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トップページモバマス > 右京「346プロダクション?」:後編

190: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:06:23.90 ID:h/ESpcJ9O

春。

桜が咲いて、花見シーズンも訪れた。

しばらく見なかった虫も目覚め、陽気な日が続いている。

「…」

…はずなのに。

「…あー…寒い…」

朝のニュースを見ると、今日の最低気温は2℃。

放射冷却で寒い朝方は越えたからそこまではないだろうけど、まだ朝早いし、気温は多分5℃くらいなんじゃないかと思う。

「…こんなんじゃ、咲いたもんも閉じちゃうよ…」

ただでさえ寒いのが苦手なアタシにとっては、かなり嫌な温度。

早く事務所に行って、暖房の効いた部屋で休みたい。

「…」

右京さんの部屋は、狭いし、ロッカーも無いしで不便だけど、狭いからこそすぐに暖房が効く。

そこだけが唯一の利点ともいえる。

それに右京さんはアタシ達よりもかなり早く来てる様子で、入ったら既に暖房が入ってる状態だし。

…ん?

「…ちゃんと、家に帰ってるよね?」

…うん。

まあ、それは無いか。
普通に帰ってるし…。

前スレ
右京「346プロダクション?」:前編




191: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:08:02.98 ID:h/ESpcJ9O

「…」

アタシ達の一日の始まり。

一番乗りで右京さんがやってきて、エアコンのスイッチを入れて紅茶の準備をする。

その30分後くらいにアタシが来て、もう10分後に紗枝ちゃんが来る。

そして入口の横に設置してあるタイムカード代わりの木札を表にして、そこから一日が始まる。

紗枝ちゃんは平日なら学校に行って、その他の日はレッスンに。

アタシはまあ、大体レッスン…。

「…」

…でもあの木札、右京さんが自分で作ったって言ってたから驚いたなあ。

…紗枝ちゃんのは、お手製だったけど。

…。

『あ、紗枝ちゃんそれどうしたの?』

『ウチも作ってたんどす。どうどすか?』

『はー…達筆だなあ…』

『書道は日本女子の嗜み…友紀はんもやってみたらどうどす?』

『えー…苦手だなあ、そういうの…』

『…』ヒョイ

『?』

『…そうですか…』ガリガリ

『あら?右京はん…気に入りまへんでしたか…?』

『気に入らないというよりは、気になりますねぇ…縦が5mm、横が3mm大きいです』ガリガリ

『まあ、そんなに!』

『…えええ…そのくらい良いじゃん…』

『どうにもこういうのは気になって…仕方ありません』ガリガリ


192: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:09:01.77 ID:h/ESpcJ9O

…。

あの性格は、絶対直らないんだろうなあ。

「細かい事が気になるのが、僕の悪い、癖…なんちゃって……ん?」

…正門で、警備員のお爺さんと誰かが言い合いしてる…。

「いやだからね?関係者以外は…」

「何を言ってるんですか!ボクはスカウトされたんですよ!」

「いや…ならさ、名刺とか…」

「うぐっ…め、名刺は失くしました!」

「…じゃあ、ダメかなあ…」

「何故ですか!」

「…うーん…」

…あの子、何処かで見覚えがあるなあ。

薄紫の、横がハネた髪の毛に、中学くらいの姿。

「…あ!」

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193: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:10:42.95 ID:h/ESpcJ9O

「いやー…助かりました!感謝してあげますよ!」

「あ、あはは…」

アタシの知ってる範囲の事を警備員さんに話すと、意外とすんなり通してくれた。

勿論、聞いたらマズそうな話は言わずに。

…でも、こんな簡単にアタシの頼み聞いてくれるってことは、それだけ、アタシは顔馴染みになったってことなのかな…。

だけど、正門を抜け、エレベーターに乗るまでの間だけでもこの子はとにかく喋る。

アタシもお喋りな方だけど、この子は、ちょっと違う気がする。

だって、アタシが初めて見たこの子は…。

「全く、ボクの可愛さを見ればアイドルだとすぐに感づく筈でしょう!そう思いませんか?」

「いや…許可無しで入れるとあの人が怒られるから…」

…こんな感じではなかった。

アタシの知ってるこの子は、もっと。

…いや。

そういえば、静かになってたのは親の前だけだったっけ?

一人でいた時は、凄く楽しそうで、こんな感じだった。

「…」

『あの子、親に飼われてるわね』

早苗さんが言ったあの言葉。

それがどういう意味なのか、流石にアタシでも理解出来る。

だけど、そうしたら疑問は残る。

それを言ったのは右京さんだけど…。

「…」

どうしてそれ程大事にしている子を、あんな所に連れていったのか。

…分かんないや。


194: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:12:07.93 ID:h/ESpcJ9O

「ここの階ですね!ここにボクが来てあげる事務所があるんですね!」

「うん。きっとすぐ馴染めるよ」

「当たり前です!ボクの可愛さでメロメロにしてあげますよ!…で?」

「ん?」

「何処に行くんですか?そっちはトイレですよ?」

「…あー…トイレの、もっと向こう…」

「え?あそこは物置部屋でしょう?倉庫って書いてありますよ!」

「……ま、とりあえず来て」

「?」

「…」

「…あ、あの…ちゃ、ちゃんと部屋はあるんですよね…?」

「あるよ。…ちょっと狭いけど…」

「狭い?…まあ狭いというのは我慢出来なくはないですが。倉庫の近くというのは……え、ここッッ!!?」


195: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:13:20.27 ID:h/ESpcJ9O


友紀「そうだよ。ここ」
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「ここって…倉庫…」

友紀「ううん。見なよ、ここ」

「プロジェクト(仮)…室長、杉下右京…」

友紀「ここが、アタシ達のお城!慣れたら良いとこだよ!」

「…あの…あの人って、係長…なんですよね?」

友紀「ん…うん…」

「係長の部屋が、倉庫ですか?」

友紀「…うん」

「そしてトイレの近くですか?」

友紀「うん…良いでしょ?」

「そこだけでしょ!!しかも大して羨ましくない!!」

友紀「まあ、住めば都だから…話だけでも聞いてってよ」グイグイ

「あ、ちょ!押さないで!まだ入るとは…!」

友紀「右京さーん!紗枝ちゃーん!新しいメンバーだよー!」ガチャ

「あっ…」


197: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:14:25.01 ID:h/ESpcJ9O

右京「…」

紗枝「…」
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「…あ、あはは…」

友紀「これからこっちでやってみたいって!」

右京「おやおや。貴方でしたか。お待ちしておりましたよ?」

紗枝「?…この方、どなたどすか?」

右京「説明すれば長くなります」

紗枝「一言でどうぞ?」

右京「僕がスカウトしたんですよ」

紗枝「まあ…こないちっこい子を…」

「ち、ちっこくないです!!ボクはこれでも中学生ですよ!!」

紗枝「そうどすか?それはそれは…」ケラケラ

「ぬぐっ……初対面の人になんて失礼な…!!」

友紀「あー…とりあえずさ、自己紹介とか…ね?」

「あ…ええ!いいでしょう!可愛い可愛いボクの名前、今ここで発表してあげますよ!!…ゴホン!」

右京「おやおや。気になりますねぇ」

紗枝「こないな所で大声出さんといてくださいな。響いてしゃあないんどす」

幸子「輿水幸子!!それが可愛いボクの、可愛い名前ですよ!」
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右京「杉下右京と申します。こちらの着物の女性は小早川紗枝さん。そちらの貴方を連れてきた方は…」

幸子「姫川友紀さんですよね!先程教えてもらいましたから!」

右京「そうでしたか。ではまず、貴方に色々お話を伺いたいもので…」

幸子「む…何でしょう?」

右京「ええ。色々と…」

幸子「む…」


198: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:15:33.79 ID:h/ESpcJ9O

輿水幸子、14歳。

何だか気圧されるような話し方だけど、何処か遠慮がちな雰囲気があるような、そんな気がする。

「…私立○○学校…」

「あれ?その学校名って何処かで聞いたことある…」

「ええ。都内にある中・高・大学とエスカレーター式になっている学校ですねぇ」

「え!あそこって…超エリート校じゃないの!?」

「フフーン!ボクは頭脳も完璧ですからね!」

あー…そういえば早苗さんも右京さんも絶対頭良いって言ってたなあ…。

「せやけどそない頭の良え学校の方がようこないなお仕事する気になりましたなぁ」

「完璧なボクはこの程度の事、造作もありませんよ!」

…確かに、エリート学校の人って聞くと、常に勉強勉強みたいな感じがするなあ。

…意外とそうでもないのかな?

「そしてボクを完璧なまでのアイドルにする、杉下さん!」

「完璧かどうかは別として、どうかされましたか?」

「まずこの部屋はなんですか!一人一つ物を置くスペースは用意して下さい!ギュウギュウ詰めじゃないですか!!」

「本来は倉庫ですからねぇ。2人もいれば満員だったんですが…」

「ならばスペースの広い場所を確保するべきです!係長ともあればもう少し広い…場所を…」

「…」

「あー…幸子ちゃん。あのね?」

「…いえ、まあこの部屋でもやりようはありますからね!許してあげましょう!」

「え?」

「…さ、ボクに聞きたいことがまだまだあるんでしょう!どうぞ聞いてください!」


199: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:16:22.46 ID:h/ESpcJ9O

「…」

…まるでアタシの言葉を遮るように被せてきた。

…きっと気づいたんだ。

隔離された狭い部屋。
直されない部屋の名前。
与えられたそれなりの役職。

アタシが数日かかってようやく理解した事を、この数分で。

そしてそれに関して何も言わない。

それは取るに足らないことだという優しさなのか、ただの現実逃避なのか。

…この時のアタシには、まだ分からなかった。


200: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:17:35.09 ID:h/ESpcJ9O

右京「成る程。貴方がとても聡明な方だということがよく分かりました」

幸子「そうでしょうそうでしょう!もっと褒めて下さい!」

右京「僕としては今すぐにでも貴方を採用したいところなんですがねぇ…」

幸子「どうしました?」

右京「ええ。未成年者を採用するには、親御さんの許可が必要なんですよ」

幸子「…」

右京「ですので、親御さんの許可を頂ければと思いまして…」

幸子「…そ、それって…どうしても必要ですか…?」

右京「ええ。これはルールですので。…勿論父親母親、どちらでも構いませんので」

幸子「…」

右京「いつでも構いません。僕はいつまでも待っていますので」

幸子「…は、はい…」

友紀「…」

紗枝「…」

右京「…」

幸子「…分かり…ました…」

右京「…それでは、お待ちしております」

幸子「はい…」


201: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:19:00.66 ID:h/ESpcJ9O

紗枝「さっきのお方、親御さんの話題になった途端静かー…になりましたなぁ」

右京「君のように親御さんを手玉に取ることが出来る方もいれば、そうでもない方もいるということです」

紗枝「…エリートにはエリートなりの悩みがある言うことどすか?」

右京「ええ。そういうことです」

友紀「…」

右京「…携帯電話の電源を、切っていた可能性があります」

友紀「え?」

右京「腕時計はしていませんでした。そしてここの部屋の時計はあの棚に置いてある小さい電波時計のみです」

友紀「ん…まあ。確かに見にくいけど…」

右京「ええ、見にくいんですよ。その上彼女が座っていた位置からは死角と言ってもいい程見えない…。しかし彼女はその見にくい時計を目を凝らしてまで見ていた。携帯電話を見れば済む話なんですがねぇ」

紗枝「…そういえば、あのお方、右京はんの腕時計をやけにチラチラ見てましたなぁ…」

右京「ええ。それほど時間を気にするのならば尚更、携帯電話を見ればいいだけの話なんですよ」

友紀「…持ってないとか?」

右京「あれくらいの年齢の方なら持っておいておかしくはありません。その上彼女はエリートとも呼ばれる学校の生徒。連絡手段の一つとして持っていても不思議ではない…」

友紀「…時間を気にしてるけど、携帯は見ない…?」

紗枝「…?」

右京「分かりませんか?」

友紀「…うーん…」

早苗「考えられるのは、塾…もしくは習い事をサボってまで来た…」
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紗枝「!」

友紀「うわビックリしたぁ!!」


202: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:19:55.18 ID:h/ESpcJ9O

早苗「暇?」

友紀「暇?じゃないですよ。どうしたんですかいきなり…」

早苗「だって見覚えのある子がいたんだもん。気になってしょーがないわ」

紗枝「…片桐はんどすか?」

早苗「そうよ。瑞樹ちゃんが余計な事言いまくった早苗ちゃんよ」

友紀「…あの雑誌見てたんですね…」

早苗「…で?アタシの推測は正解?」

右京「正解かどうかは分かりませんが、僕と同じ考えですね」

早苗「そ」

紗枝「…つまりは、お嬢様校やから習い事していてもおかしない…。それをサボってここにやって来た、と…」

右京「そんなところでしょうかねぇ」

友紀「…え…だったら結構ヤバいんじゃ…」

早苗「そうね。今頃サボった理由考えてるわよ。あの親からバンバン電話かかってきてただろうし…」

友紀「あー…だから電源切ってた…」

早苗「…にしてもよ。今度は何やらかすつもり?」

右京「はいぃ?」

早苗「杉下係長はね、何でもかんでも首突っ込み過ぎなのよ。絶対苦情来るわよ」

右京「おやおや…僕はまだ何かをするとは言ってませんよ?」

早苗「未来が見えてんのよ。何の理由も無しにあんな事しないでしょ」

紗枝「あのー…何があったかは置いといて…背景が…」

友紀「え?…あー…」

早苗「…」


203: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:20:57.72 ID:h/ESpcJ9O

幸子「…」


幸子「…」カチ


幸子「…!」

『着信 塾 3件』
『着信 母 24件』
『メール 母 37件』

幸子「…」ガタガタ

『♪』

幸子「ひっ………も、もしもし…」ピ

『幸子!!貴方今何処にいるの!!?』

幸子「あ、あの…ちょっと…お腹が痛くて…」

『だからってどうして電話に出ないの!!お母さん先生から連絡が来てビックリしたのよ!!?』

幸子「は、はい…すいません…」

『今すぐ先生の所に行って謝ってきなさい!!今日は塾で出来なかった分家庭教師にやっていただきますからね!!』

幸子「…はい…」

『そういえば…貴方まさか…アイドルになろうだなんて思って…346プロダクションに行ったんじゃないでしょうね…?』

幸子「い、いえ…」

『そうよね。あんな危ない仕事、貴方には相応しくないから』

幸子「…」

『聞いてるの!?』

幸子「は、はいっ!」

『貴方はちゃんと勉強して、一流企業に勤めて、エリートとしての人生を歩んで…』

幸子「…はい…」


204: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:22:22.82 ID:h/ESpcJ9O

紗枝「…そうどすか」

友紀「まあ、何というか…アタシらには分からない悩みだよね」

紗枝「ウチも習い事はぎょうさんやっとりましたが、そない強制された覚えもありまへんなぁ…」

早苗「行き過ぎた教育。…ほら、たまにあるじゃない。頭の良い筈だった子がドローン飛ばすとか…」

友紀「あー…」

早苗「やり過ぎは良くないのよ。やらせなさ過ぎも良くないけど」

友紀「なんでアタシ見て言うんですか…」

紗枝「…ほんで?右京はんはあの方をここに入れるつもりどすか?」

右京「出来ることなら…」

紗枝「ウチは反対どすなぁ」

友紀「!」

早苗「…」

右京「…と、言いますと?」

紗枝「実の親も納得させられへんような方が他人を納得させられるとは到底思えまへん」

右京「…」

紗枝「それにあの態度。ただ強がってる風にしか見えまへん。そんなメッキ…すぐ剥がれますえ?」

右京「僕は何も、彼女をそのままアイドルにするとは言っていませんよ?」

紗枝「…?」

早苗「…まさか…」

右京「…いずれ、彼女の親にも会うことになるでしょうから」

早苗「…ハァ…」

友紀「…でもさ、右京さん」

右京「どうしましたか?」

友紀「あの子って、頭良いんでしょ?未成年なら親の許可がいるって分かってる筈じゃ…」

早苗「…分からない?」

友紀「え?」

早苗「…助けを求めてんのよ。誰でもいいから」

紗枝「助け、言うよりは…安らぎ…そんなところかもしれまへんなぁ」

右京「その言い方の方が、正しいかもしれませんねぇ」

早苗「…いずれにしても、あの子にとってアイドル云々はどうでもいいのよ。虐待されてるとかなら児童相談所とかに行くかもしれないけど、そうでもないみたいだし」

友紀「…藁にもすがる思いって事ですか?」

早苗「…ま、そんなところね…」

友紀「…」

紗枝「…」

右京「…」


205: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:23:24.83 ID:h/ESpcJ9O

早苗「…で、よ」

右京「はいぃ?」

早苗「トボけんじゃないわよ。杉下係長も見たでしょ?あの母親がはいそうですか分かりましたで済ませる人に見える?」

右京「見えませんねぇ」

早苗「アタシらは警察でも公的機関の人間でもないのよ。普通の…まあ普通じゃないけど、会社の、社員と、タレント」

紗枝「…」

早苗「そんな人間が何の関係もない人に出来ることなんて何も無いのよ。そもそもあの子に実害でも出てんの?」

友紀「…むしろ、アタシらのが有害なんじゃ…」

早苗「そう。世間一般で見ればアタシらのがよっぽど有害。こんな人生棒に振るかもしれない職業なんてそうそうやらせるわけにはいかないのよ」

紗枝「そうどすなぁ…」

右京「…そうですねぇ」

早苗「…でもまあ、その救いたいって優しさは認めてあげたいけどね…」

右京「お心遣いどうもありがとう。…」

友紀「…どしたの?何か納得いってないって顔だけど…」

右京「…ええ。親を恐れてる。果たしてそれだけが塾を無断で休んだ理由になるのか…」

早苗「…行きたくない理由が、他にもあるってこと?」

右京「ええ。僕はそう考えています」

紗枝「…はい!この話はここでやめまひょ!」パン

早苗「…」

紗枝「推測するんはええと思います。せやけどもうすぐお仕事の時間どすえ?」

友紀「…あ」

右京「…そのようですねぇ」バッ

友紀「ん…まあ、じゃあ、行こっか。早苗さん。…えっと、何か…ありがとう…ございました…?」

早苗「何もしてないし変な気ィ使ってんじゃないわよ」


206: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:24:39.90 ID:h/ESpcJ9O

「…」

あの時、右京さんが考えてた事って、何だろう。

幸子ちゃんが塾に行かなかった理由。

親だけじゃなくて、他にもいる。

「…」

アタシとは180°違う人生を歩んでいるあの子。

あの子にしか分からない悩み。

「…」

でも、右京さんは見破ってるのかもしれない。

「…」

ただ、それをこの人が教えてくれるだろうか。

…聞いたら、教えてくれるのかな。

「…」

…でも、聞いてどうするの?

聞いたら、アタシは何とかしようとするの?

自分の人生すらまだ上手くやっていないアタシが、他の人をどうにか出来るの?

「…難しいなあ」

「どうされたんどすか?」

「ん…なんでもない」

紗枝ちゃんから逃げるように窓に顔をやる。

こういう時、アタシはすぐ顔に出るから。

…だからかな。

「…!!?」

この時、アタシは決して見てはいけないものを見てしまった。

「右京さん!!止めて!!」

それと同時に、本能的にアタシの口は動いた。

「…!」

アタシの言葉を聞いた瞬間、右京さんは急ブレーキをかけた。

…後ろの車に野次を飛ばされていたけど。

「…!」ガチャッ

この時のアタシは、無我夢中だった。

シートベルトを強引に外し、ドアを開け、「そこ」に向かって一直線に走っていった。

「何してるの!!やめなさい!!」

「!」
「…逃げるよ!」

これが全く知らない赤の他人だったら、まだ余裕があっただろうけど。

「そこ」にいたのが赤の他人じゃなかったからか、アタシには逃げる彼女達を追いかける余裕は無かった。

だって、あの子達が寄ってたかっていじめてたのは…。

「さ、幸子ちゃん!大丈夫!?」

…他ならない、さっきまで元気に自分と話してた幸子ちゃんだったから。


207: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:26:24.56 ID:h/ESpcJ9O

「…」

急いで時間を確認する。

…正直、そんなに余裕は無い。

だけど、この子を一人にしておく事も出来ない。

「幸子ちゃん!」

怪我をしている様子は無い。

けど、彼女の目は虚ろで、アタシの問いかけには返事をしない。

これだ。

これが、右京さんの恐れていたことだったんだ。

この子が塾をサボった理由。

親への恐怖。

そして、同じ塾生からの、陰湿ないじめ。

「輿水さん!返事をして下さい!輿水さん!」

「…う、右京さん…」

そして、これまで見たことのない程焦っている右京さん。

彼女がどれ程マズい状態なのか、それだけで理解出来る。

「…あ…は、はい。わ、私…でも、お金、ありません…」

「…!?」

「…輿水さん!!」

「…!は、はい!?…あ、杉下さん…」


208: ◆GWARj2QOL2 2016/03/28(月) 21:27:25.98 ID:h/ESpcJ9O

…この時のアタシ達の顔は、どれだけ酷かったんだろう。

「…」

紗枝ちゃんですら、幸子ちゃんをいじめていたあの子達を嫌悪感をあらわにした目で睨みつけている。

「ど、どうしたんですか…そんな3人で…」

そして全く意識の無かった幸子ちゃん。

アタシ達が来たことでようやく我に返ったようだけど。

…何なの、これ…。

「…幸子ちゃん…」

何なの、これ。

「そ、そんな泣きそうな顔して…何があったんですか…」

親に怯え、同級生に怯え。

いったいこの子が、何をしたっていうの…?

この子に、いつ安らぎが訪れるっていうの?

「…!」

この時のアタシが出来ること。

「ど、どうしたんですか…姫川さん。全く仕方ないですね!」

それは精一杯幸子ちゃんを抱き締める事だけだった。

そして、この時のアタシはまだ気がついていなかった。

「…」

瑞樹さんが言っていた、あの言葉。

『杉下右京の正義は、時に暴走する』

今からアタシは知ることになる。

杉下右京という人間の、凄まじいまでの正義感を。

「…」

弱者を守るためなら、例え何をしてでも止める、その生き様を。

「…!!」

第六話 終


224: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:23:32.79 ID:wBmLXEnwO

早苗「…あー…今日も疲れたわぁ…」

『♪』

早苗「?…瑞樹ちゃんかしら……げっ…」

『杉下係長』

早苗「…何気に初めて電話が来たわね……もしもし?」pi


早苗「あー…うん。お疲れ様。そっちはどうだった?」


早苗「あ、そ。まあ上手くやれたんなら良いわ」


早苗「で、何よ。そんな事でかけてくるような人間じゃないでしょ」


早苗「…え、まあ…そういう知り合い?…それならいるけど…」


早苗「…会いたいって…今何時だと思ってんのよ」


早苗「…どうせロクでもない事に首突っ込んだんでしょ。嫌よ。巻き込まれたくないし」


早苗「…それに、杉下係長が何をしようとしてるか、なんとなく分かるわよ」


早苗「やめときなさい。ホント」


早苗「…………いや、アタシが言って止まるならもう止まってるわよね」


早苗「とりあえず何があったのか、話してもらうわよ。そっちの奢りで」


早苗「ん。はい」pi


225: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:24:33.69 ID:wBmLXEnwO

早苗「…あー…ねぇ」

「はい?」

早苗「プロデューサー君に伝えといて。今日は直帰だからって」

「良いですけど…そろそろ連絡先交換しといて下さいよ」

早苗「だって過保護過ぎるんだもん。目つき悪い癖にアンバランス過ぎでしょあの子」

「まあ、見た目は確かに怖いですけど…良い人じゃないですか」

早苗「そうだけどね。あの子前にすると見下げられる感じがしてヤなのよ。背めちゃくちゃ高いし」

「それで?…あの万年係長からは何て連絡があったんですか?」

早苗「さあ…ね。聞いてたの?」

「…ちょっとだけですけど」

早苗「なら忘れなさい。もし会社の人間に告げ口したら即外してもらうから」

「…えっ!?シメるとかじゃなくて!?」

早苗「何か問題でもある?」

「いや、まあ…言いませんけど…どうしてあんなおじさんに?」

早苗「変に勘繰るんじゃないわよ。そういう関係でもないし」

「…まあ、私は早苗さんのスケジュール管理が仕事ですから。その後はどうもしませんけど…」

早苗「勘繰るなっつの」ペシ


226: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:25:29.79 ID:wBmLXEnwO

「…」


「…あの子ったら…一体何処に…」


「…」


「…いえ、そんな筈はないわ。だってあの子はちゃんと成績トップなんだもの」


「この世は一番頭の良い子こそが一番偉いのよ。だからきっともう…」


「…そうよ。あんな不良達は幸子に相応しくない」


「だから、もっと勉強して、偉くなって…そうすればきっと…」


「…」

『PM9:00』

「もう家庭教師が来る時間じゃない…。一体何をやっているのよ…」

『すいません』ピンポーン

「…?はーい。今出ますねー…」


227: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:26:17.08 ID:wBmLXEnwO

『夜分遅くに申し訳ありません』

「…?失礼ですが、どなたですか?」

『ああ、申し遅れました。私特別臨時家庭教師の杉山と申します。こちら輿水さんのお宅で間違いございませんか?』

「まあ!それはそれは申し訳ありません…はい!今開けますので…あ。でも…今幸子が…」

『ええ。そのことも兼ねてお話を…』

「?……あら、幸子!!貴方何処を…!」

『まあまあ。今回は少しお話をしたいだけですので…』

「…分かりました。とりあえず上がってください…」ガチャ



「どうもありがとうございます。それでは輿水さん。参りましょう」

幸子「…はい」


228: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:27:45.04 ID:wBmLXEnwO

「幸子…貴方今日だけでどれだけ迷惑を…」

「輿水さんのお母さん。実はですねぇ。今回彼女がこうなったのには理由があるんですよ」

「…?」

「ええ、僕がここに来る途中、ご老人をお世話している彼女を見ましてねぇ…」

「…あら。幸子。本当なの?」

幸子「…は、はい…」

「そのご老人の方に尋ねたところ、腰を痛めて道端でしゃがんでいたところを彼女に介抱してもらっていたと。その上荷物を持って遠い家まで運んでもらえたと仰っておりました…それはそれはご機嫌な様子で…」

「…でも、それだけでは塾をサボったり家に帰らない理由にはなりませんね…」

「ええ。何にしても無断で欠席をするのはよろしくないことですが、ここは一つ、彼女の善行を認め、今日の事は水に流してもらえませんかねぇ?」

「…幸子」

幸子「は、はいっ!」

「本当かしら?」

幸子「は……は、はい…」

「そう…そうなの…」

「勿論僕も今日は勉強を教えに参ったのですが、いかんせん彼女がほとほと疲れていらっしゃるようで…このままでは恐らく勉強も捗りません」

幸子「…」

「…」

「なにしろ半日もの間人助けをしていらっしゃったんですから…ですから今日のところはゆっくり休んでいただいて、また後日連絡を頂ければと思いまして…ええ。勿論お代は頂きません」

「…そうですか…先生がそう仰るのでしたら…そうですね…」

「実はですねぇ。あまり短期間で詰め込み過ぎるのは科学的に考えるとよろしくないんですよ」

幸子「…!」

「…何ですって?」

「ああ。気を悪くされたのでしたら申し訳ありません。ですが知識習得の一過性はテスト後折角覚えた知識を忘れてしまう可能性もあるんです。勿論学習方法は貴方にお任せしますが…」

「…」

「それに輿水さんは僕が担当している生徒に比べとても聡明な方だとお見受け致しました。これは普段からのお母さんの教育が素晴らしいのでしょうねぇ」

「…幸子」

幸子「は、はい…」

「…今日は早く寝なさい。それと明日はお母さんが教えるわ。いつもと違う環境なら新鮮な気持ちで出来るでしょう?」

幸子「…はい…」

「それが良いかもしれません。しかし輿水さん。来週からはちゃんと塾にも行くことですよ?」

幸子「はい…」

「それではお邪魔しました。お茶、とても美味しかったですよ」

「いえ。此方こそ幸子を送って下さってありがとうございました」


229: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:28:48.61 ID:wBmLXEnwO

右京「…」バタン

友紀「…」

右京「お待たせしました。それでは参りましょう」ガチャ

友紀「参りましょう、じゃないよ…」

右京「はいぃ?」

友紀「よくもまあ、嘘八百並べて帰ってきたね。怒られなかったの?」

右京「ええ。家庭教師が臨時ということが救いでした」

友紀「…いくら幸子ちゃんを助けるからって、流石にやり過ぎじゃ…」

右京「恐らく彼女の母親は、先程の事を話しても信じないでしょう」

友紀「お婆ちゃん助けたって方が信じないよ…」

右京「いえ。そういうことではありません」

友紀「?」

右京「彼女の母親は、輿水さんの良い部分だけを信じるようです」

友紀「…都合の悪い話は聞かないって事?」

右京「そうとっていただいて構いません」

友紀「…でも、今でも信じられない。あんな事が実際にあるなんて…」

右京「僕も現場を見たのは初めてですねぇ」

友紀「…酷いよね。あんな事…」

右京「ええ。とても」

友紀「…これから、どうするつもり?」

右京「どうするとは?」

友紀「とぼけないでよ。さっき早苗さんに電話してたでしょ」

右京「そうですねぇ…」

友紀「…ダメだよ。変な事したら…」

右京「かといって、このまま彼女を見過ごすのはあまりにも酷です」

友紀「だって、もしあの親が苦情出したら、今度は…」

右京「そうならない為に、片桐さんに協力を仰ごうかと」

友紀「…」


230: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:30:07.26 ID:wBmLXEnwO

幸子ちゃんが、いじめの被害にあっていた。

背景は知らないけど、恐らく同じ塾の人達。

幸子ちゃんが不意にこぼした台詞から察するに、あの子達は幸子ちゃんからお金の無心をしていたようだった。

そしてアタシ達が駆けつけ、ようやく元に戻ったかと思うと、今度は親の事で暗くなっていった。

その時、右京さんがやったこと。

まず、紗枝ちゃんを女子寮に帰し、幸子ちゃんに家庭教師のキャンセルをさせた。

その後、自分がその家庭教師になりすますことであの場を収めた。

…でもこんなの、一時的なもの。

来週になれば、幸子ちゃんはまたあそこに通わなければならない。

「…」

またあの子達が待っているんだろう。

アタシ達もいつでも駆けつけられるわけじゃないのは当然知っている筈だから。

「…」

もし、仮に右京さんが何かしようとしているなら。

今こそ、アタシは止めなきゃならない。

「…」

…でも、止めていいのだろうか。

もし、ここで止めたとして、あの子はどうなるのか。

これからも常に怯える生活を送るのか。

…そう考えると、口が動かなくなる。


231: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:31:04.87 ID:wBmLXEnwO

「…」

分かってる。
今、右京さんは仕事そっちのけで幸子ちゃんを助けようとしてる。

…でも、それを止めたくないアタシもいることは確か。

「…!!」

ジレンマ、というやつなのか。

ダブルバインドというやつなのか。

こんなの、どうしていいか分からない。

ただ、これだけははっきり言える。

「…」

右京さんがやろうとしていることは、正しくない。

蛇の道は蛇。

まさにそれだ。

「…矛盾してるよ…」

「何か仰いましたか?」

「…何も」

…聞こえてるくせに。


232: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:32:32.33 ID:wBmLXEnwO

「…」ガラッ

幸子「zzz…」

「…幸子…」

幸子「zzz…」

「貴方は、立派な人間になるのよ」

幸子「zzz…」

「そうして、もっと見返してやるの。あの酷い子達に…」

幸子「zzz…」

「大丈夫。貴方は私が守ってあげる」

幸子「zzz…」

「あの時も、守ってあげたんだから…」

幸子「zzz…」

「貴方に取り付く悪い子は、みんなお母さんが追っ払ってあげる」

幸子「…」

「…どんな事を、してもね…」

幸子「…!」ビクッ

「…だから、安心して寝なさい。……お休み、幸子」

幸子「…」

「…ちゃんと、明日もお勉強するのよ」

幸子「…」


233: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:34:14.00 ID:wBmLXEnwO

PM10:00 某居酒屋

早苗「…ん!あ、こっちこっち」

右京「どうも。お疲れ様です」

早苗「ん。…あれ?杉下係長の娘達は?」

右京「お二人とも帰りましたよ」

早苗「…ふーん…人払いはOKってこと…」

右京「…」

早苗「…で?なんたっていきなり探偵の知り合い?」

右京「警察の方に調べてもらうわけにもいきませんから」

早苗「探偵も同じよ」

右京「おやおや…」

早苗「…」

右京「…」

早苗「そうやって暴走して、またアイドル達の人生ダメにするつもり?」

右京「はいぃ?」

早苗「とぼけてんじゃないわよ。前の事件を忘れたとは言わせないわよ」

右京「…」

早苗「折角スカウトした二人を、ダメにするなんて許さないわよ」

右京「…」

早苗「アンタの本業はプロデューサー。探偵でも警察でもないの」

右京「…ええ」

早苗「だから協力出来ない。分かるでしょ?」

右京「…」

早苗「アンタには最後までやり通して欲しいのよ。あの子達の事を…」

右京「…」

早苗「だから冷静になって自分の仕事と向き合って。まずあの子達の事に目を向けて」

右京「…手を伸ばせば、届くかもしれない。その時、伸ばさずにはいれない」

早苗「…」

右京「僕は、そういう性分なんですよ」

早苗「…」

右京「…」

早苗「…もう、これっきりにしてよ?」

右京「ええ。よろしくお願いします」


234: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:36:14.81 ID:wBmLXEnwO

3日後

友紀「…おはよー…」

右京「おはようございます。寝不足ですか?」

友紀「ん…」カタン

右京「…」

友紀「…」

右京「…」

友紀「…で?いい加減何しようとしてるのか教えてくれないの?」

右京「…何でしょうねぇ」

友紀「ダメだよ。話さなきゃ」

右京「おやおや…」

友紀「アタシだって、もう片棒担いじゃったんだから。聞く権利はあるでしょ」

右京「…そうですねぇ…」

友紀「…」

右京「…全てが終わった後にでも、話しましょうかねぇ」

友紀「えええ…この空気で断るの…?」

右京「話せば君は動きますから」

友紀「…」

右京「…」

友紀「…右京さんは、幸子ちゃんの為に人生棒に振るつもり?」

右京「どうですかねぇ…場合によっては…」

友紀「…それで、あの子が喜ぶと思うの?」

右京「僕の考えが正しければ、今彼女の心身は疲弊しきっています」

友紀「…」

右京「そうした者が選ぶ最終的な行動。僕は何度か目にした事があります」

友紀「…あの子は、そんなに弱い……」

右京「少し関わっただけですが、とても心の弱い方だと思います」

友紀「…でも、それで右京さんが…」

右京「残念ながら、この世に人の命より価値のあるものなどありません」

友紀「…」

右京「僕は今日、予定が入っています。申し訳ありませんが代行を引き受けてくれた方がいらっしゃいますので…」

友紀「…ホントに、ちゃんと話してよ…?」

右京「ええ」


235: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:37:20.83 ID:wBmLXEnwO

「…」

右京さんが、早苗さんと話してから約3日。

右京さんは相変わらず何も話してはくれない。

今日も予定があるからと半休を取り、他の人に引き継いでもらっていた。

「本日は杉下係長が緊急の予定があるとのことですので、よろしくお願いします」

「あ、うん。そんなかしこまらなくても…」

「いえ…それと、今日も頑張りましょう」

…まさか、早苗さんのところのプロデューサーとは思わなかったなあ。

「えっと…今日の予定は…」

「○時に○○スタジオにてCM撮影が入っております」

「あ、ありがと…何か右京さんみたい…」

「…杉下係長から学べることは、沢山あります。誤解されてる方も多いかもしれませんが…」

…この人、良い人…なのかな。

「…あ」

「はい。何でしょうか?」

「早苗さんと瑞樹さんは?」

「お二方は、ご自分の車で移動しているようです。私が着いていると力を発揮出来ないと…」

「…あー…」

確かに、あの人達…この人とは合わなそう…。

首に手をやる仕草をし、ほとほと困っているという顔をする彼を見てそう思った。


236: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:39:07.92 ID:wBmLXEnwO

右京「…」

「…あのー…」カランカラン

店員「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」

「いえ、待ち合わせを…あっ」

右京「すいません。僕と待ち合わせしていたんですよ」スッ

店員「あ、そうでしたか。…ご注文は…?」

「ええと…ホットコーヒーを…」

店員「かしこまりましたー」

「…」ガタッ

右京「…」

「…」

右京「はじめまして。杉下右京と申します」

「はじめまして。輿水幸子の父親です」

右京「ええ。そう聞いております」

「…話は聞いています。何やら大変な事になっていると…」

右京「ええ。本当に」

店員「お待たせしましたー。ホットコーヒーです」


237: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:41:15.17 ID:wBmLXEnwO

…。

「元々、幸子の面倒を見ていたのは私でした」

右京「…」

「…少なくともその当時は明るく、普通の子供でしたよ」

右京「…」

「しかしその当時から私と妻の幸子の教育方針は対立しており、私に隠れて幸子へ家庭教師をつけたり、習い事をさせたり…」

右京「…」

「元々あの子は頭が良かったのでそんな必要は無いと思っていたのですが…妻は常に一番を取らせると…」

右京「…」

「おまけにアレはとにかくヒステリック持ちで…見てください。この腕…」

右京「切り傷ですねぇ。それもとても深い…包丁ですか?」

「ええ。とにかく自分の思い通りにならなければ暴れる。それを毎日毎日やられていれば…別居したくもなりますよ」

右京「…」

「…勿論幸子の事は心配してましたが…まあアレは幸子には手を出しませんから」

右京「何故、そう思うのですか?」

「自分の作り上げた作品だからですよ。塾に通わせ、習い事もさせ…そんな手塩にかけて育てた作品を傷つけはしないんです」

右京「…作品、ですか…」

「…あ、勿論私はそんな事思っていませんからね!?」

右京「ええ…」

「…しかし、私は違う。私に対しては敵意を剥き出しにしてくる。このままじゃいつか殺される。そう思って逃げ出したんです。幸子を置いて…」

右京「そうですか…」

「今、私とアレの繋がりは膨大な養育費、ただそれだけ…」

右京「…」

「…しかし、今の幸子の様子を聞くと…」

右京「…」

「…あの子は…」


238: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:42:47.88 ID:wBmLXEnwO

右京「彼女は、とても頭の良い方です」

「…ええ」

右京「その中でも特に目を見張るものは、空間認識能力」

「…」

右京「彼女は今現時点で何が起こっているのか、そしてそれの原因、それをどうにかする為の措置を瞬時に感じ取れます」

「…」

右京「そして彼女は、今自分が出来る最善の選択をした」

「…それが…」

右京「…自我を捨てる」

「…」

右京「そうすることで、母親の感情の起伏を最低限に抑え、いじめのダメージも抑えた」

「…」

右京「しかし、今。ここに来てそれが限界を迎え始めています」

「…それは…」

右京「必死にもがいているんです。抜け出そうと。この狭い牢獄から」

「…だから、助けを求めたんですね」

右京「恐らく、そうなのかもしれません」

「…」

右京「貴方がもし、彼女を大事に思っているのでしたら…」

「…」

右京「行動を起こすべきです。直ちに」

「…」

右京「彼女はまだ、自分を持っています。しかし一刻の猶予もありません」

「…私は、出来るでしょうか?」

右京「…」

「…今更…父親面など…」

右京「出来る、出来ないではありません」

「…」

右京「やるか、やらないかです」

「…やるか、やらないか…」

右京「ええ」

「…やるか……やらないか…」


239: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:44:09.27 ID:wBmLXEnwO

「…」

今日、一人での仕事が終わった。

「…」

…結局、今右京さんは何をやってるんだろう。

…アタシには、全く分からないことをやってるんだろうなぁ。

「姫川さん、本日は直帰でしょうか?」

「ん…いや、とりあえず…事務所で」

「かしこまりました」

何だか、アタシだけ置いてけぼりにされてる気がする。

それはアタシ達を巻き込みたくないという右京さんの意思なのかもしれないけど。

…でも何だか、面白くない。

「…」

初めて会った時は、凄い人だと思った。

自分よりも背の高い怖そうな人をヒョイとねじ伏せて、捕まえて。

巧みな話術でアタシを勧誘してきた。

でも、最近は幸子ちゃんにかかりっきりだ。

…右京さんにとって、アタシはもう、端に置かれてる人形みたいなものなのかな。

「…私の意見を、言ってもよろしいでしょうか」

「え…あ、うん。どうしたの?」

「本日のお仕事、大変良かったと思います」

「あ、うん。ありがと…」

「ですが、あれは貴方の、本当の笑顔…だったのでしょうか?」

「…え?」

「…私には、そうは見えませんでした」

…笑顔。

そういえば今日、あんまり笑ってなかった気がする。

「…ごめん。次から気をつける」

「…もし、何かあったのでしたら、私で良ければお話してみてください」

「…えー…っと…」

「杉下係長の、事だと思いますが…違いますか?」

「…もしかして、アタシって顔に出やすい?」

「…それもまた、貴方の長所かもしれません」

…あはは。

またやられちゃったぁ。


240: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:45:12.79 ID:wBmLXEnwO

友紀「…まあ、何と言うかさ…新しい人新しい人ってね、どんどんかかりっきりになっちゃって…」

「…」

友紀「…おかしいなあ。嫉妬してるわけじゃないけどさ」

「…」

友紀「だってさ、アタシ、右京さんの相棒だって、瑞樹さんも言ってくれたのに…」

「頼りにされていない、そうお考えですか?」

友紀「うん。そんな感じ」

「…そうでしょうか」

友紀「だって、他の人に任せるって…アタシなんてどうでもいいみたいじゃん」

「頼りにしているからこそ、1人でも良しと判断したのではないでしょうか」

友紀「だって…今日だって…」

「私が頼まれたのは、運転のみです」

友紀「…」

「姫川さんは、1人でもちゃんと仕事が出来る方だと、そう仰っていました」

友紀「…ホント?」

「ええ。貴方が杉下係長から心から頼りにされている、何よりの証拠です」

友紀「…もう…」

「…」

友紀「…口で言わなきゃ、分かんないよ…」プクー

「…」


241: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:46:33.98 ID:wBmLXEnwO

翌日

友紀「おはよー!」

右京「おはようございます。昨日はちゃんとお仕事が出来たようで何よりです」

友紀「あ、聞いたの?」

右京「ええ。褒めていらっしゃいましたよ?」

友紀「…変な気遣っちゃって」ボソ

右京「どうされましたか?」

友紀「何でもない!」

右京「ところで今日、君は午前のレッスンが終わってからのスケジュールは空いていますか?」

友紀「え?あ、うん。空いてる…けど…?」

右京「それは良かった。少し君の力を貸して頂きたいのですよ」

友紀「え?…あ、アタシの力…?」

右京「ええ。恐らく君が適役かと」

友紀「…ホント?変にご機嫌取ろうとしてない?」ジロッ

右京「無理なようでしたら他の方に頼みますが」

友紀「分かったから!行く!行きます!!」

右京「助かります」

…。

そしてこの後、アタシは今年これ以上のものはないってくらい驚愕した。

右京さんがアタシを連れていった場所。

そこはただの喫茶店。

そう、ただの喫茶店。

安めのコーヒーに、トースト。

子供でも通えるくらいの空気感。

…なのに。

それは今のアタシには、混乱を招く一手にもなっていた。


242: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:47:24.97 ID:wBmLXEnwO

「…」

そこに座っていたのは、この間幸子ちゃんをいじめていた3人の中のリーダー格の子。

…右京さんがアタシを呼んだのは、恐らく通報を避ける為。

つまり、いるだけで良し。

…。

…ま、いっか。

これで大体分かるわけだし…。


243: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:48:46.73 ID:wBmLXEnwO

店員「ご注文をどうぞー」

「…」

右京「お好きな物を頼んで構いませんよ?」

「…クリームソーダで…」

右京「僕はミルクティーを」

友紀「アタシはコーラで…」

店員「かしこまりましたー」

「…」

右京「本日は来て頂きありがとうございました」

「…」

友紀「君って、この間…」

「…悪いのは、幸子ちゃんだよ…」

友紀「…!お金を無心してたンムググ…」

右京「今日はですねぇ。君達と輿水さんの間に何があったのかを聞きたかったんですよ」

友紀「ンムグググ…」

「…塾の場所を言ったのは、幸子ちゃんなの?」

右京「ええ」

「…そうやって、大人に頼って…」

友紀「…?」

「悪いのは幸子ちゃんなんだからね!私らはただ仕返ししただけ!」

友紀「…えっ…?」

右京「…」


244: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:49:50.36 ID:wBmLXEnwO

右京「仕返しをしただけ。…それと今回の件、関連性は…?」

「…アンタに言ったって、分かんないよ。どうせ幸子ちゃんの味方なんだから」

右京「味方かどうかはともかく、こういう時お互いの意見を聞くことは何よりも大事だと思いますがねぇ?」

「…」

友紀「自分達が悪くないってなら、弁明しないとダメだよ。悪いって思われたままで終わるよ?」

「そんな事分かってるよ。だけど…」

右京「信じる、信じない。それはともかく。まず話してみることが重要です」

友紀「うん…そうだよ」

「…」

右京「輿水さん個人が、あなた方に危害を加えたのでしょうか?」

「…」フルフル

右京「でしたら…」

「…」

右京「輿水さんの、お母さんですか?」

「…」

友紀「え…」

「…」コク

友紀「…えっ?」


245: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:51:03.44 ID:wBmLXEnwO

店員「お待たせしま…したー…ミルクティーと、コーラと、クリームソーダ…です。ど、どうぞごゆっくりー…」

「…」

友紀「う、右京さん。今の…どういうこと?」

右京「そのままの意味です」

友紀「…だ、だって…だよ?それ……普通に犯罪…」

「証明出来ないよ」

友紀「?」

「…元々、ウチの塾での一番は、幸子ちゃんじゃなかったんだ」

友紀「…」

「幸子ちゃんは二番で、その子が一番。…それでまあ、ウチの塾は毎月一回必ず授業参観もどきみたいなことをやるんだよね」

友紀「うわー…」

「…でさ、その授業参観もどきが終わった後にね、その子塾の階段から足を滑らせて落ちちゃってさ。全治2カ月だって」

右京「…」

「偶然かなって思った。だけど、おかしいんだよね」

友紀「?」

「…階段にさ、ダンボールが落ちてたんだ」

友紀「…風とかじゃ?」

「そんな強くなかったよ。よく分かんないけど、何故かその階段に、まさに踏めって感じで落ちてたの」

右京「誰かが故意に置いた、と?」

「…うん」

友紀「それが、幸子ちゃんのお母さん?」

「うん。…笑ってたんだ」

友紀「え?」

「…あの子が滑り落ちて、みんなが心配してる時、一人だけニヤニヤしてた」

右京「…」

「みんな噂してる。あの人がやったんだって」

友紀「…」

右京「…お金の無心をしたのは…」

「治療費だってあるんだよ。…でもあの人が認めるわけがないから…証明出来ないし」

友紀「幸子ちゃんを介せば、何らかの形でってこと?」

「…うん。…っていうよりも、ただあの子の親のせいでってのもあったから…」

友紀「だからって…」

「あの人、いつも凄く高そうな服着てて、化粧も、車とかも…だから…」

右京「…」

「…」


246: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:52:04.82 ID:wBmLXEnwO

右京「話は分かりました」

「…」

友紀「…これって、どうにかなるもんなの?」

右京「…未必の故意を証明することは、非常に…いえ、無理と言っても良いでしょう」

友紀「み、みひ…何?」

右京「友達を大事にしたい君達の気持ちも分からなくはありません」

「…」

右京「しかし、君達のやっていることは仕返しではありません」

「…」

右京「思春期の一人の女の子の精神を著しく傷つける、ただのいじめですよ」

「…」

右京「幸子さんは今、母に怯え、君達にも怯えています」

「…」

友紀「…軽い気持ちでやり始めたなら、もうやめてあげて」

「…」

友紀「幸子ちゃんは、何も悪くないでしょ?」

「…うん」

右京「…ならば、もう彼女を責めることはありませんね?」

「…うん」

右京「でしたら、次来た時は暖かく迎え入れてあげてください。それだけでも彼女は救われます」

「…うん」


248: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:53:09.17 ID:wBmLXEnwO

その後、もう二度と幸子ちゃんに酷い態度を取らないことを約束させ、店の前で別れた。

こっちに向かって遠慮がちに手を振るあの子は、本来は優しい子なのかもしれない。

…だけど。

「右京さん」

「なんでしょうか?」

「…どうするの?あの子達の事は終わったとしてさ…」

「そうですねぇ…」

「その、あの人が原因で幸子ちゃんが周りから孤立してったんでしょ?じゃあほっとくわけには…」

「ええ。放っておくわけにはいきませんねぇ」

「…でもどうやって?」

「この数日間、僕は輿水さんと様々な事をやっていました」

「…あ、ようやく教えてくれるの…」

「…そうですねぇ…中身も見えたことですし、もう良いでしょう」

…。

そして、アタシが聞いた事は。

これまでにない程、あの母親にダメージを与えることが出来るだろう最初で最後の、最強とも言える一手だった。


250: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:54:17.66 ID:wBmLXEnwO

「…」


「…」


「…何よ、これ…」

『離婚届』

「…何なのよ、これは…」


「…ふざけるんじゃないわよ!!」ガシャアン


「あの人…まさか…」

『すいません』ピンポーン

「…」

『少しお話ししたいことがあります』

「…この声、何処かで…」

『それと、謝らなければならないことがあります』

「…今出ますので…」

『ああ、それはどうも』

「…」


「…」ガチャ

右京「どうも」

「…貴方は、確か…家庭教師の…」

右京「いえ。本当は家庭教師ではないんですよ」

「…え?」

右京「申し遅れました。僕は346プロダクションでプロデューサー業をさせてもらっている、杉下右京という者です」

「…何ですって?」

右京「そして、用があるのは僕だけではないんですよ」

幸子「…」

「…」

「…!…あなた…それに、幸子まで…!?」


251: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:55:25.16 ID:wBmLXEnwO

「…」

今、一つ屋根の下で、とても重苦しく、ピリッとした空気が流れている。

「…」

幸子ちゃん、幸子ちゃんのお父さん。
そして幸子ちゃんのお母さんが対面して座り、アタシ達はそれをじっと眺めている。

ここに来て数分が経過しているけど、今だ誰一人口を開かない。

「…」

動揺と、苛立ちを隠せないのか指で机を叩き続ける幸子ちゃんのお母さん。

その視線の先には、先に郵送で送られてきたのだろう離婚届。

それだけならこの人にとっては何てことないのかもしれない。

けれど、この椅子の座り方を見れば一目瞭然。

「…」

自分の隣に来る筈だと思っていた娘が、自分と対面している。

それが何を表すのか。

…その現実が、彼女には受け入れ難いのかもしれない。

「…そこにサインをしてくれ。話はそれだけだ」

「…いきなり、どういうつもり?」

今まで見下していた夫からの突然の通告。

あからさまな幸子ちゃんの態度。

本来こんなこと、子供の目の前でやるべきではないのかもしれない。

けど、今のこの3人にはどうでもいいことなんだろうなぁ。


252: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:56:56.19 ID:wBmLXEnwO

「…君の教育は、幸子の為にならない」

「…よく言うわね。今まで何もしてこなかったくせに」

「…確かに、一度は僕は君から逃げた。幸子を見捨てた」

「そうよ。貴方は幸子のことなんて考えてない」

「考えているさ、これからは幸子の思うようにやらせてやる。自由に」

「…幸子」

「…」ビクッ

母親の低い声に、幸子ちゃんは肩を震わせる。

二人暮らしの間で植え付けられたトラウマのせいか、口が上手く開かない様子だ。

「私は、貴方に何かしたのかしら?」

「…」

「答えなさい!幸子!私が貴方に一度でも暴力を振るったことがあるの!?」バンッ

「ヒッ…」

「…僕から、参考までに」

「何!?部外者が口を…!」

怯える幸子ちゃんと母親の間に突如入った右京さん。

当初は話が終わるまで口を出さないつもりだったけど、どうにも出てしまったみたい。

「日本において、法律的には2000年に成立した児童虐待防止法の定義に心理的虐待に該当する部分か・あります」

「はあ!?し、心理…!?」

「さらに2004年の改正て・心理的虐待に該当する定義はより具体的て・分かりやすいものに変更されました」

…ただうんちく言いたかっただけなんじゃないのかって思うけど。

「今の幸子さんは貴方に対し、恐怖を抱いているのは誰が見ても明らかです。これはまさしく長い期間の心理的虐待によるものといっても過言ではないと思いますよ?」

「…な、何の根拠があって言ってるの!?幸子が言った!?そんなことを!!」バンッ!

…確かに、幸子ちゃんからは一言も聞いていない。

たまにあるドラマでも、虐待を告発する子供は少なかったりするけど、現実でもそうなのかもしれない。

ましてやこれは肉体的ではなく、精神的なもの。

そして、そういうドラマの中では、総じて味方が少ないことが多い。

「…」

「どうなの!?幸子!答えなさい!」

…だけど、今の幸子ちゃんには、味方がいる。

「…」

「幸子!私は貴方の為に…!!」

少なくとも、この場に3人。

「…」

それだけでも、彼女の勇気を後押しするには十分だった。


253: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 21:58:46.59 ID:wBmLXEnwO

幸子「…だった…」

「え…」

幸子「…嫌、だった…」

「…さ、幸子…?」

幸子「いつも、お母さんが怖くて、嫌だった…」

「…な、何を…」

幸子「ボクは、貴方が嫌いです。ボクから友達を遠ざけて、自分の物のように扱って…!」

「…さ、幸子…」

幸子「もう、顔も見たくありません!」

「…!!?」


254: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:00:06.92 ID:wBmLXEnwO

ついに決壊した幸子ちゃんの我慢。

我慢というよりは、偽の人格。

「輿水幸子」という、お母さんに作り上げられたもう一人の人格。

幸子ちゃんのお母さんは、目の前で起きた事を理解していないのか、瞬きすらしていない。

「…」

ただただ呆然としている。

…だけど…。

「ボクは、お父さんのところに行きます。だからもう…」

「…にを…た…」

「…え…」

「…何を…たの…」

母親の視線が捉えているのは、幸子ちゃんではない。

…捉えた先にいるのは…。

「幸子に、何をしたの!!!」

「…」

彼女の怒りの矛先が向いたのは、右京さんだった。


255: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:01:24.34 ID:wBmLXEnwO

「アンタの、アンタのせいで幸子が変わった!!アンタのせいで変わっちゃった!!!」

「…」

右京さんは何も答えない。

凄まじい剣幕で食ってかかる彼女に対し、冷たい視線で返す。

「幸子は私が育てたの!!私の子なの!!」

「…」

その目には、どう映っているのか。

「誰にも渡さない!!ましてやアンタ達なんかに!!」

心の内は分からないけど、一つだけ、分かる。

「幸子は、私の物なのよ!!」

…これは、嵐の前の静けさだ。

「いい加減にしなさい!!!」

「ッッ!!」


256: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:02:47.31 ID:wBmLXEnwO

友紀「…」

幸子「…」

「…」

右京「実の娘を物などと…親の言うことですか!!」

「…な、何を…」

右京「彼女の気持ちをほんの少しも理解出来ない貴方に、親を名乗る資格など…ありはしませんよ…!」

「わ、私は…幸子の為に…」

「…右京さんが紹介してくれた探偵さんから、聞いたよ」

「ッ…な、何よ…」

「…お前、この数ヶ月で、どれだけ借金してるんだ?」

「!!」

「…変だと思ったよ。俺が出してる養育費だけで、あんなに高い車や服、幸子の塾や家庭教師…絶対に無理なんだ」

「…」

「家の中だってそうだ。随分金をかけてリフォームしたんだな」

「…これは全部…」

右京「貴方の言う、誰かの為、というのは、本当に幸子さんの為なのですか?」

「…そ、そうよ…」

右京「ならば幸子さんの目を御覧なさい」

「…」

幸子「…」

右京「その目が、感謝を表している目だと本気で思えますか?」

「…」

右京「…貴方がやっていることは、全て、貴方の為なんですよ」

友紀「…」

右京「…貴方の、小さなプライドの為」

「…」

友紀「…絶対、幸せになんかなれませんよ」

「…」

友紀「嘘で塗り固められた人生なんて、その後もずっと嘘の人生でしかないんだから…」

「…」

右京「…」


257: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:03:48.81 ID:wBmLXEnwO

…あれから数日が経過した。

その後、何も言い返さなくなった幸子ちゃんのお母さん。

糸の切れた人形のように動かなくなり、アタシ達もそれ以上は責められなくなっていた。

「彼女も、ギリギリだったのでしょう」

いつものように紅茶を飲む右京さんは、そう語る。

見えを張り続け、その結果借金苦。

誰にも、娘にさえも言えないまま、強がるしかなかった彼女。

その全ては崩壊し、最早何もかも失った。

…そう思ってた。

だけど、幸子ちゃんのお父さんは、離婚は取り下げると言っていた。

…。

『家のものも、家も、全て売り払います。それで借金を返せると思いますし。…妻は、まあ向こうの実家に戻ってもらいますが』

『…そう、決めたんですね?』

『ええ。一度は愛した女ですから。だから、またいつか…元に戻れる日が来ると信じています』

『…良い、ご決断です』

…。


258: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:04:58.96 ID:wBmLXEnwO

全てが元通りになったわけじゃない。

もう元通りにはならないかもしれない。

でも、なって欲しい。

幸子ちゃんが産まれた時のように、みんなが幸せに笑っていた時のような生活に。

「失いかけたからこそ、背負う覚悟が出来たんでしょうねぇ」

「…背負う、覚悟…」

「ええ。ご英断だと、僕は思います」

…こうなることも、お見通しだったのかな。

…でも、右京さんの激昂する姿は初めて見たなあ。

「…右京さんも、声出るんだね」

「…」

いらぬ質問だと言わんばかりに無視をする。

…もしかしたら、本当はあっちが本当の右京さんで、またやっちゃったとでも思ってるのかな。

「…でも、さ。右京さん」

「何でしょうか?」

「…難しいね。家族って」

「…そうですねぇ……しかし」

「?」

「君のあの時の発言。僕は非常に親近感を覚えました」

「…?」

あの時の発言…?

何だろ…。

「嘘で塗り固められた人生なんて、その後もずっと嘘の人生でしかない。…僕もまた、そのように思っていましたよ」

「…」

それって、つまり…。

「…褒めてる?」

「褒めているかどうか、それを僕に決めることは出来ませんが…」

「…」

「少なくとも、親近感を覚えるということはありました」

…何だろ。

ちょっと、嬉しい。


259: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:06:10.70 ID:wBmLXEnwO

それと、ここ数日で変わったことがもう一つある。

「…」

それは、アタシ達にとってはなるべくしてなったものなのかどうか。

「…」

果たして、どうなのか…。

「おはようございます!」

「…」

「…」

「どうしましたか?ボクが来てあげたのに全く!」

…。

「おはよ。幸子ちゃん」

「はい!おはようございます!」

「おはようございます」

「おはようございます!…あ、これ…ボクの…?」

「ええ。君も一員ですからねぇ」

「…」

もしかしたら、なるべくして、なったのかもしれない。

集まるべくして、集まったのかもしれない。

「ほらほら幸子はん。そないなところで立ち止まっとったらウチが通れまへんえ?」

「おや紗枝さん!今日も可愛いボクが見られて…」

「はいはい。ちっこくてかわええなぁ」

「ちっこくないです!」

…これからどうなるのか分からないけど。

「それよか友紀はん…」

「ん?」


260: ◆GWARj2QOL2 2016/03/31(木) 22:07:45.01 ID:wBmLXEnwO

紗枝「ウチがおらん間に、色々あったみたいやなぁ」

友紀「えっ…!?ち、違うよ!そんな…そんなことは無いから!」

紗枝「…何がどすかぁ?」

友紀「…最近何もアクション起こさないと思ったら…!」

紗枝「ウフフ。そない怒らんと。さあ、幸子はん。改めてよろしゅう…」

幸子「あ、はい!………よ…い……!!!」プルプル

右京「…」

友紀「…あれ…もしかして…」

幸子「もう……ちょっ…とぉ…!」プルプル

紗枝「届いてまへんえ」

幸子「うー…!!」プルプル

右京「…」ヒョイ

幸子「あっ…」

右京「幸子君。君はこれから、様々なことを人に頼る事になるでしょう」カタン

幸子「…」

右京「慣れていくことです。普通でいることに」

幸子「…」

右京「…」

幸子「…いえ流石に今のは子供扱いですよね!?」

右京「ンフフ」

幸子「あー!バカにしてますねー!?」

友紀「…ねえ右京さん」

右京「はい?」

友紀「…何で幸子ちゃんだけ、名前?」

紗枝「…」

右京「…何故でしょうねぇ…」

幸子「そんなの決まってます!」

友紀「…」

幸子「ボクが、可愛いからですよ!」

右京「おやおや…」

紗枝「幸子て…幸薄そな名前やなぁ…」

幸子「何を言うんですか!とっても幸福な名前ですよ!」

友紀「…」

右京「…しかし、何故でしょうねぇ…」

友紀「…多分、幸子君って言い過ぎたんじゃない?」

右京「ああ!…そんな簡単なことでしたか」

友紀「この際だから、みんな名前で呼びなよ。ほら、アタシは?」

右京「…」

友紀「…」

右京「…姫川君ですねぇ」

友紀「あっ…こらー!」

第七話 終


275: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:20:59.22 ID:5WCzEdVRO

「ふー…自分でコーヒーを淹れるというのも新鮮で良いですね!最も?ボクなら卒無くこなせますが!」

「手洗い場の水汲もうとした方が言わんでくれますか?」

「がっ…!冷蔵庫にミネラルウォーターがあるってパッと言ってくれれば良かったでしょう!!」

いつのまにか置かれていたコーヒーポットを利用しているウチの新入り、幸子ちゃん。

「…これで、スイッチを押す、と!」

今までは、お母さんが何でもやっていたからか、それすらが新鮮でならないみたい。

「あれ?…色薄い…」

「粉入れなさ過ぎだよ…」

「だって、スプーン一杯で良いって…」

「それは右京さんが紅茶混ぜてる小さいやつ。普通のはそっち」

…最近、幸子ちゃんの家庭にちょっとした動きがあったみたい。

実家に戻ったお母さんが、働き出したというのだ。

「麻痺した金銭感覚を戻すとかなんとか…まあ、ボクはそれくらいで許す気はありませんがね!」

じゃあ、何でそれをアタシに嬉々として話すのかな。

そんな疑問が浮かんだけど、聞くのは野暮かなと思ってやめておいた。

「…今の生活は少し苦しいですが、これもいつか慣れていくでしょう!ああ…なんて順応の早いボク…」

この子は、今まで外食が多かったらしい。

…そんな彼女が、なんと自分の意思で寮に入ることを決めた。

料理は出来ると豪語してたけど、紗枝ちゃん曰く、どうやら食に関しては寮のおばちゃん頼りみたい。

それにフカフカのベッドなどではなく、固い畳の上に敷布団。

温室育ちだった幸子ちゃんにとってはかなり寝辛いはず。

それでも楽しそうにしているということは、よっぽど解放感があるんだろうなあ。

「…ええと、これは何処で洗うんですか?」

「それは、手洗い場どすえ。あっち。ほんでこれ、洗剤どす」

「あ…改めて思うとなんだか行きづらい…」

「慣れればどうということありまへん」

…あれから、塾は結局辞めたらしい。

寮から通うのは難しいし、全員の誤解が解けた訳ではないから。

それでも、もう変に辛い態度を取られる事は無かったようだ。


276: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:21:59.04 ID:5WCzEdVRO

幸子ちゃんのお母さんは、この子をとにかく一番にしたかった。

そう言っていたけど、本当は違った。

一番の幸子ちゃんの母親である自分が好きだったんだ。

だから、他の子達が大勢いる中にもわざと連れていって、自慢気に引き連れて歩いていたんだ。

「…」

異常だと、今でも思う。

そんなのはまるでペット扱いだから。

だからそのペットのわがままは許さなかった。

貰った名刺も即座に発見して、破り捨てた。

…名刺を失くしたって言ってたのは、そういうことだった。

「…よく、頑張ったね」

「む…な、何ですか…いきなりそんな…やめてください!恥ずかしくなりますから!」

…右京さんは、この子を心の弱い子だって言ってたけど、アタシは違うと思う。

弱い部分しか見ていないから、そう思っただけなのかもしれないけど。

こんなに色んな重圧に耐え抜いたこの子が、そんな弱い訳がない。

「…」

…だけど、どうなんだろう。

あの人を毛細血管の一本一本まで見抜くような人だ。

何かしらの意味を込めて言ったのかもしれない。

「…」

…だとしたら、この子は。

今でも、無理をしているのだろうか。

なら、この子が受けた心の傷は、いつか癒える日が来るのだろうか。


277: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:23:08.45 ID:5WCzEdVRO

「しかしボクの初仕事がもう決まっただなんて、流石ボクですね!」

「…宣材撮影は誰でもやるから…」

「どうせならカメラマンさんを悩殺するくらいの…」

上半身を必死に反らせて胸を強調している。

…アタシが言うのもなんだけど、正直…無い。

「どうですか?悩殺されましたか?」

「時間の無駄になりそやなぁ。そういう意味でならカメラマン殺し言うんちゃいます?」

「ムキー!ああ言えばこう言う!!」

…紗枝ちゃんとの相性は良いのか悪いのか。

こういう自然なやりとりを見ていると、答えは自然と分かる。

「ならこれはどうです?スカートをヒラヒラっと…」

「鳥の求愛ダンスどすか?」

「何でカメラマンに求愛してるんですか!!セクシーさですよ!セクシーさ!!」

「…あかんなぁ。セクシーのセの字も理解してまへん」

「…そんなに言うなら、見せて下さいよ」

「ふ…」

不敵な笑みを浮かべ、紗枝ちゃんが立ち上がる。

すると、突然着物を少しだけ緩め、スリットを作り出した。

艶やかな表情とともに、妖艶に足を少し出し…。

「…こんな感じ…どすか?」

「おー…」

思わず拍手が出た。

これはアタシにも出来ない。

…っていうか、そんなんやりたくない。

「ふ、ふふふ。それくらいボクにとってはお茶の子さいさいですよ!ほーらほら!」バッサバッサ

「あらあら、ここにオス鳥はおりまへんえ?」ケラケラ

「誰がメス鳥ですか!!そもそも求愛するのは雄の方でしょうが!」

…最年長のアタシが、一番置いてけぼりくらってる気がする…。


278: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:24:13.93 ID:5WCzEdVRO

幸子ちゃんがここにやってきた当初の理由。

早苗さんや右京さんの想像でしかないけど。

…誰でも良いから助けを求めていた、から。

今、この子にとってアタシ達は求められた側の責任は果たせているだろうか。

…むしろ、こんなことを考えている方が不謹慎なのか。

「…」

アタシには、分からない。

「…」

でも、今は、これでいいのかなって思う。

紆余曲折あったけど、来てくれたんだから。

今は、それでいいや。

それに、変に悩み過ぎるのもアタシらしくない。

…そんなことより。

「…」

【輿水幸子】
【小早川紗枝】
【姫川友紀】
[杉下右京]

…右京さん、どこ?


279: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:25:13.06 ID:5WCzEdVRO

紗枝「友紀はんが来た時もおらんかったんどすか?」

友紀「うん。いつもはあれ表にしてあるし」

幸子「寝坊ですか?」

友紀「あの人が…?」

紗枝「…考えられまへんなあ」

友紀「まず寝てるのかって話になるよ。右京さんの場合」

幸子「と言ってももう無理をするような年齢ではないと思いますが…」

友紀「…まあねぇ…」

紗枝「何処か行っとるんちゃいます?右京はんがそないミスをするとは思えまへんしなぁ…」

幸子「連絡は無いんですか?」

友紀「今のところ無いなぁ…」

『♪』

友紀「うわびっくりしたぁ!!」

『右京さん』

幸子「…噂をすれば…ですね」

紗枝「そないなことより早よ出なあきまへんえ」

友紀「あ、うん…」pi


280: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:26:21.45 ID:5WCzEdVRO

友紀「…もしもし?」

右京『おはようございます』

友紀「ん。おはよ!…いやそうじゃなくて!」

右京『君達は今、事務所内ですか?』

友紀「え?…う、うん…」

右京『それは良かった。今日の予定は、君は午後からレッスン、小早川君は学校に、幸子君は宣材撮影後、学校ですね?』

友紀「え?…あ、幸子ちゃん。学校は撮影終わってからだよね?」

幸子「はい!今からどんなポーズを取ろうか…」

友紀「撮影後学校だって」

右京『聞こえています』

友紀「・・・あ、そ・・・」

右京『今回、幸子君に付き添って頂きたいんですよ。君に』

友紀「え?右京さんは?」

右京『僕は今日中に終わらせなければならないことがあります。…ああ!僕の木札を表にしておいて下さい』

友紀「…はいはい」

右京『では、よろしくお願いします』

友紀「ん。…で?予定は?」

右京『それは後ほど』

友紀「え?ちょっ……あ、切られた…」ツーツー

幸子「何だか、猫みたいですね」

友紀「…あんな猫嫌だよ」

紗枝「猫…ウチも言われたことありますわぁ」

幸子「言われてそうですね。お腹突き抜けて背中まで真っ黒ですから」

紗枝「幸子はんはお尻が青いんとちゃいます?」

幸子「ムガー!!子供扱いしないで下さい!!」

紗枝「ウフフ」


281: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:27:20.90 ID:5WCzEdVRO

右京「…」

店員「お待たせしましたー。ミルクティーです」

右京「どうもありがとうございます」

店員「どうぞごゆっくり…あれ?」

今西「やあ杉下君」

右京「おはようございます」

今西「ああ、私はホットコーヒーを」

店員「…か、かしこまりましたー」

右京「…」

今西「いやー…聞いたよ。随分盛り上がっているようだね!」

右京「ええ。しかしそれは彼女達の頑張りがあるからこそです」

今西「ふむふむ。しかし君の力もあってこそ、だ!」

右京「…恐縮です」

今西「…それと、輿水君に関してはそれとなく聞いているよ。いやはや、君の行動力にはいつも驚かされる…」

右京「…」

今西「…と!君は無駄話はあまり好きではなかったね。…まあ、確かに社内では色々面倒だからねぇ」

右京「僕も、自分自身がどういう立場なのかは承知しています」

今西「…そうかね?」

右京「ええ」


282: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:28:17.75 ID:5WCzEdVRO

今西「…何せ君を快く思っていない連中もいる。変に聞かれて邪魔されるのは私も防ぎたいからね」

右京「…それで、会社から離れた喫茶店ですか」

今西「…その方が、君も話しやすいかと思ってね。迷惑だったかな?」

右京「いえ。お心遣い感謝致します」

店員「お待たせしましたー。ホットコーヒーですー」

今西「ああどうも。…それで?」

右京「ええ。是非とも今西部長のお知恵を借りたいと思いまして…」

今西「それは光栄だねぇ。…どんな相談かね?」

右京「まずは、これを見て下さい」

今西「む?…ほう…これは…」

右京「それをスタートするにあたって、まず初めに必要なものは…」

今西「ふむ…」


283: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:29:18.24 ID:5WCzEdVRO

「はーいこっちに目線頂戴!…うーん…ちょっと堅いかなぁ…」

「うぐ…」

アタシも、というか芸能人になるなら誰でも必ずやることがある。

それは、宣材写真の撮影。

この人はこんなですよ。
こういう感じの人ですよ。

ああ、じゃこうしましょうね、これに使いましょうね。

という流れを作る為の、第一歩となる仕事。

アタシや紗枝ちゃんはそこまで苦労はしなかったこの仕事だけど…幸子ちゃんには難しいのかな?

「…」

自分が出来ることを、人が出来ないとどうしても疑問になる。

でも、右京さんならきっとこう言うんだ。

『君のように撮られるのが苦でない方もいれば、そうでない方もいるということです』

自分を基準にするな。
人には人の基準がある。

そういう教え。

そしてもう一つ、右京さんはアタシにこうも言っていた。

『自分が人より知恵のある人間だと思わない事です』

…ならアタシの事バカにしないでほしいけど。

「…」

けど、この言葉の本心は、多分こうだ。

『上には上がいる』

だから、井の中の蛙ではいるな、と言いたいんだと思う。

その上は、知恵だったり、力だったり。

…ただの、地位だったり。

だから、変に敵を作ると危ない目に遭うということ。

…まるで自分を反面教師にしろと言わんばかりだよね。


284: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:30:02.61 ID:5WCzEdVRO

幸子「うー…思い通りに行こうとすると恥ずかしくなります」

友紀「世の男性をメロメロにするんでしょ?じゃあ頑張らないと!」

幸子「不特定多数の人に見られてる、見られると思うと…」

友紀「あー…」

幸子「友紀さんは、無かったんですか?」

友紀「いや、あったよそりゃ…」

幸子「どんな感じでした?」

友紀「初めて大きい仕事貰った時さ、数百人の前で司会やるんだけど…緊張して言葉忘れたり、体動かなくなったり…」

幸子「数百人…」

友紀「いや、そりゃ大物みたいにうん万人とまではいかないよ。でも慣れると…なんか悪くないなって思っちゃう」

幸子「…なるほど…」

友紀「だからさ、とにかくやってみたら良いよ。アタシもそうだったから」

幸子「…」

「すいませーん。そろそろ再開しますよー?」

友紀「あ、はい!…じゃ、幸子ちゃん、ほら早く早く!」

幸子「は、はい。分かりましたから…押さないで…」

友紀「そんなんじゃ紗枝ちゃんにバカにされたままだよ?」

幸子「う…それは嫌です…」

友紀「じゃ、頑張らなきゃだね!」

幸子「は、はい…」


285: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:30:59.39 ID:5WCzEdVRO

休憩が終わってまた撮影してるけど。

…まだぎこちない。

人見知りではないけど、恥ずかしがり屋なのかな。

「うーん…ちょっとまだぎこちないかなぁ…」

カメラマンの人もどうしようか悩んでいるみたいで、それを見た幸子ちゃんの顔も次第に曇り始める。

「…」

相手の顔色をうかがっているのか、彼女の体がどんどん小さく縮こまっているのがなんとなく分かる。

…こんな時右京さんだったら、何て言うんだろう?

何も言わず、静かに見守るのかな?

魔法の言葉でもかけるのかな?

…あの人には、無理そう。

「…」

カメラマンの人がスタッフと写し方を話し合っている。

撮らない訳にはいかないから、構図を変えてみようという話をしているみたい。

「…で…を…」
「…あー…それで…」

幸子ちゃん、ちょっと出だし躓いちゃったかな、なんて思ってるその時。

「すいませーん!!」

「!」

…突然、知らない女の人の声がスタジオに響いた。


286: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:31:58.18 ID:5WCzEdVRO

「ハァッ…ハァッ…す、すいません!お待たせしてしまいましたぁ…」

「あ、君…」

誰だろ…?

…っていうか、何だか奇抜な服装だなぁ。

今風って訳でもないし…でも大人っぽい訳でもないし…。

「アルバイトで少しトラブルが起きてしまいまして…」

「あ、そういうことじゃなくて…」

「ま、まさか!…く、クビですか…?」

「あ、いやだからね?………君、入り時間違うよ?」

「えっ?」

「あと2時間後だね。まあ…間違えたのは最初だから良しとして…」

「あ、そ、そうだったんですか…」

「…うーん…どうする?」

「そうっすねぇ…あ、幸子ちゃん!」

「はいっ!?」

「ちょっと他の人の参考にしてみよっか!見てみたら案外分かるかもしれないからさ!」

「は、はい…」

「というわけでさ、順番変わっちゃうけど良い?」

「あ、はい!大丈夫です!」

スタッフとカメラマンが入り時間よりも遥かに早く来てしまったこの人を、幸子ちゃんと入れ替えてみることにしたらしい。

学校に行く時間はまだ先っぽくなったけど…。

「それじゃあ…化粧して…服着て…」

「あ!お化粧は大丈夫です!衣装は…」

「大丈夫?…まあ、そっちが良いなら…」

その人は化粧は自分でやる派なのか、それとも幸子ちゃんに気を遣ったのか。

衣装に手を伸ばし、そして一切の迷いなく、それを選んだ。

「…メイド服?」

「はいっ!これはアルバイトでも着てますから!」

…メイド喫茶の人だったんだ…。


287: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:32:57.40 ID:5WCzEdVRO

「…じゃー撮影するよー!…緊張してない?」

「ちょっぴりしてますけど…大丈夫です!」

幸子「…」

友紀「…」

「そう!じゃあ安心だ!幸子ちゃん!こういう感じだよ!だからリラックスリラックス!」

幸子「は、はい!」

友紀「…」

「はい!じゃあ自分で良いなと思ったポーズを取って!」

「はいっ!」

「じゃー名前言っちゃおう!大きな声で!」

友紀「…」

幸子「…」

菜々「安部菜々!ウサミン星からやってきたウサミン星人です!地球ではJKやってます!キャハッ♪」
abnn45

「・・・」

友紀「・・・」

幸子「・・・」

菜々「・・・」

「…よーし!!良い笑顔貰ったよー!!」パシャッ

菜々「はいっ!これからウサミン星人の侵略が始まりますよー!!」

幸子「…」

友紀「…幸子ちゃん」

幸子「はい?」

友紀「…参考になる?」

幸子「…なりませんけど、あのハートは見習います」

友紀「…あはは…」


288: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:34:09.41 ID:5WCzEdVRO

「いやー…かなり早く終わっちゃったね!いやさっきのはびっくりしたよー…」

「ナナは本物の宇宙人なんですよ!」

「あ、そ、そうなの?」

「はいっ!」

安部菜々ちゃん。

17歳の女子高校生で、メイド喫茶でアルバイトをしながら生計を立ててるらしい。

「次は…えっと…」

「輿水幸子です」

「幸子さんですね!頑張って下さい!ウサミーン!パワー!注・入!!ビビビビーン!」

「やめてください!伝わりましたから!色々と!」

「元気は出ましたか?」

「出ました!出ましたから!」

「良かったです!キャハッ♪」

…何だろう。

この子、色々ぶっ飛んでる人なのかな…?

「…あ!貴方は姫川友紀さんですね!」

「え?知ってるの?」

「はいっ!ナナはアイドルの方なら結構知ってるんですよ?」

菜々ちゃんは、アタシの方に向くと、すぐにアタシの名前を言い当ててみせた。

…アタシも、有名になれたってことなんだなぁ。

「嬉しいなぁ…これからよろしくね!菜々ちゃん!」

「はいっ!」

…確かに、この子に応援されたら元気出るかも。

「じゃあ、幸子ちゃん。…オッケー?」

「…はい!オッケーです!」

幸子ちゃんの緊張も解れたみたいで、カメラマンもスタッフもみんな安堵の色を浮かべている。

「じゃあ、幸子ちゃん!張り切ってこうね!」

「はい!」

…うん。

…良いスタートがきれたかな。

「じゃあポーズ取ってー!」

「はい…」スッ

「?…お、セクシー路線かー…良いよ良いよー!挑発的な表情いってみよー!」

「はい!…これで…?」

「……オッケー!はい撮れたー!」

アタシはプロデューサーではないけど。

…今なら気持ちが分かる気がするよ、右京さん。

「おーし。良いの撮れたじゃない!」

「はい!」

…身内が成功すると、こんなにも嬉しいものなんだね。


289: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:35:44.60 ID:5WCzEdVRO

右京「そうでしたか。幸子君の初仕事は大成功でしたか」

友紀「うん。…よ…いしょっ…」グググ…

トレーナー「はい息吸ってー…」

友紀「すうううう…」

トレーナー「はい3秒止めて、吐く」

友紀「んっ・・・ふうううう…」

右京「君も、随分成長しましたねぇ。少なくとも後輩の面倒を見るくらいには」

友紀「大袈裟だよ。それに菜々ちゃんって子の手助けが無かったら…」

右京「遅かれ早かれ、君なら手本を見せるということに気がつくでしょう」

友紀「まあ…よ…いしょっ………ね」

右京「…今回、僕は今西部長に企画を提案してきました」

友紀「すうううう……んむ?」

右京「ああそのままレッスンを続けて下さい。僕は勝手に話していますから…」

友紀「ふうううう……で、どうしたの?」

右京「…3人が3人ともバラバラというのも、どうかと思いましてねぇ」

友紀「…まあ、アタシも紗枝ちゃんもセットで呼ばれること多かったしねぇ」

右京「ええ。ですからこの際、君達にユニットを組んでもらおうかと思いまして…」

友紀「…え!ユニット!?」

トレーナー「あら…おめでとうございます!」

友紀「あ、ありがとうございます…。でもそんな、こんな所で話さなくても…いや嬉しいけどさ」

右京「小早川君も幸子君も学校。校内で電話をいじるのはよろしくありませんから」

友紀「…アタシはここにいるもんねぇ…」

右京「それもありますが、まず君に話しておきたかったものですから」

友紀「…そっか。なんか…ありがと」


290: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:37:06.30 ID:5WCzEdVRO

右京「…思えば君がここに来て、随分経ちます」

友紀「…そだね。もう半年くらい?」

右京「5カ月と、21日です」

友紀「細かいなぁ…」

右京「…僕の…」

友紀「悪い癖、でしょ?」

右京「それはともかく、このプロジェクトの中では、君が一番の先輩ですから」

友紀「…でも、ユニットかぁ…」

右京「ええ。まだまだ先の話ですが…」

友紀「そう、だね…。名前とか、リーダーとか決めなきゃだし」

右京「ええ。ですがそれらは君達にお任せします」

友紀「そう?」

右京「君達が決めたことなら、君達も納得するでしょうから」

友紀「…そっか」

右京「ええ。今のところはまだ企画段階ですが、何か質問はありますか?」

友紀「え?…うーん…じゃあ、さ」

右京「何でしょうか?」

友紀「リーダーは、誰が良いの?」

右京「…君達で…」

友紀「そうじゃなくってさ、右京さんは、誰が良いの?」

右京「…」

友紀「ほら、右京さんの意見もないと…」

右京「…そうですねぇ…」

友紀「やっぱり紗枝ちゃんかな?落ち着いてるし…」

右京「…色々と考えました」

友紀「…例えば?」

右京「小早川君は落ち着きのある方。幸子君は空間認識能力が高い…君は年長者で、2人の面倒を見ている…」

友紀「見てるって、そこまでは…」

右京「僕としては君にお任せしたいところですが、まあ…そこは話し合って頂ければ幸いです」

友紀「…ん…」

右京「それでは僕は部屋に戻っています」

友紀「ん。また後でね」


291: ◆GWARj2QOL2 2016/04/04(月) 00:39:10.57 ID:5WCzEdVRO

…。

「はい。脚の柔軟いきますよ」

「はい…んしょ…」

さっき、何気無く聞いた質問。

誰がリーダーなら良いか。

「身体、柔らかいですねぇ…」

「チアガールやったこともありますから…」

右京さんは少し考えた後、何の気なしにアタシを推した。

…自分は頼りにされてないんじゃないかって思ってたけど。

…全然、違うじゃん。

「…嬉しそうですね。さっきのお話ですか?杉下さんとの」

「え?あ、いや…」

…また顔に出てる。
…気をつけなきゃ。

「でも尚更頑張らないといけませんね!」

「あ、はい!」

ま。まだ企画段階だし、リーダーが誰なんて話し合わなきゃ決まらないけどさ。

「…よいしょっ…」

…でも、まだ、気がついてなかった。

こんな何気無い日々がずっと続いていくと信じていたアタシ達。

もう、すでにこの時からその時計は針を進め、その時は刻一刻と迫っていた。

それが、どんな時間か?

…それは、アタシ達にとって、とても悲しくて、辛かったこと。

…右京さんとの、別れの時間。


第八話 終


297: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:52:47.10 ID:4FyaoBukO

アタシが右京さんと関わって、色んなことがあった。

新しい仲間も増えたし、頼れる先輩も出来た。

狭いけれど、居心地の良い第二の家が出来た。

その中では、本当に色んなことがあった。

そして、イレギュラーな事も、当然あった。

…それが起きたのは、突然。

それは、遅かれ早かれ起きたのかもしれない、小さな事件のようなもの。

…いきなりの事に混乱したけど。


298: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:53:41.49 ID:4FyaoBukO

右京「…」

友紀「…」

紗枝「…」

幸子「…」

紗枝「…友紀はん」

友紀「何?」

紗枝「何?やあらしまへんがな。どういうこどすか?」

友紀「…いや、アタシに聞かれても…」

幸子「友紀さんが知らないなら、ボクも知りませんよ」

紗枝「…やっぱり、無理し過ぎたんちゃいます?」

友紀「それはなんとなく分かるけどさ…あれ、そういう感じ?」

幸子「疲れてる…ようにも見えますが…」

紗枝「言うてもアイドルとそう変わらん体力の持ち主どすえ?」

友紀「…」

幸子「…」

紗枝「…ほんま、どないしたんどすか?」

右京「…」ボー…


299: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:54:41.57 ID:4FyaoBukO

朝。

右京さんが紅茶を淹れながらアタシ達を待っている。

今日も同じようにアタシが二番目で、いつもと変わらない挨拶をした。

「おはよー!」

「おはようございます」

「…あれ?右京さん…」

「どうかされましたか?」

「木札、変えてないよ。ほら」カタン

「…おや。そうでしたか…」

…。

「それと、紅茶は?」

「…ああ!そういえば…」

…。

「…どうしたの?」

「…はいぃ?」

「…」

…おかしい。

何がおかしいかって聞かれると、具体的には答えられないけど、めちゃくちゃおかしい。

まず、返事がワンテンポ遅い。

そして、変えていない札。

淹れてない紅茶。

ただのミスだろう。

そう思うかもしれないけど、この人に限ってそれはない。

…でも、それ以上に…。

「…」

「…」

…あの右京さんが、ボーッとしてる…?


300: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:55:39.26 ID:4FyaoBukO

紗枝「まさか、どこか頭を打って…」

友紀「それも無いよ」

紗枝「そんなん、分からへんやないどすか」

友紀「見てなくても足元の段差とか避けるくらいだよ?」

幸子「…ま、こんな日もあるんじゃないですか?右京さんだって人間ですし…」

紗枝「そんなん嫌やわぁ。幸子はん、いつもみたいにじゃれてきてくれまへんか?」

幸子「貴方にとってボクって何なんですか…それに何だか話しかけづらいですよ…」

友紀「うん。何か…ね」

右京「…」ボー…

紗枝「あんな右京はん、右京はんやありまへん!」

友紀「分かった。分かったからそんな…」

右京「…」

友紀「右京さん!」

右京「…どうかされましたか?」

友紀「ほら、今日のアタシ達の予定、覚えてる?」

右京「?…そうですねぇ…」パラパラ

紗枝「手帳見てますやん!いつもやったらコンマ1秒とかからず詳細に答えるようなお人が!」グイグイ

幸子「あうあう…それとボクを揺さぶるのに何の関係があるんですか!」グワングワン

友紀「…大丈夫?体調悪くない?」

右京「…体調は、すこぶる快調ですがねぇ…」

友紀「…えええ?」


301: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:56:38.31 ID:4FyaoBukO

やっぱり、おかしい。

アタシの知ってる右京さんではない。

こんな隙だらけで、何も考えていないおじさんではない。

「…」

ただただ、心配になる。

もしかしたら、季節の変わり目のせいでこうなったのか。

はたまた、早めの夏バテなのか。

…考えたくないけど、ボケちゃったのか。

「…!」

違う違う。

右京さんはそんなヤワじゃない。

…最も、それはそうであって欲しいと思うアタシの願望なだけなんだけど。

「…」

無表情で車を運転する右京さんを見ていると、不安要素しか感じられない。

「…事故、起こしませんよね?」

「…多分、大丈夫だと思う…」

幸子ちゃんがそう思うのも、無理はない。

昨日今日で、これだけの落差があるといくらなんでも混乱する。

アタシを華麗に助けた事。

紗枝ちゃんを華麗に躱した事。

幸子ちゃんの母親に啖呵を切った事。

そのイメージが、途端に崩れ去るような感覚に陥る。

「…右京さん、今日…アタシ達タクシーで帰るから…」

「…いえ、体調はすこぶる…」

「だってほら…ねえ?」

「そうどすえ。いつもやったら、何でもぱっぱとしてくれますやん…」

「…そうですか…」

「…あああ…」

相変わらずの受け答えに紗枝ちゃんが頭を抱える。

…ホント、どうしちゃったんだろ、右京さん…。


302: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:57:54.95 ID:4FyaoBukO

「えーとですね…ここでお菓子持って…3人でダンスを…」

幸子「あの、並び方は…」

「うーん…そうだなぁ…346さん、どうします?」

右京「…そうですねぇ…」

「こういう時は、背の低い子が真ん中に来て…」

右京「…そうですねぇ…」

「で、そこを左に紗枝さん、右に友紀さん。こんな感じでいいですかね?」

右京「…ええ。良いと思いますよ」

「良し!じゃあそれでいきましょう!」

幸子「…」

紗枝「…」

友紀「…」

「まず先に送っておいたビデオの振り付けをですね…」

友紀「あ、はい!」

「最後ターンを決めて、カメラに寄って一言!…ってな具合ですから!頑張っていきましょう!」

幸子「は、はい…」

右京「…」ボー…

紗枝「…うう…」

「あ、あれ?紗枝さんどうしました…?」

友紀「あ、な、何でもありませんから!大丈夫ですから!」

「は、はあ…それじゃ撮影いきますよー!」

幸子「ほら立って下さいって…!紗枝さんまでそんなになってどうするんですか!」

紗枝「…せやかて幸子はん…」

「はい撮影まで5…4…3…2…」

右京「…」ボー…

友紀「(…これ、相当ヤバいんじゃ…)」


303: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:58:54.65 ID:4FyaoBukO

瑞樹『あら…そんなことが?』

友紀「そうなんです…どうにもこうにも…アタシ達じゃ…」

瑞樹『…そうねぇ。そんなこと言われても、前例が無い事だし…』

友紀「瑞樹さんも、分かりませんか?」

瑞樹『そうねぇ…私達も、直接彼の下にいたわけじゃないから…』

友紀「そうですか…」

瑞樹『そもそもプライベートなんて一切話さない人でしょ?原因なんて何も分からないわ』

友紀「うーん…でもこのままだと、紗枝ちゃんが…」

紗枝「…」

瑞樹『あらあら……なら、そうね…』

友紀「あるんですか!?解決策!」

瑞樹『大声出さないでよ…』

友紀「あ…すいません…」

瑞樹『まあ、解決策になるかどうかは分からないけれど…総務課に行ってみなさい』

友紀「総務?」

瑞樹『ええ。そこに行けば米沢って人がいるから』

友紀「米沢さん…」

瑞樹『ええ。眼鏡を掛けてて、ちょっとおかっぱのふっくらした男の人よ』

友紀「…うーん…」

瑞樹『まあ、行けば一瞬で分かるから。とりあえず帰ったら行ってみなさい』

友紀「あ、はい!ありがとうございます!」

瑞樹『彼、杉下係長とは346でも一番親しいから。だから何か教えてくれるんじゃないかしら?』

友紀「米沢さん……はい!ありがとうございました!」


304: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 22:59:44.97 ID:4FyaoBukO

結局この問題の解決策が見つからないまま、仕事を終えた。

スタッフの提案にも生返事だったし、帰りの車でも何だかボーッとしてた。

…右京さんを何とかしないと紗枝ちゃんのモチベーションに関わるみたいだし…。

「…」

…アタシも幸子ちゃんも、なんだか嫌だし…。

とにかく、米沢って人に会ってみようかな。

そしたら、解決はしないまでも、右京さんがこうなった原因が分かるかもしれないし。

…っていうか、これ完全にロボット扱いだよね。

とりあえず、戻ったら紗枝ちゃんと幸子ちゃんを連れていこう。

「…」

…でも、瑞樹さんは見たらすぐ分かるって言ってたけど…。

そんな分かりやすい特徴かなあ?

おかっぱに近い髪型で、眼鏡の…太ってる人。

「…うーん…」

…。


305: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:00:34.89 ID:4FyaoBukO

友紀「…」

紗枝「…」

幸子「…」

米沢「…」カタカタ

友紀「…あの人、だよね?どう見ても」

幸子「…そうですね」

紗枝「確かに、どこか目立ちそうな風貌どすなあ…」

幸子「何というか…何処か近寄り難いと言いますか…」

紗枝「何やろか…いわゆる…オタ…」

幸子「シッ」

友紀「(…確かに、右京さんと仲が良いっていわれるくらいだもんなあ…)」


306: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:03:06.08 ID:4FyaoBukO

友紀「…あ、あのー…」

米沢「…」

友紀「あのー…」

米沢「?私ですかな?」

友紀「あ、はい…」

米沢「…?おや、あなた方は…」

幸子「右京さんのプロジェクトの…」

米沢「ええ。存じていますが…杉下係長は?」

友紀「あ…えーと…」

紗枝「右京はんについて聞きたいこと、あるんどすわぁ」

米沢「はて…私にですか?」

幸子「は、はい」

米沢「ふむ…でしたら」ガタッ

幸子「ひうっ!?」

米沢「…?」

友紀「あ!ご、ごめんなさい!ちょっとこの子人見知りなところあるんですよ!」

米沢「ああ。そうでしたか。…まあここではなんですから、外のカフェにでも行くとしますかな」

紗枝「え?」

幸子「そ、そんな事までしなくても…」

米沢「ああ、いえいえ…」ズイッ

友紀「うえっ!?」

米沢「…杉下係長の話は、ここでは難しいものですからな…」ボソ

友紀「あ…」

幸子「そういう…ことですか…」

米沢「では行きますかな。かくいう私もまだ休憩をとっていなかったものですからな…」

幸子「あ…はい」

紗枝「…」

友紀「…」

幸子「…右京さんと仲が良い理由、なんとなく分かります…」

紗枝「…ウチもどすわ…」

友紀「…」


307: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:04:01.21 ID:4FyaoBukO

それからアタシ達は米沢さんに連れられ、346プロダクション内にあるカフェで少しの休憩をとることにした。

…確かに、見てすぐに分かるような人だったなぁ。

「すみません。私はクリームソーダを一つ」

「あ、はい!」

席に座ると同時に店員さんに注文をする。

突然の注文に店員さんも慌ててこっちに飛んでくる。

…。

「あれ?菜々ちゃん?」

「どうもー…ナナです」

見覚えのある顔が、そこにあった。

…でも、菜々ちゃんが働いてるのって…。

「菜々さん、ここで働いてるんですか?メイド喫茶は…」

「こっちの方が近くて便利なんです。お別れは寂しかったんですが…ううっ」

「あ、あはは…」

そうは言いながらも、今の彼女の格好はメイド喫茶と比べても大差ない。

店長さんや、他の従業員さんを見ると普通の格好、ということから恐らくここはエプロン以外は自由ということなのだろう。

そこでメイド服というのは、彼女の譲れない部分というものなのかどうなのか…。

「ウチ、メイドはんなんて初めて見ましたわぁ」

「あ、ち、違いますよ!これは仮の姿!ナナの本当の正体は…」

「ウチ緑茶くださいな」

「アタシアイスコーヒー!」

「ではボクはミルクティーを」

「無視ッ!!?」


308: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:05:05.31 ID:4FyaoBukO

米沢「はあ…杉下係長が…」

紗枝「そうなんどす。何しても何言うても…ただのおじさまのように…」

米沢「お、おじさま…」

友紀「米沢さんは、何か知らないの?」

米沢「そうですなあ…」

幸子「…」

米沢「…私も、杉下係長の全てを知っているわけではありません」

友紀「…そう、だよね…」

米沢「…が」

友紀「!」

紗枝「何か、知っとるんどすか?」

米沢「いやいや、これは私の都合なんですがな。…大分前に、彼が足繁く通っていた小料理屋が無くなってしまいましてな…」

友紀「…?」

米沢「杉下係長としても、習慣にしているものの一つが無くなったわけですからな…」

紗枝「そない危ない薬みたいな…」

米沢「いやいや、バカにできんものですぞ。彼としてはあの店は酒を飲みにいくよりも、女将さんに会いにいくということの方が正しいかもしれませんからな…」

友紀「えっ」

紗枝「えっ」

幸子「…ほほう」

米沢「まあ、そういう…」

友紀「ど、どういうこと?あの人にそんな人が…?」

米沢「おや、聞いておりませんでしたかな?」

紗枝「聞くも何も、そない習慣があったなんて…」

米沢「ここだけの話、そこの女将さんは、杉下係長の元配偶者だったとかなんとか…」

友紀「はっ!?」

幸子「え!?」

紗枝「なっ…」


309: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:06:12.40 ID:4FyaoBukO

友紀「ちょっ…ちょ!!知らないって!何それ!?」ブンブン

米沢「ぐぐぐ…わ、私も聞いただけのお話ですからな…」グワングワン

紗枝「お付き合いどころか、結婚から離婚まで…」

幸子「…待って下さい。とどのつまり…」

友紀「…」

幸子「……会えなくて寂しいと?」

友紀「う…」

米沢「ううむ…そういう方ではないと思いますがな…まあ、習慣の一つが無くなったということ…」

紗枝「…」

米沢「そして、その影響が大きいこと。…それくらい…ですかな」

友紀「…」

紗枝「…」

幸子「…と、いうことは…」

友紀「…うん」

米沢「?」

紗枝「まあ、良え機会と思て…」

友紀「…」ガタッ

紗枝「…」ガタッ

幸子「…」ガタッ

米沢「おや、解決には至ったのですかな?」

友紀「うん。ありがと!米沢さん!」

紗枝「ほんま、おおきに…」

幸子「ありがとうございました!」

米沢「ああ、いやいや…」

友紀「じゃーねー!また何かあったら相談するからね!」

米沢「あ、はあ…」

紗枝「ほなウチらはこれで…」

米沢「え?」

幸子「お疲れ様でした」

米沢「あ…」




米沢「…1700円。高い昼休憩でしたな…」


310: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:07:17.51 ID:4FyaoBukO

右京「…」


右京「…」


友紀「右京さん!」バタン

右京「…どうかされましたか?」

友紀「ほら、早く着替えて!行くよ!」

右京「?…おや、今日はもう終了のはずでは…」パラパラ

紗枝「ほらほらはよ準備して…」グイグイ

右京「?」

幸子「行きますよ…!」グイグイ

右京「…はいぃ?」

友紀「いいから!!」

右京「…」

紗枝「何にしても今日は、色々話してもらいますえ」

幸子「ボクのプライベートにはズカズカ入り込んで、自分は秘密主義なんて許しませんよ!」

右京「おやおや…」

友紀「そもそも、結婚してたって何!?」

右京「…おや、どなたから?」

友紀「あー!!嘘じゃなかったー!!」

右京「…君、僕をどういう風に見ていたんですかねぇ」

幸子「それもこれも含めて、全部話してもらいますからね!」

右京「僕のプライベートなど、何の面白みもありませんがねぇ…」

友紀「はいはい早く歩いて」

右京「…ちなみに、僕はこれから何処へ連れていかれるんですかねぇ?」

紗枝「何処でもええやないどすか。お酒が飲めて、人と話せるなら…」

右京「…」

友紀「あ、勿論二人はジュースだからね」

幸子「分かってますよ!!」

右京「…」

紗枝「ふふ。水臭い事せんと、早う言っとくれば良かったのに…」

右京「…僕は今日、車なんですがねぇ…」

友紀「あ」

幸子「あ」

紗枝「あ」


311: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:08:24.42 ID:4FyaoBukO

…。

「…っていうさ」

「そんな事も、ありましたかねぇ」

右京さんはどうでもいいと言わんばかりに日本酒をチビチビしていた。

大酒飲みというわけではないのか、飲み方はいつもどこか遠慮がちだ。

「…でも右京さんって、こういうの好きなんだね」

「ええ。静かで、人も少ない方が、僕好みというものです」

「じゃあさ、良いとこ見つけたアタシに感謝だねー…」

「ええ。高垣さんには本当に感謝ですねぇ」

「う…き、聞いたのはア・タ・シ!!」

「ンフフ…」

あれから右京さんをあれやこれやと連れ回し、彼自身も嫌と言わず着いてきたは良いけれど。

…結局右京さん好みの店を見つけたのは、高垣楓さんという先輩アイドルだった。

何処か暗く、近寄り難かったけど、意外とすんなり穴場を教えてくれた。

…何だかあの巨大プロデューサーさんにべったりだったけど。

「でもさ、一時はどうなるかと思ったんだよ」

「そうでしたか」

「だって、いつもみたいに重箱の隅をつつくような感じじゃないんだもん」

「…君には、幸子君を見習ってほしいものですねぇ」

「じゃー…アタシのこと名前で呼んだら…」

「…」

「…」

…。

「…ね。右京さん」

「何でしょうか」

「…今でも、その…奥さん…のこと…」

「…」

「…」

「彼女の人生は、彼女の人生です。僕にとやかく言うようなことは…」

「はぐらかさないで」

「…」

「ちゃんと言って」

「…誰とも繋がっていない人間など、この世にはいません」

「…」

「たとえ離れていても、必ず繋がっています」

「…」

「…それが僕の答えです」


312: ◆GWARj2QOL2 2016/04/08(金) 23:10:59.17 ID:4FyaoBukO

…離れていても、どこかで繋がっている。

そしてそれは、誰しもが持っている。

みんな何処かで、誰かと繋がっている。

…。

『…絆…っていうの?』

『君らしく言うならば、そうなります』

…絆。

右京さんと、別れた奥さんの、絆。

右京さんと、アタシの絆。

アタシと、紗枝ちゃん、幸子ちゃんの絆。

…離れていても、か。

…そうだね。

…。

右京さん。

だから、そんな事言ったの?

自分にこれから訪れる事を、知っていたから、そんな事を言ったの?

…。

右京さんが消える、1ヶ月前の出来事だった。

第九話 終


322: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:29:04.88 ID:EA7aNRyuO

ここで過ごして、はや半年、以上。

それなりの知名度は出てきて、仲間も増えた。

「…」

『…やはり今の状況は厳しいですか?』

『そうですねぇ…週5でバイト入れて…ギリギリです』

休憩中に観ていたとある地下アイドルに焦点を当てたドキュメンタリー番組。

『でもいつか私もテレビとかに出て…』

…正直、このご時世でこういう仕事で食べていけるって、凄いことなんだろうなって、つくづく思う。

そして、いつ終わるか分からないこの状態をいつも心に置いておかなければならないプレッシャーも、次第に感じるようになってきた。

…確かに、親がやらせたくない仕事というのも納得。

「…お気楽だけじゃ、やっていけない世界なんだね。こういうのって」

「君からそのような言葉が聞けるとは思いませんでしたよ」

「・・・」

いつものようにパソコンと書類に目を向ける右京さんは、軽口なのか本気なのか分からないけど、そう答えた。

…もう慣れたよ。


323: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:29:57.82 ID:EA7aNRyuO

「おはようございます!」

「どうも、おはようございます」

「おはよー!」

「おはようございます」

幸子ちゃんと紗枝ちゃんが学校から直でやってきた。

学生アイドルということもあり、制服のまま来るのは珍しくない。

「でも二人とも寮でしょ?近いんだし着替えてくれば良かったのに…」

「着物は時間がかかるんどすえ」

「着物着なきゃ良いのに…」

「う…正論を吐かれたわぁ…」

…本当は普通の私服持ってるくせに…。

「今はワンタッチ式の物もあるみたいですよ。ほら」

「ほー…」

幸子ちゃんが最新式の携帯の画面を見せる。

そこにはマジックテープでくっつく着物の画像が表示されていた。

…というより、お父さんにかなり甘やかされてるな、なんて思うのは野暮…かな。

「…あかん」

「え?」

「あかん!こんなちゃちいモン、着物とは認められまへん!」

…あ、変なスイッチ入ったみたい。


324: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:30:50.05 ID:EA7aNRyuO

友紀「そういえばさ。右京さん」

右京「何でしょうか」

友紀「今日でアタシと右京さんが会って、何日か知ってる?」

右京「半年と、3日ですかねぇ…」

友紀「…まあ、半年。半年だよ」

紗枝「あら、そない経つんどすか…つまり、ウチは3、4カ月…」

幸子「ボクは2カ月ですかね」

紗枝「…密度の濃い半年どすなぁ…」

友紀「…色々、あったよねぇ…」

右京「そう思えるのは、君達が努力してきたという何よりの証拠です」

幸子「…」

紗枝「…」

友紀「…」

右京「…」

紗枝「…そう…どすなぁ…」

幸子「そう…ですね…」

友紀「…えへへ…」


325: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:32:03.96 ID:EA7aNRyuO

幸子「…ところで」

友紀「?」

幸子「決まったんですよね?」

右京「何がでしょうか」

幸子「何がでしょうかじゃないですよ!ボク達のユニット!企画書出したんですよね?」

右京「ええ」

紗枝「そういえばもうかれこれ2週間は経ちますなぁ。お返事は来てまへんの?」

右京「そのようですねぇ…」

幸子「そのようですねぇって…」

友紀「今西部長に渡したんでしょ?」

右京「ええ。確かに」

紗枝「ほな今西部長で止まっとる…ちゅうことどすか?」

友紀「んー…あの人は確かにアバウトだけど…そんな鈍臭いことするかなぁ」

右京「…」

幸子「…」

友紀「どうかした?」

幸子「…いえ」

紗枝「…」

幸子「…」

紗枝「言いなはれ」

右京「…」

紗枝「そない煮え切らん態度、かえって不安を煽るだけどすえ」

幸子「…」

友紀「…」

幸子「…考えたくはないですけど…その…今西部長以外の役員の人達って…」

紗枝「…」

幸子「…ボク達のこと…」

友紀「…あ…」

右京「…」

友紀「だ、だとしたら…アタシ達…」

紗枝「…」

右京「…もう少し、待つとしましょう」

幸子「…」

友紀「…」


326: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:34:50.00 ID:EA7aNRyuO

今西「…」

「…」

今西「…これは、どういう事でしょうか?」

「言ったはずですよ。杉下右京のこれ以上の勝手は見逃せない」

今西「結果は出している筈では?売り上げだけなら他のプロジェクトに比べても遜色ないと…」

「…それで?」

今西「彼の功績は、評価しない…と?」

「評価される人間じゃない。言い直して欲しいですね」

今西「…そこまで、彼は邪魔でしょうか?」

「邪魔…そうだねぇ。上司に従わない者がいつまでも出しゃばるのはどうかと思いますけどね」

今西「…最近は大人しくしているじゃありませんか」

「油断ならないね。あいつはその気になれば尻尾に噛み付くどころか根こそぎ飲み込んじゃう奴だから」

今西「…」

「…とはいえ、確かに結果を出しているといえば、否定出来ないよね」

今西「…ならば」

「うん。ユニットを組んで活動するのも良いんじゃないかなあ」

今西「…」

「…」

今西「…その条件が、これですか?」

「何かおかしいかな?これは社長からの直々の通達ですよ?」

今西「…」

「そんな目で見ないでくれよ。僕はただ社長からこれを渡してくれと言われただけなんだよ」

今西「…彼から、何もかも奪うつもりですか…?」

「奪うだなんて。担当が変わるだけじゃない」

今西「それを奪うと言うんじゃないんですか?」

「人聞きの悪い。これは栄転だよ?杉下も喜んでくれると思うけどね」

今西「…」

「…君だって、踏み込まれたら困る人間の一人じゃない」

今西「…」

「だから、当然の措置。こういうのは早いのに越したことはないんだから」

今西「…」

「ま、そういうことだから…」

今西「…」クシャ


327: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:35:58.14 ID:EA7aNRyuO

自分達が無事ユニットを組めるのかどうか。

そういった問題はとりあえず置いておくことにした。

「…せやけどユニットを組むんであれば…当然、決めんとあかんもんがあるんとちゃいます?」

「?」

紗枝ちゃんが右京さんの淹れた紅茶を啜りながら静かに呟く。

…決めなきゃいけないこと?

「ふむ…確かにそうですね」

アタシにはまだ分からないけど、幸子ちゃんには分かったみたい。

そしてその答えを聞こうとする前に、右京さんが口を開いた。

「ユニットの名前、それとそれを纏めるリーダー…でしょうかねぇ」

言い終わると同時にカップを皿に音も立てずに置いた。

…確かに、そうだよなあ。

それに、それはこの間少し右京さんに聞いてみたし…。

「ユニットの名前は一先ず置いといて…まずリーダーを決めんとあきまへんなあ」

右京さんの真似事なのか、カップを皿にカチンと置き、そしてチラチラと彼に目配せをする。

自分らで話し合うよりは、第三者、自分達を一番近くで見てきた右京さんに決めて欲しいんだろう。

…ただ、別の意味も含めてそうだけど。

「当然、ボクに決まってますよね!ボクはカワイイから!!」

「確かにカワイイどすなぁ。こないちっこくて」

「ちっこくないです!」

「…」

…カワイイが基準とは思わないけど。

でも、幸子ちゃんがリーダーというのも一理ある気がする。

洞察力に優れて、何より頭も良い。

ただ年長者だからアタシというのは安直過ぎるだろうし、紗枝ちゃんがリーダーというのも何だか偏った方向に行きそうだし…。

「右京はん、右京はんはどなたが良えと思いますか?」

「…僕が決めるというよりも、第三者に決められたものには少なからず不平不満が出るものです。ですから君達で決めることの方が後腐れなく、そして一番良い方法でしょうねぇ」

「そんな…右京はんが決めたんやったらウチは…」

「貴方が良くても、ボクは良くないんですよ」

「そういうことです。君達で決めて下されば、僕も幾分か楽になりますから」

…右京さんらしいや。


328: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:37:05.63 ID:EA7aNRyuO

紗枝「…ほな、友紀はんはどうなんどすか?」

友紀「え?」

幸子「そうですよ。何も言わないのはダメですよ」

友紀「…えー…」

紗枝「誰がなっても、メリットデメリットはあると思いますえ?」

友紀「…んー…」

幸子「これはですね、やはり何かで競うべきですよ」

友紀「…競う?」

幸子「そう!学力とか…」

紗枝「ほな保健体育でもやりまひょか。ほれ、これなーんや?」

幸子「ひ…卑怯ですよ!」

友紀「…あ!」

紗枝「?」

幸子「?」

右京「…」

友紀「あれは?あみだくじ!」

紗枝「…」

幸子「…」

右京「…」

友紀「…」

紗枝「…ない、どすなぁ」

幸子「…ない、ですねぇ」

友紀「…えええ…?」


329: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:37:58.95 ID:EA7aNRyuO

…結局、そんなすぐに決まるものでもなくて。

この問題はとりあえず全て一時保留として、次の仕事に向かうことになった。

…でも、ユニットかぁ。

「…」

偶然、右京さんの目に止まったアタシと。

偶然、目をつけた紗枝ちゃんと。

偶然、関わることになった幸子ちゃんが。

偶然、こうして同じプロジェクトに腰を据えることになった。

「ほなこれはどうどすか?カラオケで一番点数の高い子がリーダー言うんは」

「リーダーに求められるものは歌唱力ではありませんね!やはり可愛さ…ちっこくないです!」

「何も言うてまへんやん…」

…一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は必然、四度目は…。

「…運命、かぁ…」

「え?」

「え?」

「な、なんでもない…」

…声に出ちゃってた。

「う、運命て…」

「あ、いや…紗枝ちゃんが想像してるのじゃないよ」

…そもそもそれって、一人の相手に使うものだしなぁ。


330: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:39:05.65 ID:EA7aNRyuO

今西「…」

米沢「…」

今西「…」

米沢「…俄かには信じ難い、無茶苦茶なご通達ですな」

今西「…だが、いつかはこうなる。そんな予感はしていたんだよ」

米沢「確かに、いずれ自分達に牙を剥くであろう人物をいつまでも置いておくとは到底思えませんな。あの重役の方々が…」

今西「…」

米沢「しかし、信じられないのはそれだけではありません」

今西「…うむ」

米沢「…まさか貴方も、一枚かんでいたとは…」

今西「…弁解は出来んねぇ…」

米沢「…まあ、大方、付き合わされたのでしょうな」

今西「…」

米沢「そうでもなければ、ここまで杉下係長の味方を引き受けたりはせんでしょうからな」

今西「…私は、これを彼に渡さなければならないのかね?」

米沢「…期限は、書いておりませんな」

今西「ああ。せめてもの、というやつだろうさ。…とはいってもそう長くは待ってくれんだろうがね」

米沢「…」

今西「…最近の、彼の顔」

米沢「…」

今西「…どう、思うかね?」

米沢「あくまで私の主観ですが…」

今西「…」

米沢「…とても、楽しそうにしていると思っております」

今西「ああ。それも色んな事を含めて、だ」

米沢「…」

今西「…だからこそ、だ」

米沢「…ふむ」

今西「…こんな残酷な結末を、誰が渡してやれるかね?」

米沢「…」カサ

『杉下右京 346○○株式会社 北海道支店への出向を命ず』
『尚、プロジェクトの人員は他のプロジェクトへ回すこととす』


331: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:40:01.31 ID:EA7aNRyuO

米沢「…私は」

今西「…何かね?」

米沢「…私は、なんだかんだで杉下係長とはもう十数年の付き合いになります」

今西「…私もだな」

米沢「…彼は、いつだって純粋でした」

今西「…ああ」

米沢「純粋に仕事に向かい、純粋に人と向き合っていました」

今西「…ああ」

米沢「だからこそ。あえて言わせていただきます」

今西「…」

米沢「彼は、必要な人材です」

今西「…」

米沢「これからの346プロダクションには、彼が必要だと私は思っております」

今西「…」

米沢「…と、下っ端の私が言うことではないですがな」

今西「…いや」

米沢「…」

今西「…当然の、台詞だよ」

米沢「…」

今西「…」

米沢「…これから、どうするのですか?」

今西「…どうする、かね…」

米沢「…」

今西「…」

米沢「…心中、お察しします…」

今西「…うむ」


332: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:41:51.63 ID:EA7aNRyuO

「…んー…!疲れたー…」グググ…

「座りっぱなしのお仕事やありまへんか。特に動いたわけでもない…」

「むしろそういう方が苦手なの!動いてた方が良いよー…」

「全く底知れないスタミナなんですね。友紀さん」

「あれー?褒めてるのそれー…」

仕事から帰り、時計を確認する。

時刻はもう4時を回っており、夕方と言っても良い時間帯だ。

日の入りが遅くなってきてはいるけど、休みの日ならこの時間でも晩御飯を食べたりするのは珍しくない。

「しかしこの部屋は日光もほとんど入ってきませんね…」

幸子ちゃんがそうぼやく。

ここは元物置部屋と分かっていても、流石に窓が換気用程度の小窓一つでは納得がいかないのかもしれない。

「どのような場所でも仕事が出来るだけマシ。そう考えるべきです」

スーツのジャケットを掛け、紅茶の準備をしている右京さん。

暑くなってきたからか、コートは着なくなったらしい。

そして自身の机の中の茶葉を取り出そうとした時、上に置かれていたそれに気づいた。

「…」

「?…何それ?右京さん」

厚手の封筒。

そこには一枚のCDと書類が3枚。

「おや。ようやく届きましたか」

「…あっ」

それだけで、アタシ達はそれが何なのか、すぐに分かった。

「幸子君。君の曲が出来上がりましたよ」

そう言って、歌詞の書かれた紙とCDを幸子ちゃんに渡す。

「…」

目を見開き、呆然としている彼女は、それをどう受け取っていいのか、というよりはまだそれがどういうことなのかがよく分かっていない様子だ。

「…あ…え…」

「やったね幸子ちゃん!これで本格的に歌手デビューだよ!」

「あらまぁ…ほんまおめでたいことどすなぁ」

「…あ…」

幸子ちゃんが笑顔の右京さんからそれを受け取るのは、少し時間が経ってからだった。


333: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:42:43.14 ID:EA7aNRyuO

「びっくりしましたよ…いくらなんでも渡し方が自然過ぎです!」

「おやおや。何かおかしかったですかねえ…」

「当たり前です!もっとおめでとうとかあるでしょ!」

案の定軽口を叩く。

多くを言わない右京さんの事だから、こういう渡し方以外想像出来ないのに。

…その軽口がただの照れ隠しだというのは、アタシでも分かるけどね。

「で、どういう感じなの?早く聴かせてよー!」

「…そうですね。まあ、このボクの曲ですから?勿論カワイイんですよね?」

「可愛いかどうかはともかく、まずは聴いてみてはいかがでしょう?」

「わ、分かってます!こういう時くらいムードってものを…」

右京さんも早く聴いてみたいらしく、コンポを我先にと部屋の真ん中にセットした。

「じゃあ、かけますから。皆さん、静かにですよ!」

「はよ再生してくれまへんか?」

「わ、分かってますから!」

まるで誕生日に欲しかった玩具を与えられた子供のようなテンション。

…アタシにも、分かるよ。


334: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:44:33.23 ID:EA7aNRyuO

「…」

「じいじー…」

「…その呼び方、何とかなりませんか?」

「…おしっこ…」

「おや。トイレですか…」

「トイレは?」

「トイレは…この辺にはありませんね。仕方ない。そこの草むらで済ませましょう」

「…んー…」

「我慢が出来るなら、コンビニまで連れていきますよ。15分くらい」

「やだー!我慢出来ないー!」

「なら仕方ないですよね。さ、早めに済ませましょう」

「…」コク

「あ。一応これ軽犯罪ですからね。まあ、僕は警察官ではありませんから…多めに見ましょう」

「…うん」

「…あ、そうだ」

「…」

「…」

「…じいじ。どうしたの?」

「貴方、何処か行きたい所はありますか?遠い所とか」

「え?…でも、いつも忙しいって…」

「じいじはもう疲れました。今度は外側から彼らを見ることにします」

「…?」

「まあ、時間はいくらでも取れるということです」

「…なら、水族館!」

「水族館…」

「うん!じいじと一緒に!」

「そうですか。ではそろそろじいじは勘弁してほしいですね」

「じいじー!」

「ほらほら、早くしまって。車の中にウェットティッシュがありますから手を拭いて下さい」

「はーい!」

「…」


「…」


「…さて…」


「…今度こそ、僕を殺すのは、杉下かなあ」


335: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:45:43.23 ID:EA7aNRyuO

幸子「…2ヶ月後…」

右京「ええ。それが君の歌手デビューの日ですねぇ」

友紀「じゃあ、頑張って覚えなきゃ!」

幸子「ええ!まあボクなら1週間後でも…」

右京「ではそのように」

幸子「冗談ですよ!察して下さいよ!」

紗枝「…まあ何にせよ、これで各々体制がしっかりしてきたわけどすなぁ…」

右京「そうですねぇ…。ではそれまでに、君達のユニット名とリーダーを決めておくことにしましょうか」

友紀「あー…」

幸子「ユニット名…」

紗枝「…せやけど、中々浮かびまへんなぁ」

友紀「皆の頭文字を取るのは?」

幸子「安直ですね…」

紗枝「安直どすなぁ…」

友紀「ぐ…でも他に何かある?」

幸子「…まあ、無いですけど…」

右京「君達の名前のイニシャルを取っていくと、Y・S・S…」

紗枝「何やアイドルユニットに見えまへんなぁ…」

幸子「…なら、これはどうでしょう?…ズバリ、共通点です!」

友紀「共通点…」

幸子「はい!」

友紀「…ある?」

幸子「…う…」

友紀「どう見てもアタシ達って、バラバラじゃない…?」

紗枝「…ほな逆転の発想でいきまひょ」

友紀「?」

右京「共通点ではなく、バラバラという事を生かす。ということですか」

紗枝「そうどす。まずウチは…京風…自分で言うのもあれやけど…」

友紀「それでいくと…アタシは…野球…なのかなぁ?」

右京「挙げるとするならば、それが一番、君らしいと言えますねぇ」

幸子「…ふむ…」

紗枝「幸子はんは?」

幸子「…そうですね…京都、野球…とすればボクの個性は一つです!」

友紀「え!?な、なになに?」

右京「…」

幸子「ズバリ…」

紗枝「…」

幸子「カワイイ!!!」


336: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:46:56.25 ID:EA7aNRyuO

右京「・・・」

紗枝「・・・」

友紀「・・・」

幸子「・・・」

紗枝「もう満腹どすえ?」

幸子「何でですか!!個性は各々自由に決めていいんでしょ!?」

紗枝「言うてもそないカワイイカワイイて、可愛い事は個性やないし…」

右京「可愛さというのは人それぞれです。例えば子猫が可愛いという方がいらっしゃれば虫が可愛いという方もいらっしゃるんですよ」

友紀「可愛いにしても、どんな可愛さってのがあるよね」

紗枝「さあどんどん掘り下げていきますえ」

幸子「これが公開処刑ってものなんですね」

右京「いえ、自分の長所を堂々とアピール出来るということはとても良い事なんですよ」

幸子「そ、そうですかね?フフーン!ならボクはカワイイ!それ以上もそれ以下もありません!」

友紀「…まあそれは良いとしてさ、名前どうするかだよね?」

右京「まだ時間はあります。ゆっくり考えて下さい」

幸子「…あ!」

友紀「ん?…あ…もう5時かー…」

幸子「こ、こうしてはいられません!ボクは早目に帰りますよ!」カタン

紗枝「あらあら…そない急いで…寮の女将はんは少しくらい待ってくれますえ?」

幸子「ま゛っ…違います!ただみ、観たい番組があるんです!そ、それではお疲れ様でした!」

友紀「またねー」

右京「お疲れ様でした」

紗枝「…ま、ゆっくりと考えることにしまひょ。ウチも今日は寮でご馳走になりますさかい、失礼します…」カタン

友紀「うん!お疲れー!」

右京「お疲れ様でした」


337: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:47:53.08 ID:EA7aNRyuO

友紀「…いやー…ついに来たね!アタシ達のユニット!」

右京「ええ」

友紀「…デビュー…出来るよね?」

右京「ええ」

友紀「…本当に?」

右京「ええ。本当に…」

友紀「…なら良いけど…そういえば右京さんって、今日は何処かで食べるの?」

右京「ええ。少し用事を済ませてから」

友紀「用事かー…」

右京「どうかされましたか?」

友紀「ん?…ほら、たまにはご馳走になろうかなーって…」

右京「君は、正直ですねぇ…」

友紀「えへへー…」

右京「そうですねぇ…順調に行けば、30分程で済みます。ここで待っていて下されば、戻ってきますので」

友紀「?手伝わなくていいの?」

右京「ええ。一人で十分ですから」

友紀「ふーん…じゃあここで待ってるね!」

右京「ええ。そうしてくれると助かります」

友紀「はーい!」


338: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:48:55.78 ID:EA7aNRyuO

http://youtu.be/KvGPT3tG0o0


右京「…」

『部長室 責任者 今西』

右京「…」コンコン


右京「…」ガチャ


右京「…」


右京「…」


右京「…」ガラ


右京「…」ペラ


右京「…」


右京「…成る程。そういうことでしたか…」


右京「…?」カサ


右京「USBメモリ…」


右京「…」


339: ◆GWARj2QOL2 2016/04/21(木) 23:59:51.65 ID:EA7aNRyuO

後悔しているか?

そう聞かれたなら、アタシは少しの間頭を抱えて、こう答える。

「人生は後悔の連続だよ」

…と。

しているか、していないかは、察してくれればいい。

…というより、どっちでもいい。

してると言われれば、しているし。
してないと言われれば、してない。

ただ、アタシはこう思う。

「完璧なハッピーエンドなんて、現実には無い」ということ。

そんな物が実際にあったと言うなら、アタシはそれをテレビだ漫画だと声を荒げるかもしれない。

…でも、ある意味、ハッピーエンドなのかもしれない。

…どうなんだろ?

そんなもの、人によりけりなんだし、分かんないよね。

「…」

ただね、右京さん。

右京さんにとっては、ハッピーエンドかもしれないけどさ。

…アタシ達にとっては、ただのバッドエンドなんだよ。


347: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:42:53.20 ID:K5ywTBQXO


ちひろ「…」
snkwchr


ちひろ「…」

「千川さん。これで宜しいでしょうか」

ちひろ「え?は、はいっ!ちょ、ちょっとお待ちください!」

「…?」

ちひろ「確認しますので…えっと…はいっ!これで大丈夫です!」

「え、ええ…ありがとうございます…」


348: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:43:59.90 ID:K5ywTBQXO

昨日 PM17:20

ちひろ『…ここ数ヶ月の納品書…?』

右京『ええ。無理ですかねぇ?』

ちひろ『無理…というより、どうしてですか?』

右京『どうしても、確認したい事があるんですよ。ええ、勿論秘密裏に』

ちひろ『…そういうことは…私に言われても困ります…』

右京『おや…これは僕としたことが…』

ちひろ『流石に多過ぎますし…きちんと目的を…』

右京『ええ。分かっております。大変ご迷惑をおかけしました』

ちひろ『…』

右京『米沢さんに頼むとしましょう』

ちひろ『えっ!?』

右京『それではまた』

ちひろ『あ…ちょっ………待って下さい!』

右京『はいぃ?』

ちひろ『だから……ああ、もう!』

右京『?』

ちひろ『わ、分かりました……で、でも……ホントに秘密ですよ…?』

右京『ありがとうございます』


349: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:45:08.16 ID:K5ywTBQXO

ちひろ「(…どうして、あの人、あんなこと…)」


ちひろ「(…っていうかどうして私、あの人に協力してるんだろ…?)」


ちひろ「(あのままだったら米沢さんに聞いてたから?)」


ちひろ「(…違う、かなあ…)」


ちひろ「(…あの人って、上から嫌われて、ああなった…)」


ちひろ「(…あれ?じゃあどうして嫌われてたんだろ?)」


ちひろ「(…そういえばあの人って、能力が異常に高くて、めんどくさいだけで…別段何か悪い事してるわけじゃ…)」


ちひろ「(…だから、なのかな…?)」


ちひろ「(…ちょっと、調べて見ようかな…)」


350: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:46:29.15 ID:K5ywTBQXO

右京「…」カタカタ


右京「…」カタカタ


友紀「おはよー!右京さん!」

右京「おはようございます」

友紀「…仕事?」カタン

右京「ええ。そのようなものです」

友紀「そのようなものって…テキトーだなあ…どんなの?」

右京「それよりも君、今日は8時からダンスレッスンが入っていますよ」

友紀「…あ!」

右京「早めに行くことをお勧めします。柔軟なり、やることはありますから」

友紀「そうだねー…じゃ、行ってくるねー!」

右京「ええ」

友紀「…あ、右京さん!」

右京「どうされましたか?」

友紀「あの事、幸子ちゃんに伝えた?」

右京「伝えていませんよ。君が秘密にしろと仰っていたので。…君の後にレッスンが入っていますから、もうすぐ来られるでしょう」

友紀「ん…そっか!じゃー…また後でね!」

右京「…ええ」


351: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:47:41.50 ID:K5ywTBQXO

右京「…」カタカタ


右京「…」ペラ

『○月○日 ○○…200ケース』
『○月○日 ○○…1000本』
『○月○日 ○○…10000冊』

…。

右京「…」


右京「…」フゥー


352: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:48:48.86 ID:K5ywTBQXO

「8時…後30分…」

…30分って、微妙な時間だよなあ。

ちょっと早く行き過ぎたかなあ…。

「…右京さん、何で今日に限って早く行けだなんて…」

あの人の辞書に気まぐれなんて言葉は無いし…。

「きゃっ」
「うわっ」

…痛てて…。

「す、すいません…大丈夫ですか?」

「あ、はい…あ、ちひろさん!大丈夫?」

「は、はい…すいません。前を見てなくて…」

「わ、私も…」

「あ、いえ…」

ぶつかったのは、ちひろさん。

アタシとぶつかった拍子に落としてしまっただろう書類を必死に拾っていた。

「あ、拾う、拾うから…ホントにゴメンね」

「あ、だ、大丈夫です!」

「え、え?」

罪悪感を感じて拾うのを手伝おうとすると、今度はそれを必死に止めてきた。

ぶつかったことを気にするような人じゃないのはよく知ってるけど…。

…だとしたら、今のちひろさんは何だろう?

「…で、では…これで…!」

「あ…」

…行っちゃった…。


353: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:50:52.68 ID:K5ywTBQXO

「…あ…」

ちひろさん…1枚、拾い忘れてるけど…。

「…ちょっとくらい、見ても…」

…。

…?

「…納品書?」

…何だろ、これ?

「あ」

ちひろさんって、事務員だし…まあ、持っててもおかしくはない…よね。

「…けど、なんたってこんな数ヶ月前のものを…?」

…。

…ま、どうでもいいか。

「…っていうか、これじゃアタシ右京さんみたいじゃん」

変に細かいこと気にしちゃって…。

悪い癖が移っちゃったじゃんか。

「…ってかこれ渡さないと!!」

…あー。

早めに出て助かったあ…。


354: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:51:52.28 ID:K5ywTBQXO

幸子「…おや?」

紗枝「あら…」

幸子「今日は早いんですね。いつもより30分も」

紗枝「せやなあ。たまたまとはいえ…」

幸子「雪でも降るんじゃありませんか?珍し過ぎて…」

紗枝「そら困りますわぁ。寒くて縮こまって、ちっさい幸子はんがさらにちっさくなってしまいますわ」

幸子「ちっさくないです!!」

紗枝「ほんま、からかいがいがありますわぁ」ケラケラ

幸子「…あー言えばこー言う…」

紗枝「…にしても、ジャージ姿が板についてきたとちゃいます?」

幸子「仕方ないでしょう。仕事の無い日はほとんど向こうなんですから」

紗枝「そない言わんと…女子力いうもんはどないしたんどすか?」

幸子「愚問ですね。ボクはジャージでもカワイイんですよ。ジャージでも着こなしてみせますよ」

紗枝「…のわりには随分ぴっちりした着方しとりますなぁ。ちょっと前なんて不良の着こなし方真似しとった方が…」

幸子「んがっ…!わ、忘れてくださいよ!」

紗枝「うふふ。あれは傑作やったわぁ」ケラケラ

幸子「ぐぬぬぬぬ…」


355: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:52:55.06 ID:K5ywTBQXO

紗枝「…さて、ウチがどないしてこない早めに来たんか…」

幸子「偶然じゃないんですか?」

紗枝「ウチが偶然で生活リズムを変えるわけないやないどすか」

幸子「む…確かに…何か隠し事ですか?」

紗枝「はて…」

幸子「むー…あれ?友紀さん…」

紗枝「あらあら、あない急いで…」

幸子「友紀さーん!廊下走ったら駄目なんですよ!」

友紀「え?あ、ご、ごめん…えへへ」


356: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:53:37.30 ID:K5ywTBQXO

幸子「全く…最年長なんですから、しっかりしてもらわないと…」

友紀「ごめーん…」

紗枝「あらあら、しっかりするんは友紀はんだけやないどすえ?」

幸子「?」

紗枝「これからは幸子はんもしっかりせんと。今まで以上に」

幸子「…どういうことですか?」

友紀「あー!あー!まだまだ!もうちょっと後!!」

幸子「?」

紗枝「そない焦らんと…今言うても後で言うても変わりまへんて…」

友紀「そうだけどさ…」

紗枝「それに今から行くんとちゃいます?…ほな、そこで発表してもらいまひょ」

友紀「んー…アタシそんな時間無いんだけど…まあ、いっか!」

幸子「あの…?」

紗枝「ほな行きますえ。ウチはさっさと終わらせて右京はんにお茶を淹れたいんどす」

友紀「また断られるだけだと思うけど…」

幸子「カフェインの摂取量がどうのこうのって…」

紗枝「いいえ!京の女子として、意地でも飲ませたります!!」

幸子「…妙なところでスイッチ入りますよね…」ボソ

友紀「ねー…」ボソ

紗枝「何か?」

幸子「いーえ」


357: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:54:34.43 ID:K5ywTBQXO

…。

ちひろ「…杉下係長…」

右京「…」

ちひろ「…その、これって…」

右京「ええ。そういうことでしょう」

ちひろ「…どうするんですか?こんな事がバレたら…」

右京「…どうですかねぇ…」

ちひろ「…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長は、どうするおつもりなんですか?」

右京「…」

ちひろ「…確かに…こんなこと、組織ぐるみでやって良いことではありません」

右京「…」

ちひろ「…だけど、これをもし公表でもしたら…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長も、タダでは…」

右京「…」

ちひろ「…杉下係長だけならまだしも…」

右京「…」

ちひろ「…その…」

右京「…そうですねぇ…」

ちひろ「…」

右京「…」

友紀「ちひろさーん!!」コンコン

ちひろ「!」

右京「…」


358: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:55:20.29 ID:K5ywTBQXO

友紀「これ、忘れてったよ?」

ちひろ「あ、はい…」

友紀「…でもどうしてここに?」

ちひろ「あ…えっと…」

右京「日報を届けてもらっていたんですよ。残りが少なかったものですから」

ちひろ「…」

紗枝「ほー…」

幸子「…にしては、随分重苦しい空気が流れてましたけど…」

右京「おやおや。それはそれは…」

ちひろ「え、えっと…じゃあ、私はこれで…」

友紀「あれ?もう良いの?」

ちひろ「え、ええ。実は今日ちょっと忙しくて…」

右京「そうでしたか。このようなお使いじみたことをお願いして申し訳ありません」

ちひろ「い、いえ…それでは…」

友紀「あ…」

紗枝「…」

幸子「…」

友紀「行っちゃった…」

紗枝「何や…逃げるように行ってしまわれましたなぁ…」

右京「きっと忙しいのでしょう。ご無理をさせてしまいました」

幸子「…確かに、ほとんどのプロジェクトに顔出してますからね…」


359: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:56:02.90 ID:K5ywTBQXO

友紀「…あ!そ、それよりさ!右京さん!」

右京「…ああ!そうでしたねぇ。人数が揃ったら言うつもりでした」

紗枝「あんまり遅いんで、ウチがフライングで言うたろ思いましたけど…」

幸子「…あれ?ボクだけ何も…」

友紀「そりゃそうだよ!だって幸子ちゃんの事なんだもん!」

幸子「…え?」

紗枝「ええ。ま、ウチはそない期待してまへんけど…」

友紀「こーら。紗枝ちゃんだって賛成してたでしょー」

紗枝「そやったかしら…」

幸子「…あの、いい加減教えてもらえませんかね…」

右京「ええ。そうですね…」

幸子「…」

右京「まず結論から言いますと、今回のユニットリーダー。君に任せたいと思っています」

幸子「…」

友紀「…」

幸子「…え?」

紗枝「…」

幸子「え…え?」

右京「…」

幸子「…ええええええええ!!?」


360: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:57:11.40 ID:K5ywTBQXO

紗枝「よおそない大きな声出ますなあ。朝早くから…」

幸子「な…何を…!そもそも話し合いはどうしたんですか!話し合いは!」

友紀「んー…」

右京「少し前、姫川君から電話を頂きました」

幸子「いえ、だから…」

右京「そして、その後に小早川君からも連絡を頂きました」

幸子「…あの」

右京「多数決です。僕は君達に任せると言いましたから、これに含まれますねぇ」

幸子「あ…なるほど。3対1でボクがリーダーなんですねじゃなくて!!」

紗枝「どないしました?あないリーダーリーダー、TOKIOのメンバー並に連呼してましたやんか」

幸子「いやそれは…だからってこんないきなり…」

友紀「ほら、幸子ちゃんって頭良いしさ」

幸子「む…」

紗枝「その上優しく、空気も読めて…」

幸子「むむ…」

紗枝「ほんで、カ・ワ・イ・イ」

幸子「それバカにしてますよね!?もう顔から魂胆滲み出てますよ!!ボクに面倒な事全部押し付けるつもりでしょう!?」

紗枝「リーダーになったあかつきに、ユニット名を決める権利だけ与えられますえ」

幸子「だけってなんですか!!あの人古株だから一応形だけみたいな感じになってるじゃないですか!!」

右京「しかし、君の実力を認めているのは確かですよ」

幸子「…む…」

友紀「そうだよ。流石にこんなの何の気なしに任せたりしないでしょ?」

幸子「…でも、ボクってまだ、一度もLIVEやったこと…」

紗枝「ほなウチが引き受けまひょか?」

幸子「あっ…だ、ダメです!!ボクがリーダーなんです!!」

紗枝「はい聞きました」

友紀「じゃあよろしくねー。アタシレッスン行くから」

幸子「んなっ!!?ちょ、ちょいっ!!」


361: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:58:45.50 ID:K5ywTBQXO

右京「君も、アイドル業が板についてきましたねぇ」

幸子「ついてませんよ。普通に係り決めの日に学校休んだ生徒なだけじゃないですか」

右京「不満でしたか?」

幸子「不満というか…決められ方が…」

右京「小早川君はああ言っていましたが、内心では君を頼りにしていましたよ」

幸子「…む…」

右京「姫川君もまた、君のその頭脳を頼りにしています」

幸子「あの人全っ然覚えませんもんね。あれこれ」

右京「そして僕は…幸子君」

幸子「は、はい…」

右京「僕が君を推薦した理由は、一つです」

幸子「…」

右京「…」

幸子「…そ、それは…?」

右京「…君が一番、現実と向き合ってくれそうですから」

幸子「…現実?」

右京「ええ。…少し言うのは憚られますが、辛い経験を乗り越えた君だからこそ…」

幸子「…ま、まあ、そこまで言うんでしたら…引き受けますが…」

右京「と、いうわけです。ユニット名も君に任せるとしましょう」

幸子「…ほう…」

右京「彼女達も任せると言っていましたから。どうぞお好きに」

幸子「そうですねぇ…でしたら、デビュー当日にでも発表するとしましょう!」

右京「おやおや…」

幸子「とてもボク達に似合った名前をつけてあげますよ!何せこのボクが!つけてあげるんですから!」

右京「頼りにしています。…それと、幸子君」

幸子「はい?」


362: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 20:59:42.17 ID:K5ywTBQXO

右京「…君、今は楽しいですか?」

幸子「…いきなりどうしたんですか」

右京「そのまま受け取っていただいて構いません」

幸子「…そんなの、今更聞くことではないでしょう?」

右京「確認ですよ。ええ…」

幸子「…そうですねぇ…ま、まあ、勿論……楽しいですよ。と、とても…」

右京「…」

幸子「アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!」

右京「…そうですか」

幸子「…で?右京さんはどうなんです?」

右京「はいぃ?」

幸子「ボクが答えたんです!右京さんにも答えてもらいますよ!」

右京「…」

幸子「…」

右京「…僕はいつでも、真剣に仕事と向き合ってきたつもりですよ」

幸子「…そうじゃなくて…」

右京「君達に会えた事は、僕にとってかけがえのない、大切な思い出となっています」

幸子「…」

右京「それでは、不満ですかねぇ?」

幸子「…いえ…」

右京「それでは、頼みましたよ」

幸子「…はい!」

右京「…」


363: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:01:05.79 ID:K5ywTBQXO

「はいそこ!そこでもっと腕上げて!」

「は、はいっ!」

「そうそう!そこ!」

「はい!」

人生というのは、何があるか分からない。

だから面白いのかもしれないけど、辿り着いた先が先の見えない暗闇ならそれは元も子もなくなる。

アタシのように何も考えず、ただトラウマから逃れたい一心で上京などしたら、どうなるか。

行った先で成功するか。
たまたま幸運に巡り合うか。

「イッチニ、サンシ…」

紗枝ちゃんは、前者。
幸子ちゃんは…多分後者。

…アタシは間違いなく後者。

「はい!ワン・ツー!ワン・ツー!」

もし右京さんがアタシに目もくれなかったら、どうなっていたか。

…今頃働いてたアルバイト先で正社員登用制度の項目に真剣に向き合ってたかもしれない。

「…うん!今のは良かった!じゃあ、もう一回通しでやってみよう!」

「はい!」

でも、それも悪くないんじゃないかと思ってるのも確か。

少なくとも、今の仕事よりは安定してお金は入るだろうし、正直嫌いじゃなかったし。

「…そういえば、ユニットデビューの噂が流れているようだが…」

「はい。だけどその前に幸子ちゃんのデビュー曲もありますし…」

「ふむ。輿水か…」

…でも、じゃあそっちに戻るかと聞かれたなら、答えはNO。

「何かあったんですか?」

「ん?…いやな、私も色んなアイドルにこうやってレッスンを行ってはきたが…あそこまで運動神経が無いのは初めてだ」

「あー…」

それを幸子ちゃんに聞いても同じ答えが返ってくるだろうとアタシは思う。

「ただ、ガッツはそんじょそこらの者達より遥かに上だ。人は見た目によらないというのは本当だったよ」

「…それ、聞かなかったことにしておきます」

…何故か。

それは、まあ。

…言わなくたって分かると思う。


364: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:02:12.85 ID:K5ywTBQXO

「…」

ふと、カレンダーに目をやる。

今月の日にちのほとんどに可愛らしい色取り取りの丸印がつけられている。

ひと月でこれだけあるのは、それだけ有名アイドルを育てている証拠なのだろう。

そんな中、特に装飾のない薄紫の蛍光ペンで囲われた日にちに目をやる。

「…あ…」

幸子ちゃんのデビューまで、後数日を切っていた。

…時が経つのは、意外と早い。

そういえば、最近幸子ちゃんのレッスン量はかなり増えてきた。

事務所にいる時間よりも、レッスンルームにいる時間の方が長くなり、346に来る時はジャージのまま行動するのは珍しくなくなった。

紗枝ちゃんにはからかわれたりしてるけど、いちいち着替えるよりそのままで居る方が時間を効率的に使える、と。

…あの子らしいや。

「…さ!休憩は終わり!ぼさっとしてると時間は過ぎてくままだぞ!」

「あ、はい!」

…この人の熱血漢な話し方も、もう慣れた。


365: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:03:10.95 ID:K5ywTBQXO

今西「…」

右京「…」

今西「…」

右京「…」

今西「…さて、どこから話そうかな…」

右京「まずは、こうなった経緯…」

今西「ふむ…」

右京「それから、何故これを僕に渡したのか」

今西「ほう…それを…渡したと?」

右京「ええ」

今西「どうしてそう思うのかね?」

右京「まず、部屋の鍵がかかっていませんでした」

今西「たまたまいなかっただけかもしれんよ?」

右京「だとしたら、大変不用心な方だと思いますがねぇ。部長職の貴方が、会社の機密情報が入った机や金庫を野放しにするなど…」

今西「ふむ…」

右京「そして、机の上の書類。役員クラスの貴方に届くようなものですから、ファイルに入れてしまっておくか、机の上に置くならば裏返して重石を乗せておくなりするはずです。…しかし、書類は綺麗に表になっていました。見てくれと言わんばかりに」

今西「…」

右京「そして、このメモリースティック」

今西「…」

右京「これもまた、これ見よがしに置いてありました」

今西「…うむ」

右京「書類の内容はユニットを作る代償として、僕の転勤。そしてこのメモリースティックの内容は…」

今西「…君の事だ。もう察しはついているんだろう?」

右京「ええ。あくまで僕の憶測ですが」

今西「…」


366: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:03:58.28 ID:K5ywTBQXO

右京「千川さんに、ここ数ヶ月のうちの、ここに届いた納品書をある程度見せて頂きました」

今西「うむ」

右京「すると、不自然なまでに大量発注されていたものが、これまた大量にありました。このメモリースティックもそれと同様…」

今西「…」

右京「…架空発注」

今西「…うむ」

右京「キックバックを受け取っているのは、誰でしょう?」

今西「…」

右京「…」

今西「役員は、全員…受け取っているよ」

右京「…」

今西「…私も、その一人だ」

右京「社長もでしょうか?」

今西「…それは、ノーコメントだ」

右京「そうですか…」

今西「…」シュボッ

右京「…」

今西「…君は、どうするつもりかね?」フゥー

右京「その台詞、そのまま返しましょう」

今西「…そうだったね。…うむ…そうだ」

右京「僕に、どうしろと?」

今西「…君の、好きにしたまえと…言える訳がない、か」

右京「…」

今西「私はね、杉下君」

右京「ええ」

今西「君が、君の生き方が、羨ましかったんだよ」

右京「はいぃ?」


367: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:05:04.00 ID:K5ywTBQXO

今西「ただひたすら真実を追求し、ルールに基づき行動する」

右京「…」

今西「それを当たり前のようにやってのける君が、羨ましかった」

右京「それが、当たり前の事だと思っていますから」

今西「その当たり前の事が、当たり前のように出来ないのが今の社会、サラリーマンの社会なんだ」

右京「…」

今西「…小さな違反なら、どこもかしこもやっている」

右京「…」

今西「だが、それで良いわけがない」

右京「ええ」

今西「…だから、君にこの問題を任せようと…思った」

右京「…思った…」

今西「ああ。思った、だ。何せその時にあのとんでもない通達が来たものだからねぇ」

右京「…」

今西「あれは間違いなく予防策だ。君という制御不能の人間を遠ざけ、それと同時に人質も取った…」

右京「…」

今西「…正直、ここまで腐敗しているとは思わなかったよ」

右京「…意見を言わせてもらえるならば」

今西「む…?」

右京「罪に屈した貴方が、上の人間をとやかく言う資格は無いということです」

今西「…間違いないね」

右京「しかし、後悔しているというのならば」

今西「…」

右京「しっかりと、罪の意識を持つべきです。これからもずっと、さらに、貴方は後悔し続けるべきです」

今西「…うむ」

右京「そして、僕もまた、後悔し続けるでしょう」

今西「…」


368: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:06:09.18 ID:K5ywTBQXO

右京「これは、お返しします」

今西「ああ」

右京「それでは、これで」

今西「うむ。…すまなかったね」

右京「…ああ!それと、もう一つ」

今西「?」

右京「真実というものは、いつか必ず白日の下に晒されるものです。どれだけ闇に葬られようとも」

今西「…」

右京「今回の場合、それの役目を負うのは、僕は出来ない、というだけです」

今西「…ならば、私からも聞いていいかね?最後に一つ」

右京「何でしょうか」

今西「…もしも、君がこちら側にいたら…どうだったかね?」

右京「はいぃ?」

今西「君が私の立場だったら、屈していたかね?」

右京「…」

今西「…たまたま運が悪かった。そう、言い訳することは出来ないものかね…」

右京「…」

『アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!』

右京「…僕にとって、プロデューサーという職業は向いていないようです」

今西「…私も、そう思うよ」

右京「…」ペコ

今西「…」


今西「…」フゥー


今西「…お返しします…か…」


今西「…」ペラ


今西「…」


今西「…私が守ったものは、私自身に過ぎなかった、か…」


369: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:07:19.53 ID:K5ywTBQXO

幸子ちゃんがアタシ達のリーダーになって、数日後。

「…あー…緊張する…」

その日はやってきた。

「何で友紀さんが緊張するんですか…」

「ほんまどすなぁ。ウチの時なんて次の仕事はーなんて言うてましたのに」

「だって幸子ちゃんのデビューだよ!?緊張するじゃん!」

「ボクは雛鳥か何かですか!!」

幸子ちゃんの、念願の歌手デビューの日がやってきたのだ。


370: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:08:14.03 ID:K5ywTBQXO

「自分のことではなく、誰かの事で緊張する余裕が出来たということですかねぇ」

「うー…言い方悪いぞー」

ちょっと年長者らしくしたらこれだもんなあ。

…だけど。

「…」

当の本人は全く緊張していない、わけがない。

「…」

ヘッドホンを着けて何度も繰り返し練習している。

「精神論になりますが、練習はやっただけ力になります。やればやるほど…」

「うん。…でもアタシだって…」

「君は、本番前日の夜テレビを観ていましたねぇ」

「うっ…な、何でそれを…」

「電話越しに、君の声に重ねて聴こえてきましたから」

「ああ、それならああなるはずどすわ」

「あ、あんなプレッシャーかかるって思わなかったもん!」

「ちょっと!静かにしてくださいよ!集中してるんですから!」

幸子ちゃんがヘッドホンを外し、注意を促す。

…アタシが言うのもなんだけど、これじゃどっちが年長者か分かんないよね…あはは。


371: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:09:15.16 ID:K5ywTBQXO

「そない神経質にならんと…力抜いて、普段通りやったらええんどすえ」

「そう簡単に言ってくれますけどね…」

「小早川君は、全く緊張していませんでしたからねぇ」

「しとらんことはなかったんどす。せやけど失敗したら失敗したで、それがデビュー仕立てのウチの実力なんやと言い聞かせよ思いまして…」

「それ、開き直りと言うんですよ」

「ええやありまへんか。結果オーライっちゅうことどすわぁ」

そりゃ、右京さんにも臆せず立ち向かえるんだもんなあ。

…流石、としか言えないや。

「…まあ、参考にしてあげますよ。メンバーの意見も取り入れるのがリーダーの務めですからね!」

「失敗したら開き直るリーダーなんてウチ嫌やわあ」

「アドバイスくれたんですよね!?」

「…あ!もうそろそろ準備しなきゃ!幸子ちゃんほら早く早く!」

「え!?あ、ああ!もう!こうなったらやってやりますよ!!もう!」

「幸子君。僕からも一つ」

「え?な、何ですか?」

「これからも、色んなことがあるでしょう」

「…?」

「?」

…?

「どうか、変わらない、飾ることのない君達のままでいてください」

「は、はい…」

「…?」

…いきなり、どうしたんだろ…。

…君達?


372: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:10:25.35 ID:K5ywTBQXO

『会場にお越しいただいた皆様、ありがとうございます!』

友紀「アタシ達の時もこうやって暗転してたよね…」

紗枝「そうどすなぁ。なんや懐かしい思い出になりましたわぁ」

『本日、346プロダクションより歌手デビューを果たす子が来てくれました!』

友紀「うんうん…」

右京「ちなみに、ここでユニット名を発表するらしいですねぇ」

友紀「えっ?」

紗枝「それはそれは…サプライズ返しされましたわぁ」

『そしてなんと、なんと!その子はあの姫川友紀ちゃん!小早川紗枝ちゃんとユニットを組み、なんと!そのリーダーに抜擢された実力者なのです!』

友紀「うわー…めっちゃお客さん盛り上がってる…」

紗枝「今頃向こうで白くなっとるんちゃいます?」

『そして今宵、そのユニット名が決まったのです!』

紗枝「…」

友紀「…」

右京「…」

『その名は、『KBYD』!!『カワイイボクと、野球どすえ』!!』

紗枝「」

友紀「」

右京「おやおや…」

『『KBYD』!これからの活躍に目が離せませんね!!』

紗枝「ウチ向こう行ってきます」

友紀「ダメダメダメ!!荒らしに行く気満々じゃんか!」

紗枝「あないな名前、納得出来まへんえ!!あない金魚の糞の糞みたいな名前!!」

友紀「アイドルがそんなの言わないの!!」

右京「君達が彼女に任せたんですよ」

紗枝「う…せやかて…」

右京「今は、彼女の晴れ舞台を見ることにしましょう」

友紀「…ん。まあ、そう…だね!」

紗枝「…そう、どすなぁ」

『それでは皆様!彼女の名前を呼んであげてください!!せーのっ!輿水ー!?』

「「「幸子ちゃーーーーん!!!」」」


373: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:11:37.58 ID:K5ywTBQXO



友紀「やっぱりみんな薄紫のペンライト持ってきてるね…」

紗枝「これも前情報いくつか流しておいたからどすか?」

右京「僕は君達の時も、色まで指定はしませんでしたよ」

紗枝「ほー…」

右京「それはつまり、その色が君達の個性だということです。皆が一様に思う程…」

友紀「アタシが、オレンジ…」

紗枝「ウチが、ピンク…あれ、ズルないどすか?薄紫色なんてそない被りまへんえ」

友紀「まあ、アタシ達確かに単色だしね…」

右京「でしたら、埋もれないよう目立つ努力をしましょう」

友紀「…あ!こ、転んだ!転んじゃっ…うわー…」

紗枝「思い切り体ひねって回避しましたえ…」

友紀「本人は誤魔化してるつもりだけど、一切誤魔化せてないよね、あれ」

右京「…幸か不幸か、小早川君のアドバイスが効いたようですねぇ…」

紗枝「どう見てもお笑い芸人どすえ」

友紀「あ、あはは…」


374: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:12:49.65 ID:K5ywTBQXO

幸子「いやー、流石はボクですね!多少のアクシデントにも動揺することなくやりきりました!」

紗枝「汗びっしょりどすえ」

友紀「絞れそうなくらい出てるよ」

幸子「当たり前でしょう!!どれだけ精神をすり減らしたか…」

右京「きちんと見ていましたよ」

幸子「見なくていいんですよ!」

右京「そして、君の初めてのLIVE。成功したかどうか…」

幸子「…」

右京「…観客の方達を見れば、分かるでしょう」

幸子「…」

「「「アンコール!アンコール!」」」

紗枝「もっかい転べ言うてますえ」

幸子「おかしいでしょ!!そうなってるならただのお笑い芸人ですよ!!」

友紀「…ふふっ」

幸子「な、何がおかし…わっ」

紗枝「あら…」

友紀「…じゃ、アンコールに応えよっか!」

紗枝「…」

友紀「今度は、アタシ達で、ね?」

幸子「…」

友紀「ね?」

紗枝「…そうどすなぁ」

幸子「ふ、ふふふ。ならばせいぜいボクについてくることです!」

紗枝「嫌やわぁ。ウチあない芸人みたいな真似…」

幸子「だーかーら!!」

友紀「右京さん!」

右京「カメラの準備なら、出来てますよ」

友紀「…うん!じゃあ……行ってくるね!」

右京「ええ」


375: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:13:40.39 ID:K5ywTBQXO

幸子ちゃんと、紗枝ちゃんの手を引き、舞台へ上がる。

それと同時に、大きな歓声が聞こえてくる。

衣装を着た幸子ちゃんと違い、私服姿のアタシ達は浮いたように見えるかもしれない。

勝手に来てしまったからか、スタッフも少し慌てていた様子だった。

けど、すぐに納得した様子でライトをこちらに向ける。

「みんなー!!待たせてごめんねー!!」

観客が手を振る。

どこに隠し持っていたのか、アタシ達専用のペンライトを取り出す。

オレンジ、ピンク、薄紫。

3つのペンライトが、ホールを彩る。

「先程はホンマにお見苦しいモンを…」

「何でですか!!嘘でも良いから褒めて下さいよ!!」

その光景を見て、改めて確信する。

「アタシの名前はー!?」

「「「ユッキー!!」」」

「ウチはぁ?」

「「「紗枝ちゃーん!!」」」

「ではボクは!!」

「「「幸子ーーー!!!」」」

「呼び捨てにしない!!」

…アタシって、本当に幸せ者だ。


376: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:14:37.95 ID:K5ywTBQXO

友紀「右京さん!」

右京「ええ、見てましたよ。ああ!それに勿論、きちんと収めさせて頂きました」

友紀「あ!見せて見せて!」

紗枝「あらぁ…なんやいけるもんどすなぁ」

幸子「当たり前です!なんせこのボクがまとめているんですから!」

紗枝「そやなあ。良かったどすなぁ」

幸子「あー!またバカにしてー!」

紗枝「ふふ。今はまあ…終わったということで。結果は出しましたさかい…」

右京「ええ。本当に…」

友紀「よーし!じゃあ早速打ち上げだー!」

紗枝「そうどすなぁ。幸子はん、今日は女将はんに頼らんと晩御飯食べられますえ」

幸子「む…し、仕方ありませんね!なら、せ、折角ですから?行ってあげても…」

紗枝「幸子はん不参加らしいどすえ」

幸子「行きます!行きますって!!」

紗枝「ふふ。そうならそうと早よ言わな…」

友紀「…じゃ、これで決まりだね!KBYD!結成だー!!!」

幸子「わっ!…ちょ、ちょっと!こんなところではしゃがないでください!」

紗枝「ふふ…ほんまに陽気なお方…」

右京「…そうですねぇ。時間も早いですが…着替えたら事務所に戻り、行くとしましょう」

友紀「うん!」


377: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:15:28.10 ID:K5ywTBQXO

「んー!これ美味しー!!」

「ちょっ…それボクのですよ!もう!友紀さんのも貰いますからね!」

「ええなあ。賑やかで…」

「たまには、良いものですよ」

右京さんの新たな行きつけとなった店で、アタシ達だけの密かな打ち上げが行われた。

ユニット結成の、記念パーティー。

静かな店でこういうことをするのは、よろしくないのかもしれないけど、店の人も快く許可してくれた。

それどころか暖簾を片付け、貸切にまでしてくれた。

『まあ、良かったじゃない。そのうちアタシらも祝ってあげるから』

早苗さんや瑞樹さんも、アタシ達の門出を喜んでいてくれた。

「これからも頑張っていこー!」

「もう…飲み過ぎですよ!友紀さんが寝ても面倒なんか見ませんからね!」

「えー…リーダーのくせにぃ…」

「年長者でしょ!!ちょっとは自制して下さいよ!」

とても、楽しかった。

楽しくて、仕方なかった。

これからのことを、思い浮かべて。

未来の自分達を、思い浮かべて。

だけど、それを思い浮かべていたのは。

…アタシ達だけだったんだ。

「右京さん!もう一回カンパーイ!」

「…ええ」

アタシ達が、右京さんの、姿を見たのは。



…この日が、最後だった。

第十一話 終


378: ◆GWARj2QOL2 2016/05/07(土) 21:16:07.11 ID:K5ywTBQXO

ごめんなさい終わりませんでした
次が最終回です

文章力無えなぁ…


384: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:10:01.27 ID:HsihVarhO

「…」

それは、あまりにも突然だった。

「…」

突然過ぎて、訳が分からなかった。

「…」

予想など、出来るわけがない。

「…」

その人は。

「…」

杉下右京という人間は。

「…」

…まるで、初めから存在していなかったかのように。

自分が居た痕跡を、自分を。

全てを、消した。


385: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:11:21.98 ID:HsihVarhO

幸子「…どうして…」

友紀「…」

幸子「…どうして、こんな事に…」

紗枝「…」

幸子「…ボクは、ボクはただ…」

友紀「…幸子ちゃん…」

幸子「…楽しく居たかった。それだけなのに…」

紗枝「…そないなこと…ウチかて…」

友紀「紗枝ちゃん…」

幸子「右京さんは…どうして辞表なんか…」

紗枝「…」

友紀「…」

幸子「折角、これからだって時に…」

紗枝「ほんまどすなぁ…」

幸子「…〜ッッッ!!!」

友紀「…」


386: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:12:20.78 ID:HsihVarhO

アタシ達が、打ち上げを終え、休みとなった翌日。

右京さんは一人でプロジェクトルームに入り、荷物を片付けた。

辞表は既に今西部長に渡していたそうだ。

有給休暇を使い切った後にそのまま辞める、と。

一言に纏めればそう書いてあったらしい。

あまりにも突然の事に、早苗さんや瑞樹さんも驚いていた。

…だけど、違う反応を見せた人もいた。

ちひろさん。

米沢さん。

今西部長。

…あの人達は、間違いなく何かを知っている。

そう確信していた早苗さんや瑞樹さんは、3人にそれぞれ事情を聞きにいった。

けれど、3人とも口を閉ざしていたそうだった。

…それが自身の身を守る為であるならば、無条件で怒るつもりだった。

そう2人は語っていた。

…けれど、怒る事は出来なかった。

3人の顔は、決して自分を守るといったもののそれではなかった。

決して演技派ではない彼らの表情は悲しみに満ちており、早苗さんも瑞樹さんも、それ以上は聞くことが出来なかったらしい。

「…」

勿論、今に至るまでに何度も何度も、電話やメールをした。

…でも、相変わらず返事は無い。

「…」

右京さんが残したものは、どうやらただの物ではなかったようだ。

…あまりにも、酷なものを残してくれた。

「…」

…残したものは、ただの虚しさだけだよ。右京さん。


387: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:13:06.58 ID:HsihVarhO

「3人のこれからについてですが…」

ちひろさんが努めて冷静に、プロデューサーのいなくなったプロジェクトのこれからを事務的に話し出した。

「…」

けど、紗枝ちゃんはそれを聞こうとはしない。

明後日の方向を向き、ちひろさんに敵意を剥き出しにする。

アタシと幸子ちゃんは、彼女がいつちひろさんに喰ってかかるか心配でいつでも抑え込めるよう準備していた。

普段は大人しい彼女が牙を剥くというのがどれだけ恐ろしい事なのか、それなりに付き合いの長いアタシ達は重々承知していた。

「新しいプロデューサーさんに着いていただいて…」

…確かに、何かを隠してるのは分かっているのに何も知ることが出来ないのはフラストレーションが溜まる。

「…それで…」

「ええ加減にしとくれまへんか?」

「え…」


388: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:14:20.65 ID:HsihVarhO

…初めに限界が来たのは、勿論紗枝ちゃん。

「…紗枝さん」

幸子ちゃんが彼女の袖を柔らかく摘む。

紗枝ちゃんはそれを制止し、決して喰ってかかることはないと態度で示す。

「ちひろはん。そない態度と話で、ウチが納得すると思うとるんどすか?」

「…」

そして座ったまま、ちひろさんに思いの丈をぶつける。

「何故右京はんが辞めたんか、辞めなければあかんかったんか…その辺をウチにも分かり易く説明してくれへんと、聞くもんも聞きたないんどすわ」

普段よりも低い声で、はっきりと敵意を示す。

「…それは…」

だけど、その質問に彼女は答えない。

答えられない理由があるのかもしれない。

「…お答え出来ません」

「そうどすか。…ほな、ウチもこれ以上は聞けまへん」

「…しかし…」

「紗枝ちゃん。ちひろさんだって…」

「分かっとります。ウチまで辞めるとまでは言いまへん。ただその程度でクビ言うんやったら…話は別どすわ」

「さ、紗枝ちゃん…」

「それに友紀はんもほんまは何かを知っとるんとちゃいますか?」

…。


389: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:15:25.26 ID:HsihVarhO

…正直、なんとなくは目星はついてる。

…それは、右京さんの過去。

彼が、牙を向けた相手。

この会社の、役員の人達。

そして、その結末。

「…」

「黙っとるっちゅうことは、何か隠しとる…ゆうことでええんどすな?」

隠すつもりは、無い。

だけど、ちひろさんや米沢さんの件を聞くと、喋って良いのかどうか分からない。

「…」

アタシも、演技力には自信はない。

だから、こうやって突っ込まれると弱い。

「ウチらだけ蚊帳の外。幾ら何でも酷いとちゃいます?」

「…」

「…」

アタシとちひろさんは、ただ紗枝ちゃんの言葉を黙って聞くしかなかった。

「…もう、ええどすわ。ウチは今日は帰らせていただきます」

乱暴に立ち上がり、荷物を持って出ていく紗枝ちゃんの背中も、黙って見続けることしか出来なかった。

「紗枝さん」

「…」

…ただ一人、幸子ちゃんを覗いて。


390: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:16:36.61 ID:HsihVarhO

紗枝「どうされました?」

幸子「こうやって話を聞くのも仕事ですよ」

紗枝「気分が悪いんどす。体調不良とでも言うといて下さいな」

幸子「話を聞くことくらい出来るでしょう。聞いた後は帰って良いですから」

紗枝「…この方を、庇うんどすか?」

幸子「庇うじゃありません。ボク達のこれからの仕事の方針を一生懸命話してくれてる人に耳を傾けるのは人として当然ということです」

紗枝「一生懸命?その方元々右京はんを煙たがってはった方の一人どすえ?」

幸子「それがどうしたっていうんですか?」

紗枝「…それが?」

幸子「ボク達はアイドルです。アイドルの仕事はファンの方々を笑顔にすることです。プロデューサーが代わっただけで…」

紗枝「…話になりまへんわ」

幸子「…」

紗枝「ウチらが今までやってこれたんは、ウチらだけの力やない。それをそない言い方…」

幸子「いい加減にして下さい!!」

紗枝「!」

友紀「!」

ちひろ「!」


391: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:17:34.45 ID:HsihVarhO

幸子「貴方は、何の為にアイドルをやってるんですか!?」

紗枝「…」

幸子「プロデューサーの為だけですか!?右京さんの為、それだけですか!?」

紗枝「そ、そないなことは…」

幸子「貴方がここまでやってきたのは、ボク達がここまでやってこれたのは、右京さんの力だけじゃないでしょう!?」

友紀「…紗枝ちゃん…」

幸子「…ボク達の力は、絆はそんな小さなものなんですか…?」

ちひろ「…」

幸子「ボク達の力は、右京さんがいなくなっただけで消えるようなものなんですか?」

紗枝「…」

幸子「…もし違うと言うなら、今すぐ出ていって下さい。そんな簡単に、ボク達のチームを否定出来るなら!!」

紗枝「…!」

友紀「さ、幸子ちゃん…右京さんだって、大事な…」

幸子「そんな事分かってますよ!!」

友紀「…」

幸子「だけど、まだ…まだここにはいるでしょう!?貴方も、貴方も!!ボクも!!」

紗枝「幸子はん…」

幸子「…確かに、右京さんはいなくなってしまいました。…でも…」

友紀「…」

幸子「…まだ、右京さんはいるじゃないですか…」

紗枝「…」

幸子「…ここに」カタ


392: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:18:47.19 ID:HsihVarhO

幸子ちゃんが手に取ったもの。

それは、アタシ達全員集合の写真が貼られていた写真立て。

右京さんはあまり写真に写る事を好んでおらず、その数は少ない。

その中の一番写りの良いものを手に取って、アタシ達に見せた。

その行為が意味するもの。

いくらアタシでも、それは分かる。

「…まだ残ってるでしょう?」

歩み寄り、アタシの胸をぽんと叩く。

「…」

「ボク達が忘れない限り、右京さんはここにいます。ボク達の、心の中に」

「あ…」

今なら、なんとなく分かる気がする。

何故、右京さんが幸子ちゃんをリーダーにすることに賛成したのか。

それは、多数決などではない。

「…」

アタシの目に映る、幸子ちゃん。

その後ろに見える、一人の影。

「…右京…はん…?」

…そうだ。

まだ、ここにいるんだ。

「…」

涙のせいで、見えなくなったけど。

右京さんは、まだここにいる。

「…何泣いてるんですか。二人とも…」

「…幸子ちゃんだって…」

「…それでは、話を、続けましょうか」

一つ咳をしたちひろさんが、アタシ達の真ん中に立ち笑顔で話す。

「…うん」

…でも、その前に。

「ちひろさん」

「…はい」

「…ティッシュ下さい」

「……はい……」


393: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:20:05.21 ID:HsihVarhO

早苗「…いざいなくなると、何か虚しいもんね」

瑞樹「そうね。憎まれ口叩いてたの貴方だけだけど」

早苗「うっさいわね。気遣ってたのよ」

瑞樹「あら?貴方にもそんな優しさがあったの?」

早苗「アタシの半分はバファリンで出来てんのよ」

瑞樹「なら優しさ1/4しかないじゃない」

早苗「それだけあれば十分よ」

瑞樹「…にしても、一番ショックを受けてるのは、あの3人よ」

早苗「そうね。…で、どうするの?」

瑞樹「どうするって…」

早苗「アタシらが出来ることなんて、見守ることくらいよ」

瑞樹「…」

早苗「これからの、あの子らの行く末を…」

瑞樹「…」

早苗「…ん?」

瑞樹「何?」

早苗「…」

瑞樹「…」

早苗「…本当に見守るだけで良さそうね」

瑞樹「…そうね」

早苗「…あー。何か心配して損した…」

瑞樹「損得で考えてたの?やっぱりそういう人間なのね」

早苗「何よ。アタシはバファリンで出来てんのよ」

瑞樹「アンタもうただのバファリンじゃない」

…。

友紀「よーし!今日はアタシが奢っちゃうぞー!!」

紗枝「はいはい。今日はどこのファミレスどすか?」

幸子「ちょ…皆さん速過ぎですよ!」


394: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:21:20.68 ID:HsihVarhO

「…」

「お待たせしましたー!ミルクティーの…セットです!」

「ああ、どうも。そこに置いといてくれますか?」

「あ、はい。…でも、出来立てが…」

「もうすぐ来るはずですから。だから気にしないで」

「?…あ、い、いらっしゃいませー!」

「あ、それ。その人僕と待ち合わせてる人」

「え?あ、は、はい!」

…。

「いやあ、久しぶりだねぇ」

右京「…」

「お前も何か頼んだら?ここのセットは美味しいんですよ」

右京「その前に、確認したいことが一つ、あります」

「何?」

右京「貴方は、小野田官房長で宜しいんですね?」

「…」

右京「どうでしょうか?」

「…」

右京「…」

小野田「うん。よく分かりました」


395: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:22:31.18 ID:HsihVarhO

右京「やはりそうでしたか」

小野田「ちなみに、どうして分かったの?」

右京「僕は、どうやらここでは貴方とは殆ど関わっていないようですから」

小野田「あ、そうなの?」

右京「ええ。それなのに随分僕の事を知っていらっしゃるようでしたから」

小野田「ふーん。まあいいや」

右京「…貴方は、何か聞きたいことは?」

小野田「勿論、ありますよ」

右京「…」

小野田「まず、どうして今回の件で何もしなかったのか。気になりますね」

右京「何もしない、というのは告発しなかったということですか?」

小野田「うん。お前の事だからやると思ってた」

右京「…」

小野田「アイドルの皆に影響を受けたのかな?」

右京「…」

小野田「どうやら今度の相棒達は、一癖も二癖もあったみたいですね」

右京「影響を受けたかどうかはともかく、僕自身も疑問はありました」

小野田「あれ?自分のしたことに疑問があるの?」

右京「ええ。大きな罪を見逃すというのは、少し…いえ、とても心苦しいものでした」

小野田「…」

右京「…」

小野田「…じゃあ、こう考えたらどうですか?」

右京「はいぃ?」

小野田「彼女達の笑顔を再び消す事になるかもしれない…それもまた、大きな罪」

右京「…」

小野田「…お前のキャラじゃないね」

右京「…いえ」


396: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:23:33.34 ID:HsihVarhO

小野田「で?お前はこれからどうするの?」

右京「どうですかねぇ…」

小野田「ここの警察官にでもなる?」

右京「それも悪くありませんが、恐らく僕はもうすぐ戻るでしょう」

小野田「どうして?お前も死んだんじゃない?」

右京「どうでしょう。ただ当初の目標は達成しましたから」

小野田「ふーん」

右京「…これから貴方はどうするおつもりですか?」

小野田「まだ汚職を続けるかってこと?…心外ですね。僕は無関係ですよ」

右京「受け取っている時点で貴方も同じですよ」

小野田「あ、そうだね。じゃあ…辞める原因も出来たかな」

右京「…」

小野田「これからは余生を静かに過ごします。ゆっくりと」

右京「…そうですか」

小野田「お前もさ、大概にしなさいよ。もう良い歳なんだから」

右京「残念ながら、僕はまだそのつもりはありません」

小野田「そっか」

右京「それでは僕はこれで」

小野田「あれ?食べてかないの?奢ってあげようと思ったのに」

右京「僕はもう食べてきましたから」

小野田「ふーん。変わりませんね。お前は。…それじゃ」

右京「…」ペコ


397: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:24:35.68 ID:HsihVarhO

幸子「…右京さんと友紀さんに、そんなことが…」

友紀「あの時はさ、正直驚いたよね」

紗枝「?」

友紀「え?いや…普通さ、スカウトって…何か、名刺渡してはいさよならみたいな感じじゃないのかなって…」

幸子「…確かに、イメージとしては…」

友紀「でもさ、右京さんは違ったんだよね」

紗枝「それはもう…よう分かっとりますわ」

友紀「もう絶対アタシをアイドルにする気満々でさ…。その為なら2時間でも3時間でも10時間でも付き合ってやるって感じでね」

幸子「ボクの時も、そうでしたね…」

友紀「…今になってみると、ぜーんぶ、右京さんの掌の上だったのかなーって」

幸子「…」

紗枝「…」

友紀「でもね?悪い気が一切しないんだよね…」

幸子「どうしてですか?」

友紀「…何だろ…よく分かんないや」

紗枝「よお分からんのに…?」

友紀「だってさ、右京さんって、絶対人を悪く言ったりしないし、絶対に見捨てたりしないんだよね」

幸子「…そうですね…」

友紀「怒られたこともあるけど、それでも見限ったりするなんてこと絶対無かったよね」

紗枝「ウチらが諦めない限り、どこまでも背中を押す…」

幸子「…」

友紀「…不思議な人…」

紗枝「…」

友紀「…だったよね」

幸子「…でしたね」

紗枝「そやったなぁ…」


398: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:25:52.79 ID:HsihVarhO

少し無理をしようと敷居の高そうな店に入ろうとしたところ、制止されて近くのファミレスで落ち着いた。

…アタシのお財布事情は、筒抜けなようだ。

そこでアタシ達は、これからの話に前向きに行こうと語っていた。

だけど、話はいつの間にか思い出話になり、その話題の中心はやはり右京さんになっていた。

そして、その話は幸子ちゃんも紗枝ちゃんも詳しくは知らなかったアタシと右京さんの出会いにシフトされていた。

「人生なんて…重い言葉使いますなぁ…」

「何でだろうね。今思えばこれ、愛の告白みたい」

過去の話でのたうちまわる経験ならたくさんあるけど、それがつい半年前のことだからかのたうちまわろうにも出来なかった。

「…まあ、紗枝さんの事は分かりましたけど…まさか友紀さんも…?」

「うえっ!?さ、流石に無いよ!っていうか向こうもそう思ってるよ!」

紗枝「はて…どうだか…」

「だって考えてみなよ…。少なくとも年齢差30以上あるんだよ?」

「ボク達なんて40はいきますよ」

「これ、絶対無理だって。世間的に」

「まあでも、ウチらの中では…」

「比較的マシな部類…」

「アタシ達の中ではマシって…そんなこと言ったらキリないじゃん!」

「ふふ。冗談冗談…」

「もー…」

思い起こせば、密度の濃い時間だった。

…けど。

「…でも、楽しかったね…」

「楽しい事ばかりじゃなかったですけどね…」

「…まあ、そうだけど…」

「全て踏まえた上で、楽しい時間…」

「まあ、ね…」

…だけど。

「…せやけど…」

「…ええ」

「…もう、いないんだよね…」

…それは、もう。

過去の話となっていた。


399: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:27:07.80 ID:HsihVarhO

紗枝「…さ!思い出に浸ってる時間もありまへん!」パン

幸子「紗枝さん…」

紗枝「幸子はんが言うたんどすえ?これからも何とかやってく、と…」

幸子「…そう、ですね…」

友紀「…紗枝ちゃんは、その…」

紗枝「…確かに、初めは右京はん目当てでここに来ましたわ。それは認めまひょ」

幸子「公然の事実ですけど」

紗枝「…せやけど、もう…それだけやないんどすわ」

友紀「…」

紗枝「こんな深く、太く繋がったん、もう千切りようがない…」

幸子「…」

友紀「…」

紗枝「…ちゃいます?」

友紀「…うん!」

幸子「はい!」

紗枝「ほな、先ずはユニットデビューしたゆうことで…勿論!歌は欲しいどすわ…」

幸子「あ、それボクも思いました!」

友紀「じゃあさ!歌詞はアタシ達で書くとか!」

紗枝「ええどすなぁ。その代わり野球系の単語は禁止どすえ」

友紀「え!?アタシのアイデンティティが!!」

幸子「なら紗枝さんは京都系禁止で」

紗枝「ほんならカワイイ禁止」

幸子「もうボク達のアイデンティティ無いじゃないですか!!」

紗枝「…」

幸子「…」

友紀「…」

紗枝「…ふふっ」

幸子「ふふふっ」

友紀「えへへ…」

…右京さん。

アタシ達、これからも何とかなりそうだよ。


400: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:28:26.82 ID:HsihVarhO

今西「…」

米沢「…」

今西「…君も、か」

米沢「ええ。実を言うと私、ヘッドハンティングなるものを受けまして」

今西「…そうか。それは…良かった」

米沢「貴方はどうするおつもりですかな?」

今西「…私は、まだ残らなくてはならない」

米沢「ふむ。そうですか…」

今西「…来年」

米沢「む?」

今西「来年、新しい人材がここに来る。部長職から始めるそうだ」

米沢「おや。ここでもヘッドハンティングですか」

今西「…いや、そうではない」

米沢「…とすると、社長の親族の方ですかな?」

今西「ああ。まだ私も二、三話した程度だが…かなり面白い人間だったよ」

米沢「面白い…とは?」

今西「まるで、彼らを見ているようだった。…若々しい目をしていたよ」

米沢「ほう…貴方の言う彼らとは…例のお二方ですかな」

今西「…願わくは…彼女がこの世の中に流されないよう…」

米沢「…」

今西「私が出来る罪滅ぼしは、それくらいだ」

米沢「…そう、ですか…」

今西「しかし、君がいなくなるとすると…いよいよもって私の昼時の話し相手がいなくなるな…」

米沢「おや?まだいるではありませんか」

今西「む…?……ああ…」

「部長!今西部長!」

今西「…そう…だね…」

米沢「それでは私はこれで。彼にもよろしく伝えておいて下さい」

今西「ああ」

「今西部長!」

今西「どうしたかね?」

「…今西部長。その…杉下係長が…」

今西「ああ。だが気に病むことはない。彼は満足して辞めていったよ」

「…」

今西「…君も、満足出来る人生を送りたまえよ」

武内P「…はい」


401: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:29:21.02 ID:HsihVarhO

友紀「…ただいまー」ガチャ


友紀「ふー…今日は食べ過ぎちゃったなあ…」


友紀「ビールは…あ…やめとこ。太ったらヤバイし…」


友紀「お風呂、入ろっかなぁ」


友紀「…あ!その前に…野球野球…」

『♪』

友紀「ん?」

『♪』

友紀「あれ?…この着信音って…」

『杉下 右京』

友紀「!!?」バッ


402: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:30:22.53 ID:HsihVarhO

右京『もしもし』

友紀「もしもしじゃないよ!!今までどこで何やってたの!?」

右京『何処かで何かをしていました』

友紀「そ…そんな冗談…」

右京『まだやり忘れた事があることに気づきましてねぇ』

友紀「え…な、何!?」

右京『最後に別れの言葉を言おうと思っていたのですが、どうにも思いつかず…お時間を頂きました』

友紀「…わ、別れって…」

右京『…というわけで、一言だけ』

友紀「…」






右京『頑張って下さい』ブツ


403: ◆GWARj2QOL2 2016/05/09(月) 01:31:21.60 ID:HsihVarhO

「…」

…最後に残した言葉が…それ?

「…ふ…ふふ…」

…頑張って下さい…。

「…本当、勝手な人だなぁ…ここまで人を巻き込んでおいて…」

…でも、良いや。

それが、杉下右京なんだから。

「そうだね…」

これからも、アタシ達は頑張るよ。

右京さんに負けないくらい。

ずーっと、頑張っていくよ。

「…」pipipi

…右京さん。






『ありがと!!』

…ビール、飲んでも良いよね?





転載元:右京「346プロダクション?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457957833/



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