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トップページモバマス > モバP「黒埼家の猫」

1: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:46:31 ID:k9o



「魔法使いさぁん、おミカン剥いてぇ」


 それはまるで、主人の膝の上で寛いで甘えた鳴き声を上げる家猫のようだった。


 その鳴き声の張本人――黒埼ちとせは、こたつで対面している俺に向けてミカンを転がしてきた。

 ころころとテーブルの上を転がったそれを捕まえる。


「自分で剥きなさい」

「指が黄色くなっちゃうもの。お願い♪」


 転がし返してやろうと思ったが、可愛らしく首を傾げてウインクされるとどうにも弱い。

 担当アイドルという贔屓目を抜きにしても、ちとせのお願いを断れる人間がいたら名乗りを上げてほしい。

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2: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:47:45 ID:k9o


 ひとつ溜め息を吐いて、ミカンの底に親指を突っ込んだ。


「あは♪ ありがとっ」


 この笑顔を間近で見られるなら、いくらでも剥いてやろうじゃないか。どうせなら3つとか剥こうか?


「そんなに食べられないよ?」

「無理にでも食べさせてやろう」

「やだ~♪」


 けらけらと八重歯を見せ笑うちとせ。

 時に妖しく艶かしい笑みを浮かべ大勢のファンを魅了する彼女だが、今は少女のように無邪気な表情で裸にされていくミカンを見つめていた。


3: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:49:10 ID:k9o



「お上手ね、おミカン剥くの」

「こんなこと褒められたってなぁ……」

「専属ミカン剥きとして雇ってあげよっか♪」

「そりゃあ魅力的な提案だけど、残念ながら今は魔法使いを続けたいんだ」

「……えへぇ♪」


 何を気に入ったのか、今度はふにゃりと蕩けた頬を押さえて口角を上げた。ニヤけるのが収まらないようで、淡い桜色の唇がむにゅむにゅと動いている。


 ……なんで俺は唇なんか見つめてるんだ。ミカンに目を落とした。


4: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:50:25 ID:k9o



「……たとえちとせが嫌だって言っても、俺は魔法使いを続けるぞ」

「あり得ない仮定の話をして楽しい?」

「楽しかないけど。もしもの話」

「そんな未来(もしも)はやって来ないよ。私も千夜ちゃんも望まない」

「だよな。安心した」

「新年早々おかしなこと言わないでね」


 誤魔化すには少々重い話だったか。

 さっきまでの朗らかな笑顔は若干強張り、心の奥底を覗くような赤い瞳がこちらをじぃっと見つめている。


5: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:51:20 ID:k9o



「ねぇ、唇見てたの?」


 ば、バレるのが早い……。白状した方が良さそうだ。


「ニヤけてたから気になったんだよ」

「魔法使いさんのえっち」

「なんでだよ!?」

「私の身体をジロジロ見てたんでしょう?」

「言い方! ミカンやんないぞ!」

「魔法使いさんったら逞しくて素敵♪」

「そんな雑な褒め方はないだろ……」

「あはっ♪」


 機嫌は直してくれたらしい。いや、そもそもそんなに怒っていたわけじゃないようだった。

 とはいえ、身体の一点を見つめてしまったのは悪かったと思う。真摯にミカンを剥く。


6: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:52:15 ID:k9o


 剥けた。


「ほら、どうぞ」

「わ、ありがとう♪」


 花型に開けた皮の上に、でんとオレンジ色の柔らか物体を乗せる。そのままスライドさせてちとせの前にお出し――



「食べさせて?」



 押し返されてしまった。なんと申した黒埼家のご令嬢。


7: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:53:10 ID:k9o



「ちゃぁんと一粒一粒、私の口に運んで♪」

「……なんで! 恥ずかしいことさせないでくれよ!」


 ふっくらとした唇を自らの指先でちょんちょんとつつくちとせ。いやでも意識させられる。


「さっき私の唇見てた罰だよ♪」

「そ、それは悪かったよ……! でも」

「あーん、って……してくれないの?」

「っ……!!」


 がつんと後頭部を殴られたような衝撃だった。息が止まったようだった。

 普段は陶器のように白い頬を薄紅に染め、懇願するように上目遣いで見つめてくる……!


8: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:54:13 ID:k9o



「魔法使いさんなら……私、いいよ?」

「ち……ちと、せ……」


 洋間に似つかわしくない、こじんまりとした四角いこたつ。

 わざわざ立ち上がらずとも対面する高貴な女性に手は届くが、俺は思わず膝立ちした。

 実を割り、一粒を摘んだ。俺の指はなんてゴツゴツとしているんだろう。ちとせの指を見ろ、細くしなやかで触れれば壊れてしまうような――


「はやく、魔法使いさん」


 何も考えるな、お前は専属ミカン剥きだ。余計なことは考えずお嬢さまに尽くせばいい。

 心の中の千夜にそう言われ、俺は覚悟を決めた。


9: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:55:12 ID:k9o



「あ、あーん」

「あーん♪」


 無防備に、あまりにも無防備にちとせは口を開けた。

 小さな歯が並んでいる。歯並びがいい。可愛らしく主張する牙もとい八重歯。

 てらてら光る赤い舌。早く瑞々しい果実を味わいたいと濡れている。

 その舌の上に、ミカンを放るように乗せた。


「んっ」

「っ!!」


 ちとせの口は俺の指をも食べんとし、素早く閉じた。危うくそのもっちりとした唇に挟まれるところだった!


10: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:56:15 ID:k9o



「お、おお俺の指まで食うなよっ?」

「んむ、んむ……おしい♪」

「今『惜しい』って言った!?」

「んーん、おいしい♪ ――はぁ、ほんのり酸っぱくて甘くて……それに魔法使いさんの指の味がちょっとしたかも♪」


 なんて食レポをするんだこのアイドル。また仕事を取ってこなければ。

 いやそうではなく。


「あ、あんまり困らせないでくれ……。心臓がいくつあっても足りない」

「あは。貴方も吸血鬼になってくれたらいくらでもドキドキさせ――あ」


 ちとせの視線が横にズレた。あ、ってなんだ。俺も釣られてその方向を見る。





「…………お前、お嬢さまに何をした?」




.


11: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:57:04 ID:k9o


 ルーベンスの天使が如き慈愛を微笑みに乗せ、史上最凶の威圧感を俺に向けた白雪千夜がそこにいた。

 俺は地獄に送られることになったのだろうか。


「千夜ちゃんも魔法使いさんに食べさせてもらったら? 美味しいよ♪」


 何を仰るちとせさん。地獄の番犬にお手をしろと?


「お嬢さま……今すぐうがいを。ミカンにこいつの指の垢が付着しているやもしれません」

「大丈夫だよ♪ 案外楽しいよ、真っ赤になった魔法使いさんのお顔見ながら食べるの♪」

「想像するだけで吐き気がしますね」

「そ、それは言い過ぎだろ……」

「黙れお前」


12: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:58:11 ID:k9o


 がるると唸り声を上げそうなほど睨まれては黙る他ない……。ちらちら横目でミカンを見てはいるが。


「ほら、食べたいんじゃない千夜ちゃんも♪」

「そういうわけでは……」


 やはり目敏く千夜の視線を瞬時に追ったちとせは、いつものように従者をからかった。


 しばらく仲睦まじい主従を眺めておくことにする。


「お鍋の下拵えは終わったの?」

「はい、滞りなく。余計な分量が必要なければもっと早く終わったのですが」

「ふふ、そんなに睨まないであげて。材料を買ってきてくれたの魔法使いさんじゃない」

「……それはそうです、が。そもそもこいつを誘うなど……お言葉ですがお嬢さま、お戯れが過ぎますよ」

「あ、そんなこと言うの? ねぇ魔法使いさん、千夜ちゃんたら今日のお鍋パーティーのことたのs」

「さあお前、さっさと立て。下拵えはしましたが男料理を見せてやると言ったのですから役に立ってもらいましょう」


13: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)19:59:10 ID:k9o


 なんだなんだ。慌てた様子の千夜に襟を掴まれた。こたつからずるずる引きずり出され、敷かれたカーペットを滑る。

 黒埼家は床暖も効いているので、こたつから出てもとても快適である。住みたい。


「あは♪ 千夜ちゃんかわいいね、魔法使いさん♪」

「よく分からないけどかわいいのは分かる」

「お前っ!」

「いだっ!? 急に放さないでくれよ肘打った!」

「うるさいっ」

「あはは♪ ほら魔法使いさん、おミカン食べさせてあげたら機嫌直してくれるよっ」

「やめてくださいお嬢さま……!」



 ……事務所でのやり取り以上に距離が近い気がする。

 住みたいなどと一瞬思ったのも、こんな心地良い距離感がそうさせたのかもしれない。

 ――魔法使いには過ぎた夢だな。馬鹿げている。


14: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)20:00:30 ID:k9o



「お前、何を呆けているのですか。早く立ちなさい、キッチンへ行きますよ」

「あ、ああ……ごめん」


 既に千夜はキッチンに向かう扉に手をかけていた。打った肘をさすりながら立ち上がり、「行ってくるよ」とちとせに視線を送る。


「魔法使いさんの味付け、楽しみにしてるね」

「うん、まぁそれなりに期待してくれたら嬉しいよ。学生の頃は鍋ばっかりだったからな、冬は」

「ふふ、うん♪ ――ねえ?」

「なんだ、行かないとまた怒られるよ」


15: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)20:01:31 ID:k9o


 小さなこたつの上に腕を重ね、それを枕に頬を預けているちとせ。

 その口元にさらりと金糸の髪が流れる。……また唇を見てしまった。

 隠しても意味はないし、開き直って堂々と視線を上げて赤い瞳を見つめてやった。

 長い睫毛に縁取られた大きなお目々が細められた。心なしか潤んで見える。泣いているわけでもないのに。

 そして、何かを俺に伝えようと口を開いた。



「――幸せ♪ これからも一緒、ね?」


.


16: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)20:02:23 ID:k9o


 まるでそれは、それが当然であるかのような。

 そこに居て当たり前の家猫のように、幸せな欠伸だった。



「……すぐ作るから、寝るなよ?」

「寝ないよ~……♪」



 そう言いながら瞼が落ちた。困った家主(ねこ)だ。

 ……住み込みで世話をしてやらねばならないだろうか。


17: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)20:03:11 ID:k9o





















「千夜、俺の頭に思い切り土鍋を叩きつけてくれないか」

「…………お前、大丈夫ですか?」


 本気で心配したのか、後で千夜はミカンを食べさせてくれた。優しい。



おわり


18: ◆5F5enKB7wjS6 21/01/03(日)20:04:01 ID:k9o

というお話だったのさ
書き初めPちと(&Pちよ)


転載元:モバP「黒埼家の猫」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1609670791/



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コメント

コメント一覧

    • 1 名無し春香さん
    • 2021年01月05日 08:49
    • …ちとせメインは初めて見たかもしれん。
      ありがとう<(_ _)>
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