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トップページミリマス > 【ミリマスSS】百合子「私が催眠なんかにかかるわけないじゃないですか!」

2: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:01:48.94 ID:pbsKPcBN0

 
「……」スースー
 
「え、百合子さん、寝ちゃったの?」
「寝てるね」
「ねぇ、どうしよう?」
 
 この「どうしよう?」と発言したのは大神環である。
 なぜ彼女は「どうしよう?」と発言したのか。その顛末を説明するためには、彼女が劇場で中谷育、周防桃子と合流するところまで話を遡らなければならない。
 


3: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:02:26.76 ID:pbsKPcBN0

 
―――――
 
「それでね、ゆーちゅーぶの人が五円玉をフラフラ~ってしたら、その人が恐竜になっちゃったの!」
「わぁ、すごいね環ちゃん。さいみんじゅつ、ってやつ? ねぇ、桃子ちゃんはどう思う?」
「桃子はあんまりそういうの信じないんだけど……。でも、催眠療法って言って、暗示をかけたりするのを専門にしている人もいるみたいだよ」
「でしょでしょ! たまき、五円玉持ってきたんだ! これで誰かを恐竜にしちゃおうよ!」

 大神環は学校で仕入れた面白い話を二人にしたくて仕方が無かった。学校から休まず駆け足で劇場に来たくらいだ。
 中谷育は普段から時間に余裕をもって行動する癖がついているし、周防桃子は劇場で他の仕事の準備をしていることが多い。今日は二人と一緒にレッスンなので、きっと早く劇場にいるだろうと環は考えていた。結果として、彼女の目論見は的中し、こうして催眠術について情報共有を行っていた。
 何故恐竜になるのかとか、何故恐竜なのかは関係ない。とにかく環が「面白そうだ」と思えば良いのである。手段や意図をひと飛ばしにして、話の内容が「誰に催眠術をかけるか」という話題になるまで一分もかからなかった。
 

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4: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:03:22.41 ID:pbsKPcBN0

 
「じゃあ、いくにかけてみても良い?」
「ダメだよ。こういうのは『かんとくするひと』が必要でしょ?」
「そっか。じゃあももこ」
「育だけで監督が務まるとは思えないんだけど」
「う~ん……」

 こういう時、なんやかんやで環は言いくるめられる。
 三人の中では最年長なのだが、他の二人の弁が立ち過ぎるのだ。
 困った環は周りに助けを求めた。状況を打開する何かは無いか、事務室を見渡した。

「ん? なにか虫の報せが……」

 ちょうど本に夢中でこちらの話を聞いていなかった文学少女がいた。
 なんとも間が悪い。いや、間が良いのだろうか。
 とにかくこの文学少女は図らずとも一人の小学生を救ったのだ。偉いぞ文学少女。
 獲物を見つけたオオカミは、傍らの仲間たちが制止するよりも早く獲物に向かって飛び掛かった。
 


5: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:03:55.75 ID:pbsKPcBN0

 
「ねぇねぇゆりこ! さいみんじゅつ、かけさせて!」
「さ、催眠術!? それって……」
「じゃーん! 五円玉っ! はいゆりこ、コレ見て!」
「五円玉なんて古典的な……。そんなもので私が催眠術にかかるわけが……」

「……」スー

「ゆりこが寝ちゃった!」
「え、百合子さん寝ちゃったの?」
「寝てるね」
「ねぇ、どうしよう?」

 大神環は困惑していた。
 何故なら彼女は「恐竜になる催眠術」をかけるつもりだったのだ。寝かしつけるつもりなんて塵ほどにも無かった。
 かっこいいプテラノドンになって劇場内を飛び回る百合子を想像していた環にとって、ただ首を揺らしているだけの百合子は甚だ退屈であった。
 そして、なぜ困惑しているのかというと。

「これ、どうやって治せばいいの?」

 催眠術の解き方が分からなかったのである。
 


6: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:04:28.25 ID:pbsKPcBN0

 
「環ちゃん。Youtubeの中で、解き方はやってなかったの?」
「うーん、たしか肩に手をおいて『あなたは人間ですよ』って、言ってた?」
「じゃあそれやってみようよ。百合子さん、あなたは人間ですよ」
「……はい」スースー
「桃子ちゃん、それじゃダメだよ。ほら百合子さん、起きて」
「……はい」スースー

 ダメみたいだった。ちゃんと返事はしたが、相変わらず力なく口を開けたまま、首をカクカクと揺らしていた。環は若干飽きてきたみたいだった。
 退屈を紛らわすために百合子のほっぺをツンツンし始めた環とは裏腹に、育と桃子は真剣に百合子を起こす方法を考えていた。監督官かくあるべき。
 ただ、あまりに彼女たちは催眠術に馴染みが無さ過ぎた。普通に生活していれば催眠術と出会う機会なんてそうあるものではない。
 よって、彼女たちが短絡的な思考に至るのも無理の無いことであった。
 


7: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:04:57.07 ID:pbsKPcBN0

 
「指をパッチンってすれば治るんじゃない?」
「たしかに! わたしは出来ないから、桃子ちゃんおねがいね」
「え~! ももこ、指ぱっちん出来るの? すごいぞ~」
「で、出来るけど。今日は調子悪いみたいだから、別の方法を考えよう?」
「そうなの? じゃあゆびパッチンみたいな。拍手とか?」
「それいいかも! はいゆりこ、パチン!」

 パチンッ! と百合子の目の前で乾いた音が響いた。
 それと同時に、口と瞼が半開きの百合子の頭がビクッと揺れた。
 ちょっとだけ「ふがっ」と聞こえたような気がする。アイドルが出してはいけない音なので聞かなかったことにする。

「はんのうした! いくとももこも、ほらほら!」
「わかったよ環ちゃん!」
「え、うん」
 


8: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:05:27.33 ID:pbsKPcBN0

 
 パチパチパチパチ!
 突如として事務所に広がる大喝采。
 今この事務室に足を踏み入れれば、まるでレッドカーペットの上を歩いているかのような錯覚を覚えることだろう。誰もが夢に見るレッドカーペットの舞台だ。
 そんな夢のような光景に巡り合えた幸運なアイドルが一人。

「え、なにこれ」

 福田のり子であった。
 


9: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:06:37.99 ID:pbsKPcBN0

 
 今何が起こっているかもう一度確認しよう。
 白目を剥いて頭をグワングワンさせている文学少女と、そんな文学少女を拍手で讃える幼女たち。
 なにこれ。

「なにこれ」

 もう一回言った。
 ただひたすらに困惑している福田のり子とは対照的に、三人の幼女は彼女を歓迎した。
 このなんくるなくない状況をして、いくももたまきから見るとすっごく大人の女性である福田のり子の存在はとても頼もしかった。
 よって、幼女たちが彼女に現状の打破を求めるのも至極当然のことであった。

「のりこ! ゆりこにプロレスわざをかけて!」
「えっ!? なんで!?」
「のり子さん、お願い!」
「のり子さん……!」
 


10: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:07:40.60 ID:pbsKPcBN0

 
 のり子にとって意外だったことは、いつも楽しそうな三人の目に愉悦の色は全く映っておらず、三人が三人とも必死に懇願していることだった。
 環がよく分からないことをするのはいつものことだが、今日は育と桃子も一緒だ。年齢の割に考え方がしっかりしている二人のこんな表情を見るなんて……。
 福田のり子は使命感に燃えた。燃えてしまった。

「分かった! じゃあアルゼンチン・バックブリーカーで良いかな!?」
「なんかかっこいい! じゃあそれで!」

 かっこいいかはさておき、船を漕ぎ続けている文学少女にかけられる技はアルゼンチン式背骨折りに決まった。
 背骨折りとは、背骨を支点に対象を仰向けに反らせることでダメージを与える技で、アルゼンチン式はなんと相手を肩の上に持ち上げた状態で行う派手な技だ。
 のり子が慎重に百合子の身体を持ち上げている間も、三人の幼女は拍手をする手を緩めない。三人の必死な形相に、使命感に燃えるのり子の腕にも力が込められる。
 


11: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:09:45.48 ID:pbsKPcBN0

 
「う、うおぉぉぉ~!!!」

 じわり、じわりと文学少女の背が反り返っていく。
 一気にかけて身体を壊すことのないように、ハードなストレッチを課すような感覚で。
 文学少女の肺から空気が押し出されていく。それと共に、苦しそうな呻き声が上がっていく。百合子の瞼がピクピクと動く。

「あともうすこしだよ! のりこ、がんばって!」
「わたしたちもがんばろう!」
「環もほら、早く拍手して!」

 もう少しで覚醒しそうな文学少女の様子を見て、嬉々として頭上で手を叩く幼女たち。
 さながら祭壇に掲げられる生贄である。
 


12: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:11:37.44 ID:pbsKPcBN0

 
「ゆりこ、おきて!」
「う、ううぐ、ぐぐぐ……ハッ!」

 身体にかけられる物理的な負荷と、幼気な幼女たちの声援によって、ようやく文学少女は覚醒した。
 徐々にピントが合っていく世界。逆さまに映った事務室の天井。
 床から離れて横たわっている自分の身体。背骨に感じる鈍痛。
 自分を囲む三人の幼女。拍手喝采。

「え?」
「え?」

 天と地が逆さまになった世界で、目と目が合った。
 今まさに事務室に入ってきたのは彼女たちのプロデューサーだった。
 逆さまになった百合子はおでこがよく見えるな。偶には別の髪型も良いかもしれない。
 呪術的な光景を目の前にしてもプロデューサーは冷静だった。冷静な彼は、冷静にこの光景を分析し、冷静に発案者を導き出した。
 


13: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:12:07.26 ID:pbsKPcBN0

 
「百合子。その、趣味は色々だけど、まぁ、ほどほどに、な?」
「ち、ちがっ、あうぅぅ」
「百合子っ、目が覚めたの!? 見えないんだけど!?」
「ううぅぅぅのり子さん! 技を、緩めてください!」
「わー! ゆりこ帰ってきた! よかったー!」
「良かったね百合子さん!」

 今度は心からの喝采だった。先ほどまでの必死な形相はもうどこにもない。喜びに満ち溢れた拍手だ。
 周防桃子だけが状況を冷静に理解していたが、心の底から嬉しそうな環と育の様子を見て、思わず笑みが零れていた。
 百合子は泣いた。

おわり
 


14: ◆ivbWs9E0to 2021/06/25(金) 23:12:49.33 ID:pbsKPcBN0

終わりました。HTML依頼出してきます。
百合子は何があっても可愛いと思う。





転載元:【ミリマスSS】百合子「私が催眠なんかにかかるわけないじゃないですか!」

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