……トレーナーさんは『もっと具体的にイメージしろ』って言いますけどね」
「あ、マジで? はは、じゃあそっちのが正しいや。俺がなんかあれやこれや言ってたって秘密な? 『適当なこと言うな!』って怒られちゃうから」
「──ふふ。はい、わかりました」


 その後もふたりで、ぽつり、ぽつりと些細な会話を。
 しばらくもしないうちに話題も尽きて、雪を見つめる以外なくなってしまいます。
 
 それは、心地良い沈黙ではあったけれど。
 もう少し何か、お話ししたいのです。
 だから、では、ないけれど。

「プロデューサーさんは───」

 よせばいいのに。
 私は、似合わない話題を自分から投げかけようとしているのです。


7: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:42:37 ID:GtC

「……プロデューサーさんは、あるんですか?」
「ん、何が?」
「恋とか、ファーストキスとか、その……」
「肇さん、意外とむっつりでいらっしゃる?」
「ち、ちがいます! 単にその、というか、プロデューサーさんがそういう話を持ち出したんじゃないですか!」
「あれ、そうだっけ」
「……そうです」

 そうなのです。
 
 そう言うことにしておいてください。

「キスとかそんなのは肇ぐらいの歳ではしてなかったよ。えっと。うん、確か」
「……含みがありますね」
「いやあ、思い出してみて悲しくなっただけさ」
「本当ですか?」
「嘘はついていないよ」
「……言外に思い出があるんですね」
「察しがいいね肇ちゃん」
「そう言うところありますから、プロデューサーさんには」
 ぴしゃりと、少し声色を冷やして言いました。
 でもプロデューサーさんにとってはどこ吹く風だったようで、飄々とした様子はそのまま。

「でも、まあ」

 少しだけ、その声は大きく聞こえました。
 単なる勘違いだったのかもしれませんが。
 なにしろプロデューサーさんが次に発した言葉が、私にとってはすごく意外だったのです。


「恋は、してたよ」


「え───?」


8: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:43:43 ID:GtC

「ん? 珍しいことでもないだろ?」
 ハンドルが、くい、と少しだけ回りました。

「高校一年や二年の男なんて言ったらさ、隣の席の女子が朝の挨拶してくれただけで好きになっちゃうんだよ?」
「そ、そんなことないでしょう……」
「個人差はある」
「……個人差、大きすぎると思います」

 一息、ため息がこぼれてしまいました。
 この人はまた煙に巻くようなことを言う……

「いやいや、実はそんなことないんだよ肇ちゃん。飲み会行った時そんな話になってさ、先輩たちも同じこと言ってたよ。多数派だった。八人中六人。75パーセント」
「本当ですか?」
「だから、嘘はついてないって」
「……むぅ」
「ほんとほんと」

 こんな調子のプロデューサーさんはたいてい真面目に喋っていないのです。私はそれをこの一年間で嫌と言うほど学びました。そんな表情を崩さないまま──少し、懐かしさが浮かび上がってきたように。

「そのくらいの年齢の時ってさ、出会ったことがある女性って母ちゃんとおばあちゃんと、近所のおばちゃんと同級生くらいしかいないんだよ。
 その中で、自分を等身大に見てくれる人って同級生くらいしかいないじゃんか。他の人はみんな子供扱い」

 実際子供なんだけどな、と。
 何かを思い出すかのように目を細め、しかし言葉はまだ繋がっていきます。

「大人はさ、勉強しろだ将来はどうだとか言うじゃん」
「そう……でしょうか」
 勉強しなさいとは何回か言われたことがありますが、将来に関しては……どうだったでしょう。
「言われたんよ、俺は。『あー、うるさいなー』とか『言われないでもわかってるよ』とか思うんだ。実際はわかってないんだけど、そんなことに目を向けたくないんだよね。
 でも学校の同級生はそんなこと言わない。せいぜい『あんた馬鹿でしょ』ぐらい。同じくらいの歳だから言われたくないことも同じことなんだ。
 だから言わない、お互いに。都合がいいんだよ、一緒にいるにはさ」

 滑るように、すらすらと言葉が溢れてきます。
 真剣なようでいて、やっぱりどこか少し飄々とした笑顔を浮かべながら。

「それは、かなり穿った見方じゃないかなと思うんですが……」

 はは、とプロデューサーさんは笑います。
 当たり前だろ、と。子供に言うように優しく、少し高い声で。


9: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:44:17 ID:GtC

「そのくらいの時期はさ、狭いんだよ、世界が。知らないだけなんだ。
 ちょっと遠くの土地に行ったり、そこで誰かと会ったりするとさ。今までの自分が嘘みたいにちっぽけに見えてくるんだ。本当はそんなことないんだけどな。でも、目新しい世界はすごく広く楽しいものに思えて心が明るくなる。
 ほんと、きっとそれだけのことなんだよな。思い込みっていうか、気の迷いっていうか……いや、この場合は盲目になったというべきか。
 影に目が向かないから、なんでもが輝いて見える。───そうやっていつか心惹かれる人に、出会えるんだ」
 
 不思議だよなと笑うプロデューサーさんに、少し反感を覚えてしまいます。
 私は静かに、ゆっくりと言を返しました。

「それは、本物の気持ちと呼べるのでしょうか……?」

 プロデューサーさんのいうことは、結局。
 勘違いが積み重なって、
 いろんなものを見落として、
 間違い続けた先に残ったものが、本当に好きな人だということです。
 私は───そうじゃない。と思いたいのだと、思います。

 プロデューサーさんは私の反応を見てニヤリと笑い「わかるよ」なんて。
 まるでそんな反応を待っていたと言わんばかりの表情を浮かべます。

「うん、自分が選んだものはどんな状況であれ美しいものだと思いたい。美しかったから選んだんだと思いたい。俺だってそうだ。でも言い方を変えたらそれって、周りが見えなくなるくらい一途だってことだろ」
「物は言いよう、ってことですか」
「ちょっと違う。同じものを違う見方で見てるってことさ」
「……私にはまだ、よくわかりません」

「それでいいさ」とプロデューサーさんが言い、少し下を向きました。
 その姿は何かを思い返しているかのよう。
 どうしてか、私には少し寂しげに映りました。

「少なくとも、俺はそうだった。……今までな」


10: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:44:52 ID:GtC

 最後のプロデューサーさんの言葉には、今までよりも熱がこもっていたようです。
 肯定か、否定か。そんな気持ちを度外視してまだプロデューサーさんの話を聞いていたい気持ちもあったけれど、プロデューサーさん自身が「それでえっと、なんの話だっけ」と話題を戻してしまいます。

「恋をしていたと言う話です」と私が言うと、「そうそう」と返す、少し熱に濡れた声。

「俺が肇くらいの年齢だったときはさ、ただ側にいてくれた人のことを好きになってたんだ」
「ただ、側に──?」
「うん。自分の世界だけしかないから、それを大切にしたかった。それを褒めて──いや、褒めてくれなくてもいいんだ。壊そうとしない人を、大事にしようと思ったんだ」
「自分の世界しかないから、守りたかったってことですか? でもさっき──」

 ちょっと遠くの世界に行ったり、人に出会ったり。広がった自分の世界で盲目になって、歪みに気づかない。だからこそ、惹かれる相手に出会える。
 そう言ったのはプロデューサーさんではないでしょうか。

 ……そんな思いが顔に現れてしまっていたのでしょう。
 プロデューサーさんは「怒るなって」と言って私の頬を人差し指でひと突きします。
「結局」
 ……その瞳には、何色が映っているのでしょうか。

「恋って結局、自分と相手だろ? 二人で完結していて──二人で十分なんだよ。高校生の時期なんて、ぴったりじゃないか。自分と相手くらいの世界しか知らないんだから」


11: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:45:26 ID:GtC

 一呼吸して、「つまり、さ」と。

「……──だから、大人になって世界が広がると、あんまり恋とかしなくなるよ」

 憧ればかり、積まれていくんだと。
 そんな話を、プロデューサーさんはやっぱり最後まで明るく言い切りました。

「……そうでしょうか」

 私は小さくつぶやきました。
 その返答は、どの言葉に対するものだったのでしょう。


12: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:45:53 ID:GtC



 車はもう女子寮に到着していました。扉を開けて出会った空気の冷たさに、思わず目を瞑ってしまいます。
「また明日」と、プロデューサーさんがいつもの調子で言いました。
「はい、また明日」と、私もいつもの調子で返します。

 窓が閉まると、プロデューサーさんの顔は随分と夜に消えてしまいます。
 ガラス一枚の距離は、こんなに遠いのだなと実感しました。
 
 今日を去っていくランプが見えなくなるまで見送り、私は女子寮へと入っていきます。
 頭に少し積もった雪を払いのけて。


13: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:46:08 ID:GtC

【 snowflake 】



 12月22日。
 その日は、例年より少し遅く、地元に今年初めての雪が降った日でした。


14: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:46:48 ID:GtC



「肇ちゃ~ん、木曜提出の数学の課題やった?」
「うん。教科書読んで解いたらそんなに難しくなかったよ」

放課後。クラスメイトの絢ちゃんと、取り留めのない話。

「それは肇ちゃんだからだよぅ。このスチュワートの定理ってなにー? 意味不明なんだけど、どう示せばいいの?」
「えっとね、ここに補助線引いて、余弦定理を使うとこうなって。あとは角度成分が消えるように足し算すればよくて……」
「はー……肇ちゃん、お仕事あるのにすごいねぇ」
「そんなことないよ。絢ちゃんだって吹奏楽部あるでしょ?」
「ウチの吹部はゆるいもん。それに一般ハイスクールピーポーの部活なんてアイドル活動に比べればゆるゆるのたるたるだよ。白身魚にかけると美味しいやつ」
「急に食事」

 ……地元にいたときの私。アイドルとしての私。高校生としての私。
 みんな私の一側面ですが、みんな一側面でしかありません。
 こんな話ばかりに終始して一日を過ごす私を見たら、なんと言うでしょうか。
 もちろん───あの人は。


15: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:48:06 ID:GtC

「今日も肇ちゃんお仕事なの?」

 絢ちゃんが飴をなめながら私の机に腰掛けて聞きます。
 そっと外を見ると、粉雪が舞っていました。水っぽくはありませんし、この感じだと今日は積もらないのではないでしょうか。もちろん既に凍ってしまった道はどうすることもできませんが。

「うん。この間出したソロ曲のインタビュー。新年すぐあたりに雑誌に載るって」
「ほぇ~」
「ほぇ~って」
「いや、同級生が雑誌に載るって考えてみたらすごいことじゃん? それにインタビュアーさんとかカメラマンさんとか、知らない人たくさんいるっしょ? めっちゃ緊張しない?」
「知らない現場だとやっぱり緊張するかな。でも今回のインタビュアーさんとかカメラマンさんには前にもお世話になったことがあって、そこまでじゃないかな」
「はぁ~……でもさ、写真撮られるのって緊張しない? ウチ、ホルン吹いてる時にスマホ向けられたらビビって音外しちゃうよ」

 それはまた、どんな状況なのでしょう。
 新聞部の塩山さんの突撃取材に当たってしまったのでしょうか。
 あれ、でも。

「え、でもいつもことあるごとに写真撮ってるよね」
「そういうのとはまた違うし! 思い出に残そ~ってのと私を撮って~ってのちょっと違うじゃん? なんて言うの、心持ち? モチベーション?」
「絢ちゃんは難しいことを言うね」
「ウチ頭いいからねー」
「そうだねー」
「……ツッコミ待ちなんだけど~」
「うん、知ってる」
「肇ちゃん、結構クールだよねそういうとこ」
「そうかな。そうかも」
「……なーんか考え事してるでしょ」
「む」

 さすが、鋭い。

「なによなによ、ウチに話してみ? な~んでも……」
「なんでも?」
「聞いてあげるよ」

 ガクッと。思わず体が崩れてしまいました。

「解決してくれるんじゃないんだ」
「そんなんムリムリ」
「潔いね」
「だって肇ちゃんの悩みって例えば『百万人を感動させる歌声が出ない』とか『ブレイクダンスがあと一歩決まらない』とか『スタイル良くなりたい』とかでしょ?」
「最後のやつお願い」
「スタイルに関してなら少しはアドバイスできるかもだけど他はウチなんかじゃ全然だからね~。悩んでても、聞いてあげて『へ~』ぐらいしかできないから」
「ねえ最後のやつ少し教えて」
 
 本当にちょっとだけでいいから教えて欲しいです。
 絢ちゃんはその……グラマラスな体型ですから。
 憧れる、というか。羨ましいなあって。思ったり、思わなかったり、少し思ったり。

「あっ、でも!」
「うん」

 絢ちゃんから目を切り、ふと、時計が目に入りました。
 思ったより時間は早く進んでいるみたいです。


16: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:48:48 ID:GtC

「好きな人ができちゃったとか! 恋バナ的な話ならいいよ~。だって肇ちゃん、ヨシトモ君とかヤスアキ君とかとも会ったことあるっしょ? 一目惚れしちゃってもしょうがないって感じじゃん?」

「恋、ばな──?」

「言ってみ言ってみ~? 今まで会った人の中で誰が一番かっこ良かったとか、ほれほ……れ」
「──────恋、ばな」
「あ……っれぇ?」
「────じゃあ、さ。一つ、聞きたいんだけど」


17: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:48:59 ID:GtC


「────て言っ───いたい人─────けど、これって───かな?」
「────の────、恋でしょ」


18: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:49:10 ID:GtC


「やっぱり、そう思う?」
「絶対、そう思う」
「そっか。そうなのかな」
「肇ちゃん」
「うん」
「─────────それは───」


19: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:49:29 ID:GtC



 学校帰り、プロデューサーさんの車がいつもの場所に停まっていました。
 途中まで一緒だった絢ちゃんにからかわれつつ、車に乗り込んでお仕事に向かいます。

「はいはいお疲れ様。友達にさようならは言ったか?」
「もうっ。そんなに子供扱いしないでください」
「はは、すまんすまん。なんか言いたくなっちゃうんだよ肇には」
 
 大袈裟な言い方ですが、一難去ってまた一難……。
 私、そんなにからかって面白いのでしょうか。
 でも本当の悩みは、それが困っていない──それどころか、楽しいとすら感じてしまっていることです。

「……さ、出るよ。このままいけば三十分くらい早く着くけど、どこか寄ってきたいとことかあるか?」
「大丈夫です。待ってる間に挨拶等こなしたいですし」
 プロデューサーさんはわざとらしく大きな息を吐き、すごいねー、と私の方を見ないでつぶやきました。そんなことで少し、笑ってしまいます。


20: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:49:46 ID:GtC

 今日は道路が凍っています。雪こそ積もっていませんが、白く薄く、そして冷たく。
 いつもよりも緊張した表情で、プロデューサーさんが運転をしています。
 遠くの信号が赤に変わり、道ゆく車に順々とマイナスの加速度が伝播していきます。ちょうど、今日の授業で習ったことです。

「───摩擦は、ないものとする……」

 ぽろりと、口をついて出てしまいました。プロデューサーさんは車を完全に停止させた後に「そりゃいいな」と小さく言って、ハンドルから手を離しました。

「物理だっけ?」
「はい。あ、でも物理基礎って科目なんですけど」
「へえ、そんなんあるんだ今は。物理基礎って何やるの?」
「えっと、等加速度運動とか、運動方程式とかですかね。あと、波のグラフとか、オームの法則とかです」
「へえ、難しいことやってんのな」
「プロデューサーさんは、昔やられたんじゃないんですか……?」

「ん? あー、やったよ。古文だったっけ、連用形接続の助動詞とか覚えたよな? 数学だってスチュワートの定理とかメネラウスの定理とかやったし、物理だってそう。いろんなことやったけど、覚えてることなんて少なくなっちゃったよ」
「……中間テストの時『もっと勉強しろ』って怒ったくせに……」

 少し拗ねた口調になってしまいます。赤点なんてことは全然なかったですけど、ちょっとだけ(本当にちょっとだけです)学年順位が下がってしまったのです。事務所の方針は『学業優先』ですから、プロデューサーさん直々にお叱りを受けてしまったのでした。
 むー、と私が膨れていると、そうじゃなくてと冗談半分に──もう半分は真面目に──プロデューサーさんが少し真面目な顔を浮かべて言うのです。


21: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:56:14 ID:GtC

「何かを知ってるってこととさ、何かをわかってるってのは違うんだよ」
「……どういうことですか?」
「ん? それはきっと俺なんかより肇の方が知ってるんじゃないか?」
「え、と──?」
「落ち着いて考えれば、必ずわかるよ。だってもう肇は答えを知ってるんだ。ただそれを、言葉にできてないだけ」
「そう……なんでしょうか」

 言葉の真意を、私が全て掴み取れたわけではありませんが。
「そうさ」と、プロデューサーさんが自信を持って言います。

 車はまた動き出します。氷との摩擦によって。

「───摩擦はないものとする、か。それもきっと、何かを知るためってより、何かをわかるための仮定なんだろうな」

 静かに、音を立てずに。ゆっくりと、動き出しました。


22: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:56:40 ID:GtC



 お仕事の方は順調に進みました。
『あらかねの器』という歌に込められたメッセージを私自身のこれまでの経験と照らし合わせ、何を表現したくて歌ったのか。これから先、もっと伝えていきたいことはあるか。そんなことを話したインタビューでした。
 インタビューが終わると、雑誌に掲載されるグラビアの撮影へ。

 昔はカメラの前で笑顔を作ることが苦手でした。どうしても緊張と、わざとらしさと、必死さが透けて見えてしまったから。
 最近は、自然に笑うことができるようになったと思います。もちろん今でも緊張するし、堅さは抜けきっていないと思います。
 でも──……あんな風にカメラの向こうで腕を組んで待っている人を見たら、自然と優しい表情になってしまうんです。
 おどけてみせたり。
 私以上に緊張していたり。
 今みたいに、ただただ優しい笑顔で見守ってくれるプロデューサーさんがいるから。


 ──────可愛いって、少しでも思ってくれているでしょうか。
 さっき絢ちゃんと話していたことを、私はまだ言葉にしたくなくて。形にしたら、決まってしまうから。
 ……いいえ。実際は私に、まだ勇気がないだけかなのもしれません。
 それでも、まだ。まだもう少しだけ、このままの私たちでいたいから。
 
 ……目を伏せて、息を吐きます。
 浮かぶ景色は、私がこれまでに育った地元の雪模様───そこに、あなたがいる。
 だからこれは記憶じゃなくて、いつかを夢想した、祈りのような光景。
 薄く目を開き、顔を上げます。

 ──────その日、一番の表情が撮れたと。カメラマンさんからも、インタビュアーさんからも褒めていただきました。

 プロデューサーさんは、ただ笑っていました。


23: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:57:06 ID:GtC



 仕事が終わり、今日も女子寮まで送ってもらいました。無駄話をいくつかこなして、最後に明日からのレッスンの予定を確認します。
 ライブまであと三日。明日から水、木。そして本番の金曜日。できることはとても限られていますが、できる限り頑張ろうとプロデューサーさんから言われました。
 それに頷き、今日も別れました。
 去っていく車を見送る中、あくびが不意に出てしまい、周りを確認してから寮へと。


 部屋に戻り、五分だけ。
 スマートフォンやお財布をベッドに投げ出して寝転んでぼうっとします。
 もうずいぶんと眠気が頭を鈍らせていますが、十分経過してしまったので、なんとか体を起こして、少し遅めの晩御飯を取りにいきます。

 今日のメニューは白身魚のフライ定食。肝心要のフライはサクサクしていて、とてもおいしかったです。面白かったのは、タルタルソースがたっぷりかかっていたこと。週が明けたら絢ちゃんに話してあげようと思います。

 食事をとったら、共用の大きなお風呂で汗と疲れを流します。ところで、お風呂に入ったあとはどうして疲れがどっと湧いてくるのでしょう。熱いお湯に体を晒しているから……? でも、だからこそ気持ちよく眠りにつけるのかもしれません。

 眠気はさらに深まっていきます。うつらうつらとする中、なんとかドライヤーで髪を乾かします。するとみくちゃんから「肇ちゃんに電話入ってるにゃ」と言伝を受け取りました。


24: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:57:20 ID:GtC


 電話は、寮にかかってきたものでした。
 こんな時間になんだろうと、うっすらと思ったことを覚えています。


 ───そんなことしか覚えていません。


25: 名無しさん@おーぷん 20/12/24(木)23:57:40 ID:GtC

「はい、藤原肇です」

 そう、名乗る前。
 私の声が聞こえた瞬間。
 電話の向こうからは聞き慣れた声。
 なのに、初めて聞いたように。

「肇? よかった、ようやく繋がった。
 ……落ち着いて聞きなさい─────────おじいちゃんが、倒れた」




 頭はもう真白で。

 真っ白、で。


 え……──。


 電話はまだ繋がっていたそうですが、私は途中で受話器を滑り落としてしまい、あとは呆然と立ちすくんでいたそうです。
 ……全部終わって帰ってきた後、みくちゃんから聞いた話ですが。


 一目散。
 私は夜へ駆け出していました。
 せっかく流した汗のことなど気にならず。
 寒い夜のことなど気にならず。
 夢中で、深い闇の中へと駆け出していきました。


 道路は氷に覆われています。
 黒に眩しかかるように雪がちらついています。
 積もってこそいないけれど、氷を張るには十分すぎるほどの低い低い──熱量。
 冬靴でもないのに雪路を走れば当然、滑って転んでしまって。
 でも、そんなことを気にしている余裕はありませんでした。
 ただ、ただ──────。
 一刻でも早く、駅へ。


26: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:05:18 ID:fes



 駅に着いて初めて、自分が本当に何も持たずに飛び出してきたことに気がつきました。
 スマートフォンも、財布も。防寒着もつけず。
 寒空の下、額に汗を浮かべていました。
 焦る気持ちばかり膨れて。外に触れている肌はすごく寒いのに、こんがらがった頭の中は涙が枯れそうなくらいに熱いのです。


 ……雪はしんしんと深まるばかり。
 冷静になったわけではないけれど、雪の降り様を覚えています。
 そうだ、帰らなきゃ。違う、電車に乗らなきゃ。でも、乗れないから一回戻らなきゃ。
 戻ったらもう、今日は間に合わないかもしれない。
 明日は何があったっけ。明後日は、その次は。
 どうして、こんなことになったんだっけ。
 
「……おじいちゃんっ……」

 やだ、おじいちゃん。やだ、やだ、やだ。
 おじいちゃん……っ。
 おじいちゃん、おじいちゃん……!

 ああ、ああ。どうすればいいの? 私は、どうすれば、どうすれば──? 

 誰か、誰か……──! 誰か、助けて……──!

 助けて、プロデューサーさん──────。



「肇!」


27: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:05:33 ID:fes

 ……溜まった涙が、一筋になって流れました。
 息を切らし、手と鼻を真っ赤にしたあなた。
 急ぐぞと言って私の手をひいてくれました。
 その手は冷たく濡れていて。

 そして、熱かったのです。


28: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:05:58 ID:fes

「肇、肇! これ持って、とりあえずもう乗り込んどけ。ちょっといろいろ持ってくる。絶対戻ってくるから、いい子にしてろよ」
「は、い……」
 ほとんど会話もないまま、プロデューサーさんは女子寮の部屋に忘れてきたはずの
私の財布とスマートフォン、そして今購入した新幹線の乗車券を手渡し、去ってしまいました。

 言われるがまま、私は新幹線に乗り込みました。
 まだ震えが残る手で着信履歴を確認すると、父から三件。母から五件。そして一番上に、プロデューサーさんの名前。
 ……絶え絶えになった息を整えながら、母に電話をかけます。
 途中で何回も、唾を飲み込んで。
 数回のコールの後、母の声が聞こえました。
 何よりも最初に、心配したのよと怒られてしまいました。ごめんなさいと言うつもりが、涙で声が詰まり言葉が出てきません。代わりに出てくるのは嗚咽だけ。
 母はいつものゆっくりした声になって、待ってくれました。
 ……大丈夫。ごめんね、怒ったりして。大丈夫だから、落ち着きなさいと。
 その言葉を聞いて、私は大きく二回深呼吸をしました。
 心臓は大きく鼓動しています。きっとこれ以上は無理でしょう。
 すごく長い時間が流れた気がします。……スマートフォンに表示される時計が、一分だけ進みました。

 しばらくして、少しずつ心が落ち着いてくると改めて母から「今はひとり?」と聞かれました。プロデューサーさんと新幹線に乗っていると答えると、母は安心してくれたみたいで「気をつけていらっしゃい、大丈夫だから」と。
 その言葉に、その『大丈夫』に、どれだけ心が救われたでしょうか。

 ……ちょうどその時、プロデューサーさんが戻ってきました。
「ちょっといいか」と母と電話を始めました。「ごめん」と言って、私の携帯を手にとると、自動ドアの向こうに消えていきます。
 プロデューサーさんの背中が見えなくなった時、新幹線は動き始めました。

 ……加速していく。速度はまだまだだけど、加速度は大きく。力に比例するように。
 窓には、涙の跡でぐしゃぐしゃになった私の顔が浮かんでいます。
 ひゅん、ひゅんと、飛ぶように変わる景色はただ過ぎていくだけ。車窓から見える景色は夜だってどこか趣のある風景なのでしょうけど、その時の私には一枚の黒塗りの絵にしか映らなかったのです。

 ───速く。……速く。

 心が体を急かし、背中にじわりと汗をかいてしまいます。頭の中には思い出がぐちゃぐちゃに流れ込んできて。
 奔流に流されてはいけないと、落ち着かなければと思う心は、涙へと変わって流れていきます。
 車内にいるのに、冷たく寒い冬の空気に包まれているかのようでした。

「───肇?」
「───プロデューサーさん……」

 振り向くと、プロデューサーさんが立っていました。夕方との違いはネクタイをしていないことと、手に持っているスマートフォンが私のものということ。そのスマートフォンで私の頭をコツンと小突くと、「はい、お説教は終わり」と言って息を吐きます。

「眠れとは言わないけど、少し目を瞑ってろ。それだけで随分と体にかかる負担は違う」
「プロデューサーさん、私……」
「謝るのはなしだ。俺はもう怒ったから、これ以上はなしだ。というか、謝んなきゃいけないのは俺の方かもしれなくてさ」

「え……?」
「いや、事務所にいたら肇がどっか行ったって連絡が来てな。なんだと思ったらお父さまが電話で事情を説明してくれて、急いで駅まで来たんだ」
「──……えっと……?」
「あー、だからその、なんだ」

 言い淀むプロデューサーさん。
 ガラスの方ばかり見ていますが、景色なんて映っていないはずですが……?

「肇の忘れ物を取りに行ったんだ、寮まで」
「は、はい。ありがとうござます」
「そん時な、ちょっとだけ見えたっていうか、見ちゃったっていうか……ちょっとだけよ!? ガン見なんてしてないから、本当に。でもまあ、なんかその……な?」
「はい……? …………────~~~~!」

 歯切れの悪いプロデューサーさんの説明がようやく腑に落ちると、今の心とは全く違う種類の感情が浮かんできます。右手をほんの少し軽く握り、ぽすりとプロデューサーさんの肩に寄せました。
 ……今度からは、洗濯物は億劫がらずに畳んでタンスにしまおうと思います。

 そんな会話をしていたら少し緊張が解けたせいか、眠気が急に襲ってきました。口には出さなかったけれど、プロデューサーさんは「寝てな」と私の頭を撫でてくれたのです。
 目を瞑って浮かぶのはおじいちゃんの怒った顔。拗ねた顔。真剣な顔。笑った顔。
 車内の空気が、ようやく暖かくなってきました。
 ───お願い。速く、おじいちゃんのところへ。


29: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:06:55 ID:fes



「もう……本当に心配したんだからね」
「肇、お前さん昨日夜遅くにこちらにやってきたと言うじゃないか。大人の付き添いがあったとはいえ、自分がどれだけ危険なことをしたか───」
「はいはい、お説教はしっかり治してからしなさいや。今回はお父さんが悪いんだからね。倒れなきゃそんなこともなかったでしょ」
「むぅ……そう言われてしまうとな」

 次の日のお昼。
 とは言ってももう、太陽が沈みかけているような時間帯ですが。
 おじいちゃんは急に倒れたものの、命に別状はなかったそうです。しかし倒れた時に体を何箇所かぶつけたので、検査のために入院が必要だと言うことです。

「でもよかった。お母さんから急に倒れたって聞かされたからどうしようって思ったけど、思ったよりも元気そうで」
「ほうじゃ。大事でもあるまいし、周りが騒ぎすぎなんじゃ。単に貧血で目が回っただけじゃというに」
「はいはいはいはい、文句の前に今日のお薬飲んだら寝てくださいね。……あれ、お薬飲んだ?」
「……飲んだ」
「本当? 肇」
「え、いつ飲んだの?」
「ほらもう! 病院とか薬とか嫌いとか言ってたら治るものも治らないわよ! 観念してしっかり治しなさい! 私の前で飲んでもらいますからね。ほら、早う!」
「む、むう……むうう……」
「あははっ、おじいちゃん、頑張ってねー」
「こら肇! 歳上を馬鹿にするでない!」
 
 ……いつも通りの怒鳴り声。でも、連絡を受けた時にはこんな会話がこんなに早くできるだなんて思ってもいなかったから。
 本当に、よかった。

 病院に着くまでは、ずっとよくない想像ばかりに支配されてしまって。
 プロデューサーさんに付き添われタクシーで病院について、病室で眠るおじいちゃんの顔を見た時は体中の力が抜けてしまったかのようでした。……実際に抜けて、へたりこんでしまったんですけど。

 気づいたら実家の部屋で目が覚めて、今日を迎えたのです。
 私が起きた時にはもう、プロデューサーさんは東京へ帰ってしまったそうです。プロデューサーさんもぜひうちに泊まっていってくださいとお願いしたのですが「ご迷惑はかけられません」の一点張りで。
 朝、父とプロデューサーさんが電話で話して「数日はおじいちゃんのそばにいてやりなさい」ということで今日と明日のレッスンはキャンセルにしてくれたそうです。そこからも、相談して決めようと。
 父が話してくれた内容がそのまま、一通のメールにせまぜまと書かれていました。


30: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:07:33 ID:fes

 昼前に再び病院に着いた私は、お医者さんから『検査のために数日入院もするけれど、先日の人間ドックの結果と照らし合わせても、そこまで重大な病気は出てこないだろう』という説明を聞き、ようやく体の底から安心できました。

 そして、今。病室におじいちゃんと私の二人きり。
 病院ではいつもよりゆっくりと時間が流れます。それこそ、何十倍にも長い時間が。
 陽が沈む速さはあの街よりも短いのでしょうか。
 病室の窓から見える景色が風に吹かれ、わずかに揺れます。
 燃えるような紅に染まった雪。わずかに顔を出す枯茶色。ガラス一枚隔てた先にある冬の街。それを、午後はいっぱい、おじいちゃんと一緒に眺めていました。
 会話もせず。
 目も合わせず。
 土に沁みていく音を聞くように───与えてくれた時間を慈しむように。

 しばらくして、おじいちゃんが「眠くなった」とぶっきらぼうに言って寝てしまいました。私は掛け布団の下にあるおじいちゃんの右足をにぎにぎと二回揉んで、病室の外に出ます。
 部屋の外にいた母に目配せをした後、プロデューサーさんに電話をかけるために一階のロビーへ向かいました。
 プロデューサーさんにはご迷惑をおかけしてしまったので、謝罪を。
 ……あとは単純に、声が聞きたかったから。


 ───ワンコールもしないうちに、電話がつながりました。
 電話の向こうでは、この街にはない音が鳴っています。
 直近の報告をこなした後、そういえば金曜日のライブはと聞くと、そんなことはいいと怒られてしまいました。
 何よりもまず、おじいちゃんが無事でよかったと。
 仕事なんてまた落ち着いて向き合えばいいと言って励ましてくれました。

 会話の一部始終を聞いていたのは母です。
 もう切ろうかと思った時、ちょっと変わってと目にも止まらぬ速さで電話を奪われ、あんたちょっとどっか行ってなさいと千円をお小遣いに持たされました。

 ……むう。もう、そんなに子供じゃないのに。
 でも、せっかくもらったお小遣いなので、何か買おうかな。
 あ、そういえばコンビニにフィギュア付きのチョコレートが売っていたような気がします。特別そんな趣味もないけれど、童心に帰って買ってみようかなと思います。


31: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:25:22 ID:zku

 私がコンビニで買い物を済ませると、母がすぐ後ろにいました。

「帰るわよ、肇。今日くらいまでは、泊まっていくでしょう?」
「うん。そうする。プロデューサーさんはもう年末までいてもいいって言ってたけど、お仕事もあるし」
「そうねぇ。お母さん久しぶりにプロデューサーさんとお話ししたけど、相変わらず誠実そうでいい人よねぇ」
「そ、そうだね」
 
 何か、母の声が明るいような気がします。

「肇が一人でこっちに向かってるなんて聞いた時はどうしようかと思ったけど、プロデューサーさんが付いてきてくださったって聞いただけで安心したわ」
「迷惑かけちゃったかな。昨日も岡山のホテルに泊まったって言ってたし」
「そうねぇ。お土産持たすから渡してあげてね? プロデューサーさんってお酒大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫。よく飲み過ぎて頭痛いって言ってるし」
「あら……それは良くないわねぇ」

 ふむ、と母が顔をしかめます。

「あ、えと、で、でもそれも冗談だったりするし。この前だって『昨日はよく飲んだ、頭痛い』とか言いながら遅くまで仕事してたんだよ。忘れ物取りに帰ったら電気点いてて……って何笑ってるの、お母さん」
「ふふっ……。いえ、プロデューサーさんのことになると、肇も必死なんだなって」
「そ、そんなことないもん。私はただ、プロデューサーさんは良い人だって言いたいだけだからっ」
「…………我が娘ながらわかりやすいわね」
「な、なにが」
「なんでもなぁい。わかってるわよ、大丈夫。お母さんもプロデューサーさんのこと信頼して肇を任せてるんだから」
「そ、それなら良いけど」
「でもあんなに引く手数多なご様子なのにまだ結婚なさってないんでしょう? 争奪戦は激しそうねぇ」
「お母さん!?」
「肇ももっとこうグッと……それこそ押し倒して『私を食べて』みたいに迫ればあるいは……?」
「お母さん!」
「嘘嘘、じょーだん」
 母の冗談は時々行き過ぎることがあります。
 そんなことできるわけないじゃないですか。そもそも私未成年ですし。た、食べてもらうところもまだ、ないですし。

 そんな冗談を言い合いながら、正面玄関から病院を出ます。
 広々とした駐車場の端には除雪した雪が溜まっていて。
 先程まで病室から眺めていた風は、今度は直接私たちの顔に吹きすさびます。渇いた空気に水分はなく、冷えた空気が肺の奥まで入り込みました。

「夜ご飯、すき焼きにしよっか。帰りお肉買ってくわよ」
「え、いいの」
「もちろん。お父さんだって喜ぶわよ」
「そっか。そうかも」
「決まりね。じゃあほら肇、車乗んなさい。……あー、後ろの席いろいろ置いてあるから、助手席でいい? それとも片付けようか?」
「ううん。助手席でいい。いつもそうだから」

 は、と。自分の失言に気づく頃は、実際にはもう十分なほど遅くって。

「ふーん……プロデューサーさんの横にいつも座ってるのねぇ……」
「た、たまたまだから。他のみんなもそうだし」
「他のみんなといる時も隣に座るんでしょう?」
「そうだけど……って何で知ってるの!?」
「お母さんパワーよ」
「そんなわけないじゃん!」
「そんなわけないわね」
 ま、まさかさっきの電話……!?
「そんなこと話してたの!?」
「なわけないでしょ。カマかけただけよ。でもほんと綺麗に白状してくれたわね」
「!?」
「ふっふー。いじらしいじゃない。お母さんもね、昔はお父さんの運転する車の横でそれは熱いランデブーを……」
「思春期の子供に言う話じゃないよぉ……」

 そんな他愛もない会話をこなしながら、私は半年ぶりに実家へと帰っていきます。


32: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:31:18 ID:zku



 病院から家へと向かう道は白薄の氷が張っていました。
 側に見る畑の土すら冬化粧に染まっているようです。
 助手席の窓に息を吹きかけ指で、ア、イ、ド、ル、と。その隙間から見えたのは、所々に電気が灯ったビルの姿。

 ──────ずっと見てきたこの景色を、あと何回、私は見ることができるのでしょう。このままの私で、あと何回、綺麗だと思えるのでしょう。
 
「おじいちゃんね」
 母が、真っ直ぐに道を見据えながら口を開きました。
「別に病気とかあるわけじゃないけど、去年より痩せたんだ。まあ歳も歳だし、当たり前かもしれないけど」
「……うん」
「昔より足も遅くなったし、顔にシミはできてるし、耳も遠くなったしね。今回倒れたのだって、大事にはならなかったけど、やっぱりちょっと心臓も悪いんだって」
「え……!?」
「ああ、大丈夫。検査してもらって、病気とかじゃないって。でもさ、ほら。歳だから」
「……」
「おじいちゃん、肇にはいつも厳しく言うけど、肇が出る番組とか雑誌とか、全部見てるんだからね。この前CD出たときなんか、ご近所さんに配る分まで買ってたんだから」
「……そうなんだ」
「嬉しいのよ、あなたが頑張っているのが」
「そう、なのかな」
「そうよ。だからね、肇。近くにいられないことを、そんなに気に病むことはないわ。だってお父ちゃん……おじいちゃんにはお母さんがいるもの。お父さんだっているわ」

 ───車は高速道路に乗りました。
 流れていく景色には目もくれずに、真っ直ぐ、言葉を重ねます。

「だから大丈夫。肇が一生懸命頑張ってる姿を見せてくれることが、お母さんもお父さんも、何よりおじいちゃんには、一番嬉しいことなんだから」
 声色は濡れています。
「向こうで頑張ってるのに、むしろ心配させちゃってごめんなさい。でも、優しい子に育ってくれて、お母さんは本当に嬉しいわ」

 雪が降っているから、なのでしょう。
 めいっぱいに息を吸って。
 母の吐く息は、どこか白ぼけて見えました。

「……ね、肇。アイドルやってて、幸せ?」

 いっぱいの、熱をこめて言います。

「───うん。幸せだよ」

 一番大事なことは、真っ直ぐに。


33: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:32:08 ID:zku

「友達もいて、先輩の皆さんも優しくて、最近は後輩の子もできたんだよ」
「そう」
「学校もね、友達もできて、一緒にご飯食べたり、一緒に帰ったりして……」
「ええ」
「楽しくて、楽しくて仕方ないんだ。それに───」
「プロデューサーさんも、いるもんね」
「……──うん」
「頑張りなさい。応援してるわ」
「ありがと」
「でもね肇。もし───」
「お母さん」
「……いえ、なんでもないわ」
「うん。───うん。わかってる」

 わかってる。わかっているのです。私は、もう。
 母は何も言いませんでした。でも、わかってしまいます。

『それはきっと とても とても綺麗な思い出になるから』

 ──────母は、そう言いたかったんだと思います。

 街中でも雪は降り続いていて、いろんな音が吸い込まれていきます。スーパーに車を停めて夕食のお肉をたっぷり買い込みました。そして少しわがままを言って、予定になかったものまで。

 一日早い、白いホールケーキ。
 サンタさんは来ないけれど、この季節にぴったりな贈り物を。

 私は、わがままを言って買ってもらったのです。


34: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:33:27 ID:zku

【 Like ice melting 】



 その日は、クリスマス・イブでした。
 東京にもこの街にも、雪は降らない予報です。
 想いが静かに積もっていく────いつもと変わらない、いつも通りの冬の日でした。


35: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:34:56 ID:zku



 近くにある高校からの部活動の声が聞こえてきた頃です。
 太陽は雲に隠れて見えません。

「じゃあおじいちゃん。私、東京に帰るけど」
「……風邪などひかんようにな」
「おじいちゃんこそだよ」
「むう」
 ほら肇、と母が急かす声が聞こえました。私はこのあと午後の新幹線に乗らなければいけません。
 おじいちゃんは再びの検査を終え、ベッドに寝転んでいます。問題がなかったら、数日後に退院になるそうです。

「……のう、肇」
「なに?」
「お前を送ってくれた会社の……ほれ、あの」
「プロデューサーさん?」
「うむ……」

 おじいちゃんはその後の言葉を継(つむ)ぎません。
 どうしたのかなと思って、沈黙はすでに一分。
 痺れを切らし、お爺ちゃんが「む」と小さく唸るように声を出しました。

「礼を、伝えておいてくれんか」
「そうだね。プロデューサーさんもおじいちゃんのこと心配してくれてたし、伝えておくよ」
「違う。……そうではなくてだな」
「?」
「東京から来るお前に、付き添ってくれたことだ」
「あ……」
「肇。わしが心配をかけてしまったのは申し訳なく思う。だが、お前の行動はあまりに軽率にすぎるのではないか?」
「う……」
「ただでさえ子どもが夜に出歩くなど褒められたことではないのに。しかもお前には、立場が、夢があるのではないか? やりたいことが残っているのではないか?」
? その声色は、ぴしゃりと反論を寄せ付けない迫力を持っています。
 私が黙っていると、さらにおじいちゃんが続けます。──ふう、と静かに息をついて。

「彼に、礼を伝えてくれるか。守ってくれてありがとうと。……わしの、大事な孫を」
「──おじい、ちゃん」
「……む、ほれ、わかったか?」
「──うん。ちゃんと言うよ」
「うむ。……それと」
「それと?」
「頑張りなさい」
「──────うん。頑張るよ」


 一本、新幹線を遅らせたのです。
 今日はどうしても、おじいちゃんに会いたかったから。
 ……良かった。会えて、話せて良かった。
 だから、今日は。
 

「……ばいばい」
「む……う、うむ」
 ばいばいなんて子供っぽいとも思いましたが、たまにはいいと思うのです。
「あら……ふふふ」
 母がそれを見て笑っています。
「なんじゃ、早よ行かんか」
 声が聞こえました。……私だけに聞こえる、優しい声が。
 いつまでも、元気でいられるわけではないのでしょう。いつかは、元気でいられなくなってしまうのでしょう。
 でもその時までは──できるなら、その時を超えても、ずっと。
 ずっと、ずっと。いつも、いつも。

 頑張る私を、見ていて欲しいのです。
 頑張るからね、おじいちゃん。応援しててね、おじいちゃん。


 ───だから今日は、ばいばい。


36: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:37:57 ID:zku



「送ってくれてありがとう。行ってきます」

 岡山駅までは、父が車で送ってくれました。走っている時は話もしなかったのに、いざ降りるとなった時に、一気に会話が溢れ出します。
「……ああ。肇、体調には気をつけるんだぞ」
「うん。お父さんも、お酒ばっか飲んでちゃダメだよ」
「はは、舐めるくらいにしか飲まないさ」
「そんなこと言って」

 よく母からチャットがくるから知っています。
『今日は隠れてビール飲んでたのよ』とか。『最近太ってきちゃってねぇ』とか。
 一緒にいた頃は寡黙で厳しいという印象だったけど、離れてからは意外と子供っぽい一面が特にクローズアップされて映ります。
 これまでもずっとそんな一面があったのかもしれません。
 でも気づかなかった。気づけなかった。
 その人の「本当」を見ているつもりでも、それはずっと父の娘だった私から見た「本当」でしかないから。
 今の私が見る父は、少し大人になった「肇」から見た父なのでしょう。

「さ、肇。何かお土産を買う時間も必要だろう。早くいきなさい」
「あっ、そうだね……じゃあお父さん、メリークリスマス」
 脈絡のない会話です。
 でもこのタイミングで言ってみたくなったのです。
 父はほとんど表情を変えず──つまり少しだけ微笑んで、

「メリークリスマス」と。

 去年までのサンタさんがポツリと呟きます。

「……サンタさんが来るといいな、今年も」
「ふふっ……」

 ほんとだね、なんて言って別れて。
 身のない会話かもしれません。でも父との会話が私に一番合う波長なのです。すうと入って、ちゃんと残って。
 そういうところは少し、プロデューサーさんに似ているような気がします。
 それともプロデューサーさんが、父と似ているのでしょうか。

 車が見えなくなるまで佇んでいました。
 ちょうど見えなくなった時、どこからか、土の匂いが風に運ばれて。
 駅前なのに、どうしてでしょう。

 懐かしい、土の匂いを感じたのです。


37: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:43:03 ID:zku


 
 空からは雪がこぼれ落ちてきました。
 先日とは違い、白い花は地面に落ちては溶けていきます。
 ちかりと、暖炉色の街灯が点きました。
 私はそれを、四階のガラス窓から眺めています。




 何を買いましょう。何を届けましょう。
 あなたに何を、贈りましょう。
 なんだって喜んでくれるあなたが、それでも特別に喜んでくれるように。

 プロデューサーさん。あなたのことを思うと、どれもこれもがすごく良いモノのように見えるのです。
 ありふれたシャープペンシルも。
 ありふれた、キーホルダーも。
 ありふれたコーヒーカップも。
 ありふれたネクタイピンも。
 ありふれた名刺入れも。

「どれでもいいよ」なんて言わないで。
 だって私だってそう思うのです。
「どれを選んでもきっと全部、全部全部全部────すごく、似合うんじゃないかな」って。

 思ってしまうんです。
 あなたの笑顔を。
 ここにはない、少し疲れた背中のことを。いたずらに笑う、子供っぽい笑顔を。

 ねえ、サンタさん。
 私、クリスマスプレゼントはいりません。だから一つだけ、届けてくれませんか。
 私の気持ちをきれいにラッピングして。
 プロデューサーさんに、届けてくれませんか。

 ……本当に届いてしまったらどうしよう。その時は喜んでくれるでしょうか。怒ってしまうでしょうか。どちらにしろ、困ってしまうことになると思います。
 でも、わがままを聞いてください。悩んで、考えてくれたら嬉しいです。
 これまでの感謝を込めて。これからの私たちのことを。今の、精一杯の気持ちで伝えます。



 プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。

 優しい、プロデューサーさん。




 好き、です。


38: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:45:10 ID:zku



 新幹線に乗り込む人の数は意外にも少なかったようで、私の周りは空席です。
 少し行儀が悪いけれど手荷物を隣の席に置かせてもらい、抱えていた小さなお土産をカバンの中にしまいこみます。
 ……なぜか勝手に緊張して、ふうと大きく息をはきます。

 浮かんだのは、言うまでもなく。

 まだ会ってもいないのにと頭を振り払い、動き出した車窓へと顔を向けます。
 二日前に辿ってきた景色が、今度は逆側に流れていきます。
 もちろん、あの時の景色が心に残っているわけではありません。


 私が生きていた夜は暗く。ところどころに火が灯る雪に塗(まみ)れた故郷は、それは綺麗な光景で。
 これ以上に荘厳な景色も、華美な景色もいくらでもあるのでしょう。ここを美しいと思うのはきっと、私のこれまでの人生がそうさせているだけかもしれません。
 でも、私は走り出した電車から見えるこの景色が、とても大好きなのです。とてもとても───心がいっぱいになるくらい、大好きなのです。

 ……目をゆっくりと閉じます。

 いつか、この景色をあなたと一緒に見ることができたら───。

 そんな───遥か遠い未来のことを夢見て。

 私は、東京へと戻っていきました。


39: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:53:14 ID:zku



 東京に着いた時にはもう陽の姿は見えず、夜が唄っていました。
 街明かりは地元のそれとは比べ物にならないほど多く、そこかしこに雪だるま型のボードが並んでいます。光って消えて、光って消えて。
 明るい外国の歌に乗せられて、声が響いています。
 小さい女の子のありがとう。
 良かったねと、少し落ち着いた女性の声。
 今から帰るよと、ケーキを持って電話をする背広のおじさん。
 緑の木に、赤いおじいさんとトナカイの人形がゆらりゆらりと揺れています。
 
 
 雪は降っていません────だから音はむき出しのまま。
 街灯が橙色に輝いていて────向こうの灯りと干渉しないように。
 私は歩道の柵に腰を下ろし、あの人に電話をかけました。


 時間は二十一時を回っています。こんな時間に電話をかけるのは非常識かもしれません。でも、戻ってきたことは報告しないといけませんし、そもそも明日は────明日は、クリスマスで、そしてライブなのです。
 だから、と。
 頭の中でたくさんの言い訳を並べて──結局ただ話がしたいだけで──プロデューサーさんに電話をかけました。


 最初のコールは小さく。

 二回目のコールは熱く。

 三回目のコールはそっけなく。

 四回目のコールは優しく。

 五回目のコールは遠く。

 六回目のコールは喧しく。

 七回目のコールは静かに。

 ………八回目のコールの後。


「どうした、肇」

 ───プロデューサーさんの声が、聞こえました。



40: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)00:59:19 ID:zku



「遅くにすいませんプロデューサーさん。今、東京に戻りました」?
「な──……そうか。もっと休んでもよかったんだぞ?」

「いえ。だって明日はライブのお仕事がありますし」

「……肇、それは」

「プロデューサーさん」

「肇」

「お願いします」

「……休んだほうがいい。焦る必要なんてない」

「焦ってなんかいません」

「肇、自分ではそうは思ってなくても」

「じゃあ、言葉を変えます。……焦っているかもしれません。でも歌わせてください」

「……どうして」


「おじいちゃんに」

 息を吸って。


「頑張れと、言われたからです」

 一言で、言い切ります。



「……無理は、してないよな?」

「もちろんです」?
「そうか。それで、セットは『あらかね』と……」

「はい。……『always』を」

 always。私が初めて参加したCDに収録された曲。
 この曲を選んだ理由は、今までに何度か歌った経験があることもそうなのですが、それよりも。
 この曲のメッセージを今なら伝えられる気がしたからです。
 歌詞をなぞるだけでなく、私の言葉と心で。

「……わかった。じゃあ明日の十四時に迎えにいくから寮で待っててくれ。くれぐれも、無理しないように」

「わかりました……それと」

 意を決して。
 唾を飲み込み息を吸います。

「ん、なんか気になる点があったか?」

 ふう、と大きく息を吐いてから、できるだけお腹に力を込めて言いました。



「────その前に、会えませんか?」


41: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:03:59 ID:zku

 とくん。

 心臓が高く跳ねます。


「その前って……今からか?」

 とくん。

 少し戸惑いを乗せた声。


「はい」

 とくん。

 その声色の理由を。


「あー……」

 とくん。

 どうして私は。


「肇。その、な」

 
 どうして私は、考えようともしなかったのでしょう。
 




「ごめん、今ちょっと人と会っててさ、行けないんだ」




42: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:07:54 ID:zku

 ────────。

 音が、消えて。

「肇?」

「───あ、その」

 えっと。

「───……あ、もしかして……」

「ん? ああ。ちょっとな。ほら、今日クリスマスだし」


 ……──違いますよ、プロデューサーさん。今日は、クリスマス・イブです。


43: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:08:33 ID:zku

 また、音が聞こえてくるようになりました。
 しゃんしゃんしゃん、しゃんしゃんしゃんと。
 明るく鈴が鳴っています。

 なぜか左手を握りしめてしまって。
 なぜか身体中が熱くて。
 みんな笑顔で。嬉しくて。

「──────」

「ん? ……肇?」

 はい、と答えたつもりでした。
 声になっていなかったと気づいたのはもうちょっと後。
 プロデューサーさんが、何度も何度も私の名前を呼んでくれた時に、ようやく。

 ようやく、私は。


 遠いんだ、と気づいたのです。



「───あ」

「お、繋がってたか。それとも何か、緊急の連絡だったか? それなら──」



 それなら。

 それなら、なんなのでしょう。

 来てくれるんですか?

 私のところに。

 ……そっか。

 私は、アイドルだから。

 だから、来てくれるんですか?

 私が──アイドルで。あなたは、プロデューサーさんだから。

 私が、そうですと言えば。

 そしたら、あなたは────。


「いえ」


 ────私は。


「それだけ、です」

 ありもしない雪に降られたように。
 ──……目を閉じて。


「そうか。今日は疲れてるだろうし、しっかり休んで──」
 
「そうですね。……すいません、やっぱり私ちょっと疲れてるみたいです」

 どれほどの力がその声に込められていたでしょうか。
 見せかけの元気なんて、プロデューサーさんにはすぐに見破られてしまいます。

「……明日、本当に大丈夫か?」

「大丈夫、です。少し休めば」

「……なあ、やっぱり明日は休んだ方がいいんじゃないか? いつもお世話になってるところだし、そもそも急な案件だったんだから……」

「大丈夫ですっ……!」

 零れそうな感情をぎゅっと押し込めて。
 それでも、涙が流れてしまいます。
 涙の理由には、気づかないで欲しいです。

「大丈夫です。本当に、本当に、ちょっとだけ……
 ──……ちょっとだけ、たいへんなだけですから──────。」

「……肇、やっぱり迎えに行くよ。近くだったら車出せるし、今ならまだ───」

「──────いえ、もう寮のすぐ近くですから。明日の十四時にお願いします」

「おい、はじ───」

「おやすみなさい、プロデューサーさん」

 ぷつり。
 もう、言葉は聞こえない。
 出てくることも、ない。


44: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:11:21 ID:zku

 夜空を見上げるけれど、厚い雲に遮られて星は見えませんでした。
 息が白く色づいて消えていきます。
 雪も降っていないのに、どうして今はこんなにも静かなのでしょう。
 夜は、沈んでいかないのでしょう。


「────本当は」


 きっとそれは気のせいで。本当は、もっとずっと。
 暗くて、
 華やかで、
 すごく楽しくて、
 ゆっくりと幕が降りていくような夜なのでしょう。
 


45: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:13:07 ID:zku




 ───寮までの道をゆっくりと、ひとり。

 どうしてだろうと問いながら。

『それはきっと とても とても綺麗な思い出になるから』
 そう言ってくれた人がいるのに。
『サンタさんが来るといいな』
 そう言ってくれた人がいるのに。
『頑張りなさい』
 ……そう言ってくれた人がいるのに。


「大人になったら恋なんてしないって、言ってたのに」
 そんな嘘をついた人がいるのです。
「ずっと近くにいたから好きになっただけなんて、そんなことないのに」
 そうですよプロデューサーさん。
 だって、だったら、どうして。

 本当、どうしてなんでしょうか。
 あなたが想う人がいたとしても。
 困らせるだけであったとしても。

 そのどれもが。どれひとつとして。
 理由になんて、ならない気がして。


 何か、言えば良かったのかな。
 何を、言えば良かったのかな。
 伝えれば、良かったのかな。
 好きだって、言えれば。

 ……言ってしまったら。

 ああ。言うつもり、だったのになあ。
 それでフラれちゃっても、ごめんなって言われても良かったのに。
 ……嘘。本当は悲しくて泣いてしまっていたでしょう。 
 それでも、この気持ちに正直にいられた。
 今は──────もう。
 もう、いい。
 




 ───違う。……違う。
 
 こんなにも灼かれるような。
 こんなにも焦がれるような。
 想い。 
 ああ、心が擦れて、熱い。
 熱くて熱くて、もう触れていられない。


 地味な器。でも、あなたが見つけてくれた器。
 磨いて、作り直して、その度に嬉しくなって。
 いつしかその器は赤く色づいて。底に一筋、ひびが入ってしまって。
 そんな器にどれだけ水を入れても、溢れていくばかり。 
 でも、全部を包むような大きな器が外にあれば───いつか壊れてしまっても。
 あなたとなら。そう、思っていた。そうだったらいいと、願っていた。
 ───でももうそれも終わり。


 好きだと言えなかった恋は、どう失っていくのでしょう。
 想いを伝えられなかった恋は、どう溶けていくのでしょう。
 

 あのとき、電話の向こうでいつもよりも少しだけ嬉しそうなあなたの声を聞いて。
 あなたが幸せでありますようになんて、そんな月並みなことを思ってしまったのです。
 もしそこに、私がいなかったとしても。
 あなたは私たちを、私を、輝かせてくれたのだから──あなたの幸せに、黒点を付すわけにはいきません。
 

 アスファルトはきっと、氷よりも冷たい。
 それでも、落ちた涙は凍ることなく消えていきます。
 燻り続ける想いを抱えたまま、私はずっと歩いていくのでしょう。
 それが何ヶ月先か、数年先か……もしかしたら、一生消えないのかもしれないけれど。


「メリークリスマス……かぁ……」


 カバンの中にしまったプレゼントは、もう誰のものでもなくなってしまいました。
 ……いいえ。それは、プロデューサーさんのものです。
 女の子としてではなく。……恋の証としてではなく。
 アイドルとして。
 お世話になるプロデューサーさんへの、いっぱいの親愛を込めたプレゼント。
 精一杯の親愛を込めて送る、あなたへのプレゼント。


 ああ───明日は、どんな顔をして渡せばいいのでしょうか。


46: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:17:47 ID:zku

【 Glass Moon 】



 冬の空、雲を超えた先にはガラスのような月。
 映る心は手に取ることはできず。ただ、悲しいままに。
 ───できるならば、ずっと。ずっとずっと。
 
 叶うまで、ずっと。

 ──────この気持ちを恋と呼んでいたかった。


47: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:19:10 ID:zku

【 In today 】



 クリスマスの朝は、ふわりと雪に溶けた土の匂いが香ってきました。


48: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:25:54 ID:zku



「肇ちゃん、英語の宿題やった?」

 朝のショートの後、絢ちゃんがいかにも困っているような顔を浮かべてよろよろと机までやってきました。

「あ、しまった」
「ええ!? 肇ちゃんも忘れた感じ?」
「忘れたっていうか……うーん、でもそうだね。三森先生に謝りに行かなきゃ」
「うえ~、みっつんのとこ行ったら絶対追加課題だって~! まだ十分あるし、肇ちゃんならなんとかならない~?」

 ……絢ちゃん。十分(じゅっぷん)は十分(じゅうぶん)ではありません。

「うーん、でも他の人の答え見せてもらっても自分のためにならないし」
「ウッ……肇ちゃんそれ、アタシへの嫌味~?」
「半分違うよ」
「半分そうなんじゃん! ……えへへ」
「え、どうしたの」
「……肇ちゃん、落ち込んでるっぽかったから。なんかあったのかなって」
「───絢ちゃん」

 笑ったね、ぴーすぴーすなんて言って、屈託なく笑う絢ちゃん。
 ……心配かけちゃった。ごめんね。

「……ありがと」
「ちょっ……肇ちゃん、どうしたし!?」

 クラスのみんなが一斉にこちらを振り向きます。ひゅーひゅーなんて冷やかしの声が聞こえますが、そんなの気にしません。背中に回した手に、思いっきり力を込めます。

「……ありがと」

 心配してくれてありがとうとか。おじいちゃんが倒れて不安だったんだとか。好きな人に勝手に振られちゃったんだとか。課題はちゃんとやらなきゃダメなんだよとか。他にも言いたいことはたくさんあったけど、何を言ったらいいのかわかりません。

「……ありがと」
「ちょちょちょ、痛い痛い痛い」
「あ、ごめんね」

 自分でもびっくりするくらい強く、抱き締めてしまいました。
 絢ちゃんは(私が言ってしまってはダメなのでしょうが)色々至らぬところもあるけれど、やっぱり私の友達なのです。

「……うん。少し、元気出た」
「そう? それならいーじゃん。ウチをぎゅーってして元気出るなら、いつでもぎゅーってして!」
「うん。寂しくなったら、声かける」

 だから。

「一緒に三森先生のとこ、行こ?」
「あー……パスで」
「友達じゃないの?」
「友達だけれども」
「じゃあ、もう一回ぎゅーってしてあげるから、行こ?」
「くぅっ……肇ちゃん、アイドルとして武器を振りかざしてるねえ!?」
「うん。ほら」

 ……もう一回、ぎゅうと。
 
「あ──……うん、まーしょーがないか。怒られる時も二人なら半分だもんね」
「そうだよ。行こ」
「はいはい」

 私は絢ちゃんの手を引き、廊下に出ました。
 そのまま手を離さず。職員室を超えて、四階の渡り廊下。ここは空に面しているのです。
 壁がない廊下を風が通り抜けていきます。寒く乾いた風。どこにでもある冬の風です。

 次の授業まで、残り十分もありません。
 私は何も言わなかったけど、絢ちゃんは優しく笑って、わかってくれて。
「おいで」と。腕を広げて、受け入れてくれたのです。

「あのね」
 
 何があったか、話そうとしました。

「いいよ」
 
 でも絢ちゃんは、何も言わせてくれませんでした。

「泣きたいときは、いいんだよ」
 
 言葉のまま、私はぽすりと絢ちゃんの胸の中に収まりました。
 柔らかくて、いい匂い。
 優しくて……とても、とても。

 五分だけ。声を押し殺して、泣いたのです。


49: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:30:21 ID:zku



 午後の授業を一つ終えて、私は帰り支度を始めます。
 クラスのみんなからは頑張ってきてねと声をかけてもらいました。
 私は笑って手を振って、学校を後にします。

 校門の近くには、プロデューサーさんが乗った車が停まっていました。

「すいません、遅れました」
「遅れてないよ。今十四時だ」

 カバンを後ろの席に置き、私は助手席に乗り込みました。
 シートベルトを閉めると、ゆっくりと車は動き出します。
 ぱき、と氷の割れる音がしました。

「……ありがとうございました」
「ん?」
「祖父が、プロデューサーさんに伝えておいて欲しいと」
「ああ。……何もなかったってことで、何よりだ」
「はい」

 ……会話が途切れてしまいました。
 いつもならプロデューサーさんが適当に話題を投げかけてくれるのですが、今日はそれもなく。

「……メリークリスマス」
「ん? ああ、そうだなあ」

 私の方から、クリスマスの話を始めました。

「肇のとこにはサンタさんがきたか?」
「寮に帰ったら、みくちゃんと響子ちゃんがサンタさんのコスプレをしていました」
「そうだったか。……似合ってそうだな」
「……プロデューサーさん?」
「あ、なんでもない。ちょっとユニット組んでも良さそうだなって思っただけだよ」
「どうなんでしょうか」
「あれ、思わない?」
「そうじゃなくて……プロデューサーさんが本当にそれだけしか思わなかったのかなって」
「無論だ。プロデューサーだもの」
「……ふふっ」

 唇を尖らせて、わざとらしくふざけるあなたが可笑しい。
 一旦意識してしまうと、なんでもない仕草にこそ惹かれてしまいます。
 ……まだ。

「サンタさんなぁ」
「プロデューサーさんのところには、来てたんですよね」
「……あー、肇に知られたのはマズったなぁ」
「……他に知っている人、いらっしゃるんですか?」
「まさか、いないよ」
 
 プロデューサーさんは額を軽く拭います。

「秘密にしといてくれな?」
「──────はい」

 それは、プロデューサーさん。
 どちらを、なんて。
 少し、考え過ぎてしまいます。


 車内には再び沈黙が。
 今日は信号にも引っ掛からず、道も空いていたので後五分くらいで目的地に着くでしょう。
 だからこのまま何も話さないでいても良かったのだけど。

「あのさ」

 プロデューサーさんが、真っ直ぐ道路を見つめながらそっけなく、口にしました。

「──どうして、『always』にしたんだ?」

 ──それを、聞いて欲しかったのだと思います。

「歌いたいな、と思ったんです」

「愛されていたと思えたから」

「選んでくれたと思えたから」

「その人たちに、いつも思っていることを言いたくなったんです」

「特別な時じゃないと、いつも思っていることは言えないから」
 

「そうか。……いい理由だ」

「はい。私もそう思います」


50: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:31:24 ID:zku




 車は、地下の駐車場に止まりました。
 車から降りると、CDショップの店長さんが迎えてくれました。

 会場はお店の横にある大きめの部屋。百人も入らないような大きさです。
 開けた客席と、小さなステージにポツンと置いてあるスタンドマイク。
 MCのトークも含め三十分もしないような短いライブですが、今までのどんなお仕事より緊張しているような気がします。

 本番まで、あと二時間ほど。
 ゲネプロは一時間後です。
 用意していただいた楽屋に座って、深呼吸。何度も直してもらったはずなのに髪がハネているような気がします。衣装も何か忘れているような……三回目のチェックでも不安は拭えません。
 一人あたふたしていると、楽屋の扉を三回ノックする音が聞こえました。

「肇、ちょっといいか」
「はい」

 プロデューサーさんが、事前の挨拶回りから帰ってきました。このあと私も一緒に挨拶に伺うのですが。

「これ、渡しておきたくて」
「……これ」
「ほら。クリスマスだから」

 プロデューサーさんの手には、竹をモチーフにした髪飾り。
 銀色の飾りは、電灯に照らされて青く光を反射しています。

「……終わってからじゃないんですね」
「ああ」
「どうしてですか」
「肇はどうしてだと思う?」
「──ずるい」
「大人だからな」

 はっはっはと演技じみた笑いを残して、髪飾りを手に取ります。
 そのまま、私の頭へと。

「……うん。よく似合ってる」
「──────」
「あ、あれ? 気に入らなかったか?」

 そんなわけない。
 ……そんなわけないじゃないですか。
 プロデューサーさん。女性が黙ってしまうのは、怒っているからだけではないのですよ。
 ちゃんと、覚えておいてくださいね。
 
「────いいえ。すごく綺麗で、嬉しいです」
「────そうか。それなら、いいんだ」

 ほうとした顔を浮かべて、私の頭を撫でてくれるあなた。
 優しく、何度も。ゆっくりと、暖かく。

「プロデューサーさん」

 自分でも驚くくらい艶やかな声が出てしまい、プロデューサーさんの手の動きが止まってしまいました。もう少し撫でてくれてもよかったのに。

「私からも、あるんです」

 振り向き、カバンから──昨日渡すはずだった──プレゼントを取り出します。別にいいのになんて言いながら、顔がニヤついています。もう。子供っぽいですよ、そういうとこ。 

「これ……」
「喜んでいただけると嬉しいです。どうですか?」
「ああ、すごく嬉しいよ。もしかして、気づいてたか?」
「はい」
「肇はさすがだなぁ……! 明日からこれにするよ、ほんとありがとな」

 渡したものはキーケース。竹の意匠が凝らされた、大人っぽく落ち着いたもの。
 いつも身に付けていて欲しかったから、選んだのです。
 いつも近くにいるって思いたかったから選んだのです。
 
「プロデューサーさん」

 選んだのです。
 あなたのことも。
 渡すことも。続けることも。
 何も、言わないことも。

「私を」

 ──────私は、選んだのです。

「選んでくれて、ありがとうございました」

 きっと、この先もこうして私は笑うのでしょう。
 抜けない棘を抱えながら。掬えないユメを想いながら。
 この恋が、失くなってしまうまで──────。
 氷のように溶けていく私の心を、どうか見守っていてください。

 どうか。

 近くで。


51: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:40:48 ID:zku



「じゃあ肇、いってらっしゃい」

「はい。……いってきます」

 ステージへと向かいます。一歩進むたびに、熱気が伝わってきます。
 光が開けて。
 たくさんの拍手で迎えてくれた皆さんが、みんな笑って。


 マイクのスイッチを入れます。それと同時に、ピアノの音が響きました。

 目を閉じれば、雪に染まった街。
 自分がどんな器になれるのかわからなかったあの頃。
 
 今もまだ、いっぱい迷っているけど。 
 
 一つ、答えを見つけたよ。


52: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:41:06 ID:zku

【Epilogue】



『涙 流した日もあった』

『歩き出せない日もあった』

 ……だけど。

 聞こえたのは、あなたの声。

 時は移ろうもの。風は流れるもの。

 そんな中に、変わらないものがあった。

 いつも。いつも。

 いつも、見守ってくれる人がいてくれたこと。
 いつも、あなたが私を見守っていてくれたこと。

 なんでもない言葉だけど。ありふれた言葉だけど。
 聞いてくれると、嬉しいです。









53: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:41:17 ID:zku



 いつか私の中で光っていた星は、あなたにもまだ見えていますか?

 見えているのならばどうか近くで、燃え?(つき)る姿を見届けてください。

 ───冬の青空にも燦然と輝く、あの高く遠い蒼月を想うように。


54: 名無しさん@おーぷん 20/12/25(金)01:43:49 ID:zku

以上です。
クリスマスに合わせて投稿できてよかったです。個人的にすごくお気に入りの作品になりました。良かったと思ってくれる人がいたら嬉しいです。
これらも含め、過去作もぜひよろしくお願いします。



【モバマスss】真月に祈る【かこほた】


【シャニマスss】モノクローム・メモリーに


【モバ・シャニss】空なんて見上げなくても




転載元:【モバマスss】Glass Moon 【藤原肇】
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1608820719/



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    • 1 名無し春香さん
    • 2021年01月11日 00:22
    • すごいよかった
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