384: 再開 ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 01:57:13.37 ID:wAwMmLgqo
・・・・・・
――間に合わなかった。
Pは心の中でそう呟いて、途方に暮れた。
まさか、恋慕の情を、想いとして留めておくのではなく、明確な言葉で発するとは。
迂闊であった。
関連スレ
【デレマス】凛「私は――負けない」1
【デレマス】凛「私は――負けない」2
凛「私は――負けない」3
385: 再開 ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 01:59:42.23 ID:wAwMmLgqo
凛が少なからず自分に想いを抱いていることは判っていた。
凛は、弁えている子だ。
凛は、彼女自身の立場をしっかり認識している子だ。
アイドルが、プロデューサーに恋をしても、叶うことはないと判っている子だ。
だから、ロマンチックな誕生日を演出することで、少しでも報いてやれればと思っていた。
よもや、はっきりと告白してくるとは。
全く予想だにしなかった事態になってしまった。
――俺は、プロデューサー失格だ。
凛は、弁えている子だ。
凛は、彼女自身の立場をしっかり認識している子だ。
アイドルが、プロデューサーに恋をしても、叶うことはないと判っている子だ。
だから、ロマンチックな誕生日を演出することで、少しでも報いてやれればと思っていた。
よもや、はっきりと告白してくるとは。
全く予想だにしなかった事態になってしまった。
――俺は、プロデューサー失格だ。
386: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:01:39.60 ID:wAwMmLgqo
「いいか、凛」
凛の両肩にそっと手を置く。
「お前が好きなのは、“プロデューサー”なんだよ。“俺”じゃない」
Pは首を振って、そう告げた。しかし凛は諦めない。
「確かに、最初に『いいな』と思ったのは“プロデューサーとしての”あなただったかもしれないよ。
でもそんなのは、ただのきっかけでしかない。
プロデューサーとしての存在の向こう側にある、『Pさん』に惚れるきっかけでしかなかったの」
387: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:02:35.11 ID:wAwMmLgqo
Pは苦しそうに眼を閉じた。
「お前は、わかってたんだろ? あの歌の意味を」
「うん、あの歌詞に込められた裏の意味は、読んだ瞬間にわかったよ」
プリントアウトした紙を見せた瞬間の、凛の顔の強張り。
歌詞の意味に気付いたこと、それをきちんとPは看破していた。
「それでも、私は、プロデューサーの核を成すPさんが好き。
私を変えてくれた、私を輝かせてくれたPさんが好き。
アイドルの立場を取るかPさんへの想いを取るか迷ったよ。でもやっぱり、あなたが欲しいの」
「お前は、わかってたんだろ? あの歌の意味を」
「うん、あの歌詞に込められた裏の意味は、読んだ瞬間にわかったよ」
プリントアウトした紙を見せた瞬間の、凛の顔の強張り。
歌詞の意味に気付いたこと、それをきちんとPは看破していた。
「それでも、私は、プロデューサーの核を成すPさんが好き。
私を変えてくれた、私を輝かせてくれたPさんが好き。
アイドルの立場を取るかPさんへの想いを取るか迷ったよ。でもやっぱり、あなたが欲しいの」
388: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:03:27.11 ID:wAwMmLgqo
すっ、と立ち上がり、姿勢を正す。
右手を心臓に重ね、芯のはっきりした声で云った。
――あなたの前では、渋谷凛という“女”でありたい――
Pも立ち上がったが、こちらは片手で頭を抱えている。
何も答えられず、まさに苦悶の表情だった。
右手を心臓に重ね、芯のはっきりした声で云った。
――あなたの前では、渋谷凛という“女”でありたい――
Pも立ち上がったが、こちらは片手で頭を抱えている。
何も答えられず、まさに苦悶の表情だった。
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389: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:04:30.12 ID:wAwMmLgqo
凛が畳み掛ける。
「あなたに抱き締めてほしいの。
あなたに抱いてほしいの。
あなたになら滅茶苦茶にされてもいいの。
あなたが好きなの……」
Pは、自分の認識誤りに漸く気付いた。
あどけない、初心な子だと思っていた少女は、いつの間にか、男を相手に、抱いてほしいと云えるまでになっていた。
よもや、凛の口からそのような台詞が出てこようとは。
少女は、いつしか、オンナに変わっていたのだ。
凛は、一息置いてから、真っ直ぐに射抜く視線で続けた。
「あなたが望むなら、アイドルを捨ててもいい!」
「あなたに抱き締めてほしいの。
あなたに抱いてほしいの。
あなたになら滅茶苦茶にされてもいいの。
あなたが好きなの……」
Pは、自分の認識誤りに漸く気付いた。
あどけない、初心な子だと思っていた少女は、いつの間にか、男を相手に、抱いてほしいと云えるまでになっていた。
よもや、凛の口からそのような台詞が出てこようとは。
少女は、いつしか、オンナに変わっていたのだ。
凛は、一息置いてから、真っ直ぐに射抜く視線で続けた。
「あなたが望むなら、アイドルを捨ててもいい!」
390: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:06:13.29 ID:wAwMmLgqo
その言葉に、Pは即座に反応し、これまでとは全く違う、強い勢いと力で両肩を掴んだ。
凛は思わず、びくっ、と身体を縮こめる。
「凛、それだけは絶対に云うな。
今の言葉はつまり、これまでのお前の存在や、お前が歯を食いしばって昇ってきた軌跡を、全否定することだ。
それは渋谷凛のプロデューサーとして、許可できない」
「ぁ……ご、ごめん……なさい。考えなしに、云い過ぎた……」
Pは深く息をつき、
「少し時間をおこう」
お互い頭を冷やして、じっくり考える必要がある、と続けた。
391: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:07:54.21 ID:wAwMmLgqo
その“頭を冷やせ”という台詞に、凛が泣きそうな顔をして問い掛ける。
「プロデューサーは、私のこと嫌いなの!? 私が本気で云ってるわけじゃないと思ってるの!?」
Pはあまりの苦しさに呻いた。
「そうじゃない。そうじゃなくて、俺は首を縦にも横にも振れないんだよ」
凛はひるまず、プロデューサーとしてではなくPさんとしての言葉を聞きたいの、と云う。
しかしPはその問い掛けには答えず、
「……しばらく、お前のことは鈷に任せよう。
結論を急いじゃいけない」
「プロデューサーは、私のこと嫌いなの!? 私が本気で云ってるわけじゃないと思ってるの!?」
Pはあまりの苦しさに呻いた。
「そうじゃない。そうじゃなくて、俺は首を縦にも横にも振れないんだよ」
凛はひるまず、プロデューサーとしてではなくPさんとしての言葉を聞きたいの、と云う。
しかしPはその問い掛けには答えず、
「……しばらく、お前のことは鈷に任せよう。
結論を急いじゃいけない」
392: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:09:03.93 ID:wAwMmLgqo
凛の瞳は絶望に揺れた。
身体が小刻みに震えている。
「そん……な……」
その眼に耐え切れず、Pは付け加える。
「誤解のないように云っておくが、少なくとも、俺はお前を嫌ってなどいない。
むしろ――いや、これは云っては駄目だな。ひとまず、そのことはわかってくれ」
凛は、その言葉に、少しだけ、安堵の色を見せた。
その言葉さえあれば、という表情であった。
身体が小刻みに震えている。
「そん……な……」
その眼に耐え切れず、Pは付け加える。
「誤解のないように云っておくが、少なくとも、俺はお前を嫌ってなどいない。
むしろ――いや、これは云っては駄目だな。ひとまず、そのことはわかってくれ」
凛は、その言葉に、少しだけ、安堵の色を見せた。
その言葉さえあれば、という表情であった。
393: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:10:02.47 ID:wAwMmLgqo
「これは極めてセンシティブな問題なんだ。
俺とお前の想いだけで『はいそうですか、じゃあどうぞ』となる世界じゃない。
そのことはわかるだろう」
「うん……」
「軟着陸させなければいけない。
そのためには時を置かなければならないんだ。
いいな?」
その視線には大きな力が込められていて、凛もこれには頷かざるを得なかった。
「……わかっ、た……」
二人の周りには、夜景が、時が止まったかのように、変わらぬ光を輝かせていた。
俺とお前の想いだけで『はいそうですか、じゃあどうぞ』となる世界じゃない。
そのことはわかるだろう」
「うん……」
「軟着陸させなければいけない。
そのためには時を置かなければならないんだ。
いいな?」
その視線には大きな力が込められていて、凛もこれには頷かざるを得なかった。
「……わかっ、た……」
二人の周りには、夜景が、時が止まったかのように、変わらぬ光を輝かせていた。
394: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:11:40.31 ID:wAwMmLgqo
・・・・・・・・・・・・
会議室にて、Pに第一課全員の面倒を看ろと告げられた鈷は、いきなりのことに相当混乱した。
「卵同士で、二人三脚ゆっくり上がっていくのが良かったのでは……?」
不思議そうに訊いてくる。
「確かにそう云ったな、あれは嘘だ」
「僕、崖から落とされるんです?」
どうやら鈷も、某ボディビル知事のドンパチ映画を知っているらしい。
395: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:12:40.61 ID:wAwMmLgqo
「冗談だよ。……ちょっとした転換が必要になってな」
近々、第一課を専属して看ることが出来なくなるであろうこと、
鈷には早めにこの部署を背負えるようになってほしいこと、
そして、第一課全員、特に凛の仕事ぶりを見ることで、大きく吸収できるものがあるはずだ、と云うことを説明した。
「それに一箇月半ほどプロデューサーやって、そろそろコツも掴んできた頃だろう?」
と訊くと、鈷はなるほど、と頷く。
「少々急な転換だから、まだ引き継ぎ書類をあまり作れていないんだが、とりあえず今日のところは、
取引先の名刺や簡単な情報をそのバインダーにまとめてある。活用してくれ」
「ありがとうございます。しかし、果たして僕に継げるのでしょうか……」
近々、第一課を専属して看ることが出来なくなるであろうこと、
鈷には早めにこの部署を背負えるようになってほしいこと、
そして、第一課全員、特に凛の仕事ぶりを見ることで、大きく吸収できるものがあるはずだ、と云うことを説明した。
「それに一箇月半ほどプロデューサーやって、そろそろコツも掴んできた頃だろう?」
と訊くと、鈷はなるほど、と頷く。
「少々急な転換だから、まだ引き継ぎ書類をあまり作れていないんだが、とりあえず今日のところは、
取引先の名刺や簡単な情報をそのバインダーにまとめてある。活用してくれ」
「ありがとうございます。しかし、果たして僕に継げるのでしょうか……」
396: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:13:57.87 ID:wAwMmLgqo
考え込む鈷に、Pは努めて明るく
「なに、そこまでシリアスに考えなくても良い。訊いてくれれば何でも答える。
いざと云うときには銅や鏷も手を差し伸べてくれるだろう。頑張ってくれ」
「……はい!」
「手始めに、11月下旬発売、つまりマスターアップは10月末となる、凛の三曲目をどうするか構想を練ってくれ」
鈷にとって初めての、プロデューサーらしい作業だ。しかも事務所で一番のアイドルが出す新曲に関する大役。
鈷は身を引き締める。
「わかりました。数日のうちには、方針を決めたいと思います」
「宜しく頼む。あと、俺のことは事務所の戦略に関わるので、必要なこと以外は話さないようにしてくれ。
アイドルたちに、鈷が担当になるのは何故かと訊かれたら、『Pが多忙になるから』とだけ伝えればいい――」
「なに、そこまでシリアスに考えなくても良い。訊いてくれれば何でも答える。
いざと云うときには銅や鏷も手を差し伸べてくれるだろう。頑張ってくれ」
「……はい!」
「手始めに、11月下旬発売、つまりマスターアップは10月末となる、凛の三曲目をどうするか構想を練ってくれ」
鈷にとって初めての、プロデューサーらしい作業だ。しかも事務所で一番のアイドルが出す新曲に関する大役。
鈷は身を引き締める。
「わかりました。数日のうちには、方針を決めたいと思います」
「宜しく頼む。あと、俺のことは事務所の戦略に関わるので、必要なこと以外は話さないようにしてくれ。
アイドルたちに、鈷が担当になるのは何故かと訊かれたら、『Pが多忙になるから』とだけ伝えればいい――」
397: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:15:22.46 ID:wAwMmLgqo
――それが十日前、凛の誕生日の翌日の出来事であった。
ここしばらく、凛には鈷が副プロデューサーとして付き、お盆期間中の特番ラッシュで現場へ直行直帰の日々が続いている。
今日の仕事は、久しぶりに午前中で収録が終わった。
ちょうどよく、新曲の打ち合わせがあるから、と電話で鈷に告げられたので、事務所へやってきたのだが。
「おつかれさまで…… あれ?」
第一課エリアへ足を踏み入れると、Pの姿はなかった。
なにゆえか、凛は微かな違和感を憶えた。
398: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:16:12.80 ID:wAwMmLgqo
しかしその正体を考える前に、ミーティングルームから出てきた鈷が、凛を視認して迎える。
「おー、おつかれさま、凛ちゃん」
「副プロ、おつかれさま。……プロデューサーは他の子の引率中?」
入口から事務スペースを窺っていた凛が、ミーティングルームの方へ身体を開いて訊ねた。
その言葉に、鈷は少々面食らう。
「え? 何を云っているんだ? Pプロデューサーは昨夜発ったじゃないか」
「おー、おつかれさま、凛ちゃん」
「副プロ、おつかれさま。……プロデューサーは他の子の引率中?」
入口から事務スペースを窺っていた凛が、ミーティングルームの方へ身体を開いて訊ねた。
その言葉に、鈷は少々面食らう。
「え? 何を云っているんだ? Pプロデューサーは昨夜発ったじゃないか」
399: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:17:42.96 ID:wAwMmLgqo
「……へ?」
凛の手から、鞄がぽとりと床へ落ちる。
ファンには見せられないほど間抜けな、ぽかんとした顔で、凛は鈷を見た。
次第に「何云ってんだこいつ?」と眉根を寄せる顔となっていく。
鈷も、同じような顔になっている。
「副プロ、ちょっと話が見えないんだけど。プロデューサーが昨日、何をしたって?」
「いや、だから、昨日の夜、羽田を発ったんだよ。数時間ほど前にロサンゼルスへ着いてるはず――」
凛の手から、鞄がぽとりと床へ落ちる。
ファンには見せられないほど間抜けな、ぽかんとした顔で、凛は鈷を見た。
次第に「何云ってんだこいつ?」と眉根を寄せる顔となっていく。
鈷も、同じような顔になっている。
「副プロ、ちょっと話が見えないんだけど。プロデューサーが昨日、何をしたって?」
「いや、だから、昨日の夜、羽田を発ったんだよ。数時間ほど前にロサンゼルスへ着いてるはず――」
400: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:19:28.90 ID:wAwMmLgqo
言葉を云い終わるか終わらないかの早さで、凛が鈷の襟元を掴む。
「私、聞いてないよ。これっぽっちも知らない」
「ちょ、ちょ、ちょっと。昨日凛ちゃんは撮影で出突っ張りだったし、出発は深夜の便だったし、
見送りをしたのは社長とプロデューサー陣だけだったから――」
「それにしたって何の話も聞いてないのはおかしいでしょ」
「てっきり、凛ちゃんにはPさんから直接話が行ってるものだと――」
「だから知らないんだって! ロスまで何しに行ったの! そもそもなんでプロデューサーの作業場が、あんな綺麗さっぱりになってるの!?」
鈷の言葉が終わるのを待たずして次々と問い詰め寄る。
そう、凛が感じた違和の正体。
“Pに関する、あらゆる気配がなくなっている”
「私、聞いてないよ。これっぽっちも知らない」
「ちょ、ちょ、ちょっと。昨日凛ちゃんは撮影で出突っ張りだったし、出発は深夜の便だったし、
見送りをしたのは社長とプロデューサー陣だけだったから――」
「それにしたって何の話も聞いてないのはおかしいでしょ」
「てっきり、凛ちゃんにはPさんから直接話が行ってるものだと――」
「だから知らないんだって! ロスまで何しに行ったの! そもそもなんでプロデューサーの作業場が、あんな綺麗さっぱりになってるの!?」
鈷の言葉が終わるのを待たずして次々と問い詰め寄る。
そう、凛が感じた違和の正体。
“Pに関する、あらゆる気配がなくなっている”
401: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:20:43.35 ID:wAwMmLgqo
そしてそれを証明する、鈷の言葉。
「Pさんはハリウッドへ移籍していったんだよ。向こうの――」
凛はついに耐え切れなくなり、掴んだ襟を激しく揺する。
鈷は話している途中だったので、危うく舌を噛みそうになるところだった。
「どういうことなの!? 一体、なんで!?」
「そ、そんなに揺すらないでくれえええ!」
鈷の頭部は、放っておけば鞭打ちになりそうな動きをしていた。
丁度通り掛かったちひろが、後ろから止めに入る。
「り、凛ちゃん、どうしたの!? 落ち着いて!」
「これで落ち着いてなんかいられないよ!」
襟を掴んだまま、ちひろへ振り返って叫ぶ。
「Pさんはハリウッドへ移籍していったんだよ。向こうの――」
凛はついに耐え切れなくなり、掴んだ襟を激しく揺する。
鈷は話している途中だったので、危うく舌を噛みそうになるところだった。
「どういうことなの!? 一体、なんで!?」
「そ、そんなに揺すらないでくれえええ!」
鈷の頭部は、放っておけば鞭打ちになりそうな動きをしていた。
丁度通り掛かったちひろが、後ろから止めに入る。
「り、凛ちゃん、どうしたの!? 落ち着いて!」
「これで落ち着いてなんかいられないよ!」
襟を掴んだまま、ちひろへ振り返って叫ぶ。
402: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:21:43.42 ID:wAwMmLgqo
いよいよ穏やかならぬ空気を察知して、事務スペースのソファに座っていた奈緒と加蓮が何事かと、焦った顔で姿を現した。
「なんで!? どうして!? 厭ッ!!」
プロデューサーが忽然と消えた――
その事実に凛は異常なほど狼狽し、鈷の襟から離した両手で頭を抱え、一種の錯乱状態に陥っていた。
「おい凛、どうしたんだ凛!」
「ちょっと、凛、凛ってば!」
「厭! 私、プロデューサーがいないと何も出来ないの!!」
凛は、奈緒たちの呼びかけにも応えることなく、取り乱して叫び続けた。
「厭っ! 厭ぁっ! 厭ぁぁっ!!」
「なんで!? どうして!? 厭ッ!!」
プロデューサーが忽然と消えた――
その事実に凛は異常なほど狼狽し、鈷の襟から離した両手で頭を抱え、一種の錯乱状態に陥っていた。
「おい凛、どうしたんだ凛!」
「ちょっと、凛、凛ってば!」
「厭! 私、プロデューサーがいないと何も出来ないの!!」
凛は、奈緒たちの呼びかけにも応えることなく、取り乱して叫び続けた。
「厭っ! 厭ぁっ! 厭ぁぁっ!!」
403: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:22:45.66 ID:wAwMmLgqo
――パシン!
404: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:23:43.31 ID:wAwMmLgqo
軽い破裂音と、その後に拡がる静寂。
凛の横顔を、奈緒が平手打ちしていた。
「ぁ……な、お……?」
床に崩れ落ちた凛が、頬を抑えながら、奈緒を見上げ、眼を見開いたまま荒い呼吸をした。
奈緒が床に膝をつけて云う。
「すまん、大事な商売道具の顔を叩いちまって。でも、ひとまず落ち着かねえと。何があったのかは知らないけどさ。……な?」
「………………ご……めん……」
凛の横顔を、奈緒が平手打ちしていた。
「ぁ……な、お……?」
床に崩れ落ちた凛が、頬を抑えながら、奈緒を見上げ、眼を見開いたまま荒い呼吸をした。
奈緒が床に膝をつけて云う。
「すまん、大事な商売道具の顔を叩いちまって。でも、ひとまず落ち着かねえと。何があったのかは知らないけどさ。……な?」
「………………ご……めん……」
405: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:24:50.53 ID:wAwMmLgqo
ちひろが凛の傍にしゃがみ、肩をそっと抱いた。
「凛ちゃん、ひとまず、ソファに行きましょう?」
加蓮も、ちひろの反対側に屈んだ。
「ねえ凛、大丈夫?」
凛は何も声に出さず、青白い顔で、こくりと小さく頷いた。
ちひろたちに支えられてゆっくり立ち上がり、ふらふらとソファへ向かう。
「凛ちゃん、ひとまず、ソファに行きましょう?」
加蓮も、ちひろの反対側に屈んだ。
「ねえ凛、大丈夫?」
凛は何も声に出さず、青白い顔で、こくりと小さく頷いた。
ちひろたちに支えられてゆっくり立ち上がり、ふらふらとソファへ向かう。
406: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:26:36.33 ID:wAwMmLgqo
凛を座らせてから、ちひろは戻っていった。両隣に座る奈緒と加蓮は心配そうに凛を窺っている。
「それで……プロデューサーは、なんでアメリカなんかに……」
凛が、自らの身体を抱き締め、微かに震えながら訊ねた。
対面のソファに座った鈷は、こめかみに指を当てる。
「社長から聞いた話では、知り合いの大物プロデューサーに師事させるため、らしいが、細かい部分まではわからない。
空港では、たっぷり腕を磨け! って云って送り出してたけど」
407: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:27:42.35 ID:wAwMmLgqo
CGプロ内部にレコード会社と同等の機能を持たせようと云う計画は、極めて秘密裡であった。
社長とPの他には銅と鏷、そしてちひろしか知らない。
鈷には、奈緒と加蓮を除く、Pと関係が深かった第一課のアイドルたちを率いていくのに
邪魔となる情報を与えない方が良いとの判断で、計画の細かい部分までは公開されなかった。
銅たちは、それでは流石に第一課のアイドルたちが可哀想なんじゃないか、と社長に掛け合ったが、
「P君がアメリカに行くとなれば、それ以降の彼女たちは、P君が手掛けるアイドルではなく
鈷君が手掛けるそれになるのだ」と云われては、頷くしかなかった。
「――で、プロデューサーがアメリカへ行ってしまった以上、これからは、私を含めて
第一課のアイドル全員を、副プロが担当していく、ってことだね……?」
「うん、そうなるね」
社長とPの他には銅と鏷、そしてちひろしか知らない。
鈷には、奈緒と加蓮を除く、Pと関係が深かった第一課のアイドルたちを率いていくのに
邪魔となる情報を与えない方が良いとの判断で、計画の細かい部分までは公開されなかった。
銅たちは、それでは流石に第一課のアイドルたちが可哀想なんじゃないか、と社長に掛け合ったが、
「P君がアメリカに行くとなれば、それ以降の彼女たちは、P君が手掛けるアイドルではなく
鈷君が手掛けるそれになるのだ」と云われては、頷くしかなかった。
「――で、プロデューサーがアメリカへ行ってしまった以上、これからは、私を含めて
第一課のアイドル全員を、副プロが担当していく、ってことだね……?」
「うん、そうなるね」
408: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:28:52.20 ID:wAwMmLgqo
凛の弱々しい疑問に、鈷は全く否定することなく答えた。
そして、その言葉は、凛の中の疑念をはっきりとさせる効果もあった。
――私は……プロデューサーに……捨てられたんだ……
少し離れた休憩室から、テレビの音が洩れている。
どのような運命の悪戯か、芸能番組で凛の新曲が流されているようだ。
そして、その言葉は、凛の中の疑念をはっきりとさせる効果もあった。
――私は……プロデューサーに……捨てられたんだ……
少し離れた休憩室から、テレビの音が洩れている。
どのような運命の悪戯か、芸能番組で凛の新曲が流されているようだ。
409: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:31:56.20 ID:wAwMmLgqo
――
Hey, good girl
With your head in the clouds
I bet you I can tell you
What you’re thinkin' about
You'll see a good boy
Gonna give you the world
But he’s gonna leave you cryin'
With your heart in the dirt
ねえ 優等生ちゃん
夢みたいなことを考えているのね
断言するわ
あんたは何でもしてもらえる
良い男に出会ったと思ってるみたいだけど
きっとそいつに突き落とされて
泣かされるわよ
410: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:34:07.22 ID:wAwMmLgqo
His lips are drippin' honey
But he’ll sting you like a bee
So lock up all your love
And go and throw away the key
あいつの唇は甘い蜜を滴らせてる
だけど蜂のようにあんたを刺すわ
だから自分の恋心に戸締まりしなさい
そして開けられないように鍵を捨てることね
Hey, good girl
Get out while you can
I know you think you got a good man
ねえ 優等生ちゃん
手遅れになる前に逃げなさい
あんたは良い男を捕まえたと思ってるんでしょうけど
411: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:34:57.79 ID:wAwMmLgqo
Why, why you gotta be so blind?
Won’t you open up your eyes?
It’s just a matter of time 'til you find
He’s no good, girl
No good for you
You better get to gettin' on your goodbye shoes and go, go, go...
Better listen to me
He’s low, low, low...
ねえ、なんで気付かないのよ
なんで目を閉じてるのよ
じきに認めざるを得ないときがくるわ
あいつは良い人なんかじゃない
あんたのためにならない
別れなさいって
私の話を聞いた方が身のためよ
あいつは悪い男なんだから――
412: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:36:00.34 ID:wAwMmLgqo
洩れる音を聴きながら、凛の顔は、青白いを通り越して土気色にまでなっていた。
流石にこの様子には鈷も見かねて、
「うーん、今日は、その状態じゃ打ち合わせは無理だね。
凛ちゃんは明日も朝から仕事だから、今日は早めに上がって休んだ方がよさそうだ。
奈緒と加蓮もさっきレッスンをこなしたところだ、寮へ一緒に帰るといい」
凛は、何も口に出せず、ただ首をゆっくりと縦に一往復させるのが精一杯だった。
鈷は、その魂を抜かれたかのような反応に、苦慮した。
聞かされてはいたけれど、これはどうしたもんか――
413: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:41:05.73 ID:wAwMmLgqo
――
前夜、東京国際空港。
「海外へ飛ぶのに羽田から発てるなんて、便利になったな」
Pは誰に同意を求めるでもない独り言を、感歎と共に漏らした。
「まったくだ。私も昔はよく海外出張をしたもんだが、毎度々々あんな辺鄙でアクセスの悪い成田へ行くのが億劫でねえ」
はっはっは、と社長が笑った。
414: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:42:05.65 ID:wAwMmLgqo
Pは既に国際線Eカウンターで搭乗手続きを済ませ、ターミナル四階の江戸小路にある庭園カフェにいる。
見送りにきた社長らと共に、出国までの時間を調整している最中だ。
「折角の門出なのに年寄りや男どもばかりの見送りですまんねえ! せめてちひろ君でも呼んでくるべきだったかねはっはっは!」
社長は、そうは思ってなさそうな口調で謝った。
「いえ、こうして社長にお見送り頂けるだけで充分ですよ」
Pがコーヒーを啜ると、鏷もコーヒーを片手に足を組んでPへ問う。
「おい、第一課の全員とは云わんが、せめて凛ちゃんには伝えてこなくてよかったのかよ?」
今回の件は、Pは第一課の誰にも話していなかった。
「この任務の性格上、あまり表立って云えないしな。隠密行動する忍者の気分だよ」
銅が頬に手を置いて息を吐く。
「それにしたってねェ、凛ちゃんがこのことを知った時の反応を想像すると、ちょっと胸が痛むわ」
415: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:43:27.60 ID:wAwMmLgqo
鏷もそれに頷く。
「そうだな、せめて一年で戻ってくる、とかくらいは云ってあげてもよさそうなもんだが」
「そりゃ社長曰く一年が目安だが、先のことはわからないからな。数箇月で帰ってくるかもしれないし、数年かかるかもしれない」
目を閉じて云うPに、鏷は身を乗り出した。
「俺もフォローはするけどよ、凛ちゃんは明らかにお前に懐いてたから、果たして云うことを聞いてくれるかどうか」
「……凛は真面目で強い子だ。きっと、わかってくれるさ」
そこへ、カウンターで軽食を頼んでいた鈷が戻ってきた。
「どうぞ。皆さんでつまみましょう」
「お、サンクス」
早速、鏷がひょいとつまんで口へ運んだ。
「そうだな、せめて一年で戻ってくる、とかくらいは云ってあげてもよさそうなもんだが」
「そりゃ社長曰く一年が目安だが、先のことはわからないからな。数箇月で帰ってくるかもしれないし、数年かかるかもしれない」
目を閉じて云うPに、鏷は身を乗り出した。
「俺もフォローはするけどよ、凛ちゃんは明らかにお前に懐いてたから、果たして云うことを聞いてくれるかどうか」
「……凛は真面目で強い子だ。きっと、わかってくれるさ」
そこへ、カウンターで軽食を頼んでいた鈷が戻ってきた。
「どうぞ。皆さんでつまみましょう」
「お、サンクス」
早速、鏷がひょいとつまんで口へ運んだ。
416: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:45:13.69 ID:wAwMmLgqo
その横で、Pは鈷へ向き直る。
「いよいよお前が第一課のプロデューサーだ。急な話だったがよくついてきてくれたな」
「いえ、……身が引き締まります」
「俺がこうやって急に発つことで、鈷がPを追い出した、などとあらぬ噂を立てられるかも知れない。
そんな雑音は気にせずに、アイドルたちが惑わされないようにだけ気をつけて、思うままやってくれ」
「はい」
鈷は真剣な顔で頷いた。社長たちは、Pと鈷を黙って見ている。
「いよいよお前が第一課のプロデューサーだ。急な話だったがよくついてきてくれたな」
「いえ、……身が引き締まります」
「俺がこうやって急に発つことで、鈷がPを追い出した、などとあらぬ噂を立てられるかも知れない。
そんな雑音は気にせずに、アイドルたちが惑わされないようにだけ気をつけて、思うままやってくれ」
「はい」
鈷は真剣な顔で頷いた。社長たちは、Pと鈷を黙って見ている。
417: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:46:14.11 ID:wAwMmLgqo
「最初のうちは第一課のアイドルたち、特に凛が動揺するかも知れない」
“鈷はあくまでPの補佐だ”と認識してきた者たち、特に凛にとって、翌日から急に鈷がプロデューサーとなれば、当惑するであろう。
それは、容易に予想がつく。
「この十日、あいつに付いていて判ったと思うが、一見無愛想でも根は真剣だし、皆のことを考えてくれてる。
まずは、凛の思う通りに行動させてみて欲しい。その上で適切なタイミングにサポートしてやってくれ」
「わかりました」
「あいつは俺の大切なアイドルだ。プロデュース生活の半身とも云っていい。本来なら俺がきちんと面倒を看なければいけないんだが――」
階下の出発フロアを行き交う人の流れに目線を移し、しばらく眺めたのち、眼を瞑って続ける。
――俺は、あいつのためにも行かなければならない
“鈷はあくまでPの補佐だ”と認識してきた者たち、特に凛にとって、翌日から急に鈷がプロデューサーとなれば、当惑するであろう。
それは、容易に予想がつく。
「この十日、あいつに付いていて判ったと思うが、一見無愛想でも根は真剣だし、皆のことを考えてくれてる。
まずは、凛の思う通りに行動させてみて欲しい。その上で適切なタイミングにサポートしてやってくれ」
「わかりました」
「あいつは俺の大切なアイドルだ。プロデュース生活の半身とも云っていい。本来なら俺がきちんと面倒を看なければいけないんだが――」
階下の出発フロアを行き交う人の流れに目線を移し、しばらく眺めたのち、眼を瞑って続ける。
――俺は、あいつのためにも行かなければならない
418: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:47:00.45 ID:wAwMmLgqo
その後、しばらく歓談して、いよいよ時刻。
「よし、そろそろだな。P君、向こうでたっぷり腕を磨きたまえ!」
「はい、社長。ありがとうございます」
そして出国ゲートへ向かう際、Pは最後に鈷へ告げた。
「もし……もし凛が壊れそうになったら、奈緒や加蓮と組ませてみるといいかも知れん」
「奈緒と加蓮、ですか」
「ああ。あの三人は馬が合う。凛は責任感がとてもあるし、強いリーダーシップを発揮するはずだ」
そう云って鈷の肩を叩き、保安検査場へと消えていった。
419: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:48:01.37 ID:wAwMmLgqo
――
「それにしたって急に渡米なんてねー。鈷さんだけで第一課大丈夫なの?」
大江戸線の車内で、加蓮がワクドナルドのシェイクを吸いながらぼやいた。
「鈷さんは、Pさんが遺してくれた引き継ぎデータがあるから、
しばらくは今までと変わらず問題なく進められる、と云ってたけどな?
だから、当面は大丈夫なんじゃないかとは思う」
「ふーん、ま、それでも鈷さん大変そうだし、アタシらも少し自立意識を持つべきかもね」
420: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:49:07.40 ID:wAwMmLgqo
凛はほぼ上の空で、隣の二人の会話を聞き流していた。
奈緒の云う通り、クールアイドル全員のプロデュース方針表や固定済みスケジュールが引き継ぎ書類として用意されているので、
それに沿ってアイドルを動かしたり、各方面との折衝を進めておけば、しばらく、おおよそ晩秋までは何もせずとも進められるようにはなっていた。
その間に鈷が各アイドルに付き、プロデュース技術を吸収することに力を割けば、冬以降は鈷でもほぼ問題なく第一課の運用が可能となる目算だ。
イレギュラーな大トラブルが出ない限り、CGプロの業務としては、問題はあまりない。
――只一つ、凛の状態を除いては。
その日、凛は、どのようにして部屋へ戻ったのか、記憶がなかった。
奈緒の云う通り、クールアイドル全員のプロデュース方針表や固定済みスケジュールが引き継ぎ書類として用意されているので、
それに沿ってアイドルを動かしたり、各方面との折衝を進めておけば、しばらく、おおよそ晩秋までは何もせずとも進められるようにはなっていた。
その間に鈷が各アイドルに付き、プロデュース技術を吸収することに力を割けば、冬以降は鈷でもほぼ問題なく第一課の運用が可能となる目算だ。
イレギュラーな大トラブルが出ない限り、CGプロの業務としては、問題はあまりない。
――只一つ、凛の状態を除いては。
その日、凛は、どのようにして部屋へ戻ったのか、記憶がなかった。
421: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:50:22.76 ID:wAwMmLgqo
・・・・・・・・・・・・
それからおよそ三週間が経ち、凛の新曲が発売となった。
前評判や注目度の高さから、予想通りの好調なスタートで、
並み居るアイドルや歌手たちを押しのけ、オリコソで初登場一位を軽々と達成した。
音楽番組やバラエティ等でも引っ張りだこだ。
しかし、ここ数週間の凛の仕事は、決して褒められたものではなかった。
勿論、真面目な凛だ、ファンに応える全力投球で仕事と向き合っているのだが、
空回りしたり、ほつれたり、小さなミスが重なっていった。
演技力に定評ある凛が、ドラマの撮影で珍しく二度もリテイクを受けたりした。
鈷のディレクター時代のつてや、銅や鏷の助力ででフォローはされていたので、大きな問題にはなっていなかったが、
テレビ局の監督や、スタジオのレコーディングエンジニア、撮影所のカメラマン、共演する役者等に
『渋谷凛に一体何があったのだ』と首を傾げさせるには充分すぎる、調子の狂いであった。
422: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:51:49.38 ID:wAwMmLgqo
そしてそれは、パパラッチにとって格好の的となる。
ワイドショーは、視聴者の気を引くために、あることないことを垂れ流した。
それが凛の耳に入り、表向きは気丈に振舞っても、見えない疲労が内心に蓄積されていく。
強烈なフラストレーションに曝されるわずか18歳の少女の身体は、様々な不調を来した。
事務所に所属した初期の頃以来、久しぶりにレッスン中に吐いてしまったし、生理も止まってしまった。
主にマスコミが先陣を切る、凛への、肯定的な視線と否定的な視線、そして好奇の目。
それらが複雑に絡み合い、世間はさらに凛に注目するようになった。
休みたがっている凛の身体にとって、実に皮肉なことだ。
不眠と過眠が反復し、持久力も低下した。しかしその状態でも、身体に鞭を打って歌声を届け、激しい踊りを舞った。
それが更に身体を傷めていく。好ましくないスパイラルだった。
ワイドショーは、視聴者の気を引くために、あることないことを垂れ流した。
それが凛の耳に入り、表向きは気丈に振舞っても、見えない疲労が内心に蓄積されていく。
強烈なフラストレーションに曝されるわずか18歳の少女の身体は、様々な不調を来した。
事務所に所属した初期の頃以来、久しぶりにレッスン中に吐いてしまったし、生理も止まってしまった。
主にマスコミが先陣を切る、凛への、肯定的な視線と否定的な視線、そして好奇の目。
それらが複雑に絡み合い、世間はさらに凛に注目するようになった。
休みたがっている凛の身体にとって、実に皮肉なことだ。
不眠と過眠が反復し、持久力も低下した。しかしその状態でも、身体に鞭を打って歌声を届け、激しい踊りを舞った。
それが更に身体を傷めていく。好ましくないスパイラルだった。
423: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:53:29.65 ID:wAwMmLgqo
先日の会議では、11月に出す凛の新曲は、バラードでいくことに決まった。
これまで元気な曲しか演ってこなかった凛にとって、それは一種の新境地であったが、
その実、あまりの憔悴ぶりに、激しい歌や踊りは避けた方がよいという判断であった。
積極的な戦略に基づく、ギャップで攻める姿勢ではなく、消極的な採用理由。
しかも、当初は今まで通りの路線で行くことがほぼ決まっていた中でのどんでん返しだった。
凛自身、それには忸怩たる思いがあったが、これが今の自分を映している鏡なのだ。
逆に考えなければならない。逆境を活かさねばならない。
凛はせめて、作詞は自分で行ないたいと申し出た。
424: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:54:40.10 ID:wAwMmLgqo
――
ふと、身じろいで意識が覚醒すると、凛は事務スペースのソファにもたれ掛かっていた。
どうやら、歌詞を考えているうちに、うつらうつらとしてしまったらしい。
「あぁ、ごめん、起こしちゃったか?」
霞む目を擦ると、正面には奈緒と加蓮が座っていた。
「ん、二人とも……来てたんだ」
意識にもやが掛かった状態でゆっくり言を紡いだ。その凛の声に、加蓮がすぐさま反応する。
「ねー凛、相当疲れてんじゃないの? 折角の綺麗な髪がダメージ受けてるし、肌も荒れてるよ?」
「疲れてないと云えば嘘になるけど……休んでるヒマはないから……」
その言葉とは裏腹に、相当な疲労・消耗している様子が在り在りと視えた。426: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 02:59:23.54 ID:wAwMmLgqo
「そうは云ってもなあ、きちんと休まないと、むしろ効率はどんどん低下していくんだぞ?」
「うん、気をつけては……いるんだけどね」
軽く“伸び”をして凛は云った。
ふぅ、と息をついた後、テーブル上のノートとにらめっこを再開する。
「そーいえばそれ、何やってんの?」
加蓮が覗き込むようにして見ると、凛は少し顔を挙げて、
「新曲の歌詞をね、考えてるんだ」
「お? 凛が作詞してんのか?」
「へー、見ても大丈夫なら見せて!」
「うん、気をつけては……いるんだけどね」
軽く“伸び”をして凛は云った。
ふぅ、と息をついた後、テーブル上のノートとにらめっこを再開する。
「そーいえばそれ、何やってんの?」
加蓮が覗き込むようにして見ると、凛は少し顔を挙げて、
「新曲の歌詞をね、考えてるんだ」
「お? 凛が作詞してんのか?」
「へー、見ても大丈夫なら見せて!」
427: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:00:32.59 ID:wAwMmLgqo
凛はノートを180度廻して、二人の方へ寄せた。
誰かが わたしを呼ぶ 声が 聞こえて
甘い 夢の途中 ぼんやり 目覚めた
恋は どこから やってくるの?
窓を 開けたら 不思議な夜明け――
そこには、途中まで書き上げた詞が、試行錯誤の筆跡と共に記されていた。
誰かが わたしを呼ぶ 声が 聞こえて
甘い 夢の途中 ぼんやり 目覚めた
恋は どこから やってくるの?
窓を 開けたら 不思議な夜明け――
そこには、途中まで書き上げた詞が、試行錯誤の筆跡と共に記されていた。
428: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:01:45.75 ID:wAwMmLgqo
「へー、綺麗で甘い、いい詞じゃん」
「うおお、なんかすげえ切なそうな歌詞だな」
二人は口々に感想を述べる。
「そうだね、甘く切なく、したいから」
少し遠くを見て凛がそう云うと、奈緒がぎょっとしたように声を出した。
「お、おい凛、なんで泣いてるんだよ?」
奈緒の言葉に、加蓮も気付き、同様に驚いた顔をする。
「……え? 泣いてる? 私が?」
「うおお、なんかすげえ切なそうな歌詞だな」
二人は口々に感想を述べる。
「そうだね、甘く切なく、したいから」
少し遠くを見て凛がそう云うと、奈緒がぎょっとしたように声を出した。
「お、おい凛、なんで泣いてるんだよ?」
奈緒の言葉に、加蓮も気付き、同様に驚いた顔をする。
「……え? 泣いてる? 私が?」
429: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:02:45.82 ID:wAwMmLgqo
凛は不思議そうに訊いてから頬を触ると、両目から、泪がこぼれていた。
そんな意識など微塵もなかったのに。
「おかしいな。自分では泣いてるつもりは全くないんだけど」
「ねえ凛、こないだの件といい、ちょっと診てもらった方がいいんじゃない?」
加蓮がそう云って、自らと凛の額に手を当て、「熱はなさそうだけどさ」と付け加えた。
凛は少し困惑した顔で、大丈夫だよ、と告げるが、説得力は皆無であった。
そんな意識など微塵もなかったのに。
「おかしいな。自分では泣いてるつもりは全くないんだけど」
「ねえ凛、こないだの件といい、ちょっと診てもらった方がいいんじゃない?」
加蓮がそう云って、自らと凛の額に手を当て、「熱はなさそうだけどさ」と付け加えた。
凛は少し困惑した顔で、大丈夫だよ、と告げるが、説得力は皆無であった。
430: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:03:40.05 ID:wAwMmLgqo
そこへ鈷がやってきて、ソファに腰掛ける。
「流石にここ数週間といい、最近の凛ちゃんは、ちょっとあぶなっかしい感じがするね。
この分だと、道路を上の空で歩いてたら車に轢かれた、なんてことも現実に起こり得そうだから怖いな」
不穏なことを云うが、それを否定できないのが辛い。
「そこで、だ。三人の相性が良さそうだから、新たにユニットを組んで動いてもらいたいんだ」
「ユニット? 私すでにニュージェネレーションを組んでるのに?」
それは云うまでもないことだった。
現在のところCGプロ唯一であり、パイオニアであるユニット、ニュージェネレーション。鈷がそれを知らないわけはない。
431: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:05:40.26 ID:wAwMmLgqo
「そう。ニュージェネレーションとはもう一つ別の、第一課の中で完結できるユニットを、お前たち、りんなおかれん三人で組んでほしい。
ユニット化させれば一度に多人数を扱いやすく出来るし、何よりも、最近の凛ちゃんの痛ましさを見ていると、
無理矢理にでも看る奴が必要そうだと思ったからね」
「なんだよそれ、あたしのこと云ってんのか?」
“無理矢理”との言葉に、心外だと云うような顔をした奈緒へ、鈷は苦笑する。
「奈緒も加蓮もだよ。二人はひよっこなのに、もう凛ちゃんと気の置けない仲になってる」
「でも、その論理だと別にニュージェネレーションでもいいんじゃないの?」
凛が訊ねると、鈷は、近頃卯月ちゃんや未央ちゃんのソロが増えてきたからね、と答えた。
ユニット化させれば一度に多人数を扱いやすく出来るし、何よりも、最近の凛ちゃんの痛ましさを見ていると、
無理矢理にでも看る奴が必要そうだと思ったからね」
「なんだよそれ、あたしのこと云ってんのか?」
“無理矢理”との言葉に、心外だと云うような顔をした奈緒へ、鈷は苦笑する。
「奈緒も加蓮もだよ。二人はひよっこなのに、もう凛ちゃんと気の置けない仲になってる」
「でも、その論理だと別にニュージェネレーションでもいいんじゃないの?」
凛が訊ねると、鈷は、近頃卯月ちゃんや未央ちゃんのソロが増えてきたからね、と答えた。
432: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:06:54.36 ID:wAwMmLgqo
確かに、最近は凛も卯月も未央も、一人で動くことが多い。
それは、それぞれがクール、キュート、パッションと云う別分野にいるため、普段の仕事があまり被らないことに起因する。
その上、卯月と未央のソロ活動そのものも軌道に乗ってきたため、ニュージェネレーションとして絡むことが少なくなっていた。
現在、ニュージェネレーションが集まるのは週に一回、ラジオのレギュラー番組だけである。
三人とも売れっ子である以上、致し方のないことであった。
「だから、凛ちゃんのお守りと云う意味では、奈緒と加蓮はドンピシャの位置に居るわけさ」
同じ第一課で、歳も近くて、既に仲が良くて。
同じ課なので寮も同じ。だから仕事へ直行直帰するときも一緒に行動できる。
ユニットを組むには最適だろう? そう云って鈷は緩く笑った。
それは、それぞれがクール、キュート、パッションと云う別分野にいるため、普段の仕事があまり被らないことに起因する。
その上、卯月と未央のソロ活動そのものも軌道に乗ってきたため、ニュージェネレーションとして絡むことが少なくなっていた。
現在、ニュージェネレーションが集まるのは週に一回、ラジオのレギュラー番組だけである。
三人とも売れっ子である以上、致し方のないことであった。
「だから、凛ちゃんのお守りと云う意味では、奈緒と加蓮はドンピシャの位置に居るわけさ」
同じ第一課で、歳も近くて、既に仲が良くて。
同じ課なので寮も同じ。だから仕事へ直行直帰するときも一緒に行動できる。
ユニットを組むには最適だろう? そう云って鈷は緩く笑った。
433: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:08:16.24 ID:wAwMmLgqo
しかし加蓮は不安そうだ。
「てゆーかさ、アタシたちが凛と組むなんて、大丈夫なの? 云うなればウチのトップと最新参を組ませるってことでしょ?」
「バーターと云ってな、業界ではよくあることだよ。それに、僕はさっき『ひよっこ』と云ったけど、それは凛ちゃんと比べればの話。
二人とも地力の良さがある。たった二箇月強で早くもランクD一歩手前まで上がって来てるんだからね。自信を持っていい」
その言葉に、加蓮と奈緒は、おそるおそるながらも安堵の息をついた。
「丁度いま三人揃っていることだし、ユニット名をここで決めちゃおうか。
仮称として使ってる『りんなおかれん』ってのは名前を呼んでるのかユニット名を示しているのか、声だけじゃ判別しづらいからね」
「てゆーかさ、アタシたちが凛と組むなんて、大丈夫なの? 云うなればウチのトップと最新参を組ませるってことでしょ?」
「バーターと云ってな、業界ではよくあることだよ。それに、僕はさっき『ひよっこ』と云ったけど、それは凛ちゃんと比べればの話。
二人とも地力の良さがある。たった二箇月強で早くもランクD一歩手前まで上がって来てるんだからね。自信を持っていい」
その言葉に、加蓮と奈緒は、おそるおそるながらも安堵の息をついた。
「丁度いま三人揃っていることだし、ユニット名をここで決めちゃおうか。
仮称として使ってる『りんなおかれん』ってのは名前を呼んでるのかユニット名を示しているのか、声だけじゃ判別しづらいからね」
434: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:09:19.77 ID:wAwMmLgqo
鈷の提案で、早速命名会議が開かれた。――しかし会議と云うよりは、ただの雑談に近い。
「sCOOL GIRLってのはどうだい?」
「それあたしたちが学校卒業したらどうすんだよ」
「しかもユニットなのに単数形でいいの?」
「ぐっ……じゃあ何か案を出してくれよー」
「フレッシュネスガールズとかラッキーネイルとか」
「どっちもハンバーガー絡みかよ」
「アタシは一応考えてるのに奈緒は突っ込むことしか出来ないワケ?」
「うるせーな!」
鈷、奈緒、加蓮がああでもないこうでもないと侃々諤々たる意見をひたすら述べ合う中、凛がぽつりと漏らす。
「sCOOL GIRLってのはどうだい?」
「それあたしたちが学校卒業したらどうすんだよ」
「しかもユニットなのに単数形でいいの?」
「ぐっ……じゃあ何か案を出してくれよー」
「フレッシュネスガールズとかラッキーネイルとか」
「どっちもハンバーガー絡みかよ」
「アタシは一応考えてるのに奈緒は突っ込むことしか出来ないワケ?」
「うるせーな!」
鈷、奈緒、加蓮がああでもないこうでもないと侃々諤々たる意見をひたすら述べ合う中、凛がぽつりと漏らす。
435: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:10:19.95 ID:wAwMmLgqo
「トライアドプリムス……とか」
三人の議論がぴたりと止んだ。
「なにそれ? 聞き慣れない言葉だけど」
「トライアルプリズム?」
「奈緒ー、それは流石に難聴の域じゃない?」
「うっせーな!」
三人の議論がぴたりと止んだ。
「なにそれ? 聞き慣れない言葉だけど」
「トライアルプリズム?」
「奈緒ー、それは流石に難聴の域じゃない?」
「うっせーな!」
436: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:11:45.65 ID:wAwMmLgqo
加蓮と奈緒がコントのようなやり取りをする中、凛が続ける。
「Triad Primsだよ。直訳すれば“取り澄ました三和音”だけど、実際には『おすまし三人組』ってところ」
「おすまし三人組、か」
鈷が顎に手を掛けて思案し始めた。
「奈緒も加蓮も、印象はクールビューティ。実際喋ると、明るいながらも結構冷静で頭が切れるなと思うし。
私は、この通り――無愛想だし。このイメージは、すぐさまブレることはないだろうな、って」
「え、あたしってそんなイメージか?」
凛の解説に、奈緒が少し照れたような表情で問うた。
「Triad Primsだよ。直訳すれば“取り澄ました三和音”だけど、実際には『おすまし三人組』ってところ」
「おすまし三人組、か」
鈷が顎に手を掛けて思案し始めた。
「奈緒も加蓮も、印象はクールビューティ。実際喋ると、明るいながらも結構冷静で頭が切れるなと思うし。
私は、この通り――無愛想だし。このイメージは、すぐさまブレることはないだろうな、って」
「え、あたしってそんなイメージか?」
凛の解説に、奈緒が少し照れたような表情で問うた。
437: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:12:48.04 ID:wAwMmLgqo
「勿論、奈緒にも加蓮にも快活な面はあるよ。ただ、パッと見た時の第一印象は、やっぱりクールだからね。
既にCGにはCo・Cu・Paを束ねたニュージェネレーションがあるから、“第一課―クール―の”三人、
――っていうイメージを名前でも出した方がいいと思って」
「なるほど。三人の印象を上手くまとめあげて、かつ長期的にも使えるってわけだな。……うん、僕はこれでいいと思う」
鈷が目配せで奈緒と加蓮に問う。
「そうだな、深く考えられてるみたいだ。あたしもこれでいい」
「アタシもいいよ。なんかかっこいーし」
既にCGにはCo・Cu・Paを束ねたニュージェネレーションがあるから、“第一課―クール―の”三人、
――っていうイメージを名前でも出した方がいいと思って」
「なるほど。三人の印象を上手くまとめあげて、かつ長期的にも使えるってわけだな。……うん、僕はこれでいいと思う」
鈷が目配せで奈緒と加蓮に問う。
「そうだな、深く考えられてるみたいだ。あたしもこれでいい」
「アタシもいいよ。なんかかっこいーし」
438: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:13:58.46 ID:wAwMmLgqo
鈷は両手で膝を叩いた。
「よし、満場一致で決定だ。意外とすんなり決まったな。もっと苦労するかと思った」
「つーか鈷さんは話を振ってくるのが唐突すぎんだよ」
鈷は面目ないといいながら頭を掻いた。そして懲りずに唐突な話を切り出す。
「新ユニット、トライアドプリムス。これ来月半ばのライブバトルで初お披露目といくから、そのつもりでレッスンに励んでくれ」
「ちょ、おいマジかよ!」
「ちょっと、あと一箇月しかないじゃん! アタシまだまだ体力追い付かないよ!?」
奈緒と加蓮がテーブルに身を乗り出して大きな声で抗弁した。
「よし、満場一致で決定だ。意外とすんなり決まったな。もっと苦労するかと思った」
「つーか鈷さんは話を振ってくるのが唐突すぎんだよ」
鈷は面目ないといいながら頭を掻いた。そして懲りずに唐突な話を切り出す。
「新ユニット、トライアドプリムス。これ来月半ばのライブバトルで初お披露目といくから、そのつもりでレッスンに励んでくれ」
「ちょ、おいマジかよ!」
「ちょっと、あと一箇月しかないじゃん! アタシまだまだ体力追い付かないよ!?」
奈緒と加蓮がテーブルに身を乗り出して大きな声で抗弁した。
439: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:15:03.55 ID:wAwMmLgqo
無理もない。
ソロと違い、複数人ではダンスの注意の払い方など根幹的な部分にも手入れが必要となる。
特に加蓮は、所属当初よりはスタミナがついて輝けるようになったものの、まだ激しい動きはできない。
それなのに、たった一月後にユニットデビュー、しかもその現場がライブバトルとは。
「大丈夫、凛ちゃんも一緒だし、三人でやっていけば一箇月でもかなり成長できるさ」
と、鈷は根拠のない自信を見せて胸を張る。
凛は、そんなやりとりをする三人を見て、云い様のない焦燥感に見舞われた。
ソロと違い、複数人ではダンスの注意の払い方など根幹的な部分にも手入れが必要となる。
特に加蓮は、所属当初よりはスタミナがついて輝けるようになったものの、まだ激しい動きはできない。
それなのに、たった一月後にユニットデビュー、しかもその現場がライブバトルとは。
「大丈夫、凛ちゃんも一緒だし、三人でやっていけば一箇月でもかなり成長できるさ」
と、鈷は根拠のない自信を見せて胸を張る。
凛は、そんなやりとりをする三人を見て、云い様のない焦燥感に見舞われた。
440: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:16:06.61 ID:wAwMmLgqo
――これは……私が先輩としても上位ランクとしても、ユニットをしゃんと引っ張って行かなきゃ……
弱音を吐いている暇などない。
弱みを見せている暇などない。
嘘で塗り固めてでも、精神を強く持たなければならない。
身体に鞭打ってでも、先へと走り抜けなければならない。
私は――負けてはならない。
弱音を吐いている暇などない。
弱みを見せている暇などない。
嘘で塗り固めてでも、精神を強く持たなければならない。
身体に鞭打ってでも、先へと走り抜けなければならない。
私は――負けてはならない。
441: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:17:19.61 ID:wAwMmLgqo
ソファに浅く座り直して、疑問をぶつけた。
「ねえ、来月のライブバトルで演るとしても、曲はどうするの? まさかカバーというわけにもいかないでしょ?」
「そうだね、書き下ろしをPプロデューサー……いや、今はPさんと云った方がいいか――にお願いしてる」
凛はPの名前が出ると、一瞬、胸に苦しさを憶えた。
「プロデューサー……に?」
「うん、正直制作にそこまで時間は取れないので、作編曲家や作詞家とやり取りする時間も惜しい。
Pさんなら一人で完パケまで持って行けちゃうから」
442: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:18:31.87 ID:wAwMmLgqo
凛は心の苦さを無理矢理に封印し、目を閉じた。
「副プロが曲書けば?」
「僕は無理だよ。……あと一応今は僕が第一課のプロデューサーなんだけどなぁ……」
頭をぽりぽりと掻きながら鈷がぼやく。それでも凛はきっぱりと、
「別に『鈷さんなんかプロデューサーじゃない』なんて云うつもりは全くないんだ。
でも、私がプロデューサーと呼ぶのはPさんだけ。ごめんね、『副プロ』って云うのはただの呼称だと思ってよ」
「……りょーかい。ま、そう云ってくれるだけでも助かるよ」
鈷は肩を上下に振ってから、曲はたぶん一週間弱ほどで送られてくるはずだ、と説明した。
「初めて組むユニットとしては、その一週間が惜しいね」
「そこは仕方ないさ。その間、奈緒と加蓮はメディアへの露出を増やしていこう。
凛ちゃんは、今月は撮影やキャンペーンガールの仕事がびっしり入ってるからそっちに注力して貰うとして……」
鈷は腕を組んで、今後の予定を告げていった。
「副プロが曲書けば?」
「僕は無理だよ。……あと一応今は僕が第一課のプロデューサーなんだけどなぁ……」
頭をぽりぽりと掻きながら鈷がぼやく。それでも凛はきっぱりと、
「別に『鈷さんなんかプロデューサーじゃない』なんて云うつもりは全くないんだ。
でも、私がプロデューサーと呼ぶのはPさんだけ。ごめんね、『副プロ』って云うのはただの呼称だと思ってよ」
「……りょーかい。ま、そう云ってくれるだけでも助かるよ」
鈷は肩を上下に振ってから、曲はたぶん一週間弱ほどで送られてくるはずだ、と説明した。
「初めて組むユニットとしては、その一週間が惜しいね」
「そこは仕方ないさ。その間、奈緒と加蓮はメディアへの露出を増やしていこう。
凛ちゃんは、今月は撮影やキャンペーンガールの仕事がびっしり入ってるからそっちに注力して貰うとして……」
鈷は腕を組んで、今後の予定を告げていった。
444: 再開 ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:51:41.41 ID:wAwMmLgqo
・・・・・・・・・・・・
仕事と単独レッスンの合間にトライアドプリムスのトレーニングを挟みつつ、三週間が過ぎた。
凛は、トライアドプリムスでレッスンする時なら、比較的スムーズにこなせていた。
Pが凛たちのために書き下ろしてくれた曲だという事実がモチベーションを支えていたこと、
内容が奈緒・加蓮に合わせたレベルであること、そして何よりも彼女の強い責任感によるものであろう。
しかし、こと単独レッスンに於いては、その反動からか、壊滅的と云える惨状であった。
445: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:52:49.39 ID:wAwMmLgqo
以前踏めたステップが辿れない、以前出せた音域が届かない、以前取れた音階が大きくずれる。
必死に取り返そうとして、更に力んで上手くいかなくなる。
厳しい指導が特徴の麗すら、あまりの酷さに心配するほど。
「スランプと云うものは誰にでもある。今は焦らず我慢の刻だ」――いっそ、怒られた方がまだマシだと、自らの惨めさに、陰で独り泣いた。
仕事の内容も、音楽番組ではなくトークやバラエティ主体、
またNTTドコデモの新型iPhoneプロモーションなどと云った、身体を酷使しない方向へシフトされていた。
鈷の顔に、焦りの色が見え始めている。
必死に取り返そうとして、更に力んで上手くいかなくなる。
厳しい指導が特徴の麗すら、あまりの酷さに心配するほど。
「スランプと云うものは誰にでもある。今は焦らず我慢の刻だ」――いっそ、怒られた方がまだマシだと、自らの惨めさに、陰で独り泣いた。
仕事の内容も、音楽番組ではなくトークやバラエティ主体、
またNTTドコデモの新型iPhoneプロモーションなどと云った、身体を酷使しない方向へシフトされていた。
鈷の顔に、焦りの色が見え始めている。
446: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:54:30.91 ID:wAwMmLgqo
そんな十月上旬、ラジオ局以外で久しぶりにニュージェネレーションの仕事があった。
ファッション誌Eighteenの特集に、モデルとして載るそうだ。
「局以外でニュージェネレーションが集まるのって久しぶりだよね~!」
銅に送られやってきた、勝手知ったる提携フォトスタジオ。
控室にて、未央がわくわくとした様子で云った。
スタジオ内では、銅とEighteen担当者が最終の詰めを行なっている。
「うん! しかもファッション誌に載るのは初めてだから頑張らないとね!」
卯月も未央同様に、興奮を抑え切れない勢いで答える。
雑誌にグラビアで載ることはこれまでにもあったが、ファッション誌にモデルとして出るのは初めてであった。
447: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:55:28.31 ID:wAwMmLgqo
対照的に、物静かな凛。未央が覗き込んで問うた。
「しぶりん、どした? 元気ないぞー?」
目線だけ未央に向け、しゅんとしながら答える。
「ん……身体の状態があまり芳しくない時に限って、ファッション誌の撮影なんて、しかもみんな読んでるEighteenなんて……タイミング悪いな」
「逆に考えればいいよ~、グラビアみたいに水着じゃなくてよかったーって!」
未央の云うことも尤もだが……
凛は、未央の考え方を羨ましく思いながら、そうだね、と弱々しく微笑んだ。
「しぶりん、どした? 元気ないぞー?」
目線だけ未央に向け、しゅんとしながら答える。
「ん……身体の状態があまり芳しくない時に限って、ファッション誌の撮影なんて、しかもみんな読んでるEighteenなんて……タイミング悪いな」
「逆に考えればいいよ~、グラビアみたいに水着じゃなくてよかったーって!」
未央の云うことも尤もだが……
凛は、未央の考え方を羨ましく思いながら、そうだね、と弱々しく微笑んだ。
448: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:56:25.27 ID:wAwMmLgqo
――渋谷凛さんヘアメイク入りまーす!
スタジオアシスタントに促され、化粧鏡の前に腰を下ろした途端、担当が苦い声を出した。
「渋谷さん、ちょっとお肌の状態が荒れちゃってるわね。以前は下地クリームだけでも充分なくらいだったのに」
「はい、最近身体の酷使が続いてしまって……」
「駄目よ、身体は労らないと。一番の資本なんだから。
――今日のメイクプランは変更ね。カバーファンデとコンシーラーをつけておきましょう」
449: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:57:30.05 ID:wAwMmLgqo
髪を留め、目を閉じて、メイクさんの為すが儘。
縦横無尽に動き回る指が、凛の顔に魔法をかけていく。
よしOK、との声で目を開けると、そこには別人のように輝いた凛がいた。
「すごい……あれだけ酷い状態だったのに……」
「ま、メイクの腕の見せ所ね。一応カバーはこれで大丈夫だけど、やっぱり大事なのは元のお肌の状態を良くすることよ。
化粧で補うことに慣れると、どんどん肌は荒れていっちゃうからね。あまり無理はしないように」
「……はい」
凛は哀しい顔で答えた。
縦横無尽に動き回る指が、凛の顔に魔法をかけていく。
よしOK、との声で目を開けると、そこには別人のように輝いた凛がいた。
「すごい……あれだけ酷い状態だったのに……」
「ま、メイクの腕の見せ所ね。一応カバーはこれで大丈夫だけど、やっぱり大事なのは元のお肌の状態を良くすることよ。
化粧で補うことに慣れると、どんどん肌は荒れていっちゃうからね。あまり無理はしないように」
「……はい」
凛は哀しい顔で答えた。
450: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 03:58:58.78 ID:wAwMmLgqo
ストロボが、リズムよく凛の身体を何度も照らす。
秋コーデに身を包んだ彼女は、カメラマンやEighteen担当者の指示で様々な動きをとっていた。
「凛ちゃん、今日はちょっと顔硬いよー? もっと力を抜こうー」
案の定……と云うべきか、凛の調子は悪い。
そのこと自体は凛も重々承知しているのだが、どこがどのように悪く、どうすれば改善させられるのかがわからない。
上手くいかない時は、往々にして全てが悪く見えてしまい、どこから手を付ければよいのか判断できなくなるものだ。
カメラマンに云われれば云われるほど意識してしまう泥沼。
頭の中は既に真っ白で、必死に何とかしようと藻掻くが、上手くいかない。
451: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:00:00.03 ID:wAwMmLgqo
ついにシャッターの音が止まってしまった。
カメラマンが困惑した顔で、ファインダーから顔を離す。
凛はぎゅっと眼を瞑って、頭を小刻みに横へ振った。
「すみません」
短く嘆息しながら謝罪を述べる。
レフ板の向こうでは、銅がEighteen担当者に何やら耳打ちをしており、
さらにその奥では卯月と未央が不安そうな顔で凛の方を見ている。
「凛ちゃん、こっちおいで。ちょっと休憩しましょ。卯月、先に撮って頂きな」
耳打ちを終えた銅が、手招きして凛を呼び戻した。入れ替わりに、卯月が「はいっ!」と答えながらレンズの前に立つ。
カメラマンが困惑した顔で、ファインダーから顔を離す。
凛はぎゅっと眼を瞑って、頭を小刻みに横へ振った。
「すみません」
短く嘆息しながら謝罪を述べる。
レフ板の向こうでは、銅がEighteen担当者に何やら耳打ちをしており、
さらにその奥では卯月と未央が不安そうな顔で凛の方を見ている。
「凛ちゃん、こっちおいで。ちょっと休憩しましょ。卯月、先に撮って頂きな」
耳打ちを終えた銅が、手招きして凛を呼び戻した。入れ替わりに、卯月が「はいっ!」と答えながらレンズの前に立つ。
452: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:01:27.83 ID:wAwMmLgqo
「……申し訳ありません」
銅の許へ歩むや否や、凛は苦々しい表情で詫びた。
「うーん、鈷から状態を聞いてはいたのだけれど……。今日の凛ちゃんを見てる限りじゃ、無理矢理笑わせるのはよくないね。
コーデを変更してビューティにしよう。アンニュイな雰囲気的にもそちらの方が合いそうだ。……如何でしょう?」
凛の様子を心配そうに見てから、最後にEighteen担当者を振り返って銅は提案した。
「そうですね、今回の渋谷さんソロは寒色押しで行きましょう。秋コーデのセオリーには反しますが、それもまた一興です。
今の衣装は、ニュージェネ三人集合の際に使います。デュオやトリオでは統一感を出したいので」
「すみません、わざわざ、ありがとうございます」
凛は言葉少なに頭を下げる。他に何を云ったところで、ただの言い訳にしかならないからだ。
「ま、トラブルをチャンスに変えるのが、アタシたちの仕事さ」
そう云って笑う銅の許へ、順調に撮影を終えた卯月が「凛ちゃん、大丈夫?」と駆け寄ってくる。
凛は卯月へ、ゆっくりと、力なく頷いた。
――渋谷凛さん島村卯月さん衣装チェンジ入りまーす! 渋谷さんI12 O8 B4、島村さんI7 O15 B11で――
銅の許へ歩むや否や、凛は苦々しい表情で詫びた。
「うーん、鈷から状態を聞いてはいたのだけれど……。今日の凛ちゃんを見てる限りじゃ、無理矢理笑わせるのはよくないね。
コーデを変更してビューティにしよう。アンニュイな雰囲気的にもそちらの方が合いそうだ。……如何でしょう?」
凛の様子を心配そうに見てから、最後にEighteen担当者を振り返って銅は提案した。
「そうですね、今回の渋谷さんソロは寒色押しで行きましょう。秋コーデのセオリーには反しますが、それもまた一興です。
今の衣装は、ニュージェネ三人集合の際に使います。デュオやトリオでは統一感を出したいので」
「すみません、わざわざ、ありがとうございます」
凛は言葉少なに頭を下げる。他に何を云ったところで、ただの言い訳にしかならないからだ。
「ま、トラブルをチャンスに変えるのが、アタシたちの仕事さ」
そう云って笑う銅の許へ、順調に撮影を終えた卯月が「凛ちゃん、大丈夫?」と駆け寄ってくる。
凛は卯月へ、ゆっくりと、力なく頷いた。
――渋谷凛さん島村卯月さん衣装チェンジ入りまーす! 渋谷さんI12 O8 B4、島村さんI7 O15 B11で――
453: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:02:26.72 ID:wAwMmLgqo
・・・・・・
撮影を何とか時間内に終わらせ、ニュージェネレーションの三人は事務所へと戻ってきた。
本日、これ以降はお仕事なし。
その代わり、これまた久しぶりに、ニュージェネレーション統一レッスンが組まれた。
年末ライブのための、おねシンと輝く世界の魔法、それぞれのニュージェネレーションバージョンの通し稽古だ。
特段難しい動きはないので、さほど問題はない。
はずだった。
454: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:04:16.68 ID:wAwMmLgqo
「ねえ凛ちゃん、マニュアルをトレースしただけになっちゃってますよ?」
ひとまず二曲を通して動いてみた後の、慶の言葉である。
「……はい、何よりもまず、ミスの無い正確な動きを目指そうと」
「うーん……云わんとすることは判るんですけど……もう一回通してみましょうか」
再び流れるおねシン、そして輝く世界の魔法。
特段難しい動きはないので、さほど問題はない。
――はずだった。
455: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:05:19.25 ID:wAwMmLgqo
通しが終わって曲を停止させたのち、慶はしばらく逡巡して、重い口を開いた。
「……凛ちゃん、何て云うべきか……楽しさが伝わってこないんですよ。
正確さを気にする時期はもう過ぎていると云うか、今はもう楽しさを届けなければいけない段階のはずなんです。
例えば未央ちゃんは、何回かステップをミスしてて――」
未央はしまったバレてた、と肩を竦める。
「――でも楽しそうに踊ってて、そのミスを感じさせなかったんです。
卯月ちゃん、隣で一緒に踊っていて凛ちゃんの動きはどう思いました?」
慶はセンターで踊っていた卯月に話を振った。
456: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:06:29.79 ID:wAwMmLgqo
「え? えっと……凛ちゃんは、ミス自体はありませんでした。なので、一緒に踊る立場としては、やりやすかったんですけど……
正確に動こうとするあまり、硬くなっちゃっていたように思います。そこが逆にミスしているように外部からは見えてしまう……のでは」
卯月の言葉に軽く頷いて、次は未央の番。
「未央ちゃん、凛ちゃんのボーカルの方はどう聴こえました?」
「んー……、歌の方は、正確な音程を出そうとして、気をつけすぎて、逆に歌声が心へ染み込まなくなっちゃうって感じ……なのかな?
確かに正確なライン取りだったんだけど、何となく機械に歌わせているような……」
卯月も未央も、自らのパフォーマンスを披露しながら、自分以外のメンバーの状態を、冷静に観測できるほど成長していた。
逆に、凛が一番、自分についてわかっていなかったのだと、曝け出されてしまった。
「そうですね。笑顔も出ていなかったですし、全体的な内容で云えば、未央ちゃんの方がよかったです」
正確に動こうとするあまり、硬くなっちゃっていたように思います。そこが逆にミスしているように外部からは見えてしまう……のでは」
卯月の言葉に軽く頷いて、次は未央の番。
「未央ちゃん、凛ちゃんのボーカルの方はどう聴こえました?」
「んー……、歌の方は、正確な音程を出そうとして、気をつけすぎて、逆に歌声が心へ染み込まなくなっちゃうって感じ……なのかな?
確かに正確なライン取りだったんだけど、何となく機械に歌わせているような……」
卯月も未央も、自らのパフォーマンスを披露しながら、自分以外のメンバーの状態を、冷静に観測できるほど成長していた。
逆に、凛が一番、自分についてわかっていなかったのだと、曝け出されてしまった。
「そうですね。笑顔も出ていなかったですし、全体的な内容で云えば、未央ちゃんの方がよかったです」
457: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:07:55.12 ID:wAwMmLgqo
慶の宣告。
ニュージェネレーションの中で飛び抜けて先を行っていた凛が、
今や、三人の中で最も歌とダンスを苦手としていた未央よりも、霞んで見えてしまうという事実。
凛は、目を固く閉じて、天を仰いだ。
「ねえ、凛ちゃん。今……楽しくないの? さっきの撮影の時も、あまり元気なかったし……」
卯月が心配そうに凛の肩を触る。
「そんなことは、ない……はずなんだけど……」
「以前あんなに楽しそうに踊ってた、しぶりんらしくないよ?」
未央も、凛の斜向かいから歩み寄って云う。
ニュージェネレーションの中で飛び抜けて先を行っていた凛が、
今や、三人の中で最も歌とダンスを苦手としていた未央よりも、霞んで見えてしまうという事実。
凛は、目を固く閉じて、天を仰いだ。
「ねえ、凛ちゃん。今……楽しくないの? さっきの撮影の時も、あまり元気なかったし……」
卯月が心配そうに凛の肩を触る。
「そんなことは、ない……はずなんだけど……」
「以前あんなに楽しそうに踊ってた、しぶりんらしくないよ?」
未央も、凛の斜向かいから歩み寄って云う。
458: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:08:58.47 ID:wAwMmLgqo
「……ねえ、未央。私らしい、って……何なんだろう?」
「……えっ?」
存在の根本を問う、凛の哲学的な疑問に、未央と卯月は動きを止めた。
「――ねえ、渋谷凛って……何?」
凛は虚空を見詰めて、誰かに投げ掛けるわけではなく言葉を漏らす。
「どうすれば楽しさを与えられるのかな? 笑顔になればいい? 凄いダンス踊ればいい?」
「さっきの撮影のときみたいな引きつった笑顔で、勢い良く踊れば、解決するの?」
「さっきの撮影のときみたいに、クールな仕草じゃだめなの? クールに正確な動きじゃだめなの?」
「私は今まで通りやってるつもりだけど……どうやったら……楽しさを届けられるの……?」
ただならぬ凛の雰囲気に、二人だけでなく、慶までもが慄いている。
「……えっ?」
存在の根本を問う、凛の哲学的な疑問に、未央と卯月は動きを止めた。
「――ねえ、渋谷凛って……何?」
凛は虚空を見詰めて、誰かに投げ掛けるわけではなく言葉を漏らす。
「どうすれば楽しさを与えられるのかな? 笑顔になればいい? 凄いダンス踊ればいい?」
「さっきの撮影のときみたいな引きつった笑顔で、勢い良く踊れば、解決するの?」
「さっきの撮影のときみたいに、クールな仕草じゃだめなの? クールに正確な動きじゃだめなの?」
「私は今まで通りやってるつもりだけど……どうやったら……楽しさを届けられるの……?」
ただならぬ凛の雰囲気に、二人だけでなく、慶までもが慄いている。
459: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:10:07.27 ID:wAwMmLgqo
「わからなくなっちゃった……」
焦点の合わない虚ろな眼差しで、
「あれ……そもそも、なんで私、踊ってるんだっけ……」
――なんで私、アイドルやってるんだっけ……――
「わからなくなっちゃったよ……」
ぽつりと漏らした凛の言葉に、卯月や未央、そして慶も慌てる。
「ちょ、ちょっと凛ちゃん! そんなこと云っちゃ駄目だよ!」
460: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:11:14.95 ID:wAwMmLgqo
はっ、と意識を戻した凛は、半ば無意識的に漏らした自分の言葉に、衝撃を隠せなかった。
しかし、それよりも、目的が見えなくなった凛を諌める卯月の言葉に、血が上ってしまった。
「なんで……なんで云っちゃ駄目なの? ねえ、疑問を持つことすら赦されないの!?」
次第に語気が強くなる。
冷静になれ、と、頭の中でもう一人の自分が指令を出しても、止められない。
「考えることが赦されないなら、それこそ機械と同じじゃない!」
「り、凛ちゃん……」
あまりの剣幕に卯月が青ざめる。
しかし、それよりも、目的が見えなくなった凛を諌める卯月の言葉に、血が上ってしまった。
「なんで……なんで云っちゃ駄目なの? ねえ、疑問を持つことすら赦されないの!?」
次第に語気が強くなる。
冷静になれ、と、頭の中でもう一人の自分が指令を出しても、止められない。
「考えることが赦されないなら、それこそ機械と同じじゃない!」
「り、凛ちゃん……」
あまりの剣幕に卯月が青ざめる。
461: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:12:23.05 ID:wAwMmLgqo
未央が泡を食って凛の肩を掴んだ。
「ねえ! さっきの言葉は、これまでしぶりんを支えてきた数多くの人への背信になっちゃうんだよ!?」
「そんなのわかってるよ! そんな正論は痛いほどわかってるの!!」
凛はその腕を振り払って叫んだ。
驚愕に目を見開く未央へ、捲し立てる。
「でも! 自分自身の存在意義も目標も、何を為すべきかも視えなくなっちゃったの!」
「しぶりん! みんなでトップアイドルになろうって、云ったでしょ! それが目標じゃなかったの!?」
「云ったよ! 云ったけど! あの男性―ひと―のいない世界で、トップになったって仕方ないじゃないっ!」
決壊した感情のダムは、胸の内を全て絞り出すまで止まらなかった。
「未央だって、もし鏷さんがいなくなったら、その世界でトップを目指せるのっ!?」
「ねえ! さっきの言葉は、これまでしぶりんを支えてきた数多くの人への背信になっちゃうんだよ!?」
「そんなのわかってるよ! そんな正論は痛いほどわかってるの!!」
凛はその腕を振り払って叫んだ。
驚愕に目を見開く未央へ、捲し立てる。
「でも! 自分自身の存在意義も目標も、何を為すべきかも視えなくなっちゃったの!」
「しぶりん! みんなでトップアイドルになろうって、云ったでしょ! それが目標じゃなかったの!?」
「云ったよ! 云ったけど! あの男性―ひと―のいない世界で、トップになったって仕方ないじゃないっ!」
決壊した感情のダムは、胸の内を全て絞り出すまで止まらなかった。
「未央だって、もし鏷さんがいなくなったら、その世界でトップを目指せるのっ!?」
462: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:13:18.15 ID:wAwMmLgqo
未央はその叫びに言葉を詰まらせた。
彼女もまた、担当プロデューサーに密かな想いを寄せていたからである。
そして、その鏷が傍に居てくれている自分が、凛に何を云おうとも届かないことに気付き、黙り込んだ。
卯月と慶はこのような事態に慣れていないのか、おろおろとしている。
しばらく凛は肩で息をしていたが、それが落ち着くにつれ、自分の放った言霊が既に回収できない位置にあると悟り、苦悶した。
「……ごめん。私、今はここに居ない方がいいと思う。……卯月と未央の、足手まといになっちゃうから」
そう云い残し、引き留める卯月、未央、慶を振り返らず、弱々しい足取りでダンスルームを出て行った。
彼女もまた、担当プロデューサーに密かな想いを寄せていたからである。
そして、その鏷が傍に居てくれている自分が、凛に何を云おうとも届かないことに気付き、黙り込んだ。
卯月と慶はこのような事態に慣れていないのか、おろおろとしている。
しばらく凛は肩で息をしていたが、それが落ち着くにつれ、自分の放った言霊が既に回収できない位置にあると悟り、苦悶した。
「……ごめん。私、今はここに居ない方がいいと思う。……卯月と未央の、足手まといになっちゃうから」
そう云い残し、引き留める卯月、未央、慶を振り返らず、弱々しい足取りでダンスルームを出て行った。
463: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:14:50.61 ID:wAwMmLgqo
――
街は黄昏れの刻。
しかし空は雲に覆われ暗く、綺麗な夕焼けは姿を見せていない。
まるで凛の心を映したかのように。
凛は、着替えもせず、レッスンウェアのまま、気付くと麻布十番は網代公園にいた。
まもなく夜の帳が下りる上に、不穏な空模様だからか、公園には誰もいない。
そっとブランコに腰を下ろすと、キィ、と金属の擦れが音を立てた。
464: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:16:11.46 ID:wAwMmLgqo
――私、どうしちゃったんだろう。
アイドルとしての自分の存在意義に、疑問を持ってしまった。
あのひとが連れてきてくれた世界に、疑問を持ってしまった。
掃いて捨てるほどアイドルのいる昨今、渋谷凛が持つ意味とは?
あのひとがいない世界で、渋谷凛がトップアイドルを目指す意味とは?
低く垂れ込めた雲から、雫がぽつりぽつりと落ちてきた。
やがてそれは、シャワーのように、勢いを増し、凛の身体を濡らしていく。
凛の頭の中で、Pがトライアドプリムスに書き下ろした曲がリフレインした。
アイドルとしての自分の存在意義に、疑問を持ってしまった。
あのひとが連れてきてくれた世界に、疑問を持ってしまった。
掃いて捨てるほどアイドルのいる昨今、渋谷凛が持つ意味とは?
あのひとがいない世界で、渋谷凛がトップアイドルを目指す意味とは?
低く垂れ込めた雲から、雫がぽつりぽつりと落ちてきた。
やがてそれは、シャワーのように、勢いを増し、凛の身体を濡らしていく。
凛の頭の中で、Pがトライアドプリムスに書き下ろした曲がリフレインした。
466: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:18:43.62 ID:wAwMmLgqo
幾千の星屑 名も知れず輝いて
この心照らす 静かな夜
あの人に思いが いつの日か届くよに
夜空に願うよ 乙女心
鮮やかな満月の光が
この恋を叶えると し・ん・じ・て
恋の花 開くよに 今あなたへ伝えよう
恋の雨 降らぬよに 私は祈ってる…
夢の花 ひらひらと 今あなたへ落ちてゆく
恋の花 ゆらゆらと あなたに届くまで……
467: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:20:14.21 ID:wAwMmLgqo
この曲は、凛の調子が悪くなってから書かれたもの。
――副プロは当然、私の体たらくをプロデューサーへ伝えてるよね……
そんなPが、凛へ寄越したこの曲の意味――“Now is not the time.”
君を想っている。でも、今はまだその時ではない。
なぜあのひとは、私の心の中をこんなにも見透かしているの?
なぜあなたは、遠く離れていても私の心をこんなにも恋焦がせるの?
468: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:21:24.98 ID:wAwMmLgqo
スポットライトを浴びなくてもいい。あのひとの傍に居たい。
ファンへの申し訳なさと、Pへの想いの狭間で、凛は身動きが取れなくなっていた。
「私……どうしたらいいの……」
うつむく凛に、雨が打ち付ける。
この雨は、憐れな人間にせめてもと神様が恵んでくれたものだろうか。
凛の眼から止め処なく溢れる熱い雫を、誤摩化してくれるから――
469: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:22:51.47 ID:wAwMmLgqo
――
どれほど経っただろうか。
空がすっかり暗くなっても、雨はしとしとと降り続いていた。
雨宿りをするでもなく、ただただ天の気紛れに身を任せていると、その凛の身体を打つ雨が不意に、止んだ。
いや、水音は止んでいないので、まだ降っているはずだが。
ふと上を見ると、凛を白い傘が覆っている。
そのまま視線を後ろへ持っていくと。
470: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:24:18.95 ID:wAwMmLgqo
「ち……ひろ……さん……? なん……で……?」
緑の制服に身を包んだちひろが、哀しそうに微笑みながら佇んでいた。
「みんな大騒ぎで凛ちゃんを探しているのよ?」
手掛かりが無いから虱潰しにね、と苦笑しながら。
「まさか事務所のこんな近くにいるなんて、まさに灯台下暗し、ね」
何も云えないでいる凛を、ちひろは優しく立たせ、促した。
緑の制服に身を包んだちひろが、哀しそうに微笑みながら佇んでいた。
「みんな大騒ぎで凛ちゃんを探しているのよ?」
手掛かりが無いから虱潰しにね、と苦笑しながら。
「まさか事務所のこんな近くにいるなんて、まさに灯台下暗し、ね」
何も云えないでいる凛を、ちひろは優しく立たせ、促した。
471: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:25:23.95 ID:wAwMmLgqo
「さぁ、戻りましょう。もう十月なのにそんな薄着で雨に打たれ続けて。これは風邪を覚悟しないといけないわね」
ちひろは困ったように笑みを浮かべた。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。多感な時期は色々なことがあるわ」
CGプロ事務所は、上を下への大騒ぎだったが、ずぶ濡れの凛をちひろが連れ戻ってきた瞬間、水を打ったように静まり返った。
全身から雫を滴らせ、生気のない眼で歩く彼女に、誰も声を掛けることができなかったのは、当たり前と云える。
「シャワーを浴びたら、今日はもうこのまま仮眠室で寝てしまいなさいな」
ちひろが、事務所に残っていた社員を全て帰途に就かせながら凛に告げる。凛は黙って頷いた。
ちひろは困ったように笑みを浮かべた。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。多感な時期は色々なことがあるわ」
CGプロ事務所は、上を下への大騒ぎだったが、ずぶ濡れの凛をちひろが連れ戻ってきた瞬間、水を打ったように静まり返った。
全身から雫を滴らせ、生気のない眼で歩く彼女に、誰も声を掛けることができなかったのは、当たり前と云える。
「シャワーを浴びたら、今日はもうこのまま仮眠室で寝てしまいなさいな」
ちひろが、事務所に残っていた社員を全て帰途に就かせながら凛に告げる。凛は黙って頷いた。
472: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:26:34.03 ID:wAwMmLgqo
つい先ほどまでと同じように、凛を包む水音。
違うのは、冷たい雨ではなく暖かいシャワーであると云うこと。
凛は何故だか、三月の横浜アリーナ単独ライブを思い出していた。
頭の中には、ステージの歓声が、ずっと、こだましている。
武者震いする自分を、常に傍で支えてきた人。
プロデューサーは、お前なら出来る、と常に隣へ立っていてくれた。
あの人にそう云われると、
いつの間にか自分もやれる気になってしまっている。
でも今は――傍にいない。
473: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:27:29.88 ID:wAwMmLgqo
私は、偶像。
あの人は“渋谷凛”を形作った。
私は“渋谷凛”という存在を表現した。
観客はそんな私に熱狂した。
眼を瞑ると、たくさんのファンが応援してくれた、ライブの光景が浮かぶ。
揺れるサイリウム、飛び交う声援、観客と共に踊る振り付け。
数万もの人が、一点に、私に、視線を送る。
474: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:28:27.32 ID:wAwMmLgqo
……ヒトが見る私は、渋谷凛というアイドル。
ただの、偶像。
ただの、容れ物。
それは本当の私ではない。
いつも偶像を演じていると、時には疲れてしまう。
偶像を解き放ちたい、そう思う刻が、確かにある。
そんなとき、決まってあの人は支えてくれた。
あの人がとても頼もしく見えた。
でも今は――傍にいない。
475: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:29:38.49 ID:wAwMmLgqo
勿論、あの人はプロデューサーで、私はアイドル。
そうである以上、結ばれることはない。
しかし、アイドルになったからこそ、あの人と出会えたのだ。
そっと、想いを心の中に持つことくらいなら、赦されたはず。
しかし私は、その禁を破ってしまった。
この苦しみは、自らが招いたこと。
それでも――傍にいてほしい。
叶わぬ恋でも、いいから、傍に居たい。
どうすればいいのか、わからない。
凛は、これまでに何度も繰り返してきたもの“とは異質な”自問自答を終えると、ふぅ、と軽く一息吐き、シャワーを止めた。
476: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:30:50.82 ID:wAwMmLgqo
まずは、週末に迫ったトライアドプリムスのライブバトルをこなさなければ。
私だけが堕ちていく分にはいい。
だけど、それに奈緒や加蓮を、巻き込むわけにはいかない。
既に足場を築いてあるニュージェネレーションの卯月や未央とは違い、
トライアドプリムスの失敗は、即ち、奈緒と加蓮の前途に暗雲が立ち込めることを意味する。
あの二人には才能がある。
私の凋落に、巻き込むわけにはいかない。
477: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:32:06.57 ID:wAwMmLgqo
――
シャワーを終え地階から戻ると、給湯室でちひろが凛のために食事を用意していた。
まさかのことに凛は驚く。
「暖かくて消化の良いものを作っといたから、食べてゆっくり寝なさいね」
「ちひろさん……どうして……?」
「事務所で一番の古株の子が苦しんでるのよ、放っておけるわけないでしょう。……Pさんの代わりにはならないけれどね」
ちひろは気付いていた。
凛の思慕の念にも、凛の不調の原因にも。
478: ◆SHIBURINzgLf 2013/09/24(火) 04:33:45.68 ID:wAwMmLgqo
当然だ。事務所の設立からずっと一緒にやってきたのだから。
ちひろは、ニュージェネレーションに勝るとも劣らない、『戦友』であった。
給湯室の彼女に、在りし日の合宿でコンロの前に立っていたPがオーバーラップした。
涸れたと思った泪が、再び溢れる。
どんどん視界がぼやけていく中、ちひろが傍に寄ってくることだけはわかった。
「ちひろさん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ちひろが、優しく凛を抱き寄せる。
「何も云わないから、今は泣くだけ泣きなさい……」
ちひろの手が、慈しむように、穏やかに、凛の背中を叩いた。
ちひろは、ニュージェネレーションに勝るとも劣らない、『戦友』であった。
給湯室の彼女に、在りし日の合宿でコンロの前に立っていたPがオーバーラップした。
涸れたと思った泪が、再び溢れる。
どんどん視界がぼやけていく中、ちひろが傍に寄ってくることだけはわかった。
「ちひろさん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ちひろが、優しく凛を抱き寄せる。
「何も云わないから、今は泣くだけ泣きなさい……」
ちひろの手が、慈しむように、穏やかに、凛の背中を叩いた。
転載元:凛「私は――負けない」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379170591/
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