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トップページミリマス > 【ミリマスSS】あわてんぼうのサンタクロース【箱崎星梨花、三浦あずさ】

1: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:35:45.34 ID:J1wXT9tF0

アイドルマスターミリオンライブ!の箱崎星梨花と三浦あずさのSSです。
地の分多め。




2: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:40:17.42 ID:J1wXT9tF0

肌を突き刺すような冬の朝の寒さ。
多くの人が忌み嫌っているだろうが、個人的にはけっこう好きだ。
太陽は焦らすようになかなか顔出さないが、ぼんやりと明るさを届ける朝焼けが俺の口から吐き出される白い息を照らし出した。
今日も今日とて容赦の無い寒さに身が震える。
だが、この冷たさが寝惚けそうになる脳髄を醒ましてくれるんだ。
さて、徐々に回り始めた頭で考えようじゃないか。
まず、ここは都心からちょっと離れた見知らぬ街。
765プロダクションのプロデューサーである俺がここに来たのは、テレビ番組の収録をする担当アイドルの送迎および付き添いのためだ。
収録の開始時間までは、あと二時間あるのでかなりの時間の余裕がある。
・・・俺が収録時間を勘違いしていたせいで、な。
こうして見ると、早く来過ぎてしまったこと以外には何の問題が無いように思えるが、今俺は深刻な問題に直面していた。

「どこに行っちゃったんだ・・・あずささん、星梨花・・・!」


3: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:40:53.40 ID:J1wXT9tF0

『ちょっと近くを散策してきますね~♪』とか『初めての街って、ワクワクします!』とか言いながら歩き出していく女性と少女、三浦あずささんと箱崎星梨花を能天気に送り出した20分前の自分に説教をしてやりたい。
あずささんに電話をかけてみたが、出る気配は無い。
星梨花のスマートフォンは俺が預かっている鞄の中みたいだし、これはやはり自分の足で探しに行くしかないようだ。
というわけで、コートを小脇に抱えながらスーツ姿で街を駆けているのが今の状況だ。
冷えた体を温めるのにちょうどいいな、なんて思う辺り、我ながら能天気な性分である。

「あわてんぼうのサンタクロース♪」

「クリスマスまえにやってきた♪」

30分くらい辺りを走ってからだろうか。
どこからか、聞き慣れた歌声が聞こえてきた。
うっとりするほど綺麗な歌声と、思わず顔が綻んでしまう可愛らしい歌声。
朝の閑静な住宅街に響くハーモニーを辿っていくと、比較的開けた場所に出た。
ここは・・・どうやら児童養護施設のようだ。
門の外からそっと庭を覗くと、

「「りんりんりん♪りんりんりん♪りんりんりん♪」」

あずささんと星梨花が、子供達に囲まれながら楽しそうに歌っていた。
あずささんと星梨花、それを囲む子供達の笑顔は、やっと顔を出した太陽に照らされてキラキラと輝いている。

「あっ♪プロデューサーさん!」

歌い終えた星梨花が俺に気付き、満面の笑みで駆け寄ってくる。

「あっ・・・すいません、プロデューサーさん。連絡を差し上げるべきでしたね~」

あずささんも気付いて、申し訳そうな表情をしていた。

「いや、それはいいんですけど・・・えーと?」

とにかく、まだイマイチ状況が飲み込めていない。
施設の職員であろう女性がいたので目を合わせてみたが、ニコニコとしており特に迷惑そうな様子は見えないので、とりあえずは安心する。

「あずささんと迷子になっていたら、ここでみんなが歌っているのが見えたんです!それで、せっかくだからいっしょに歌わせてもらおうってなって♪」

星梨花が、あずささんを囲む10人程の子供達へ笑いかけると、子供達も元気いっぱいな笑顔を返す。
あずささんも子供達にひっしと抱きつかれていて、困った半分嬉しい半分といった表情を見せていた。
まだ出会って一時間も経っていないであろうに、随分と仲良くなっているようだ。
さすが、弊事務所きっての癒し系コンビだな。

「・・・ねえねえ、おにいちゃんも、うたがじょうずなの?」

気付くと、小さな男の子が傍らに来て、無邪気な瞳で見つめていた。

「ふふふ・・・そうだな、それは聞いてのお楽しみだ」

よーし、星梨花をして『ジュニオールが歌っているみたいで、すごいです!』と言わしめた俺の歌声を披露してやろうじゃないか。

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4: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:41:37.23 ID:J1wXT9tF0

「おそいぞー、おんちのおにいちゃん!」

「ぜぇ・・・はぁ・・・!ちょ、ちょっと待ってくれって」

子供というのは、その小さな体にどれだけのエネルギーを溜め込んでいるのだろう。
ワイシャツ姿で息を切らす俺は、朝早くから元気に駆け回るこの子達に翻弄され続けていた。
こ、これはワイシャツも脱いだ方が良さそうだな・・・

「プロデューサーさん、頑張ってください~♪」

あずささんは、小さな女の子達に囲まれながら俺を応援してくれていた。
なんか、家族みたいでいいな、なんて思うのは我ながら浮かれすぎかもしれない。
星梨花も鬼ごっこに参加しているはずなのだが、そういえばさっきから姿が見えないな。
そんなことを思いながら辺りを見回してみると、施設の建物の陰で、星梨花が一人の男の子と向き合っているのを見つけた。
5歳くらいだろうか?
その男の子は、はしゃぐ他の子達から離れて、一人寂しく物陰にしゃがみ込んでいた。
ワイシャツを脱いでTシャツ姿になりながら、ゆっくりと近づいていく。

「ねえ、君もいっしょに遊ばない?」

ニッコリという擬音が聞こえてきそうな程朗らかな笑顔で、星梨花が男の子に話しかける。

「・・・」

大抵の人はこの笑顔ですぐに絆されて表情を和らげるのだが、その男の子は星梨花を一瞥して、すぐにしかめっ面のままそっぽを向いてしまった。

「えーと・・・」

その様子に、さすがの星梨花も困っている様子だった。

「・・・そこでジッとしていたら寒いだろ?こっちで遊ぼうよ、な?」

「・・・」

出来る限り柔らかい口調で俺も話しかけてみたが、やはり男の子は返事すらしてくれない。
そして、俺を一瞥して、

「・・・へんなシャツ」

というセリフを残して去っていってしまった。
お、俺考案のチュパカブラなりきりTシャツが変とな・・・!?

「あっ・・・」

去っていく男の子の背中を、星梨花は悲しそうな目で見つめていた。
あずささんも、遠くから心配そうにこちらを窺っている。
うーん・・・あの男の子の頑なさ、何か事情があるのだろうか。


5: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:42:42.01 ID:J1wXT9tF0

「あの男の子、最近施設に入ってきた子みたいですよ。職員の方も言いにくそうでしたけど、その・・・ご両親が事故で亡くなられたらしくて」

「・・・そうだったんですね~。それで、あれだけ塞ぎ込んで・・・」

夜も更けた都内、助手席に座るあずささんは難しい顔をして考え込んでいた。
先日お邪魔させていただいたお礼に、施設に電話をかけて少し話をさせてもらったのだが、その際あの男の子の事情について教えてもらえた。
ご両親が亡くなられてからまだ1か月足らずらしいので、元気にはしゃげないのも無理もないだろう。

「やっぱり、気になりますか?」

「・・・はい。お節介かもしれませんけど、ちょっとでも元気にさせてあげられたらな、と思います。私も、アイドルの端くれですから~」

あずささんはそう言いながら、真剣な眼差しで通り過ぎていく街並みを見つめていた。
運転席から見える東京の街は、煌びやかなイルミネーションで飾られていて、クリスマスが近いことを伝えている。
そうだよな。
世間ではお祭り騒ぎをするこの時期に、一人で閉じこもっているなんて寂しいよな。

「今度また施設にお邪魔することになっているので、その時に話してみましょうか」

「はい♪」

あずささんの誰でも包み込める優しさなら、あの男の子の冷え切った心を温めてあげられるはず。
今は、そう信じよう。


6: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:43:27.98 ID:J1wXT9tF0

次の週末、俺達は再度施設を訪れていた。

「せりかおねーちゃん、おうたうたってー!」

「うたってー!」

「えへへ♪じゃあ、みんなも知ってるあの曲で・・・」

子供達とすっかり仲良くなった星梨花は、今日も皆に囲まれて笑顔を咲かせていた。
そんな輪から外れた部屋の隅で、男の子が一人沈んだ顔で絵本を見つめている。

「その絵本、好きなの?」

「・・・」

そんな男の子に、マリア様もかくやと思わせる笑顔であずささんが話しかける。

「・・・」

男の子は相変わらずニコリとも笑っていなかったが、一瞥をくれるだけだったこの前と違って、あずささんとちゃんと目を合わせてくれていた。

「・・・おねーちゃん、おっ○いおおきいよね」

は、恥ずかしげも無くこういう事を言えるから、子供は強いよな。

「あ、あらあら~」

あずささんも、顔を赤くして照れていた。
可愛い。

「ぼくのおかあさんも、おっ○いがおおきかったよ」

ここまでずっと無表情だった男の子の表情が、不意に変わり始める。
眉の間に深い皺が生じていて、固く結んだ唇は震えを伴っていた。

「このえほんも・・・おかあさんがかってくれて・・・」

震え混じりでよく聞き取れない言葉とともに、眼からは大粒の雫が溢れ出す。
一度破れた堰は、あっという間に崩壊していく。
その涙には、すぐに悲痛な叫びが伴い出した。
場は一時騒然とする。
慌てて宥める職員さんを、俺はただ見ていることしか出来ない。
不安げな子供達に囲まれて、星梨花もひどく困惑していた。
だが、星梨花よりも今はあずささんだ。

「そんな・・・私、そんなつもりじゃ・・・」

いつもにこやかなあずささんが、目を見開いて放心していた。

「ち、違います!あずささんのせいじゃないですから!」

「でも、私・・・」

うわ言のように呟くあずささんに、俺がかけられたのは空虚な慰めだけで。
来週にはもうクリスマスだというのに、失楽園のような雰囲気が漂っていた。


7: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:45:56.24 ID:J1wXT9tF0

冬の雨は憂鬱だ。
冷気を含んだ無数の雫は、じっとりとした寒さで肌を包んでいく。

「あっ・・・あずささん、今どこですか?・・・はい、そこなら劇場のすぐ近くですから、すぐ向かいますね」

『すいません・・・』

施設を訪れた日の翌々日。
スピーカーの向こうから聞こえるのは、今の天気に勝るとも劣らない湿っぽい声。
・・・早く迎えに行ってあげないと。
灰色の空に向けて傘を開き、早足で劇場を出る。
大通りに出て、駅の手前の交差点で曲がると、住宅街の中のささやかな公園が見えてくる。
その端っこの方にある東屋で、あずささんが雨をボーッと眺めていた。

「おまたせしました」

「ありがとうございます、プロデューサーさん。いつも、すいません」

こういう時、いつもだったら可愛らしい困ったような笑顔を見せてくれるのだが、今日は泣きそうな表情だった。

「もうすぐレッスンが始まるので行きましょうか・・・あっ」

そこまで言って、失敗に気付く。
傘、一本しか持ってきてねえ・・・

「え、えっと!俺、走って戻りますから、あずささんはこれで・・・!」

「そんな・・・」

目を潤ませながら、ジッと見つめられる。

「いやー、ははは・・・あの、狭いけど、入りますか?」

そう言いながら傘を傾けると、あずささんは俯きながら小さく頷いて、俺の傍らにそっと寄り添った。
ピシャッピシャッと雨水を踏み締める音が二つ重なる。
あずささんの歩調に合わせてゆっくり歩いているからだろうか、いつもより劇場が遠く離れているように感じられた。

「・・・あずささん、何か迷っていますか?」

俺がそう言うと、ほんの数センチ傍を歩くあずささんの体が、一瞬震えるのが見えた。

「あの、私・・・駅から劇場に行こうと思ったんですけど、迷ってしまって・・・」

「いや、そういうことじゃなくて。何か悩んでいそうだな、と思って。あの、施設の男の子のことですか?」

「・・・違いますよ~」

あずささんが俯いたまま立ち止まってしまったので、雨で濡れさせないために慌てて俺も足を止める。

「あの子のことで、迷ってはいません。もう、解りましたから。私は余計なことをすべきではないって」

顔を上げたあずささんは、笑顔を浮かべる。
無理に形作られたそれが、あまりにも寂しげで、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。


8: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:46:36.85 ID:J1wXT9tF0

「あの子にとっては、今はまだ気持ちの整理をつける時間が必要なんです。なのに、無闇に干渉して、却って悲しい思いをさせてしまって。まだまだ大人になりきれていませんね、私も」

紡がれるその言葉には、微かな震えが伴っている。

「私には、もうどうすることも出来ないって、解っていますから。時間が解決してくれるのを黙って見守って・・・」

「そんなわけないだろ」

徐々に震えを増していくその肩が見ていられなくて、両手でしっかりと抑え込む。
その揺動で、あずささんの眼から雫が一筋垂れていった。

「諦めがついたんだったら、そんな泣き出しそうな顔するわけないだろ」

傘を持つ手をあずささんの肩に当てているせいで傘が大きく傾いて、冷たい冬の雨が首筋を濡らす。
雨は徐々に弱まりつつあった。

「・・・あずささん。本当はどうしたいんですか?」

「私は・・・」

あずささんの瞳が映すのは、動揺、困惑、それと不安。
それでも、俺の目を真っすぐと見つめていた。

「本当は、あの子のために何かをしてあげたいんです・・・でも、どうしたらいいか分からなくて」

絞り出されたその声は、すぐ近くにいる俺でなけなれば聞き取れないほど弱々しくて。
肩を抱くその手にグッと力を込める。

「・・・俺、あずささんを信じていますから」

その言葉は自然と零れてきた。

「確かにあずささんは迷子になることが多いですが、その目的地はいつも暖かくて優しい場所だって、俺は誰よりも知っていますから」

誰よりも温かくて、優しいあずささんだから。
この人が望むことが、不幸に繋がることなんてありえない。
めちゃくちゃな論理だって自分でも解っているが、俺は心からそう信じていた。

「プロデューサーさん・・・」

「だから」

気付くと、雨はすっかり上がっていた。

「今回も、一緒に迷わせてください!」

傘を投げ出してあずささんの右手を引っ張ると、雲の間から顔を覗かせた太陽があずささんの驚く顔を照らし出す。

「・・・・・・うふふ♪」

しばしの逡巡の後、浮かんできたのは俺の大好きな笑顔で。

「プロデューサーさんは、いつも私の手を引っ張ってくれるんですね」

「まあ、俺にはそれだけしか出来ませんから」

おっちょこちょいで皆にいつも迷惑をかけている俺だけど、アイドルの皆を信じることにかけては誰にも負けない。
それだけは自信を持って言うことが出来る。


9: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:47:16.86 ID:J1wXT9tF0

「それに、今回は心強い味方がついていますしね」

眩しい陽の光に目を細めながら劇場の方を見やると、フワフワのツインテールを揺らしながら、一人の少女が駆け寄ってくるのが見えた。

「プロデューサーさん!あずささん!」

駆け寄ってくる星梨花の目は、純粋で、それでいて真剣だった。

「わたし・・・!」

「あの、施設の男の子のために何かしてあげたいんだろ?」

「えっ!?」

星梨花が言う前に先んじると、びっくりして目を見開いていた。

「どうして分かったんですか!?プロデューサーさん、すごいです!」

「そりゃ、なぁ・・・」

目をキラキラと輝かせる星梨花の頭をそっと優しく撫でてやる。
あんな表情で、こんなタイミングで言ってくるんだから、さすがに分かりやすすぎる。
そんな分かりやすさが、どうしようもなく愛おしかった。

「俺は、星梨花のプロデューサーだから」

「ですね・・・えへへ♪」

心地良さそうに目を細める星梨花を見ていると、冬の冷たい風がもたらす寒さを忘れるほど心が温まってくる。
あずささんも、そんな星梨花をニコニコと眺めていた。

「星梨花は、どうしたらいいと思う?」

「はい!たしかに、あの男の子に悲しい事情があるのはわかります。それでも・・・」

星梨花は再び真剣な顔に戻して、俺の目を真っすぐ見つめる。

「クリスマスを笑顔で迎えられないなんて、そんなのダメです!」

その無垢で単純な理屈は、確かに真理をついていた。
そりゃそうだ。
世界中が笑顔で溢れる日に、ひとりぼっちなんて、そんなの寂しいに決まってるよな。

「・・・よし、それじゃ、クリスマスまでに笑顔を届けるとするか」

「はい!」

「はい♪」

星梨花の元気いっぱいな返事と、あずささんのおっとりとした返事が重なって、俺の背中を押してくれる。

「クリスマスイブの日はライブがあってさすがに動けないから、施設を訪問するなら23日かな?レッスンはあるけど、夕方からは空いてるし」

「ですね!あっ、でも・・・」

星梨花は俺の提案に最初は目を輝かせていたが、すぐにしゅんとした顔を見せる。

「わたし、夜はちょっと・・・」

そうか、星梨花の家には門限があるんだったか。

「大丈夫だよ。俺の方から、お父さんにお願いしてみるから」

それが、プロデューサーの務めだしな。

「ほんとですか!?ありがとうございます♪」

再び目を輝かせる星梨花。
あのお父さんを説得するのは骨が折れそうだが、星梨花のためにも頑張らねば。

「あずささん!わたし、トナカイさんになってみたいです!」

「あら~、可愛いトナカイさんになりそうね~♪」

あずささんと星梨花の特徴的な癖っ毛が、北風に吹かれてのんびりと揺れている。
なんだか、年の離れた姉妹みたいだな。
なんて思っていると、自然と俺の顔も綻んでいくのを感じた。


10: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:47:51.12 ID:J1wXT9tF0

都市の街灯りから離れると、星はより鮮やかに見える。
普段仕事帰りに見るものとはまた違う満天の星空。
それを見上げる背後の車中からは、艶めかしい衣擦れの音が聞こえている。
理性を保つために大きく息を吐くと、三ツ星の隣に形作られた三角形を、白い霧が覆い隠していった。
やっぱりTシャツの上にサンタの衣装だけだと寒いなぁ。
とはいえ、これから室内に入るんだからあまり厚着は出来ない。
汗っかきだしな、俺。
12月23日の夜。
今、俺達は例の児童養護施設のすぐ近くまで来ていた。
目的は、施設のクリスマスパーティに参加するためだ。
ちなみに、このことはあの男の子には内緒にしてもらっている。
本当にサンタさんが来てくれたんだ、世の中にはたくさんの救いがあるんだって、思ってほしいからな。
本当は明日のクリスマスイブに行われる予定だったらしいが、俺達に合わせて急遽前倒ししてくれた。
こちらの都合に付き合わせてしまって非常に申し訳ないのだが、施設の子供達は、『あの子のためなら』と快く受け入れてくれたとのこと。
本当に、優しい子達だな。
というわけで、サンタクロースに扮した俺は、車の中でサンタとトナカイの衣装に着替えるあずささんと星梨花を寒空の下で待っているのだが、北風に震えているのは俺一人ではなかった。

「あの・・・箱崎さん、本当にすいません。遠方までご足労いただいて・・・」

「いえ、娘のためですので」

俺の隣に姿勢良く立っている男性は、星梨花のお父さん。
ダンディとしか形容しようがない風貌を、トナカイの着ぐるみが包み込んでいる。

「とはいえ、トナカイの恰好までしていただかなくとも・・・」

「星梨花の頼みですから」

いつかこんな男になりたい、という憧れすら抱かせる渋い顔立ちの真ん中を、赤い鼻が彩る。
門限を過ぎた時間に星梨花を連れ出したいという頼みは、予想通り反対された。
話し合った結果行き着いた妥協案が、お父さんが引率すること。
お仕事で多忙であろうに、ここまで付き合ってくださって、本当に頭が下がる。
娘思いの、良いお父さんだよな。

「・・・プロデューサーさん」

「は、はい」

とはいえ、星梨花関連で色々あった人なので、二人きりだとちょっと緊張してしまう。

「アイドルになってから、星梨花はよくわがままを言うようになりました」

星空を見上げながら、箱崎さんはポツリと呟く。
その表情からは、一抹の寂しさが感じられた。

「そのわがままは、いつだって前向きで、優しくて」

箱崎さんが喋る度に白い息が空を覆っていたが、星々の煌めきを少しも霞めることはなかった。

「・・・子供が巣立っていくのは、これほどに寂しいものなんですな」

「・・・かもしんないっすね」

「プロデューサーさん」

箱崎さんは、チャーミングな赤鼻とは釣り合いが取れない真剣な表情で、俺の目を真っすぐに見つめる。

「星梨花のこと、よろしくお願いします」

「・・・はいっ」

箱崎さんの瞳は、頭上を覆う星々に負けず劣らず鋭く煌めいていて。
星梨花にちょっと似ているな、なんて当たり前のことを思ってしまった。


11: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:48:27.83 ID:J1wXT9tF0

「いいですか、あずささん。トナカイの星梨花と箱崎さんが部屋に入ってから、サンタの俺達が颯爽と登場する、って段取りです」

「分かりました~」

意気込んで漏れ出た鼻息が、あずささんの顔を覆う大きな髭を揺らす。
髭を付けていてもこんなに可愛いとは、すごいなこの人は。
それにしても、あずささんのサンタ衣装、なんかボタンで留められた胸元がきつそうだな。
もっと大きいのを用意した方が良かっただろうか。

「星梨花と・・・箱崎さん。盛り上げ役、お願いします」

「はい♪」

「うむ」

星梨花は極めて朗らかに、箱崎さんは真剣な表情で応えてくれた。
談話室というプレートがかけられた扉の窓から部屋の中を覗くと、色とりどりに飾られたもみの木を中心に、子供達の沢山の笑顔が咲いている。
そこから距離を取って、男の子が一人、部屋の隅っこで浮かない顔をしていた。
赤と緑で彩られた三角帽子が、かえって哀愁を漂わせる。

「・・・パパ、がんばろうね!」

「うん、そうだな」

聖夜の祝宴には不釣り合いなその姿を見ながら、星梨花は胸の前でグッと拳を握りこむ。
箱崎さんも、それに真剣に応えていた。

「じゃあ、行ってきます!」

元気なかけ声とともに、星梨花と箱崎さんが部屋の中へ飛び込んでいく。

「「メリークリスマス!」」

鈴の音が鳴るような可愛らしい声と、威厳を感じさせる野太い声。
正反対な声質が合わさったものだったが、不思議としっくりくるかけ声だった。

「今年一年を良い子で過ごしたみんなのために、今日はサンタさんが駆けつけてくれました!」

星梨花の合図で、俺とあずささんも部屋へ飛び込んでいく。

「メリークリスマス!」

「メリークリスマス~♪」

・・・やっべ、あずささんと合わせるにはちょっと早口過ぎたかも。

「・・・!?」

まあ、例の男の子はびっくりしてくれているみたいだから、よしとしよう。
あの様子を見るに、顔を髭で覆い隠したおかげで、サンタの正体が俺とあずささんであることはバレていないようだ。

「さて、良い子の皆にプレゼントを配るとするかの」

「全員分あるから、ちゃんと順番を守るんじゃよ~」

サンタに扮するあずささんが、俺が背負ってきた白い大きな袋を探り出す。
よしよし、順調だ。
このままいけば・・・
そう思った矢先だった。

「きゃっ」

色っぽい悲鳴とともに、プチンという音。
そのすぐ後に、小さな何かがガラス窓に当たる音が響いた。


12: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:49:00.97 ID:J1wXT9tF0

「あ、あらあら~」

隣で狼狽えるあずささんを見ると、着ていたサンタ衣装のボタンの上から3つがはじけ飛んでいた。
拘束から解放されてサンタ衣装からはみ出ているそれは、Tシャツ越しでも圧倒的な存在感を放っている。
す、すげえ・・・

「おっ○いのおおきいおねえちゃん・・・?」

ハッ・・・いかんいかん!
男の子に正体がバレそうになっている!
というか、露出は一切無いにもかかわらず絶妙に煽情的な今の状況を放っておけないだろ!

「プロデューサーさん~・・・」

胸を押さえながら、顔を真っ赤にして涙目になっているあずささん可愛い。
・・・じゃなくて!

「あ、あずささん!とりあえず俺の服を着てください!」

慌てて俺のサンタ服を被せてTシャツ姿になると・・・

「あっ・・・へんなシャツのおにいちゃん」

ダメだ!
チュパカブラTシャツのせいでバレた!

「ち、違うんだ!俺・・・じゃなくて、ワシはあのお兄ちゃんの弟でなー!」

「わ、私も、あのお姉ちゃんの妹なのよ~」

「・・・ふ~ん」

何とか誤魔化そうとしたが、男の子の目は完全に疑いモードになっていた。

「ほら!わたしみたいなトナカイさんがいるでしょ!本物のサンタさんだよ、ね?」

「そ、そうだぞー」

「・・・」

星梨花と箱崎さんが助け舟を出してくれたが、効果は無さそうだ。
このサプライズの仕掛け人でもある、施設の職員さんや他の子供達も大慌てである。

「よ、よーし!じゃあ、証拠にワシのサンタ免許証を見せてやろう!ほら!」

「プロデューサーさんの運転免許証ってサンタさんの免許でもあったんですか!?すごいです!」

「星梨花ー!」

あー、もう、めちゃくちゃだよ・・・
どうして俺はこう、いつもいつも・・・

「・・・ぷっ」

大騒ぎの中でも、その吹き出す声を聞き逃す人間は誰もいなかった。

「ふふふっ・・・あはははは!」

静まり返った部屋に、笑い声が響き渡る。
この部屋にいる彼以外の全員が待ち望んだそれは、思っていたよりもずっと可愛らしくて。

「・・・くくくっ、ははは!」

思わず、つられて笑ってしまった。

「うふふっ♪」

「えへへ♪」

「ふふっ」

それは、あずささん、星梨花、箱崎さんに伝染していって、部屋全体を包み込んでいく。
クリスマスまで待てなかったあわてんぼうのパーティだったが、笑顔で溢れるそれは、確かにクリスマスパーティそのものだった。


13: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:51:00.35 ID:J1wXT9tF0

「すいません、あずささん。グダグダになってしまって・・・俺がもっとちゃんと準備していれば良かったんですが・・・」

「いえいえ、結果的に笑顔に出来たんですから、一緒に誇りましょう」

いつも通り星梨花を囲む子供達の笑い声に、聞き慣れない声が一つ加わっていた。
あれだけ暗い顔で塞ぎ込んでいた男の子が、あんなに元気な笑顔を見せるようになるとは。何がきっかけとなるのか、世の中は分からないものだな。
箱崎さんは、そんな星梨花達を微笑ましそうに見つめている。

「笑わせたというより笑われた、という感じでしたね」

部屋の壁にもたれかかりながら、あずささんへ苦笑いを向ける。

「ですね~。でも、いいじゃないですか」

そんな俺に対して、あずささんは我が子を思う母親のような優しい笑顔を返してくれた。

「少なくとも、勇気を出して行動したからこそ、今があるんですから」

「・・・ははは、ですね!」

「ですよ~、うふふっ♪」

そうやって、あずささんと笑い合っていると、

「ねえ」

いつのまにか俺達の近くへ寄ってきていた男の子に話しかけられる。
その顔は、満面の笑みを湛えていた。本来はこんなによく笑う子だったんだな、と思うと、ちょっと目頭が熱くなってしまう。

「なんか、おにいちゃんとおねえちゃんって、おとうさんとおかあさんみたいだよね」

「「えっ」」

無邪気な笑顔とともに発されたその言葉に、あずささんと二人で思わず声を上げてしまった。

「あ、あらあら、プロデューサーさんと夫婦だなんて・・・」

「そ、そうですよ!ははは!」

顔を赤くして狼狽えだすあずささんと、どう対処したらいいか分かっていない俺。

「私は、その・・・全然構わないんですけど、プロデューサーさんは困ってしまいますよね・・・ね?」

上目遣いでそう尋ねられて、俺の理性が緊急警報を鳴らし始める。
やばい。
さっきから、『ゴールイン』という言葉が頭から離れてくれない。

「お、俺は・・・」

「だ、ダメです!」

助け舟は意外なところから来た。
焦った表情で星梨花が俺に駆け寄ってくる。
なんとか窮地を脱せそうだったが、星梨花の言葉の内容が解せない。

「えーと・・・何がダメなんだ、星梨花?」

「だって」

そう言いながら、星梨花は俺の腕にぎゅむっと抱きついてくる。

「プロデューサーさんは、わたしのお婿さん第一候補ですから!」

「えっ!?」

「はっ!?」

俺が出した驚きの声は、さらに大きな野太い声にかき消されてしまった。
口をあんぐりと開いて微動だにしない、箱崎さんこと星梨花のお父さん。
人間の口ってあんなに開けるんだね。
すごい。

「私、運命の人についてよく占うんですけど、すぐ近くにいるっていう結果がいつも出るんです。それってつまりそういうことなのかなって・・・」

モジモジとしながら、チラチラと俺の顔を窺うあずささん。

「むーっ!プロデューサーさん、まだ結婚しないって言ってましたよね!わたしが大人になるまで待ってくれないと困ります!」

頬を膨らませながら、俺の腕を強く抱きしめる星梨花。

「えーと・・・うん、そうだな。ははは」

あまりにもな状況に、ただ俺は誤魔化して笑うことしか出来なかった。
まあ、可愛い二人に挟まれて幸せな聖夜を過ごしている、ということにするか。
うん、そういうことにしよう。


14: ◆p1Hb2U6W8I 2021/12/24(金) 21:51:45.34 ID:J1wXT9tF0

「「スゥ・・・スゥ・・・」」

帰りの車内には、心地良さそうな寝息が響いていた。
運転席からバックミラーで後部座席を見ると、あずささんと星梨花が身を寄せ合って寝ている。
やっぱり仲良し姉妹みたいだな、と微笑ましく思ってしまう。
おかげで、助手席から無言で俺を見つめる星梨花のお父さんのプレッシャーの前でも、何とか平静を保つことが出来た。
大好きな、この二人。
ちゃんと幸せにしてあげないとな。
そう思うと、ハンドルを握る手に自然と力が入った。



おわり





転載元:【ミリマスSS】あわてんぼうのサンタクロース【箱崎星梨花、三浦あずさ】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1640349344/

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