2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:49:15.65 ID:EcMl3zH/0
事務所の応接スペースで、改まって志保に向かい合った。
ふぅ、と息を吐き、用意していた台詞を丁寧に、感情を込めて口に出す。
「志保、私、アイドル辞めて実家帰ることにしたわ」
……いささか唐突やったかもしれへん。
けれども、志保の背後。
扉をこっそり開けた所に、焼き鳥みたいにつらなっとる野次馬たちがサムズアップしとる。
これでよかったってことにしとこ。
っていうかプロデューサーさん、わざわざドッキリの立て札まで持ってきとるやん。
『北沢志保リアクションレッスン』なんてタイトルまでついとる。
あとで志保にキレられてもしらへんで。
ふぅ、と息を吐き、用意していた台詞を丁寧に、感情を込めて口に出す。
「志保、私、アイドル辞めて実家帰ることにしたわ」
……いささか唐突やったかもしれへん。
けれども、志保の背後。
扉をこっそり開けた所に、焼き鳥みたいにつらなっとる野次馬たちがサムズアップしとる。
これでよかったってことにしとこ。
っていうかプロデューサーさん、わざわざドッキリの立て札まで持ってきとるやん。
『北沢志保リアクションレッスン』なんてタイトルまでついとる。
あとで志保にキレられてもしらへんで。
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:49:51.34 ID:EcMl3zH/0
……そう、これはドッキリや。
いまいちバラエティに馴染めない志保に、リアクションの術を学んでもらう――
最初はそんな趣旨だったはずやけど。
話が盛り上がっていくうちに、いかに志保を一番驚かせられるか、
みたいな話になって、この辺に落ち着いた。
趣旨とずれとらんか若干心配やけども。
辞める役もプロデューサーやら可奈やら静香やら何人か候補があがったんやけど。
一度もそういう節を見せたことないやつがいいだろう、
なんてことで私の白羽の矢がたってしもうた。
まるで私がなんも悩みがないパッパラパーみたいな扱いで納得いかへんわ。
まぁ実際、考えた事ないけど!
いまいちバラエティに馴染めない志保に、リアクションの術を学んでもらう――
最初はそんな趣旨だったはずやけど。
話が盛り上がっていくうちに、いかに志保を一番驚かせられるか、
みたいな話になって、この辺に落ち着いた。
趣旨とずれとらんか若干心配やけども。
辞める役もプロデューサーやら可奈やら静香やら何人か候補があがったんやけど。
一度もそういう節を見せたことないやつがいいだろう、
なんてことで私の白羽の矢がたってしもうた。
まるで私がなんも悩みがないパッパラパーみたいな扱いで納得いかへんわ。
まぁ実際、考えた事ないけど!
4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:50:30.08 ID:EcMl3zH/0
で、肝心の志保なんやけど。椅子に座ってペットボトルの紅茶を飲んだままフリーズしとる。
なんや、私がなんか言わんとあかんのか、と内心ちょっとうろたえてたら、
思い出したみたいに紅茶を咽せて吐き出しそうになった。
おぉ、げほげほいっとる、だいじょうぶかいな……。
私が志保の背中を撫でてやると、幾らか落ち着いたのか。
顔を上げた時にはいつもの志保に戻っとった。
「……アイドルを辞めるっていうのは、どういうことですか」
「……えーと、そのままの意味やけど」
「理由を聞いているんです」
こわっ。キレとるっ。
「まだまだこれからじゃないですか。
レッスンが大変とか、思ったより成果が出てないとか、色々あるかもしれないですけど。
そういう下積みも含めてアイドルなんじゃないですか。いきなりトップアイドルなんて、むりですよ」
いやぁ、勿論その通りやし、堪え忍んで頑張る所存なんやけどね。
この辺は絶対に突っ込まれるだろうって予測はしとった。
こっからはあんまり気が進まんけど、プロデューサーさんが立てた作戦通りに進める予定や。
なんや、私がなんか言わんとあかんのか、と内心ちょっとうろたえてたら、
思い出したみたいに紅茶を咽せて吐き出しそうになった。
おぉ、げほげほいっとる、だいじょうぶかいな……。
私が志保の背中を撫でてやると、幾らか落ち着いたのか。
顔を上げた時にはいつもの志保に戻っとった。
「……アイドルを辞めるっていうのは、どういうことですか」
「……えーと、そのままの意味やけど」
「理由を聞いているんです」
こわっ。キレとるっ。
「まだまだこれからじゃないですか。
レッスンが大変とか、思ったより成果が出てないとか、色々あるかもしれないですけど。
そういう下積みも含めてアイドルなんじゃないですか。いきなりトップアイドルなんて、むりですよ」
いやぁ、勿論その通りやし、堪え忍んで頑張る所存なんやけどね。
この辺は絶対に突っ込まれるだろうって予測はしとった。
こっからはあんまり気が進まんけど、プロデューサーさんが立てた作戦通りに進める予定や。
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5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:50:56.49 ID:EcMl3zH/0
「……父ちゃんがな、ちょっと調子よくないんや」
食ってかかるようだった志保の勢いが、すっと落ちたように私には思えた。
詳しいことはあんまり知らんけど。志保は母子家庭やってきいとる。
そういうところ突くのはフェアじゃないと思うんやけど、
プロデューサーさんがレッスンのためだ、なんて言い張ったんや。
まぁ、別にプロデューサーさんだってわざわざ志保を傷付けるつもりはないやろうし。
そこは、その、割と大丈夫なんやろ、って思ってたのに……あかんやつやんこれ!
後で絶対しばいたると心に決めていると、志保が持っていたペットボトルをことりとテーブルに置いた。
食ってかかるようだった志保の勢いが、すっと落ちたように私には思えた。
詳しいことはあんまり知らんけど。志保は母子家庭やってきいとる。
そういうところ突くのはフェアじゃないと思うんやけど、
プロデューサーさんがレッスンのためだ、なんて言い張ったんや。
まぁ、別にプロデューサーさんだってわざわざ志保を傷付けるつもりはないやろうし。
そこは、その、割と大丈夫なんやろ、って思ってたのに……あかんやつやんこれ!
後で絶対しばいたると心に決めていると、志保が持っていたペットボトルをことりとテーブルに置いた。
6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:51:30.11 ID:EcMl3zH/0
「……いつからですか」
「……せやな。今週中に荷物まとめて、来週にでも」
「また体調がよくなれば、戻ってきますよね」
志保は私のことをみとらん。窓の外をぼんやり眺めてる。私も同じ方を向いた。
雲は一杯あるけど、アホみたいに晴れとる。
本当なら、こういう時に辞めるなんていわんのやないかな、ってなんとなく思った。
「もう戻ってこぉへんと思う。そんな中途半端な考えやったら、あかんと思うし」
「……そうですよね。奈緒さんはそういうと思ってました」
せやろか。考えた事もないから、ようわからんけど。
でも、確かにな。どういう経緯かは想像もできんけど、辞める事になったら、潔く消えるかもな。
……なんか私までしんみりしてきたんやけど。
いや、演技に没頭出来てるってことやから、ええのんか。
志保が左の手首を捻る。時計を確認して、立ち上がった。
「……せやな。今週中に荷物まとめて、来週にでも」
「また体調がよくなれば、戻ってきますよね」
志保は私のことをみとらん。窓の外をぼんやり眺めてる。私も同じ方を向いた。
雲は一杯あるけど、アホみたいに晴れとる。
本当なら、こういう時に辞めるなんていわんのやないかな、ってなんとなく思った。
「もう戻ってこぉへんと思う。そんな中途半端な考えやったら、あかんと思うし」
「……そうですよね。奈緒さんはそういうと思ってました」
せやろか。考えた事もないから、ようわからんけど。
でも、確かにな。どういう経緯かは想像もできんけど、辞める事になったら、潔く消えるかもな。
……なんか私までしんみりしてきたんやけど。
いや、演技に没頭出来てるってことやから、ええのんか。
志保が左の手首を捻る。時計を確認して、立ち上がった。
7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:52:00.69 ID:EcMl3zH/0
「すいません、そろそろレッスンの時間なので」
「お、おぉ、せやったか」
「みんなには伝えたんですか?」
「うん、プロデューサーさんには……。他の子らはまだや」
「……そうですか。多分、みんなは止めると思いますけど」
「……志保は止めてくれないんか?」
半笑いの、意地悪のつもりやった。志保も少しだけ砕けたみたいに笑う。
「奈緒さんが決めたことですから。どうせ何を言っても、聞かないでしょうし」
私は志保の中でそういう扱いなんか。嬉しいような寂しいような、複雑な気分やね。
「お、おぉ、せやったか」
「みんなには伝えたんですか?」
「うん、プロデューサーさんには……。他の子らはまだや」
「……そうですか。多分、みんなは止めると思いますけど」
「……志保は止めてくれないんか?」
半笑いの、意地悪のつもりやった。志保も少しだけ砕けたみたいに笑う。
「奈緒さんが決めたことですから。どうせ何を言っても、聞かないでしょうし」
私は志保の中でそういう扱いなんか。嬉しいような寂しいような、複雑な気分やね。
8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:52:26.07 ID:EcMl3zH/0
「……せやな。その通りやわ。決意は変わらんと思う。けど、みんなを応援する気持ちもそのままやから」
「えぇ、そうですね。関西のテレビにも映るくらい、がんばりますよ」
「せやな」
「アイドルには戻れなくても、時間が出来たら、ステージを見に来てくださいね」
「うん。全国ツアーやってな」
「プロデューサーさんに進言しておきます。関西は絶対に外さないで、って」
そう言って、ぺこりと志保はお辞儀をした。
意味が一瞬よくわからんかったけど、ありがとうございました、そんな言葉がぽつりと呟かれた。
「志保……」
「同期、ですからね。……今までお世話になりました。
奈緒さんがいなかったら、多分、私も今と同じようにはやれなかったでしょうし。
……バトンは受け継ぎます。奈緒さんの分まで、トップアイドルになりますから」
あかん。ドッキリ仕掛けてる方なのに若干泣きそうになってきた。
っていうかこれ、私の会心の演技に志保一ミリも疑っとらんのやけど。
もしかして私、大女優の素質ある?
……それと共に、ネタばらしの時のおそろしさが増していくわけやけども。
どうなってしまうんや、私。あまりのリアクションに首でも絞められてしまうんやないか。
「……すまんな、志保」
あまりの罪悪感に謝ってもうた。
慌てて、応援しとるからな、と志保の肩を叩く。こくりと頷いた。
「えぇ、そうですね。関西のテレビにも映るくらい、がんばりますよ」
「せやな」
「アイドルには戻れなくても、時間が出来たら、ステージを見に来てくださいね」
「うん。全国ツアーやってな」
「プロデューサーさんに進言しておきます。関西は絶対に外さないで、って」
そう言って、ぺこりと志保はお辞儀をした。
意味が一瞬よくわからんかったけど、ありがとうございました、そんな言葉がぽつりと呟かれた。
「志保……」
「同期、ですからね。……今までお世話になりました。
奈緒さんがいなかったら、多分、私も今と同じようにはやれなかったでしょうし。
……バトンは受け継ぎます。奈緒さんの分まで、トップアイドルになりますから」
あかん。ドッキリ仕掛けてる方なのに若干泣きそうになってきた。
っていうかこれ、私の会心の演技に志保一ミリも疑っとらんのやけど。
もしかして私、大女優の素質ある?
……それと共に、ネタばらしの時のおそろしさが増していくわけやけども。
どうなってしまうんや、私。あまりのリアクションに首でも絞められてしまうんやないか。
「……すまんな、志保」
あまりの罪悪感に謝ってもうた。
慌てて、応援しとるからな、と志保の肩を叩く。こくりと頷いた。
9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:52:52.80 ID:EcMl3zH/0
「じゃあ、レッスンにいってきます」
「おぉ、いってらっしゃい」
そういって、志保は応接スペースを出て行く。
私はどさりとソファに腰掛けた。
あかん、めっちゃ疲れた。私の良心がしくしく痛んどる。
こんなレッスン計画したプロデューサー、鬼畜すぎるわ。
「で、そろそろネタばらしやなかったっけ……」
私もふらふらと応接スペースを出る。
扉のところで焼き鳥野次馬になっとる三人が、何やら給湯室を指さしとった。
いけってジェスチャー。はいはい、何でもやりますよ……と給湯室をそっと窺うと。
「おぉ、いってらっしゃい」
そういって、志保は応接スペースを出て行く。
私はどさりとソファに腰掛けた。
あかん、めっちゃ疲れた。私の良心がしくしく痛んどる。
こんなレッスン計画したプロデューサー、鬼畜すぎるわ。
「で、そろそろネタばらしやなかったっけ……」
私もふらふらと応接スペースを出る。
扉のところで焼き鳥野次馬になっとる三人が、何やら給湯室を指さしとった。
いけってジェスチャー。はいはい、何でもやりますよ……と給湯室をそっと窺うと。
10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:53:23.14 ID:EcMl3zH/0
床に座り込み、泣き崩れる志保がおった。
あかん。思わず隠れてしもうた。
やばいやろ。きまりすぎやん! 志保が泣くところとか初めてみたんやけど!
(むりーっ、これはむりーっ)
腕でバツ印を作ってプロデューサーに救助を求めるも、向こうからはマルのサインが飛んできた。
なにが大丈夫や。
これこのままいくと、私、二ヶ月くらい志保に口聞いてもらえんで。
いや、もうここまで来たら、私が言おうがプロデューサーが言おうが同じな気もするけれども。
……せやな。そう考えるんやったら、はやく教えてやったほうがええやろな。
で、ネタばらししたら、きちんとここまでの経緯を説明してやらんと。
荷担したのは事実やけど、発案ではないし、静香と可奈もノリノリやったところだけは伝えないとあかん。
一蓮托生、全員で地獄にいってもらうで。シカトされるならみんなでされよう!
私は腹を決めて、給湯室に入った。ぽろぽろと涙を流す志保の肩にそっと触れる。
あかん。思わず隠れてしもうた。
やばいやろ。きまりすぎやん! 志保が泣くところとか初めてみたんやけど!
(むりーっ、これはむりーっ)
腕でバツ印を作ってプロデューサーに救助を求めるも、向こうからはマルのサインが飛んできた。
なにが大丈夫や。
これこのままいくと、私、二ヶ月くらい志保に口聞いてもらえんで。
いや、もうここまで来たら、私が言おうがプロデューサーが言おうが同じな気もするけれども。
……せやな。そう考えるんやったら、はやく教えてやったほうがええやろな。
で、ネタばらししたら、きちんとここまでの経緯を説明してやらんと。
荷担したのは事実やけど、発案ではないし、静香と可奈もノリノリやったところだけは伝えないとあかん。
一蓮托生、全員で地獄にいってもらうで。シカトされるならみんなでされよう!
私は腹を決めて、給湯室に入った。ぽろぽろと涙を流す志保の肩にそっと触れる。
11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:53:52.31 ID:EcMl3zH/0
「志保……その、なんといったらええか……」
「……いえ、すいません。本当は外に出るまで我慢するつもりだったんですけど。……どうしても、今までのこと、思い出しちゃって……」
ぽろぽろと涙の滴が落ちていく。
志保の肩をそっと抱いたら、子どもみたいに抱きつかれた。
志保のあったかい温度がじんわり来る。
「本当は、いやなんです。奈緒さんと離れたくない……」
「志保……」
「送り出さなきゃ、ってわかってはいるんです。
でも……私、ばかですね。全然、その通りに出来ない。
女優志望なのに、これじゃあダメですよね」
あかん。なんだか私まで泣けてきた。
本当ごめんな志保。
思う存分、私達に怒ってええんやで……そしてそのキレっぷりでレッスン達成としようや……。
ごそごそと背後に気配。やつらの準備も出来たやろ。ここいらで決めたるわ!
「……いえ、すいません。本当は外に出るまで我慢するつもりだったんですけど。……どうしても、今までのこと、思い出しちゃって……」
ぽろぽろと涙の滴が落ちていく。
志保の肩をそっと抱いたら、子どもみたいに抱きつかれた。
志保のあったかい温度がじんわり来る。
「本当は、いやなんです。奈緒さんと離れたくない……」
「志保……」
「送り出さなきゃ、ってわかってはいるんです。
でも……私、ばかですね。全然、その通りに出来ない。
女優志望なのに、これじゃあダメですよね」
あかん。なんだか私まで泣けてきた。
本当ごめんな志保。
思う存分、私達に怒ってええんやで……そしてそのキレっぷりでレッスン達成としようや……。
ごそごそと背後に気配。やつらの準備も出来たやろ。ここいらで決めたるわ!
12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:54:22.55 ID:EcMl3zH/0
「あのな、志保、一つ、伝えなきゃあかんことが……」
「……その前に、私の方から一つ、いいですか」
「……うん。何でもいってや。私に出来る事なら何でもするで」
「実は……」
志保がさっと私から離れて、営業にいくときみたいな笑顔を浮かべよった。
「これ、ドッキリなんです」
プロデューサーが、イェーイ、なんて言いながら、私の前に飛び出してきた。
志保の前ではなく。私へドッキリの立て看板を見せつけてくる。
北沢志保リアクションレッスン、なんて書いてあったはずなのに、
くるりと裏返すと、横山奈緒演技レッスン、そんなタイトルになっとる。
えっ、つまり、これは、どういうこと?
あまりの驚きで、浮かんでた涙がぽろりと零れてしまったんやけども。
ぐしぐしと拭う。
「……もしかして、逆ドッキリ? 騙してるつもりが、私だけ騙されとったアレ?」
「まぁ、そういうことです」
志保が掌を広げると、そこには目薬が。マジか。
さすが演技派やな、なんて感心してまうわ。
「……その前に、私の方から一つ、いいですか」
「……うん。何でもいってや。私に出来る事なら何でもするで」
「実は……」
志保がさっと私から離れて、営業にいくときみたいな笑顔を浮かべよった。
「これ、ドッキリなんです」
プロデューサーが、イェーイ、なんて言いながら、私の前に飛び出してきた。
志保の前ではなく。私へドッキリの立て看板を見せつけてくる。
北沢志保リアクションレッスン、なんて書いてあったはずなのに、
くるりと裏返すと、横山奈緒演技レッスン、そんなタイトルになっとる。
えっ、つまり、これは、どういうこと?
あまりの驚きで、浮かんでた涙がぽろりと零れてしまったんやけども。
ぐしぐしと拭う。
「……もしかして、逆ドッキリ? 騙してるつもりが、私だけ騙されとったアレ?」
「まぁ、そういうことです」
志保が掌を広げると、そこには目薬が。マジか。
さすが演技派やな、なんて感心してまうわ。
13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:54:54.60 ID:EcMl3zH/0
「あっかーーーーーん! ってことは最初からかいな! えぇっ、君等酷くない!?」
頭を抱えてぐわんぐわんと振る。
静香可奈プロデューサーさんらに目を向けると、三人ともちらりと志保をみた。
「えっ、ちょっと、私を見ないでくださいよ。発案はプロデューサーさんでしょう」
「というか、そもそも、最初は本当に志保にドッキリを仕掛ける予定だったのよ」
「うんうん。私達で相談してたら、普通に志保ちゃんが部屋に入って来ちゃったんだよねー」
「で、志保が、それなら奈緒さんにドッキリを仕掛けましょう、なんてノリノリになってだね……」
「やっぱり志保のせいやんか! ……はっ。もしかして、プロデューサーの作戦やった、お父さんネタも……」
志保が私から目を逸らし、ちろりと舌を出す。
「もう何年もいないんだから、あんな風には効かないですよ」
「良心の痛みを返せやッ」
「なんて言いつつ、奈緒さんもノリノリだったじゃないですか。
……プロデューサーさん、奈緒さんの演技レッスン、どうでしたか」
「……相手役の志保に引っ張られてあの出来は、及第点ってところかな。
奈緒自身にはもう少し、成長してもらわないと」
マジレスしとるやんこの人。腹立つ。
頭を抱えてぐわんぐわんと振る。
静香可奈プロデューサーさんらに目を向けると、三人ともちらりと志保をみた。
「えっ、ちょっと、私を見ないでくださいよ。発案はプロデューサーさんでしょう」
「というか、そもそも、最初は本当に志保にドッキリを仕掛ける予定だったのよ」
「うんうん。私達で相談してたら、普通に志保ちゃんが部屋に入って来ちゃったんだよねー」
「で、志保が、それなら奈緒さんにドッキリを仕掛けましょう、なんてノリノリになってだね……」
「やっぱり志保のせいやんか! ……はっ。もしかして、プロデューサーの作戦やった、お父さんネタも……」
志保が私から目を逸らし、ちろりと舌を出す。
「もう何年もいないんだから、あんな風には効かないですよ」
「良心の痛みを返せやッ」
「なんて言いつつ、奈緒さんもノリノリだったじゃないですか。
……プロデューサーさん、奈緒さんの演技レッスン、どうでしたか」
「……相手役の志保に引っ張られてあの出来は、及第点ってところかな。
奈緒自身にはもう少し、成長してもらわないと」
マジレスしとるやんこの人。腹立つ。
14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:55:26.44 ID:EcMl3zH/0
「うーん、今この瞬間にアイドル辞めたなってきたわ」
おいしいとは思うけど、納得いかんわっ。
やいのやいの言う三人を尻目に、志保がこちらに手を差し出してくる。
手を取って、立ち上がらせてもろうた。ぱんぱん、とお尻の辺りの埃を払う。
「嘘つきの手は冷たいのぉ」
「奈緒さんも同じ穴の狢でしょう」
「私はな、心から悪いなと思ってたんやで」
「それはつまり、私の演技がそれだけ真に迫っていたという事だと思います」
「んきーっ、改めて思い返すと本当にそうなだけに腹立つわー!」
さっきまでの出来事がばんばんフラッシュバックする。
くっそー、流石に女優志望でがんばっとるだけあるわ。
なんでも勢いとか適当なだけじゃあかんのかもなー!
おいしいとは思うけど、納得いかんわっ。
やいのやいの言う三人を尻目に、志保がこちらに手を差し出してくる。
手を取って、立ち上がらせてもろうた。ぱんぱん、とお尻の辺りの埃を払う。
「嘘つきの手は冷たいのぉ」
「奈緒さんも同じ穴の狢でしょう」
「私はな、心から悪いなと思ってたんやで」
「それはつまり、私の演技がそれだけ真に迫っていたという事だと思います」
「んきーっ、改めて思い返すと本当にそうなだけに腹立つわー!」
さっきまでの出来事がばんばんフラッシュバックする。
くっそー、流石に女優志望でがんばっとるだけあるわ。
なんでも勢いとか適当なだけじゃあかんのかもなー!
15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:56:03.37 ID:EcMl3zH/0
「……まぁでも、奈緒さんの演技も、まぁまぁでしたよ」
「さよか。道化やけどな」
「それは普段の行いのあらわれということで」
「最初は志保がターゲットになっとったんやから、君が一番アレやと思うんやけど」
それは言わないでください、と志保は私から手を離し、掌の目薬を蛍光灯に照らした。
「使わなかったんですよ」
「は? 目薬を? なんや、女優はいつでも泣けるってあれかい」
「いや、流石にそれはむりです。使う予定だったんですよ。でも……」
志保はくるりと翻り、少しだけ悲しそうに笑った。
「奈緒さんとのやり取りで、本当にいなくなっちゃったらどうしよう、って考えて。
そうしたら泣けて来ちゃったんです。
だから、多分、奈緒さんの演技も悪くなかったんだと思いますよ」
私はゆっくりとその言葉を噛み締める。
あるいは私が思ってるより、志保の中には私が大きいのかもしれんし。
その逆に、私の中にいる志保はどれくらいの大きさなんやろうと考える。
「さよか。道化やけどな」
「それは普段の行いのあらわれということで」
「最初は志保がターゲットになっとったんやから、君が一番アレやと思うんやけど」
それは言わないでください、と志保は私から手を離し、掌の目薬を蛍光灯に照らした。
「使わなかったんですよ」
「は? 目薬を? なんや、女優はいつでも泣けるってあれかい」
「いや、流石にそれはむりです。使う予定だったんですよ。でも……」
志保はくるりと翻り、少しだけ悲しそうに笑った。
「奈緒さんとのやり取りで、本当にいなくなっちゃったらどうしよう、って考えて。
そうしたら泣けて来ちゃったんです。
だから、多分、奈緒さんの演技も悪くなかったんだと思いますよ」
私はゆっくりとその言葉を噛み締める。
あるいは私が思ってるより、志保の中には私が大きいのかもしれんし。
その逆に、私の中にいる志保はどれくらいの大きさなんやろうと考える。
16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:56:29.12 ID:EcMl3zH/0
私が辞めて、志保やみんなと離ればなれになったら。
さっきまで演技としてだけやけど、浮かんでたはずの感情は、
どうもドッキリで全部吹き飛んでしまったようにも思う。
きっとそんな事になったら、月並みやけど、悲しいとは思う。
でもそういうのは考えすぎてもよくないかなーって気もする。
なにせ私、絶対にやめへんし。
志保の肩にがっと手を回した。
何をするんですか、と志保が言ってきたので、いなくならへんよ、と答える。
「答えになってないんですけど」
「仲間が一人いなくなるくらいで泣いちゃう子やからね。しっかりいなくならんよってアピールしとかんと」
「……流石、奈緒は切り替えがはやいね。我ながら逆だったらおそろしいことになってたと思うよ」
プロデューサーさんが一人ごちてるし、それはその通りやと思うけども。
志保も、冗談くらい通じますよ、なんて口を尖らせてるけど、どうやろうな。
なんでそんな事するのか理解できません、ってマジになる光景しかうかばんで。
さっきまで演技としてだけやけど、浮かんでたはずの感情は、
どうもドッキリで全部吹き飛んでしまったようにも思う。
きっとそんな事になったら、月並みやけど、悲しいとは思う。
でもそういうのは考えすぎてもよくないかなーって気もする。
なにせ私、絶対にやめへんし。
志保の肩にがっと手を回した。
何をするんですか、と志保が言ってきたので、いなくならへんよ、と答える。
「答えになってないんですけど」
「仲間が一人いなくなるくらいで泣いちゃう子やからね。しっかりいなくならんよってアピールしとかんと」
「……流石、奈緒は切り替えがはやいね。我ながら逆だったらおそろしいことになってたと思うよ」
プロデューサーさんが一人ごちてるし、それはその通りやと思うけども。
志保も、冗談くらい通じますよ、なんて口を尖らせてるけど、どうやろうな。
なんでそんな事するのか理解できません、ってマジになる光景しかうかばんで。
17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:57:04.00 ID:EcMl3zH/0
「それはさておき、私が安い女やと思われたら心外や! 心のケアには誠意が必要やと思いますぅー!」
「……ご飯でも食べに行くか。みんなも協力してくれたしね。今日は奢るよ」
わーい、と可奈が喜んでる。
志保に速攻で「食べ過ぎには注意してね」とか言われとる。ほんとやね。
静香には「うどんは勘弁な」と先制したら「そんなにいつもは食べてませんっ」と怒られた。それはうそやろ。
「ほいじゃ志保も飯たべにいこか」
「……それはいいんですけど。そろそろ離してくれませんかね」
「えーっ。またいなくなるぅ、って泣かれたら困るしなぁ」
「本当にそんなことになっても、泣きませんよ。引っぱたいてでも辞めさせないですから」
「おぉー、怖っ!」
私は志保の肩から手を離し、とん、と背中を押した。
「やめへんよ、私は」
「……そうですか。それならいいです」
「みんなもやめへんよなぁ……って君らに聞くのは危険すぎるか」
なはは、と笑うと、笑い事じゃないですよ、と可奈がいっとる。
笑い話に出来るくらいには時間がたっとるし、静香も難しい顔してわらっとる。
色々あったりなかったりするけれど、まだ暫くはこのままでええんやと思う。
「……ご飯でも食べに行くか。みんなも協力してくれたしね。今日は奢るよ」
わーい、と可奈が喜んでる。
志保に速攻で「食べ過ぎには注意してね」とか言われとる。ほんとやね。
静香には「うどんは勘弁な」と先制したら「そんなにいつもは食べてませんっ」と怒られた。それはうそやろ。
「ほいじゃ志保も飯たべにいこか」
「……それはいいんですけど。そろそろ離してくれませんかね」
「えーっ。またいなくなるぅ、って泣かれたら困るしなぁ」
「本当にそんなことになっても、泣きませんよ。引っぱたいてでも辞めさせないですから」
「おぉー、怖っ!」
私は志保の肩から手を離し、とん、と背中を押した。
「やめへんよ、私は」
「……そうですか。それならいいです」
「みんなもやめへんよなぁ……って君らに聞くのは危険すぎるか」
なはは、と笑うと、笑い事じゃないですよ、と可奈がいっとる。
笑い話に出来るくらいには時間がたっとるし、静香も難しい顔してわらっとる。
色々あったりなかったりするけれど、まだ暫くはこのままでええんやと思う。
18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/10/04(日) 22:57:30.56 ID:EcMl3zH/0
私達は何を食べに行くか相談しながら、歩き始める。
そして多分、頭の中ではぼんやりと「さようなら」について考えてる。
いつか来るかもしれへんし、どういう形かはわからんけど。
ずっと永遠に一緒なんてことはきっとありえないって事くらい、流石に私達はわかっている。
だって私達はアイドルやから。
だから、さようならのレッスンが必要なのかもしれへん。
……まぁ、プロデューサーさんがそこまで考えてたとは思えへんけども。
「なー、手つなごうやー」
静香と可奈が笑って、二人で手を繋ぐ。
可奈が志保に手を伸ばし、志保が私に手を伸ばした。
プロデューサーさんはスキャンダル案件やからやめとこな、と言ったら、
やっぱり飯食いにいくのやめようか、なんて笑ってる。
私達は手を繋いで、歩きづらいわっ、そんな風に文句を言いながら、ビルの階段を降りていった。
そして多分、頭の中ではぼんやりと「さようなら」について考えてる。
いつか来るかもしれへんし、どういう形かはわからんけど。
ずっと永遠に一緒なんてことはきっとありえないって事くらい、流石に私達はわかっている。
だって私達はアイドルやから。
だから、さようならのレッスンが必要なのかもしれへん。
……まぁ、プロデューサーさんがそこまで考えてたとは思えへんけども。
「なー、手つなごうやー」
静香と可奈が笑って、二人で手を繋ぐ。
可奈が志保に手を伸ばし、志保が私に手を伸ばした。
プロデューサーさんはスキャンダル案件やからやめとこな、と言ったら、
やっぱり飯食いにいくのやめようか、なんて笑ってる。
私達は手を繋いで、歩きづらいわっ、そんな風に文句を言いながら、ビルの階段を降りていった。
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