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トップページ765プロ > 貴音「月光島葬送曲」:後編

335: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:07:04.34 ID:4468BhVXo

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

…………終わりの時が近づいている。この場にいる誰もがそれを感じていただろう。

大芽「事件の真相がわかったって…………本当なのか?」

歩留田「そ、それに……この中に犯人がいるだなんて……」

貴音「……………………」

彼女は黙ったまま頷く。

――銀色の王女の視線は、既に真実を捉えている。

ミサリー「……それじゃあ聞かせてもらおうかしら。あなたの推理をね」

貴音「……いいえ」

ミサリー「?」

彼女は最後の舞台で唄い始める――謎の答え、そのすべてを。

貴音「これから話すのは……推理ではありません。この島で起こった……真実なのです」

関連SS
貴音「月光島葬送曲」:前編

貴音「くおど、えらと、でもんすとらんだむ」

336: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:08:11.65 ID:4468BhVXo

貴音「まずは、事件の経過を確認しておきましょう」

P「事件の経過か……最初に異変が起こったのは、やっぱり……」

歩留田「橋が燃えたこと、ですよね?」

ミサリー「昨日の夜中11時頃だったわね」

大芽「その後、怪鬼が死んでるのが見つかったんだったな。あれはたしか……」

P「深夜の2時ですね。俺が部屋に差し込まれた差出人不明の手紙の指示に従って、林の中で遺体を見つけたんです」

貴音「プロデューサーはその後満月荘まで戻り、遺体を発見したことを伝えました。そして一人、
部屋から出て来なかった怪鬼監督の遺体を皆で発見します」

P「一番の問題は、俺が林の中で遺体を見つけてから、満月荘の監督の部屋でもう一度遺体を見つけるまでがたった15分の間の出来事だということ……」

貴音「その後もう一度林の中を探したところ、やはり遺体は消え去っていました。犯人によって移動させられていたのは間違いないでしょう」

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337: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:09:13.04 ID:4468BhVXo

貴音「確認はこのようなところで十分でしょうか」

大芽「まず最初に聞かせてくれよ。どうして俺達の中に犯人がいるってことになるんだ? あの短い時間で死体を移動させることが出来たのは、少なくとも俺たち以外の誰かって話じゃなかったのか?」

貴音「プロデューサーを呼び出した手紙の件でも説明したように、この島に撮影と無関係な人間が潜んでいるということは考えづらいことです。それを踏まえると……ここにいる以外の人物、それは三日月荘の誰か、ということになります」

歩留田「そうじゃないんですか?」

貴音「先程、プロデューサーからとらんしぃばぁのことは説明があったのでしたね?」

ミサリー「ええ。あなた達が内緒で向こう側の春香ちゃんたちと連絡をとっていたってね」

貴音「そうです。そして春香たちに確認が取れました。昨日以降、三日月荘から姿を消した人物はいない、とのことです」

歩留田「あっ、それじゃ…………」

貴音「橋が燃やされたのが夜の11時。つまりそれ以降は三日月島と満月島の行き来はできなくなっていたのです。監督が殺されたのは明らかに『それ以降』のこと。犯人は監督を殺害した後で三日月島に戻ることは出来なかったはずです」

ミサリー「……なのに、三日月荘からいなくなった人間はなし……となれば、やっぱりこの中の誰かが、ってことね」


338: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:10:13.87 ID:4468BhVXo

P「……貴音。それで……犯人は、一体……誰なんだ?」

貴音「…………わかりました。お教えしましょう」

貴音は居間にいる全員を一度ずつ見渡す。

ミサリー「……………………」

大芽「……………………」

歩留田「……………………」

貴音「犯人は…………」

白い右手がゆっくりと上がり…………やがて、その人差し指は一人の人物へ向けられた。


339: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:12:04.62 ID:4468BhVXo





貴音「犯人は、あなたです。…………ミサリー殿」




ミサリー「……………………へぇ?」






340: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:15:02.72 ID:4468BhVXo

歩留田「ミサリーさんが…………?」

大芽「ほ、本気で言ってるんだろうな……?」

ミサリー「ぜひ聞かせてほしいわね。どうして私が犯人ということになるのかしら?」

ミサリーさんはまるでうろたえた様子がない。……本当に、この人が?

貴音「もちろん、それをこれから説明していきます」

貴音もまた、表情に緊張は見えない。口調もいつものとおり穏やかだ。

ミサリー「それじゃあ最初に聞かせてもらうわ。犯人はたった15分の間に怪鬼監督の遺体を林から満月荘の部屋まで運んだ。いいえ、私たちはプロデューサーくんに居間に呼び集められた後で部屋に向かったのだから、時間の猶予は正味10分もなかったでしょう。それになにより、私はプロデューサーくんが林から戻ってきた時、既に満月荘の中にいたのよ?」

貴音「僅かな時間で遺体を監督の部屋まで運ぶ…………。それに、プロデューサーよりも速く満月荘に到着しておかなければならない…………」

ミサリー「そんなことが、私に出来たとでも?」

貴音「いいえ、それは不可能です」

貴音は平然とした様子で答えた。

ミサリー「…………気に入らないわね。そうまであっさり認めるにはなにか理由があるんでしょう。さっさと言いなさいな」

貴音「ふふ……失礼しました。では言い直します。それは不可能ですが……見方を変えれば可能となります」


341: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:16:27.61 ID:4468BhVXo

ミサリー「見方を?」

貴音「そうです。遺体を林から満月荘の部屋へと運んだ…………そう思い込ませることが犯人の狙いだったのです」

P「思い込ませるって…………実際はそうではなかったってことか?」

貴音「ええ。手がかりは3つ。高所で首を吊られた死体、ろぉぷの結び目が固くてぇぷで固定されていたこと、そして……消えた二つの衣装」

歩留田「二つの衣装、というのは?」

貴音「歩留田殿、あなたが持ってきた衣装けぇすには出演者の衣装がそれぞれ2着ずつ用意してあったのですよね?」

歩留田「え、ええ。不測の事態に備えて予備も入れてありました」

貴音「監督の遺体に着せられていた殺人鬼の衣装ですが……あれは予備の分まで無くなっていたのです」

歩留田「え……? それ、本当ですか? おかしいな……たしかに出発する前にあるのを確かめたのに」

貴音「……予備の分もまた、犯人が持ちだしたのです」

P「予備を…………ってことは…………まさか……!」

貴音「そうです…………。『犯人は二つの殺人鬼の衣装を用いることで、林の首吊死体と怪鬼監督の死体を同じものだと誤認させた』のです」


342: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:17:28.09 ID:4468BhVXo

P「俺が林の中で見つけたのは、監督じゃなかったっていうのか……!?」

貴音「あの衣装は黒頭巾で顔が隠れるようになっています。高所に遺体が吊るされていたことと夜の暗さもあって、近くで見なければ監督かどうかの判別はできなかったはずです」

大芽「しかし、そんなの発見したやつ次第でわからないじゃねぇか。もしかしたら死体を下ろして確認しようとするかもしれねぇ」

P「そうか……! 『できなかった』んだ…………!」

大芽「ああ?」

貴音「そう……プロデューサーには首吊死体を下ろし、近くで確認することはできませんでした。それができないように、犯人はろぉぷの結び目にてぇぷで補強をしていたのです。死体を降ろすことを諦めさせ、人を呼びに行かせるために」

P「俺に林の中で死体を発見させる……そのために、俺を手紙で誘導したのか」

貴音「林にあった死体が監督のものではなかったら、本物の監督の遺体はどこにあったのでしょうか? …………当然、最初から監督の部屋にあったのです。監督を殺害し、衣装を着せた後はそのまま部屋から移動されてはいなかったのです」

P「俺が林の中で見つけた死体と同じだと思わせるために、監督の遺体にも同じ格好をさせたのか」

貴音「それに加え、首を吊られていたように見せるために縄目の痕まで偽装したのです」


343: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:18:19.83 ID:4468BhVXo

P「監督の遺体は最初から部屋にあった……それはわかったよ。でも俺が林の中で見つけたのは」

ミサリー「問題はまだ残ってるわよ。私はプロデューサーくんが戻ってくるより前に満月荘にいたのよ。それはどう説明するの?」

なんだ……? 今、俺の言葉を無理やり遮ったような…………。

貴音「それも簡単なことです」

ミサリー「へぇ……どうやったっていうの?」

貴音「犯人は、僅かな時間に死体が移動させられたと思わせるために、プロデューサーが林で死体を目撃した後はすぐに死体を回収したはずです。つまり、首吊死体のあったすぐ近くの場所に犯人は隠れていたのです」

P「あのとき犯人が近くに隠れていた……?」

貴音「夕方頃に私達が見つけた、崖の手前の茂み……おそらく、あの辺りに」

P「たしかにあそこなら誰か隠れていたとしても、暗い夜中には気づかなかっただろうな…………」

ミサリー「犯人はそこに身を潜めておいて、そのあと満月荘へ戻るプロデューサーくんを追い越して先に待ち構えていたっていうの?」

貴音「いいえ。ただ単に、後ろを追いかけただけです」

P「追いかけた……って」


344: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:19:11.28 ID:4468BhVXo

貴音「死体の回収を終えた後で犯人はプロデューサーを追いかけて、満月荘へ戻ったのです」

P「そんなバカな……だってミサリーさんはたしかに」

貴音「機会ならば、あったはずです。プロデューサー、満月荘へ戻り最初に何を?」

P「ええっと……貴音に、みんなを居間に集める手伝いを頼んで……」

貴音「ひとつはそこです。その間にミサリー殿は玄関から入り、反対側の廊下にあるトイレに身を隠していたのです」

P「ひとつは、ということはまだ他にも?」

貴音「もう一つは、プロデューサーが歩留田殿を呼び起こしている最中です。あの部屋をノックしている間は背後の廊下は死角になります。私がプロデューサーと交わしたのはごく短いやり取りでしたから、犯人が戻ってくるまでの時間を考えれば後者のほうが可能性は高いかと」

P「あのときか…………」

貴音「あとはさり気なく合流し、ちょうどトイレに入っていた、などと適当な理由を述べるだけです。プロデューサーが先に監督や歩留田殿の部屋を訪ねに行ったとしても、それはそれで好都合、ミサリー殿はその間に部屋に戻ればいいだけです」


345: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:20:18.79 ID:4468BhVXo

ミサリー「なるほどね……たしかにそれなら可能でしょう。でも、それではまだ私が犯人だとは決めつけられない、そうでしょう?」

貴音「……その通り。プロデューサーに頼まれた私が直接、部屋にいるのを確認した大芽殿は犯人から除外されます。ですが、歩留田殿の場合は先ほど言ったようにプロデューサーが私と話をしている間ならば隙を突いて部屋に戻ることが不可能ではありません」

歩留田「ぼ、僕ですかぁ!?」

ミサリー「……なのにどうして、私を犯人だと?」

貴音「実際、私もつい先程まではどちらが犯人か断定できていませんでした。しかし…………あなたのある発言で、ようやく確信を得たのです」

ミサリー「私の……発言で?」

貴音「…………『金太郎』、です」


346: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:21:08.03 ID:4468BhVXo

P「金太郎…………? 一体何を……?」

貴音「先程、ミサリー殿が犯人のことを揶揄して言った言葉です。『まるで金太郎ね』と……間違いありませんね?」

ミサリー「たしかに言ったかもね…………で、それが?」

貴音「どのような意図があってあのようなことを?」

ミサリー「……………………?」

貴音「ではこちらから指摘しましょう。『まさかり担いだ金太郎』…………つまり犯人が斧を使っていたことから出た発言では?」

ミサリー「……それがなにか?」

その瞬間、貴音が僅かに笑った。

貴音「……あなたは今、言い逃れる最後の機会を逸しました」


347: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:22:52.41 ID:4468BhVXo

ミサリー「一体何が言いたいの?」

貴音「では、大芽殿、そして歩留田殿にお聞きしましょう。……今の会話を聞いていて、不思議に思ったことはありませんか?」

大芽「ん…………あ、ああ…………」

歩留田「…………ええと、その……………そういうことですよね……?」

ミサリー「なに……? なんなの……?」

大芽「ミサ…………お前…………『どうして知ってたんだ?』」

ミサリー「知ってる…………? なにが……………………………………………………………………………………あ…………ッッ!!」

貴音「ようやく、気がついたようですね。そう……私達はあのときまだ、『斧のことなど一言も話していなかった』はずですよ? 犯人がろぉぷ切断に用いた道具を見つけた、ただそう言っただけで、それが斧だということまでは伝えなかったはずです」

ミサリー「くっ…………!」

貴音「大芽殿に大きな刃物の所在について尋ねた時、同じ場にいたあなたは明らかにきゃびねっとの中身を知らないという反応を示していました…………。その直後、私たちはきゃびねっとの中を調べ、斧に洗われた痕跡が残っていたことから、そこで初めて犯人が使った道具は斧なのだと判断したのです。その後、危険だからという理由で中身は回収し、部屋のベッド下に隠しておきました。であるのに…………『きゃびねっとの中身を確かめる機会はなかった』はずなのに…………なぜあなたは、犯人が斧を使用したということを知っていたのでしょうか?」

ミサリー「……………………」

貴音「答えは簡単です。あなたが犯人だから、なのです」


349: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:24:48.89 ID:4468BhVXo

ミサリー「……………………」

貴音「……何か反論はあるでしょうか?」

ミサリー「反論、ですって…………?」

ミサリーさんは皮肉めいた笑いを浮かべる。

ミサリー「あるに決まってるでしょう……! そんなたった一つの発言だけで犯人に決めつけられちゃあたまんないわよ!!」

貴音「…………受けましょう」

ミサリー「あなたの推理は、犯人が斧を使ったということを知れたはずがない、ということが前提になっているわ。たしかにそうかもしれない、でも連想することなら出来たのよ」

貴音「連想?」

ミサリー「大芽さんと話しているうちに聞いたのよ。あのキャビネットの中には斧が入っていたこともね。林の木に大きな亀裂を残すような刃物よ? 普通は斧を使ったんだろうって連想するもんじゃないかしら?」

貴音「大芽殿。斧がきゃびねっと内にあったと話したのですか?」

大芽「………………どう、だったかな。忘れちまったよ」

P「大芽さん……! 忘れたってことはないでしょう!? まさかミサリーさんをかばって……!」

ミサリー「……………………」


350: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:25:51.26 ID:4468BhVXo

大芽「…………斧のことを話したかどうか? 俺は憶えてねぇ……それだけだ……!」

大芽さんは痛みに耐えるかのように目を瞑りながら言う。

ミサリー「…………本人が憶えていないというのなら仕方ないわね」

貴音「…………『木に亀裂があった』というだけで斧を使ったと連想した、ですか……随分と苦しい言い訳では?」

ミサリー「アッハハ! 苦しくて結構! でもこれで、あなたも私の反論を否定できないでしょう!?」

貴音「……………………」

P「貴音…………」

ミサリー「後一歩だったのに……惜しかったわねぇ? 探偵サン?」

貴音「…………ふふ」

ミサリー「……なに?」

貴音「言ったはずです……あなたは既に、最後の機会を逸していると」

ミサリー「……なにを」

貴音「――あなたの急場しのぎの言い逃れなど、全て叩き伏せると言っているのです!」

ミサリー「ッ!……そう、やってみなさいな……やれるものならッ!!」


352: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:26:36.76 ID:4468BhVXo

貴音「あなたの反論の根幹にあるのは、『大芽殿からきゃびねっと内に斧があるという話を聞いた』ために、犯人が斧を使ったのだと連想したことですね?」

ミサリー「そのとおりよ」

貴音「では、そこを崩させて頂きます」

ミサリー「フン、どうやって?」

貴音「大芽殿。きゃびねっとの中を見たのはいつだったとおっしゃいましたか? これは確認のためです。プロデューサーも聞いていたので嘘は通じませんよ?」

大芽「…………怪鬼の遺体を発見して、窓を塞ごうと金槌と釘を取りに来た時だ」

貴音「……私もそのように記憶しております。中を見たのは、その一回限りで?」

大芽「ああ、そうだ」

貴音「ありがとうございました。…………これで、ミサリー殿の反論を崩せます」

ミサリー「なっ……!?」


353: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:27:30.54 ID:4468BhVXo

貴音「大芽殿…………あなたはきゃびねっと内に斧が入っていた、などと話せるはずがないのです」

大芽「ど、どうしてだ?」

貴音「あなたが金槌を探してきゃびねっとの中を覗いた時、『斧は入っていなかった』からです。そもそも記憶に無いものを『あった』と言えるはずがありません。犯人ではあり得ない大芽殿がミサリー殿にそんな嘘をつく必要もない」

大芽「どうして俺がキャビネットの中を見た時、斧が入っていなかっただなんて……」

貴音「犯人は林の死体を急いで隠す必要があった。プロデューサーについて満月荘へ戻るのが遅れれば怪しまれる危険があるからです。作業短縮のためにろぉぷ切断に斧を用いました。しかし、その斧を回収する機会が犯人にいつあったでしょうか?」

大芽「……あ……っ!」

貴音「プロデューサーでさえ重いと感じる斧を、担いで満月荘まで走るのは不可能。まず間違いなく、『犯人は斧を林の中に放置していった』はずなのです。おそらく偽の死体と同じ場所にでも隠しておいたのだと思います。私達が解散し、ほとぼりが冷めた頃を見計らって斧は回収されたのでしょう。つまり、大芽殿がきゃびねっとの中を覗いた時、斧は林の中にあったはずで、大芽殿は斧の存在すら知らなかったはずなのです」

大芽「だがっ……!」

ミサリー「もういいわ。古い仲だからって庇ってくれるのはありがたいけど、それ以上はあなたに悪いわよ、大芽さん」


354: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:28:03.62 ID:4468BhVXo

貴音「……犯人であること、認めて下さるのですね?」

ミサリー「ええ、もうさすがに弾も尽きたわ。降参よ」

歩留田「ミサリーさん…………どうして監督を……?」

ミサリー「あなた達、元造さんの日記を見つけたと言っていたわね。だったらそこに書いてあったんじゃないかしら?」

貴音「六能視織殿の一件、ですね?」

ミサリー「…………そうよ。彼女は彼らに殺されたの」

大芽「殺された……?」

歩留田「事故死のはずじゃ……?」

P「…………元造さんの日記に書いてあったんです。部屋から取ってきましょう」

部屋においてあった日記帳を取ってきて、該当のページを開いて大芽さんに渡す。大芽さんは読み終わるとそのまま歩留田くんに渡した。


355: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:28:56.14 ID:4468BhVXo

歩留田「本当に……こんなことが…………?」

日記帳から顔を上げて歩留田くんが言う。

ミサリー「全て事実よ。視織ちゃんは輪留貞義に殺されて、怪鬼元造と怪鬼正造はそれを事故死に見せかけようとした。そしてその思惑は成功したのよ」

大芽「じゃあ、怪鬼を殺したのは視織ちゃんの復讐か?」

ミサリー「そのとおり。私はあの子のことを実の妹のように思っていたわ。あの子の死が事故死ではない、そして私のよく知る人間がその死に関わっていると知った。警察に話すなんて選択肢は私にはなかった。ただこの手で仇を討ってあげようという考えしか思い浮かばなかったのよ」


356: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:29:32.55 ID:4468BhVXo

大芽「橋を燃やしたのもお前がやったことなのか?」

ミサリー「……いいえ。あれは違うわ。だってアリバイの確認だってしたじゃない」

歩留田「そ、それじゃ……橋を燃やしたのは別の人が?」

ミサリー「詳しくはわからないけど、三日月島の誰かが橋を燃やしたってことでしょうね」

貴音「……………………」

ミサリー「私にとっては偶然の出来事だったわ。私が殺すつもりだったのは3人だから、監督以外の二人については諦めざるを得なかった。でも監督を殺すということだけに限れば、三日月島から余計な邪魔が入らなくて好都合だとも思ったの」

P「そして……あなたはとうとう監督を……?」

ミサリー「まず、監督の部屋を尋ねたわ。相手はまさか私に殺されようとしているなんて思ってなかったから、台所から拝借してきた包丁で簡単に殺すことが出来た……。少し手間取って窓が割れてしまうというアクシデントはあったけど…………誰も音を聞きつけて様子を見に来たりはしなかったわ」

歩留田「やっぱりあの時のは窓が割れた音だったのか……」

ミサリー「そう。歩留田くん、あなたが不審に思って部屋を訪ねてきたら、私の計画はパァになるところだったのよ」


357: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:30:21.94 ID:4468BhVXo

ミサリー「死体に殺人鬼の衣装を着せ終わったら、林に移動して、予備の衣装を着せた人形を吊るしておいたのよ」

P「に、人形……? あれが……?」

ミサリー「驚くのも無理ないわ。あれはただ布を丸めて人の形を模しただけの人形なのよ」

P「でも……首の部分の肌は……? それに、血も……」

ミサリー「首の部分には特殊メイク用のシートを使ったのよ。少しだけならあんなものでも十分誤魔化せる。血は監督の遺体から少し抜き取っておいたものよ」

P「本当に……人形だったのか…………」

だが、そう考えれば細身のミサリーさんが死体を吊り上げることが出来たという説明にもなる。布でできた人形ならば大した重さではないだろう。

ミサリー「手紙で呼び出しておいたプロデューサーくんに首吊人形を目撃させた後は、彼女が説明したとおり、茂みの奥に人形とロープ切断に使った斧を隠しておいたわ。あとはほとぼりが冷めるのを待って、人形は幾つかに分断した後で海へ捨てた。斧はなくなっていることが後でバレるかもしれないと思って、洗ってからこっそり戻しておいたのよ」


358: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:31:54.98 ID:4468BhVXo

ミサリー「……以上が、私のとった行動のすべて。納得いただけたかしら?」

貴音「……………………」

貴音はじっとミサリーさんを見据えるばかりで、言葉を発しない。

ミサリー「…………お見事よ、探偵さん。あなたの勝ちだわ」

貴音「…………私の勝ち、ですか。…………ふっ」

彼女は呆れたように笑うと、右手で髪をかき上げる。そして、ミサリーさんへ鋭い視線を向ける。

貴音「甘く見られたものです…………。このような結末で、私が納得できるとでも……?」

P「貴音……? 一体何を……?」

貴音「大方、『犯行が露見してしまった場合はそう言い訳しろ、と言いつけられていたのでしょうね?』」

ミサリー「――ッ!!」


359: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:33:48.93 ID:4468BhVXo

貴音「私は『あなた方』が何をやったのか、全て知っているのです。……これ以上無駄なあがきはやめていただきたいですね」

大芽「ちょっ、ちょっとまて……あなた方って……」

歩留田「まるで、犯人がもう一人いるみたいな…………」

貴音「そのとおり。…………ミサリー殿には、『共犯者』がいるのです」

ミサリー「なっ、なにを根拠に…………!」

貴音「そう考えなければ、説明がつかないことがあるのです。…………では、そろそろ第二幕へとまいりましょうか……!」


360: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:34:58.96 ID:4468BhVXo

【天海春香】
~三日月荘 玄関ホール~

春香「…………いい? さっき輪留さんの部屋で見つけた『アレ』のことは絶対に他の人の喋っちゃだめだよ?」

千早「うん……犯人に繋がる重要な手がかりだものね」

春香「まさかベッドの下にあんなものが残ってるなんてね…………」

千早「きっと犯人も気が付かなかったんでしょうね」

春香「あれを警察に調べてもらえばすぐに事件は解決、だよね」

千早「でも、あそこに置いたままで本当に大丈夫かしら?」

春香「私達が下手に触っちゃうと怒られるかもだし…………」

千早「それはそうだけど…………」

春香「とにかく、警察に伝えて真っ先に調べてもらうってことでいいんじゃない?」

千早「わかったわ。それじゃあもう今日は休みましょう」

春香「うん。部屋に戻ろう」

私たち二人は階段を上って2階の部屋へと向かった。


361: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:37:15.71 ID:4468BhVXo

――……約1時間後。

~三日月荘 輪留の部屋~

???「……………………」

男は部屋の照明もつけずに、ゆっくりとした足取りで部屋の奥へ進む。音を立てぬように、見られぬように。

???「……………………」

手に持った小型の懐中電灯の明かりだけを頼りに、ベッドの脇へと移動して、屈みこむ。

何かを探すかのように、ライトの明かりをベッドの下で左右に揺らす。

???「……………?」

そのとき、静寂を打ち破るようにけたたましく扉が開かれた。

「お探しのものは見つかりませんよ?」


少女の声。


???「――ッ!?」

男の顔に少女が持った懐中電灯の光が向けられる。

男もまた、眩しさに目を細めながらも少女の顔を見る。――天海春香。

「……やっぱり、あなただったんですね」

天海春香の傍らに立つもう一人の少女が言う。こちらは如月千早。


362: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:37:52.87 ID:4468BhVXo

???「……………………」

春香「……変なことは考えないでくださいね。他の二人もすぐそこで待機しています」

女二人に男二人。奥に控えた二人は武器のようなものを持っているかもしれない。一人で同時に相手取るのはさすがに無謀というものだ。

千早「……すみません。あなたを罠にかけさせてもらいました」

???「…………ッ!」

男はようやく理解する。

――『すべてこの二人にしてやられた』ということを。

春香「……あなたが犯人だということ、これから説明していきます。……よく、聞いてください」


363: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:38:45.78 ID:4468BhVXo

――……約2時間前。

~三日月荘 春香・千早の部屋~

春香「……さて、『考えてみよう』と意気込んでみたはいいものの……」

千早「なにから考えていけばいいのやら…………」

春香「とりあえず、事件の経過を確かめてみようか?」

千早「いいと思う。やってみましょう」

春香「まず、昨日の夜11時頃、橋が燃やされたんだよね」

千早「プロデューサーからの情報で、橋が燃やされた時間とその時間は満月荘のメンバーにはアリバイがあったということを知ったわ」

春香「橋を燃やした人がいるとすれば、それは三日月荘の中の誰かだろう、って話だったね……」

千早「私たちは犯人に睡眠薬を盛られていて、夜の間はぐっすりと眠らされていた。だから三日月荘には誰ひとりアリバイを持った人がいなかった…………」

春香「…………そして今朝、シャワー小屋で元造さんの遺体が見つかった」

千早「遺体は胴体と四肢をバラバラに切断された上で、首をロープで吊るされていた…………犯人は一体なんでこんなことをしたのかしら?」

春香「……ぜんっぜんわかりません」


364: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:40:29.88 ID:4468BhVXo

千早「……とりあえず続けましょうか。その後、本土や満月荘との連絡手段も断たれていることがわかって、私たちは他の人達には内緒でプロデューサーとトランシーバーを使って連絡を取るようにした」

春香「それからしばらくして、夕食を作ったんだよね」

千早「輪留さんと寺恩さんには誘いを断られたけど……」

春香「お風呂から出た後で輪留さんと台所で会って、そのまま夜食を作ってあげることになって…………そして…………」

千早「出来上がったことを伝えようと部屋に向かった所で、輪留さんの遺体を発見した…………」

春香「密室の謎はもう解けたも同然だけど…………ひとつ気になることがあるんだよね」

千早「気になること?」

春香「うん……ほら、輪留さんの口から首元にかけてお茶がこぼれてたでしょ?」

千早「そういえばそんなことがあったわね」

春香「あの時は自殺を前にした恐怖から手が震えてこぼしたんじゃないかってことになったけど…………輪留さんは自殺じゃないんだよ? だったらどうしてお茶をこぼしたりしたんだろう……?」


365: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:42:05.35 ID:4468BhVXo

千早「……私も気になっていたことがあるの」

春香「なに?」

千早「これを見て」

春香「さっき作ったアリバイ表?」
B9X9ntO


千早「うん。輪留さんは9時35分から10時10分までの間に殺されている……。そうよね?」

春香「うん」

千早「密室のからくりは、窓の外からテープと糸を使って鍵をかけるというものだった?」

春香「……うん。……あっ」

千早「気がついた? 犯人はそうやって一度外に出ている。でも『戻り』はどうしたのかしら?」

春香「1階と2階の移動には江久さんのいた階段を通るしかない…………」

千早「そうよ。そしてその時間中に階段を通った人は……」

春香「…………寺恩さん?」


366: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:42:40.76 ID:4468BhVXo

千早「でも、そう単純じゃないのよね」

春香「……江久さんが嘘を付いている可能性もあるから?」

千早「うん……江久さんが犯人なら誰にも見られることなく階段を通ることが出来たはず……」

春香「…………ねぇ千早ちゃん?」

千早「え?」

春香「なんか変な感じがしない? なんていうか、なにか見落としてる気がするんだよね…………」

千早「見落とし…………そうね。たしかに私もなにか…………あ、そうだわ、思い出した!」

春香「なにを?」

千早「さっきプロデューサーに連絡を取ろうとして外に出た時に、違和感を感じたのよね……それが関係しているような…………」

春香「ああ、あのとき千早ちゃん、扉をじっと見つめてたけど…………」

千早「扉……そうか、わかったわ!」


367: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:43:16.81 ID:4468BhVXo

千早「扉の音よ! あの扉、立て付けが悪くなっててきしんだ音がしたでしょ?」

春香「そうだね。ゆっくり開けても結構音が……」

千早「『犯人が玄関から入ってきたのだとしたら、すぐ近くの階段にいた江久さんがその音に気が付かないはずがない』のよ!」

春香「あっ……! そっか……! 江久さん、そんな音聞いたなんて言ってなかったもんね……!」

千早「考えられるとすれば…………」

春香「江久さんが嘘を付いている?」

千早「それもありえるけど、それだけじゃない…………『犯人が玄関を通らなかった』のかもしれないわ」

春香「犯人が玄関を……って、それじゃどうやって外から三日月荘の中に戻ったの?」

千早「簡単よ。思い出して、犯人は輪留さんの部屋へ侵入するのに脚立を使ったのよね?」

春香「……もしかして!」

千早「そうよ。犯人は犯行後、そのまま玄関から戻ったのではない。かといって1階の窓は物入れ、食堂共に開くことが出来ないようになっていた。だから犯人は『脚立を使って2階の自分の部屋の窓から三日月荘の中に戻った』んじゃないかしら?」


368: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:44:15.89 ID:4468BhVXo

春香「……ん? でも、それじゃ犯人は脚立を物入れの中にしまえないよね?」

千早「……しまえない?」

春香「うん。だって脚立は外に出しっぱなしになっちゃうでしょ? 窓から運び入れたとしても結局は江久さんのいる階段を通らなきゃいけないし……」

千早「そう、よね……しまえないんだわ。じゃあこれははずれかしら?」

春香「……………………あ?」

千早「なに?」

春香「…………ち、千早ちゃん!」

千早「ど、どうしたの?」

春香「私、大変なことに気がついちゃったかも!」


369: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:45:16.78 ID:4468BhVXo

千早「どういうこと? 何に気がついたの?」

春香「私達、輪留さんが殺された時間、どこにいた!?」

千早「え……だ、台所?」

春香「そうなんだよ…………脚立を持ち出すことは前もって外に運び出しておいたんだとすれば誰にでもできるよ。でも、犯行後、元あった場所にしまうのは全く別の問題…………階段には江久さんがいたし、それになにより物入れの入り口は、台所から丸見えの位置にあるんだよ? ってことは、『私達が台所にいた間は、犯人は物入れに脚立をしまえたはずがないよね?』」

千早「あっ…………」

春香「物入れの窓は封鎖されていたからちゃんと入口から入るしかなかった。なのに……」

千早「私たちは物入れに入った人を見なかった…………でも、もしかしたら私達が気づかなかっただけかも……」

春香「私達二人の隙を突いて物入れに出入りするなんてリスクの高いことを犯人がやるとは思えないよ……その後のことを思い出してみよう? 私達が、夜食が出来たことを輪留さんに伝えに行こうと思って台所を出て…………」

千早「階段で江久さんに会った……」

春香「その後、江久さんは2階の階段側で腹筋を始めて…………私たちは部屋の前で輪留さんに呼びかけた」

千早「でも返事はなくて、江久さんが鍵を壊したりして騒いでるうちに寺恩さんと四谷さんが部屋から出てきて…………」

春香「そのすぐ後、輪留さんの遺体を見つけた…………」

千早「…………つまり、『私達が台所を離れた後も、誰も物入れに入ることが出来なかった?』」


370: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:47:59.05 ID:4468BhVXo

春香「…………じゃあ、『犯人はいつ、脚立を物入れの中に戻せたんだろうね?』」

千早「『輪留さんの遺体を見つけた後』しか…………?」

春香「でも、私たちは遺体を見つけてからずっと輪留さんの部屋にいたよ。密室の仕掛けに気がついてそのまま物入れに向かったから、輪留さんの部屋にいた人には不可能だったはず……」

千早「あっ、でも…………」

春香「『私達が遺体を見つけてから、脚立を調べに行くまでに、一人だけ部屋を出て行った人がいたよね』…………」

千早「じゃあ…………脚立を物入れの中にしまうことが出来た犯人は…………!」

春香「犯人は…………」

私と千早ちゃんは、目を見合わせて、その名を口にする――。

春香・千早「……四谷岩雄さん」


371: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:50:19.39 ID:4468BhVXo

――……現在

部屋の電灯を点ける。四谷さんはベッドの側で屈んでいた体勢からゆっくりと立ち上がる。

四谷「……なるほど。脚立を物入れにしまうことができたのは俺だけ、ね」

まったく怯んだ様子もなく、薄笑いを浮かべながら言う。

寺恩「わかっているんですか? あなたは犯人として告発されているんですよ?」

四谷「そもそも、そんな子どもの言っていることを本気で信じているのか?」

江久「……僕らは春香ちゃんたちの話には説得力、あると思ったけどね」

四谷「江久さんまで…………悪い冗談だな」

春香「私たちは冗談のつもりなんてありません。冗談なんかでこんなこと言いません」


372: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:51:42.99 ID:4468BhVXo

千早「そもそも、あなたがここに……輪留さんの部屋にいたということ自体が、あなたが犯人であることを示しているんです」

四谷「……へぇ。どうしてそういう論理になるのかな?」

千早「犯人は輪留さんを殺害後、脚立を使って2階の窓から自分の部屋へ直接戻ったんです。江久さんが扉の開く音を聞いてない以上、そうとしか考えられません。でも自殺であることを疑わせないためにも、本当ならさっさと脚立を片付けてしまいたかったはずです」

春香「もしも自分の部屋の窓に脚立が架かっているのを見られたら、それこそ終わりですもんね? だから遺体を発見した後、率先して部屋を出た。自分の部屋の窓から外に出た後で脚立を回収し、玄関から入って物入れにしまったんです」

四谷「……それで?」

千早「脚立をすぐに片付けることが出来なかったのは、階段に江久さんがいたからです。玄関の扉が開く音を聞かれると、外で何をしていたのかと疑われるかもしれない。だから仕方なく直接部屋へ戻ったんです」

四谷「それが?」

千早「そこが問題なんです。私たちは台所から物入れに出入りした人を見ていません。つまり犯人は私達が台所に入る前に脚立を持ち出していたことになります。江久さんは私達とほとんど同じ時間に階段でトレーニングを始めていますから、犯人は江久さんが階段に移動していることなんて知るはずがないんです。それにいつまでトレーニングし続けるかも」

四谷「玄関の隙間からでも覗き見たのかもしれない」

千早「それは無理です。階段に誰かがいるなんて玄関の位置からではわかるわけがないんです」

四谷「じゃあどうやって知ったって言うんだ?」

千早「…………盗聴器です」


373: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:54:09.98 ID:4468BhVXo

四谷「…………盗聴器?」

千早「階段の裏側に小さな盗聴器が仕掛けられていました。犯人はその盗聴器を通して、音で玄関近くに人がいないかどうか確認していたんです」

春香「これがその盗聴器です。電源はもう切ってますけど」

ポケットから親指程度の黒い箱型の盗聴器を取り出す。

四谷「……………………」

春香「もうわかってますよね? 私たちはこの盗聴器が犯人によって仕掛けられたものだということを利用して、犯人に罠を仕掛けようとしたんです」

千早「犯人の正体に繋がる証拠を輪留さんの部屋で見つけたという会話を、盗聴器越しに犯人に聴かせることで、この部屋に犯人をおびき寄せました」

四谷「ハッ、まるで虫取りじゃないか。ハチミツも用意していたのかな? で? 君たちの思い通り、この部屋にいたというだけで犯人扱いか? 俺は俺で気になる事があって一人でこの部屋を調べていただけさ」

千早「じゃあどうして部屋の明かりも点けずに調べていたんですか? ベッドの下を調べていたのは、証拠がそこにあるという私たちの会話を聞いていたからじゃないんですか?」

四谷「…………じゃあ聞こう。盗聴していたからとして、なんだ? それが俺が輪留を殺したことの証拠になるのか?」

千早「!……開き直るつもりですか?」

四谷「ふん……。もっと直接的な証拠が欲しいと言ってるだけさ」


374: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:55:11.95 ID:4468BhVXo

春香「…………四谷さん」

四谷「ん?」

春香「左腕を見せてくれませんか、包帯を解いて」

四谷「!…………嫌だね」

春香「どうしてですか?」

四谷「そんなことする必要がないから」

春香「じゃあ、必要が有ることを説明すれば見せてくれるんですね?」

四谷「……………………」

春香「わかりました…………よく聞いてくださいね?」


375: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:55:52.36 ID:4468BhVXo

春香「私が説明した通りの方法で……つまり、窓の外から小石で注意を引いて、輪留さんが窓を開けた瞬間にナイフを突き立てて殺害したと考えた場合です。輪留さんの体にはナイフが刺さった部分の傷以外にはどこも傷つけられていませんでした。それで一つ疑問に思ったことがあるんです」

四谷「…………どこかおかしいところが?」

春香「はい。傷が胸に一つあるだけなのはいいんです。でも、そんな咄嗟に急所だけを突き刺すことができるものなんでしょうか?」

四谷「そう言ったって、実際にできているんじゃないか」

春香「そうなんです。でも、少しでも成功する確率を上げたいとするなら…………私なら、『身動きできないように押さえつけた上でナイフを突き刺す』と思います」

四谷「……………………」


376: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:56:56.81 ID:4468BhVXo

春香「四谷さんの左腕の火傷……肘のあたりまでって聞きました。まったく動かせないわけじゃないんですよね? 例えば……右手にナイフを逆手に持っておいて、窓から顔を出した瞬間に、左腕を輪留さんの首に回して絞め上げる……そうすれば避けられることもないし、普通に刺すよりも確実に、一撃で命を断つことができるんじゃないでしょうか」

四谷「ハッ……妄想だ」

春香「妄想かどうかは最後まで聞いてから判断してください。輪留さんの方もただ黙って殺されようとはしなかったと思います。だから、必死に抵抗した…………例えば、『犯人の腕に噛み付く』、とか!」

四谷「…………っ!!」

春香「……だから、輪留さんを殺害した後にお茶を飲ませたんじゃないですか? 『輪留さんの口や首元に残った……包帯の腕から移った火傷の薬の臭いを、お茶でかき消すために』――!」

四谷「ぐっ……!?」

春香「――さぁ! これで理由は出来ましたよね? あなたの左腕を見せてもらって、そこに『抵抗を受けた痕』があれば――もう言い逃れはできません!」

四谷「く、そおおおおおおおおおおおおお!!!」


377: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:58:15.90 ID:4468BhVXo

四谷「…………くそっ……こんな…………こんなはずじゃ…………!」

四谷さんは左腕を押さえながらうつむき、ぼそぼそと呟く。

寺恩「…………もう、犯人であることを認めたも同然ですね」

江久「…………彼はどうしたらいいだろう?」

江久さんが四谷さんの方を見ながら言う。

寺恩「明日、船が来たら事情を話して警察に突き出してしまうのがいいでしょう。それまでは縛り上げて身動き取れないようにしておきましょうか」

江久「………そうだな。僕もそうした方がいいと思う」

江久さんが四谷さんに近づく。

四谷「ぐぅ……!! やめろ!! まだ俺は犯人だと認めたわけじゃないぞッ!!」

江久「なっ……!?」

寺恩「驚きですね……一体なにをどうすれば、あなたが犯人ではないという結論に到達できるのでしょうか? 教えてほしいものです」


378: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:58:53.05 ID:4468BhVXo

四谷「お前ら……見落としてるんだよ。俺が犯人だとしたら、怪鬼元造を殺せたわけがないんだ」

寺恩「……どうしてでしょうか? 元造さんの殺害については、この中の誰もが睡眠薬で眠らされていたためにアリバイはなかったはずですが」

四谷「あの死体を見つけた時……俺はちゃんと見つけていたんだよ。首元に、両手の痕が残っていたのをね」

江久「両手の痕……? 両手で首を絞められたってことか」

四谷「そう……! 俺のこの火傷の手で! どうやったら首を絞められるっていうんだ!?」

春香「……………………」

千早「……………………」

四谷「……答えられないよなぁ? だったら、少なくとも元造を殺したのは俺じゃないってことになる」

千早「…………それがあなたにとっての最後の砦というわけですね」

春香「だったら…………その砦ごと、最後まで突っ切らせてもらいます!」


379: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 22:59:27.51 ID:4468BhVXo

四谷「……ふん。やれるものならやってみるがいいさ。無駄だと思うけどね」

春香「……これ、なんだかわかりますか?」

ポケットから取り出したものを見せる。

四谷「!……トランシーバー……」

春香「そうです。私たちはこれで、秘密に向こう側のプロデューサーと貴音さんに連絡を取り合っていたんです。盗聴器が発するノイズに気がつけたのも、これのお陰です」

四谷「……………………」

千早「……だから、もうわかっているんです。向こうの島でも殺人事件が起きていることも」

江久「向こうの島って…………」

寺恩「満月島でも殺人が? ……一体誰が殺されたんです?」

千早「監督です。そして……犯人は、ミサリーさんです」

江久「ミサリーさんが!?」

千早「それは四条さんたちが調べた結果ですが……まず間違いないと思います」

春香「そして満月島で起こった殺人が、この三日月島での殺人にも深く関係しているんです――」


380: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:00:11.87 ID:4468BhVXo

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

ミサリー「共犯者ですって……? じゃあ聞こうじゃない。一体誰が私の共犯者だっていうの?」

貴音「…………四谷岩雄」

P「よ、四谷さんが?」

貴音「……今回の事件は、四谷岩雄とミサリー殿の二人が手を組み、隔離された二つの島という状況を利用した連続殺人事件だったのです」

大芽「連続殺人事件…………向こうでも人殺しが?」

貴音「そうです。三日月島では、今朝になって怪鬼元造殿の遺体が、そして夜になってから輪留貞義殿の死体が見つかっています」

歩留田「そんな…………四谷さんがどうしてその二人を……」

貴音「違います」

歩留田「え?」

貴音「『四谷岩雄は二人を殺していません』」

P「ど、どういうことだ?」

貴音「四谷岩雄はたしかに輪留貞義を殺害しましたが……『怪鬼元造の殺害は、別の人物が行ったのです』」

P「別の……人物?」

貴音「そしてそれは――あなたですね? ミサリー殿?」


381: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:01:14.71 ID:4468BhVXo

ミサリー「あなた……自分が何を言ってるかわかっているの?」

貴音「無論です。……あなたほどではないでしょうが」

ミサリー「……それじゃ、私が三日月島で元造さんを殺害したあと、こちら側へ戻って来たということ?」

貴音「いいえ。詳しい説明は省略しますが、春香たちが行った三日月荘での調査で元造殿は夜9時までは生きていたことがわかっています。あなたには9時から11時の間、そして橋の様子を見に行ってから戻ってくるまでのアリバイがありますから、元造殿が殺されたのはそれ以降ということになります」

ミサリー「だったらおかしいじゃない! その時間はもう橋が燃え落ちた時間でしょう? 三日月島で遺体が見つかった元造さんが、どうしてその時間に満月島にいることができるっていうのよ?」

貴音「元造殿は犯人によって満月島に連れだされていたのです。犯人といってもそれはミサリー殿ではなく、共犯者の方ですが」

P「共犯者というと、四谷さんが?」

貴音「ええ。三日月荘の人々は四谷岩雄によって睡眠薬を盛られ、昨晩は深い眠りに落ちていた。そのために橋が燃えていることにも気が付かなかったのです。それと同様に、元造殿にも睡眠薬を使ったのです」

P「元造さんにも? でも春香たちの話では夕飯時は元造さんは睡眠薬の入ったコーヒーを飲まなかったって」

貴音「こーひーでなくとも、別のものに混ぜて飲ませれば良いだけです。夜9時までは生きていたことがわかっているので、それ以降、睡眠薬を飲ませてから満月島へと連れ出した……」

P「眠るのを待ってから運んだって可能性は?」

貴音「人一人を抱えてあの不安定な橋を渡れるというのなら」

P「……無理だな」


382: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:02:49.05 ID:4468BhVXo

貴音「四谷岩雄は満月島に渡った後で、元造殿に飲ませた睡眠薬が作用するのを待った……予定通り、元造殿が眠りに落ちたら、誰も入ってこないような場所…………おそらく例の茂みの奥あたりに元造殿の体を隠しておいたのでしょう。そしてその後、橋を燃やしたのです」

P「それじゃあ……もしかして橋が燃えていた時、あの茂みの奥には……!」

貴音「元造殿が眠っていたはずです。橋の燃える音でいびきなどの音もかき消えたことでしょう」

ミサリー「ちょっと待ってよ! じゃあ橋が燃えているのを確認しに行って、みんなが寝ついた頃になってからそこで眠っていた元造さんを私が殺したって言いたいわけ?」

貴音「まさしく」

ミサリー「ありえないわ。じゃあその後元造さんはどうやって三日月島へ移動したっていうのよ? 橋はなくなってるのに」

貴音「運んだのでしょう?」

ミサリー「…………ッ!」

貴音「殺害後にあなたは死体を三日月島へ運んだのです」

P「運んだって言ったって…………橋がなかったんじゃどうしようも」

貴音「なにも死体を担いで運ぶ必要はないのです。『それ』が運び屋の代わりを務めてくれるのですから」

P「それ? それって一体……?」

貴音「……橋の他に、島と島とを繋ぐものがあります。それがなにか、わかりますか?」

P「…………――海か!?」

貴音「その通りです。ミサリー殿は『海流を利用して死体を三日月島へと流したのです』」


383: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:05:22.27 ID:4468BhVXo

ミサリー「海流ですって……? 妄想も甚だしいわね。そんな方法がうまくいく筈がないわ!」

貴音「根拠ならばあります。……ここに」

ミサリー「元造さんの……日記帳?」

貴音「昨日の、私達が来る直前に書かれたとみられる内容です。そこにはこうあります。『気分転換にと始めたカメラだったが、しまおうとしたところ手元が狂い、海へ落としてしまった。しかもあのとき彼女を沈めた場所に近い』」

P「彼女、というのは六能さんのことだよな」

貴音「ええ。そしてこのかめら、実は三日月島で春香たちが見つけているのです」

歩留田「三日月島で?」

貴音「三日月島の浜辺で見つかったそうです。水に浮かぶ仕様の入れ物に入っていたおかげで沈まずに流れ着いたのでしょう。そして元造殿がかめらを落とした場所も検討がついております。おそらく林の首吊死体があった近くの茂みの奥……その先の崖です」

大芽「またその場所か……でもどうしてそんなことがわかるんだ?」

貴音「かめらを『しまおうとした』ということはそこで写真を撮ったということです。かめらに残った、最後に撮られた写真に写っている景色が、つまりはかめらを落とした場所となるのです」

大芽「その最後に撮られた写真の場所がそこだったのか」


384: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:06:11.24 ID:4468BhVXo

貴音「その崖の近くが、六能視織殿の遺体が沈められた場所とありますね? では次にこちらを」

ミサリー「……それは?」

貴音「六能視織殿の事故を報じた記事の切り抜きです。これには遺体は月光島の浜辺で見つかったとあります。無論、三日月島の浜辺を指しているのでしょう。満月島には浜辺はありませんから。元造殿の日記の記述と合わせて考えると、先ほど説明した崖の近くで10日近く水中に沈んでいた遺体が浮かび、流されて浜辺に漂着したのだと思われます」

P「これって……同じ場所に落とされたカメラと遺体が、どちらとも同じ場所に流れ着いている……?」

貴音「……そうです。『その崖の下には、満月島から三日月島の浜辺へと流れる海流が存在するのです』。その証拠、というわけではありませんが、元造殿は落としたかめらについてこのように記述しています。『手が空いたら回収しに行くのを忘れないようにしなくては』――これは元造殿もかめらが海に落ちたにもかかわらず、回収可能であると……浜辺に流れ着くと知っていた事を示しています」

大芽「よく釣りをするって話してたからな。それで海流のことも知ってたのかもしれねぇ」

P「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

貴音「……なにか?」


385: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:07:04.14 ID:4468BhVXo

P「海流に死体を運ばせたって……そんなの不可能じゃないか? だって、六能さんの遺体だって浜辺に流れ着くまで10日もかかっているんだぞ?」

貴音「……そう。死体はただ海に投げ込んだけでは沈んでしまいます。浮かび上がってくるには腐敗によるガスが発生するのを待つしかない。だから――『犯人は水に浮かぶものに死体を詰めたのです』」

P「し、死体を詰めた?」

貴音「三日月荘の物入れ内に二つのくーらーぼっくすがあったそうです。そしてそれには浜辺の砂が付着し、海水で濡れていたと」

ミサリー「くっ…………!」

P「まさか…………クーラーボックスに死体を入れて、海に流したのか!?」

大芽「たしかに、クーラーボックスってのは溺れそうになったら浮き輪代わりに使えってぐらい水に浮きやすいもんだが……」

貴音「しかし、そのくーらーぼっくすは幅が1めーとる、容量が120りっとると、成人男性一人を入れるにはやや小さすぎました」

歩留田「そうですね……無理やり詰め込むことはできるかもしれませんけど、その大きさではさすがに沈んじゃうと思います」

貴音「だから――『犯人は死体を小さくしたのです』」


386: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:07:43.53 ID:4468BhVXo

P「死体を小さくした……? それって、まさか…………!」

貴音「『犯人は死体の四肢を切断し、5つの部分に分断したのです。そして胴体と四肢とを二つのくーらーぼっくすに分けて入れ、海に流した』……。崖の上部は飛び込み台のように突き出ていたので、そのまま下に落とすだけでよかったのです」

ミサリー「…………ッ!!」

P「だから……だから三日月島で見つかった元造さんの遺体はバラバラに――!?」

貴音「ただ――犯人は元造殿の遺体をもう一つ別の方法で利用しているのです」

P「別の方法?」

貴音「それは、『プロデューサーも見ているのですよ』?」

P「俺が……見ている……って、それは…………」

貴音「『プロデューサーが目撃した首吊死体――その正体こそ、四肢を切断された怪鬼元造の遺体だったのです』」


387: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:08:40.26 ID:4468BhVXo

貴音「あれが人形だったなど、ただの咄嗟のでまかせに過ぎません。それに現場に残った血液の量からしても、監督の遺体から採取したというのは無理があります」

P「そんなバカな!? あれが……あの死体が、腕と足を切断されていただって!?」

貴音「てるてる坊主のような形状をしている殺人鬼の衣装を遺体に着せれば、腕や足がないのを隠すことができます。そしてあのまんとの下端部に貼られたてぇぷ。下から覗かれた時に足がないことに気づかれないようにするためです」

P「満月荘の監督の遺体との齟齬が生まれないようにするためか……」

貴音「監督の遺体に着せられていた衣装にも、同様にてぇぷを貼っておくことで、その本来の目的を撹乱しようとしたのでしょう」

ミサリー「うっ……ぐ……!」

貴音「四肢がない分、重さもかなり軽減されます。ミサリー殿のような細身でも簡単に吊り上げることが可能だったでしょう。四肢の切断にはおそらく例の斧が使われたのだと思います。遺体はプロデューサーに発見された後で一時的に回収され、ほとぼりが冷めた後、斧の回収と同時にくーらーぼっくすの放流をやってのけたのです。――ここまでで何か質問は?」

ミサリー「…………………」

貴音「……ないようですね。では続けます」


388: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:09:32.31 ID:4468BhVXo

【天海春香】
~三日月荘 輪留の部屋~

春香「――死体を海に流した後はミサリーさんには何もできません。三日月島の浜辺で流された死体を待つのは共犯者の……つまり、あなたの役目だったんです。四谷さん」

四谷「…………」

千早「いくら特殊な流れの海流があったとしても、流されたクーラーボックスが必ず浜辺に到着するとは限らない……クーラーボックスが近くを流れたらすぐに回収できるように、誰かが浜辺で待機しておく必要があったはずです」

春香「クーラーボックス二つを回収したあなたは、シャワー小屋で死体を装飾したんです。一つには元造さんがシャワー小屋で殺されたと見せかけるため。千早ちゃんが元造さんの部屋で見つけた置き手紙も、輪留さんの遺書と同じくあなたが作ったものですよね?」

四谷「…………」


389: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:10:20.98 ID:4468BhVXo

千早「もう一つには、元造さんの首に残ったロープの痕……つまり首吊りの痕をごまかすため。手で首を絞められた痕があるのに、さらにロープの痕まであるのは不自然です。その不自然さを隠すために、シャワーフックで吊るという一見無意味にも見える装飾を施したんです」

春香「そして首に残された手の痕が、あなたにとって最も重要だった。『左手が使えないあなたが犯人候補から除外されるために、ミサリーさんには両手で首を絞めて殺すように指示していたんですよね?』」

千早「ミサリーさんからすれば元造さんの遺体を監督の遺体にみせかけるために使える、さらに詳しく調べれば死亡推定時刻も判明するかもしれません。そうなれば橋が燃え落ちた後に殺されたとわかった時点で満月島にいた人も犯人候補から外される。双方にメリットが有る死体移動トリック……それが、あなた達のやったことです」

春香「物入れの中のクーラーボックス、満月島の首吊り現場に残った血痕、警察がしっかり調べれば証拠になるものはいくらでも出てきますよ?」

四谷「くっ……うううううううううううう!!」

春香「…………もう、認めてくれませんか?」

四谷「………………………………ああ……わかったよ」


390: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:11:03.93 ID:4468BhVXo

春香「聞かせてくれませんか……? あなたが、どうしてこんなことをしたのか」

四谷「決まってる。復讐さ」

千早「……六能視織さんのことですか?」

四谷「彼女は芸能界の至宝となるべき存在だった。そんな人間を殺したんだ。死を持って償わせるのは当然だろ?」

春香「…………本気で言ってるんですか?」

四谷「当たり前だ! 俺はあの日からずっと、奴らに復讐する方法を考え続けてきたんだ……」

千早「……あの日からって?」

四谷「俺がどうして視織が事故死ではないと知れたと思う? ……聴いたからさ」

春香「……聴いた?」

四谷「あの日、撮影最終日前の夜。俺は三日月荘に、視織は満月荘に泊まっていた。可能なら俺も満月荘に泊まるようにしたかったが、突然にくじで決まってしまったことだからどうしようもなかった」

春香「え? どうして満月荘に?」

四谷「もちろん、視織のことを守るためだよ。そのためには視織のことはなんでも知ってなきゃならない。だから俺は、昼間のうちに視織の部屋に盗聴器を仕掛けておいたんだ」


391: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:11:57.46 ID:4468BhVXo

春香「そんな……そんなことって…………」

言葉が出ない。そんなストーカーのような行為、許されるはずがない。

四谷「だけど一つ問題があった。盗聴器が飛ばせる電波は距離が短い。だから今回使ったようなものとは別の、録音式の盗聴器を使っていた。…………それが間違いだった。俺がそのことに気がつくことができたのはすべてが終わった後だったのさ」

千早「…………盗聴器に録音されていたんですね。輪留さんたちの会話が」

四谷「その通り。奴ら、まさか聴かれているとは思いもしなかったんだろう。視織が輪留に殺されたということから、視織の遺体をどうやって隠すかという計画まで、俺は全て知ることが出来た」

春香「どうしてそのとき警察に伝えなかったんですか……!?」

四谷「警察? 警察だと!? 馬鹿を言うな! 警察が何をしてくれる!? 人が一人死んだくらいじゃ死刑にすらなりゃしない! それも死んだのは普通の人間とは違う、10年、いや100年に一人というほどの逸材だったんだ! そんな重罪を償わせるのに死以外がありえるか!?」

春香「…………」

四谷「奴らの計画はこうだ。まず、遺体をゴムボートで運び、例の崖下へと沈める。そしてまるで見当違いの場所に視織の靴を片方だけ置いておき、そこから転落したと思わせる。すぐに嵐になり、遺体の捜索は中断される。捜索の範囲が広がる前に遺体は水中から浮かび、海流を流れて浜辺で発見される……その間に遺体はかなり傷むために頭の傷の原因まではわからない……随分ずさんに思えるが、まんまと成功してしまったわけだ」


392: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:12:46.09 ID:4468BhVXo

四谷「だから俺は奴らのやったことを応用した殺人計画を立ててやった。だがそのためにはもう一人協力者が必要だった。そこでミサリーに証拠となる音声を聴かせてやって引き込んだ。実に簡単だったよ」

千早「ミサリーさんを自分の復讐に加担させたんですか……!?」

四谷「勘違いしてくれるな。復讐するかどうかを選んだのはあいつさ。あいつ、視織の仇討ちができると俺のことを露ほども疑わなかったな。……だから馬鹿だってんだ」

千早「え…………?」

春香「どういうことですか……? ミサリーさんを騙していたんですか?」

四谷「騙す、というほどではないさ。ただ、この犯行はちょっとだけ俺に都合のいいようにできていたってことだ。あいつはそれに気づいていなかっただけだよ」


393: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:13:23.84 ID:4468BhVXo

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

ミサリー「――あのとき、疑問には思ったのよ。『どうして彼があんな音声テープを持っていたのか』、って……。そうよね、彼が……四谷が視織ちゃんのことをつけ回していたストーカーだったとすれば、全てに納得がいくわ」

貴音「疑問には思いつつも、あなたは復讐心を止めることが出来なかった……」

ミサリー「ええ。そして計画は全て見ぬかれ、愚かな殺人鬼は舞台を降りるのよ……」

貴音「……遺書」

ミサリー「遺書? なんのこと?」

貴音「やはり、あなたは御存知でなかったのですね」


394: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:14:15.21 ID:4468BhVXo

貴音「輪留貞義は怪鬼元造を殺害し、その罪の意識から自殺をした……そのような内容の遺書が、輪留貞義の名義で残されていたのです。もちろん、四谷岩雄が偽造したものでしたが」

ミサリー「そんな……そんなの私……知らない」

貴音「あえて伝えていなかったのでしょう。殺人が起きれば、犯人が必要となる。四谷岩雄は両手の痕という防衛線に加え、偽の犯人までもを用意していたのです」

P「でも、それなら監督の殺害についてはどうなる?」

貴音「当然、橋が燃え落ちた後で殺されたことがわかっている監督は、輪留貞義には殺害不可能です。だから遺書には記していなかった……」

P「しかし、警察は犯人が見つからないとしつこく捜査するだろう。ミサリーさんが犯人として逮捕され、そこから四谷さんと共犯だということもバレるかもしれないじゃないか」

貴音「ミサリー殿が逮捕されれば、共犯であることを話してしまうかもしれない。たしかにそうです。しかし、――これはある種、彼の傲慢とも思えますが――四谷岩雄はそうならないと確信していたのでしょう」

P「……どうして?」

貴音「怪鬼元造の殺害はミサリー殿が行なっているからです。四谷岩雄が共犯であることを話せば、当然、怪鬼元造と輪留貞義の殺害についても詳細に話さなくてはならなくなる……。ミサリー殿が自らの罪を重くするような発言はしないと踏んでいたのでしょう」

ミサリー「そんな…………」

四谷岩雄が……そこまで考えて? だとしたら……だとしたら、協力し合うふりをしてその実、自分だけが助かるように始めから仕組んでいたってことだ。そんなの、まるで……悪魔じゃないか。


395: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:15:05.79 ID:4468BhVXo

【天海春香】
~三日月荘 輪留の部屋~

四谷「――だから、あいつは俺が共犯者であることを話せるはずがなかったのさ」

春香「…………ひどい」

四谷「全てうまくいくはずだった……なのに、なのに、お前らのせいで台無しだ。糞が」

江久「……なぁ、四谷くん」

四谷「あ?」

江久「その左腕の怪我も、この計画のために?」

四谷「もちろんわざとだよ。さすがに勇気がいる行動だったけどな。計画の要になる部分だ、手は抜けなかった。だが……まさか、薬の臭いだなんて……あんなことになるとは……」

輪留さんを殺害した時に口や首に臭いが残ってしまったことを言っているのだろう。


396: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:16:03.81 ID:4468BhVXo

寺恩「……一つ、よろしいでしょうか?」

四谷「チッ……なんだ?」

寺恩「あなたが輪留貞義の殺害を早まったのはなぜですか? 夜遅く、みんなが寝静まった頃であればもっと簡単に事は成し遂げられたのでは? それほど綿密に計画を練っていたあなたにしては行動が性急すぎたように思うのですが」

四谷「ああ、俺だってそうするつもりだったさ! でも仕方がなかったんだよ!」

江久「仕方がなかったって……どうして?」

四谷「……くそったれめ。よく言うぜ。あんたのせいだってのに」

江久「僕の?」

四谷「無線機が壊されてることで話し合った時だ。あんた言ってたじゃねえか、『夜中廊下で見張っておく』って」

江久「あ……」

四谷「そんなことされたらかえって夜遅くに部屋を出て動くほうが危険だ。どう考えてもまともにやって敵う相手じゃないし、睡眠薬も使いきってしまってたから眠らせることも出来ない」

千早「でも……例えば危険だから部屋に閉じこもっておくように言っておくとか……」

四谷「そんなこと言って正直に聞く人だと思うか!? 一番付き合いの長い相手なんだ、この人ならどんなことでもやりかねないってわかるんだよ……」

たしかに、あの時も忠告なんて気にしないで本当に夜中見張ってそうだったし……。

江久「……本当に、残念だよ。君がこんなことをするだなんて……」

四谷「…………ハッ、どうぞ勝手に残念がってくれ」


397: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:16:50.09 ID:4468BhVXo

春香「四谷さん」

四谷「……なんだ?」

春香「……復讐をして、気は晴れましたか?」

四谷「……ああ、最高の気分だったね。ついさっきまでは」

四谷さんはそのことを思い出すように笑った。

四谷「自分の思った通りことが運んでいくというのは気持ちのいいもんだ。ましてやそれが殺人なら尚更ね。正造と元造をこの手で殺れなかったのは残念だ……輪留なんか、窓から顔を出して俺を見た時のあの表情!」

千早「もうやめて…………」

春香「…………」

私はゆっくりと四谷さんに歩み寄った。

四谷「癖になりそうだったよ。今もこうして思い――ん?」

千早「……春香?」

――標的を、真っ直ぐ捉える!

春香「――ッ!」

パンッ

四谷「うぁっ……!?」

四谷さんは腰を抜かしたように床に尻餅をつく。


398: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:18:38.02 ID:4468BhVXo

春香「なにが……何が復讐ですか!? あなたがやったことは……六能さんの仇討ちなんかじゃない……!」

千早「春香……」

春香「あなたは……人を騙し、弄んで、そして殺すのが楽しかっただけでしょう!?」

四谷「ち、ちがう……俺は……ただ、視織の復讐を……」

春香「じゃあ、六能さんはあなたに復讐して欲しかったと思いますか? そんなことがわかるほど、あなたは六能さんのことを知っていたんですか?」

四谷「知っていたさ! 俺は視織のことなら何でも……」

春香「いいえ……そんなはずありません。だって……盗聴器なんか使ってその人の生活を全て把握していたとしても、その人が何を考えているかなんてわからない!」

四谷「うっ……」

春香「人はちゃんと向き合って話さないと、その心まではわからないんです! あなたみたいな、六能さんのことをこそこそとつけ回すことしかできなかった人には、彼女の心なんて、絶対にわかるはずがありません!!」

四谷「や、やめろぉ…………やめてくれ……うあぁ…………!」


401: ◆eObspXyyDUWk 2013/07/26(金) 23:24:33.14 ID:4468BhVXo

春香「はぁ……はぁ……」

千早「春香」

千早ちゃんがそっと私の肩に手を当てる。

春香「……あ…………ごめん。私、なんかカーっと来ちゃって……」

千早「……ううん」

千早ちゃんはゆっくり首を横に振ると、今度は微笑んで言った。

千早「……サイコーだったわ」


399: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:19:24.05 ID:4468BhVXo

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

貴音「ひとつ、お聞きしたいのですが……」

ミサリー「なに? こうなったらもう隠すことなんてないわよ」

貴音「私とプロデューサーに捜査の一切を任すとおっしゃいましたよね……あれにはなにか理由が?」

たしかに、ミサリーさんがああ言ってくれていなければ、捜査はもっと難航しただろう。ミサリーさんは貴音の顔をじっと見つめると、小さくため息を吐いて答えた。

ミサリー「……さぁね。ただの勘よ。ああ言っておけば犯人だと疑われにくいだろうし、それに……いい方向に転がってくれそうだったから」

貴音「……勘、ですか」

ミサリー「前者の方は大ハズレ。でも後者の方はあたってるかもしれないわ」

貴音「?」

ミサリー「不思議と、清々しい気分なのよ。あなたに何もかも見破られて、復讐心に囚われていた気持ちが晴れたような気がする。復讐なんてやっぱり間違いだったって、ようやく気が付かされた」


400: ◆u7jijUkfI. 2013/07/26(金) 23:20:22.49 ID:4468BhVXo

ミサリー「でも、なにもかも手遅れね……二人も殺してしまったんじゃ、視織ちゃんと同じ場所にはいけそうにないわ……」

P「あの……ミサリーさん」

ミサリー「え?」

P「その……俺は神様なんて信じているわけじゃないですけど……もしもいるんだとしたら。きっと、それなりに良い人だと思うんです。例えば、人を殺してしまったとしても……頑張って、罪を償えば、あの世に行った時、会いたい人に会わせてくれるぐらいのことはしてくれるんじゃないか、って思うんですよね……」

ミサリー「……それ、もしかして私のこと励まそうと思って言ってる?」

P「え? いや、その~……」

ミサリー「……ふっ。ありがとう……。やっぱり、あなた達に頼んで正解だったみたいね」

ミサリーさんはどこか満足気な表情でそう言った。


403: ◆vv1I/6rDaM 2013/07/26(金) 23:26:05.07 ID:4468BhVXo

~3日目 満月島 橋の前~

――長かった夜が明け、朝が通り過ぎ、昼が到来した。

春香たちによると無事に迎えの船は到着し、警察や救助隊への連絡もできたようだ。

三日月島の面々は一足先に船で帰ることになった。満月島の俺達はもうしばらくしてから救助用のヘリが来ることになっている。

そこで船が出てしまう前に春香たちと顔を合わせておこうということになり、二つの島が最も接近している橋の前で待つことにした。

P「ほんと、ご苦労様だったな。貴音」

貴音「そちらこそ」

P「帰ったらちょっとした騒ぎになるだろうな、これ」

貴音「……そうかもしれません」

P「探偵アイドルとして売りだしてみるか?」

貴音「ふふ、遠慮しておきます」

P「そう言うだろうと思った」


404: ◆vv1I/6rDaM 2013/07/26(金) 23:26:36.98 ID:4468BhVXo

貴音「私は今まで通りの方法で、アイドルとしての道を進んでいきたいのです」

P「ああ、事件ならともかく、そっちなら任せてくれ」

貴音「ええ、頼りにしております。プロデューサー、いえ……」

P「ん?」

貴音「あなた様……」

P「な、なはは……お? あれ、春香と千早じゃないか?」

タイミングよく現れてくれた二人に感謝しつつ、その方向へ指を向ける。

貴音「ふふ……。お二人とも、あんなに手を振って……」

P「ああ、こっちも振り返してやろう!」

貴音「ええ、わかりました!」

本当に、本当に痛ましい事件だったけど、俺の最も大切なものたちは無事でいてくれた。今はただ、そのことを喜ぼう――。


405: ◆vv1I/6rDaM 2013/07/26(金) 23:27:14.19 ID:4468BhVXo

【天海春香】
~三日月島 橋の前~

春香「ほら、急いで千早ちゃん! 船もプロデューサーさんも待たせてるよ!」

千早「ちょ……ちょっと待ってよ、春香……」

春香「んもー、いくら坂道になってるからって、そんなすぐバテてたらアイドルなんてやってられませんよー?」

千早「春香はプロデューサーの顔が見れるからそんなに張り切ってるんでしょう?」

春香「んなっ!? そ、そそそんなわけないじゃん」

千早「はぁ……いいわ。急ぎましょう」

春香「あっ……見えてきたよ。向こう岸!」

千早「あ、プロデューサーと四条さんも見えるわ!」

春香「本当だ! おーーーい!!」

私と千早ちゃんは二人に思いっきり手を振る。向こうもこちらに気がついて大きく手を振り返した。

プロデューサーさん、貴音さん。そして千早ちゃん。みんなでまた一緒の場所に戻ることができる。それがたまらなく嬉しい。問題は沢山残っているのかもしれない。でも今は、この時だけは、この幸福感に身を委ねよう――。

――終わり





転載元:貴音「月光島葬送曲」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374669478/



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